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これから先は、みやこワールドがさらに炸裂します。覚悟の上、お読みください。

 ネルガスト様との初めての口付けは、胸が張り裂けんばかりにドキドキした。


 互いの唇が離れ、少しの間見つめ合い、穏やかに微笑みを交わす。

 わたくしは小さく息を吐き、頼もしい胸に頬を寄せた。

「あの……、お伺いしたいことがございます」

「なんだい?」

 ネルガスト様の優しい声と穏やかな温もりを感じながら、わたくしは気になっていたことを持ち出した。

「先程の『けじめつける』というお話は分からなくもないのですが、許嫁解消をこの場で持ち出さなくとも良かったのでは?」

 不思議そうな声を出せば、ネルガスト様はわたくしの髪型が崩れない程度に頬擦りをなさる。

「もちろん、けじめを付けたかったということもあるんだが。それ以上に、サーシェの本音を知りたかったんだよ」

「本音でございますか?」

 つと視線を上げれば、いたずらを叱られた子供のような表情をされているネルガスト様と目が合った。

「サーシェは責任感のある女性だ。そして何より優しい。だから、政略結婚で結ばれたとしても、その夫のために誠心誠意尽くすだろうことは分かっていた」

「まぁ。ずいぶんと買い被りをなさるのですね。わたくしはそのように立派な人間ではありませんし、さほど優しいわけでもございませんよ」

 ネルガスト様に褒めていただいて、なんだか気恥ずかしい。ほんのり頬を染めれば、彼は首を横に振った。

「いや、そんなことはない。あの日、私はサーシェの真っ直ぐな優しさに救われたんだ。私が公爵家の跡取りとして自信が持てるようになったのは、君のおかげなんだよ」

 ネルガスト様に真剣な声でそう言われ、またしても気恥ずかしさがこみ上げてしまう。


――それにしても、ネルガスト様が仰る『あの日』とは、いつのことを指しているのかしら?


 許嫁としての顔合わせよりも、だいぶ以前のことのように感じるが。

 それを問う前に、彼が口を開く。

「私はサーシェに一人の男として好いてほしかった。義務や責任感でつつがなく送る結婚生活ではなく、愛し、愛される時間を生涯に亘って過ごしたいんだ。だから、許嫁の解消を持ち出して、君の反応を窺ったんだよ。試すような真似をして悪かった」

 きりりとした眉が、シュンと下がる。

 そのお顔も大変魅力的ではあるが、やはり、ネルガスト様には笑っていただきたい。

「いえ。もう、良いのです。わたくしは今、幸せですから」

 地獄の底に突き落とされたかと思った直後のネルガスト様からの告白は、まさしく、天にも昇るような幸福をもたらしてくれた。

 色々と感じる所はあるけれど、わたくしは本当に幸せである。

 ところが、それをじっくり味わうことは出来なかった。ネルガスト様がいきなりわたくしを横抱きにして、部屋の奥に向かって歩き出したからだ。

「あ、あの、ネルガスト様。そちらは寝室になりますわ」

 誕生パーティーは、東のサロンで開かれる。そちらに行くには、この部屋を出て、廊下中央の大階段を下りなければならないのだが。

 まったく危なげない足取りで歩きながら、ネルガスト様がニッコリと笑った。

「互いの想いを確認できたことだし、さっそく夫婦の絆を深めようと思ってね」

「……はい?」

 キョトンとしているうちに彼は寝室の入り口を抜け、わたくしは部屋の中央にしつらえられたベッドへと降ろされる。

 フワフワの上掛けに背中が沈むと、なんともいえない不安がこみ上げてきた。

 それに結い上げた髪も、整えられたドレスも、これでは台無しになってしまうのが気がかりだ。

 朝の早いうちから侍女によって作り上げられた渾身の出来栄えだというのに、髪の毛一本でも乱し、皺の一つでもドレスに刻めば、鬼の侍女が再び登場するだろう。

 それだけは、なんとして避けたい。 

「ネルガスト様!間もなく、パーティーが始まりますわよ!そのうちに、家の者が呼びに来るかと」

 身を起こした瞬間、やんわりと、だけど決して抗えぬ力で肩を押された。またしても、ポスンと上掛けに背中が沈む。

 仰向けに寝かされているわたくしの上に、ネルガスト様が馬乗りになってこられた。

 剣の鍛錬により硬くなった手の平でわたくしの肩を押さえつけ、いっそう笑み崩れるネルガスト様。

「心配には及ばない。私の従者が扉の外で待機しているから、邪魔だてはされないさ」

 なんの心配に及ばないというのだ?

 公爵家跡取りの従者となれば、我が家の執事でも迂闊に逆らえない。父ですら、危ういところである。

 わたくしたちを呼びに来た者が従者様を押しのけることは不可能なので、結果として、わたくしの部屋には誰も入ることが出来ない。

 むしろ、心配でしかない事態だ。

「ネルガスト様!?わたくしたちは、まだ届けを役所に提出しておりません!ですから、こういったことは、正式に夫婦となってからになさいませんと!」

「物事が多少前後することは、多々あることだよ。状況に合わせて、臨機応変に動かないと駄目だぞ」

 先ほど見たものとは種類の違う会心の笑みを浮かべるネルガスト様。


――これが「多少」で済まされるとお思いですか!?


 はしたないことを承知でパタパタと足を動かせば、生地の軽い春用のドレスが捲れ上がってしまう。

 すると、ネルガスト様はおもむろに視線を逸らされた。

 無言で見遣っていらっしゃるのは、わたくしの足。ドレスの裾が膝まで捲れ、極薄の絹靴下が露わになっている。

 どうすることも出来ない無防備な足に、彼の舐めるような視線が向けられている。

 羞恥のあまり、顔から火が噴き出した。

「ネ、ネ、ネルガスト様!!」

 真っ赤に染まった顔で名を口にすれば、視線を戻した彼が陶然と目を細めてくる。

「この日が来るのを、八年待った。もう、待てない……」

 やたら熱っぽく語られたセリフに、わたくしの背筋は凍り付いた。


――それでは、八年前から「そういうこと」をしたかったと聞こえますけれど!?


 つまり、当時十歳のネルガスト様が、八歳のわたくしに手を出そうと考えていたということになる。


――ああ、そんなにもわたくしのことを一途に思っていただけて、すごく嬉しいです。……なんて、言うかーーーーー!ふざけんなーーーーー!放せっ、こらぁぁぁぁ!


 寸でのところで伯爵令嬢の矜持を思い出し、口にすることを許されないはしたない言葉は、心の中で響き渡らせるに留める。

 慌てふためくわたくしをギラリと妖しく光る瞳で見つめつつ、ネルガスト様がドレスを解こうと右手を動かしてきた。ちなみに、左手はわたくしの肩を鷲掴んだまま。

 不埒な動きを見せる手を両手で懸命に押さえつけ、わたくしは完全なる涙目で彼に訴える。

「ネルガスト様、いけません!」

 すると、彼はいっそう目を細めた。

「サーシェ。いけないと言われると、男は余計に煽られるんだよ。覚えておくといい」


――な、なるほど。そういうものでしたか。男性の心を理解するのは、なかなか難しいのですね。


 混乱極まる思考回路を必死に巡らせ、正解と思われるセリフを彼に投げかけた。

「で、では、どうぞ!好きになさってくださいませ!」

「ああ、喜んで」

 ことさらいい笑顔で、ネルガスト様がドレスの胸元をグワッと開く。

「ええっ!お話が違うではありませんか!?」

 顔色を青や赤に忙しなく染めるわたくしを見下ろし、彼が自身の唇をペロリと舐める。

「サーシェの許可が出たことだしな。遠慮はしないぞ」


 誕生パーティーの主役であるわたくしは、ネルガスト様に横抱きにされた状態で、一時間以上遅れてサロンに登場したのだった。

 


●本編はこれにて終了です。

 予定ではもう少し短くて、そしてシリアスで始まりながらも、終わりはほのぼの……といった作品になるはずでした。

ところが、思いのほか長くなってしまった上に、ほのぼのとはいえない終わり方に(泣)

残念ヒーロー乱れ咲きでしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?(ドキドキ)



●さてさて、この話を書こうと思ったきっかけですが。

ふとした瞬間に、「この場をもって、許嫁を解消しよう」というセリフが浮かびましてね。

年末、とある作業に煮詰っていて、猛烈に時間がない中でのネタ降臨。

なにも、こんな時に降りて来なくても……と己を呪いつつ、とりあえず、ネタ用USBにザッと書きこんで、その場はやり過ごしました。


しかし、どうしてもこの話が書きたくなり、屍になりつつ優先順位の高い作業を終わらせ、年明け早々に下書きを開始したわけです。


言葉の内容を取り違える展開が大好きで、しかも、誰も傷つかない話を書きたくて。

滾ってしかたがない己の妄想を形にするべく、自己満足のために軽い気持ちで婚約破棄モノを書き始めたのですが……。


予想だにしていなかった読者様の数に、嬉しい半面、ちょっと怖くなりましてね(苦笑)。

なにしろ、みやこの異世界作品はそこまで人気があるものではありませんから。

迂闊に人気ジャンルには手を出してはいけないのだと、ミジンコサイズのハートを持つみやこは反省した次第です。


何はともあれ、ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。



●この後は番外編をいくつか用意してあります。

二人の出会いである一話分は書き上げておりますが、他の番外編はサラッとネタ出ししただけの状態ですので、更新ペースが落ちることが予想されます。

ご了承くださいませ。


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