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 西方大陸の中央に位置するアルンファルド王国。

 建国以来、大きな混乱もなく、家族を、国民を愛する王により、平和が保たれている。

 この国では男女ともに十六歳になると仮の成人として認められ、自分の意思で結婚を宣言できる。

 真の成人である十八歳にならなければ親の許可なく婚姻関係を結べないが、それでも、役所に届けを提出することを許されていた。

 比較的穏やかな性格を持つ国民たちは、その制度に反発することもなく、少々まどろっこしい年齢制限に声を荒げる者も少ない。

 ただし許嫁においては、この年齢制限を別としていた。

 十に満たない子供であっても、親同士の了承によれば、『許嫁』として将来の婚姻関係を約束される。

 役所に届けを出すわけでもないその関係は一見曖昧ではあるが、互いの家、そして互いの子供を結びつけるにはそれなりの効力と拘束力があった。

 特に貴族間では許嫁を擁立する形式が顕著である。

 もちろん、自由恋愛によって結婚する貴族もいた。だが、それはごく少数。

 貴族という立場からさらなる繁栄を求め、互いの利益を加味して、己の子供たちを許嫁という関係に据え、繋がりを保とうとするのだ。

 それが、例え子供たちの意志とは無関係だったとしても。

 

 一部の貴族や街の若者たちの間では、仮成人を向かえる前に「いつか、結婚しよう」という約束を交わすらしいが、高位貴族たちは、軽々しくそのようなことを口にしてはいけないという風潮が強い。

 互いの間にそれらしい雰囲気があったとしても、「結婚」という言葉をはっきりと口にしていいのは、どんなに早くとも仮成人を迎えた後となる。そうでなければ、男女ともに『節操なし』、『はしたない』とされるのだ。

 いずれは家を背負う貴族の子息たち、家名に泥を塗る訳にはいかない令嬢たちは、常に己の言動に気を配り、迂闊に恋心を表に出すことはできなかった。




 カイザルフェンド伯爵家の長女であるサーシェは、今日も野草を摘むために侍女と護衛の兵と共に屋敷近くの野山を散策していた。


「サーシェ様。そろそろ、昼食になさいませんか?」

 五つ年上で、実の姉のように仲の良い侍女が先を歩くわたくしに声をかけてきた。

侍女と護衛が柔らかな草が茂る場所に大判の布を広げ、屋敷の調理人が持たせてくれた昼食を並べ始める。

 布の上にわたくしが腰を下ろすと、すかさず、侍女が濡れた布で手を拭ってくれた。

「ウサギの肉を柔らかく煮込んだものを、パイ生地に包んで焼き上げたそうですよ。美味しそうですね」

 きつね色に焼き上げられたパイは、侍女が言う通り、本当に美味しそうだ。わたくしはパクリと小さく齧りつく。

 伯爵という爵位を賜っているものの、かなりざっくばらんな家風であるため、このように外で軽食を取ったりすることに、なんの躊躇いもない。

 というより、小さな頃から野草摘みを趣味としていた兄に付いて回っていたため、むしろ、沢山の皿とカトラリーを前にした食事よりも、この方が自分に合っているかもしれない。

 だが、このような生活も、そう長くは楽しむことが出来そうにない。

 十六の誕生日を間近に控えたわたくしは、現在、許嫁である公爵家長男のネルガスト様といずれ正式に婚姻関係を結ぶ。

 そうなれば、公爵家に嫁入りしたわたくしが野山に腰を下ろしての食事など許されるはずもないのだから。

 そのことに少しばかり寂しさを覚えるものの、ネルガスト様との将来を思うと、密かに胸が弾んでいたのだった。




 カイザルフェンド家の現当主である父は、一族の中でも特に大らかな気質を持っている。社交の場や仕事においては貴族然とした佇まいなのだが、家族の前では非常に理解のある人であった。

 それは、結婚相手についても同様である。


『心から好きになった相手と結婚してほしい。そして、幸せになってほしい』


 兄もわたくしも、何度となくその言葉を父から聞かされていた。

 しかし、我がカイザルフェンド家は伯爵である。それなりに地位のある貴族との結婚が望ましいに決まっている。

 十五歳上の兄は後継者でありながらも、この国における薬草研究の第一人者であった。伯爵家長男としての責務よりも、そちらの仕事に重きを置いている。

 それに関して、両親も一族も、もちろん、わたくしも否はない。

 国民の健やかなる生活の一端を担うということは、とても素晴らしいことだ。兄の才能と情熱には、本当に頭が下がる。

 兄が家のことなど気にせず、余念なく研究を進められるように、妹であるわたくしが貴族の繋がりを持つべきなのだ。

 両親はそのようなことは一切口にしないけれど、政略結婚は当然のものだという認識は、わたくしの中では割合早いうちに根付いていた。

 親が決めた相手、家が決めた相手と婚姻を結ぶのは、貴族に生まれた女性の宿命。

 兄のような特別な才を持たないわたくしは、他の貴族と我が伯爵家を結びつけるために存在しているのだから。


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