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冬の訪問者

作者: 槇野文香(まきのあやか)

 世の中には、よくわからない人というものが存在しています。

 12月に突然現れた彼女もそんな人のひとりでした。冬の森は雪に閉ざされて訪れる人もいません。銀色の木々と銀色の大地の中にある日、茶色のレンガのお家ができていたのでした。家の煙突からは煙が出ているので、人が住んでいるのがわかりました。森に住んでいる動物たちは、いったい誰が住んでいるのだろうかと噂していました。

 狸とリスが話をしました。

「こんな冬に人間が来たのだろうか」

「まさか、狩りをするためではないよね」

 狸とリスは恐る恐る家の前の木の陰で、様子をうかがっていました。すると扉が開いて、娘がひとり出てきました。彼女は小柄で、ラメいりの青いセーターを着て黒いスカートをはいていました。顔は丸顔で、黒々とした髪の毛を後ろでひとつに編んで背中にたらしていました。外に積まれている薪を持つと家の中に入っていきました。

「かわいい子だね」

「ひとりで住んでいるのかな」

 こんな森にひとりの娘、不思議な光景だと狸とリスは思いました。


「ユリ、何をつくるんだい」

 と家の中でフクロウがその娘に話しかけました。ユリは薪を暖炉のそばに置くとこたえました。

「今日は、カボチャのスープを作るつもりよ」

「それをあの爺さんに持っていくんだな」

「そうよ」

「お前さんも物好きだよ。何でそんなことをするんだい」

「ピピには関係ないわよ」

 とユリは言うと、つんとした顔をしました。フクロウのピピもふふんと鼻で笑いました。

 ユリはパンをかまどで焼き、カボチャのスープを作り、それを保温の器に入れました。

 ユリは赤いコートをはおると車のキーを取り出して言いました。

「お爺さんのところに届けに行ってくるわ」

「まったく物好きにもほどがある」

 とピピはあきれたように言いました。

 家の外には白い軽自動車が止めてあります。ユリはそれに乗ると街に向かって走リ出しました。

 車で20分走ると、街にある寺沢という表札がかかった家に着きました。クリーム色の壁の小さなお家の前に車を止めると、ユリはそっと窓をのぞきました。窓からは、お爺さんがベットでひとり寝ているのが見えました。ユリはいつものようにその家の玄関の前に、持って来たお手製のパンとスープと、スミレの花一輪とカードをそえて、インターフォンを押しました。そしてすぐに車に乗り込み、お家を離れました。

 病気のお爺さんはゆっくりと起き上がると、重い足をひきずりながら玄関の扉を開けました。そこにはユリが持ってきた食べ物がありました。

「いったい誰が、こんな親切なことをしてくれるのだろうか」

 とお爺さんは思いました。カードにはこう書かれていました。


 おいしい食べ物を食べて、元気になって下さい。

                 あなたのお友達より


 季節外れのスミレを手にしながら、お爺さんは言いました。

「不思議なことがあるものだ」

お爺さんは八十歳になります。五年前に奥さんを亡くしました。一人息子は遠い街で仕事をしているため、お爺さんはひとりで暮らしています。でも去年重い病気になったため、ヘルパーさんが毎日来てくれるようになりました。とても親切なヘルパーさんなのですが、お爺さんは寂しい気持ちでいました。特に秋が終わり冬が来て、雪が降り始めてからは、自分はもうあまり生きられないような気がしていました。そんなとき、こうして食べ物と一輪のスミレが届けられるようになったのでした。


 ユリは森のお家に帰りました。コートを脱いでいると、ピピが言いました。

「爺さんは喜んでいたかい?」

「顔は見ないで来たわ」

 ピピが不思議そうに目を細めました。

「なんで、話くらいしないんだ。こんなに親切にしてやっているんだから、お礼くらい言ってもらいたいだろうに」

「そんなことどうだっていいのよ」

 とユリは無頓着にこたえました。

「ユリは何を考えているのかわからんよ」

「ピピには関係ないわ」

「関係ないとはなんだい。俺はあんたの家族も同然だ」

 ユリは知らん顔をして暖炉の前の椅子に座りました。暖炉では火が赤々と燃え、パチパチと音をたてていました。


 ユリは毎日午後になると、そうやって食べ物をお爺さんのお家に届けるのでした。もちろんスミレの花を添えて。

 しかし、お爺さんの病状は悪くなる一方でした。ユリの作った食べ物を食べてもどんどん痩せていきました。

 一月の終わりのころでした。お爺さんはついに歩けなくなりました。そして入院することになりました。

「病院に行ってももう、良くはならないだろう」

 とお爺さんは思いました。

 診察のお医者さんが帰ったあと、ヘルパーさんがお爺さんに言いました。

「明日入院ですよ。元気になって帰ってこれますよ」

 お爺さんはベットから、やさしいヘルパーさんの顔を見ながら言いました。

「いいや、もう帰ってこれないよ」

 ヘルパーさんは顔を横に向け、嗚咽をこらえました。


その日の夜でした。ベットの脇の、テーブルに置かれたスタンドの灯りだけが部屋を照らしていました。お爺さんは天井をずっと見つめながら、いろいろの事を思い出していました。自分が若かった頃の事も、思い出していました。外では雪が降り、しんしんとした静けさでした。

 お爺さんが眠くなり始めたときでした。玄関の扉がガチャリという音をたててあきました。その扉から誰かが入ってきました。

「一郎さん」

 とその人は、お爺さんの名前を呼びました。お爺さんは眠い目を開いて、そばに立った人を見ました。

「君だったのか。スミレを見たとき、もしかしたらとは思っていた」

「私のこと覚えていた?」

「ああユリ、花屋のユリだね」

 ユリはこくんとうなずきました。

「ユリ、どうして君は昔のままなんだ。僕はこんなにも老いているのに」

「私は年をとらないの」

「なぜ?」

「それは言えない」

 ユリの目には涙がにじんでいました。

「最後に会えて良かった。君のこと思い出していたよ」

 とお爺さんも目に涙を浮かべて言いました。

「僕はもうすぐ死んでしまうだろう」

 ユリはお爺さんの震えるやせた手を握って言いました。

「あなたに会えて良かった。これで本当のさようならね」

 お爺さんも言いました。

「さようなら、僕も良かったよ。ユリに会えて」

 そしてユリはお爺さんのベットのそばを静かに離れました。玄関の外に出ると、ユリの乗ってきた車は雪にうずもれていました。ユリがキイを向けると、車はぶるると車体をふるわせ一瞬に雪を落としてしまいました。

「さあ、帰ろう」

 ユリは涙をぬぐって車に乗りました。車は雪の中、森に向かって一直線に走り去って行きました。


それから一週間後、お爺さんは病院で亡くなりました。お爺さんのお墓は森の中につくられました。それはユリのお家の近くでした。


 とても天気の良い日でした。雪が光に輝いていました。ユリは持ってきたスミレの花束を、お爺さんのお墓にそなえました。

「ユリ、そろそろ本当のことを話してくれよ」

 一緒に来ていたフクロウのピピが、ユリの足元で見上げるように言いました。

「それはね・・何十年も前のことなの」

 とユリはようやく話し始めました。


 ユリは花屋の店員さんでした。一郎は絵本のお店を経営していました。一郎はお母さんを亡くしたばかりで、そのお母さんのお墓に花をそなえるため、ユリのお店に花を買いにときどき来るようになりました。そうしているうちに、二人はとても仲良しになりました。

 ユリは一郎が好きになりました。一郎はやさしく、絵本をユリのために持ってきてくれました。

「この絵本はとても楽しいよ。君に読んでほしい」

「一郎さん、ありがとう」

 とユリははにかみながらお礼を言いました。ユリは一郎が花屋に来るのが待ち遠しく感じられました。それが突然、一郎は来なくなってしまったのでした。ユリはひょっとして、一郎は病気にでもなったのではないだろうかと心配になりました。そして、思い切って彼の絵本のお店を訪ねました。

 美しい絵本がいっぱい並んでいるお店に入ると、一郎が立っていました。

「ユリじゃないか」

 一郎はおどろいていました。

「一郎さん、この頃花屋に来ないからどうしているのかと思ったの」

 とユリは顔を赤らめて言いました。すると一郎は顔を曇らせました。

「僕はね。この春結婚するんだ」

 ユリは一瞬、胸を突かれたような気がしました。二人の間に長い沈黙がよこたわりました。

 一郎がやっと言いました。

「相手の人は、大きな書店チェーン店の娘さんなんだ」

 一郎の顔は青ざめて悲しげでした。

「僕の絵本の店は、これから大きな書店に助けてもらわないとやっていけないんだよ」

 ユリは一郎の顔を見て、無理に微笑みました。

「おめでとう」

 とユリは言うと、手に持っていたスミレの花束を渡しました。

「これを僕に・・ありがとうユリ」

 と一郎は言いました。ユリはお店を出ると、涙が止まりませんでした。

一郎と花嫁さんは、ハナミズキの木が薄桃色の花をたくさん咲かせている教会で結婚式をあげました。多くの人たちに祝福されて二人は幸せそうでした。少し離れたハナミズキの木の陰で、ユリは二人を見ていました。

 それからユリは花屋を辞めて、その街を去りました。


「なるほどそういうことか」

 とフクロウのピピが納得したように言いました。

「しかしユリ、お前さんは今、おん年百歳だよ。魔法使いのユリは老いることはない。そのこと一郎に話したのかい」

 ユリは青く透明な空を見ながら言いました。

「そんなこと言えるはずがないじゃない」

「どっちにしろ、魔女と人間は結ばれることはできないよ」

「わかっているわよ。それでも好きにならずにはいられなかったの」

 と言うとユリは、一郎のお墓にそえられたスミレが、かすかにゆれていることに気がつきました。

「一郎さんもう知ってしまったのかしら」

 とユリはつぶやくと、ピピを連れてその場を立ち去りました。


 それからしばらくして、森からお家が忽然と消えてしまいました。

 狸とリスがびっくりして、ささやき合いました。

「不思議だね」

「あの女の子どうしてしまったのだろうか」

 お家が消えたあとには、白い大地と白い森が広がっているばかりでした。

 森はまた静けさを取りもどし、もう二度と魔女の娘をみることはありませんでした。


                                       完



 













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