表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンクエスト・ワールド  作者: あるべど
アルテニアの箱庭
9/57

雨の日の

挿絵(By みてみん)


 巨大な六枚の壁に囲まれているとはいえ、空がある以上、当然のことながらここにも雨は降った。

 雨の日は、ほとんど一日中、ログハウスの中で過ごした。


「雨の日は、どうもヒザが痛おうとかなわん」


 暖炉の側の肘掛け椅子に座ったアルテニアは、ぼくが煎れたカラスエンドウのお茶をすすった。


「ここへ来な」


 この日始めて、アルテニアは自分のこと、またこの世界について教えてくれた。


「五十年、あれからそんなにも月日が経つんじゃな」


 アルテニアは、暖炉前の床に座ったぼくを、祖母が孫を見るかのような穏やかな目つきで、眺めた。


「あたしがまだ、今のお前のように若かったころ、九人の仲間と共に、この地で目覚めた」

「仲間とここへ?」


 アルテニアはこくりとうなずいた。


「最初のうちは、みんなで力を合わせ、必死で生きようとした。東のわき水から水路を引いて、土地を耕し、作物を植えた。しかし、やがてあたしたちは、何かと言い争うことが多くなった。食料の多い少ないや、あいつは怠けてばかりだとか、誰それが誰それを好きで、また嫌いかなど」


 アルテニアはズズと茶をすすると、また口を開いた。


「一緒にいるからケンカする。そう思ったあたしらは、二つのグループに分かれて、別々に建てた小屋に別れて住むようになった」

 

 あの畑の脇の農作業小屋、やはり人が住んでいたんだ。


「それで、またみんなは仲良くなったんですか?」


 アルテニアは首を横に振った。


「しかしそれは、新たな問題を生んだだけじゃった。おかしいじゃろ。端から端まで歩いて半時とかからないこんな小さな世界でも、争うことを止めなかった」


 語るアルテニアの表情が険しくなった。


「そっちのほうが日当りが良い。水をもっとよこせ、保存しておいたジャガイモの数が足りない、お前たちが盗んだんだな! と、隣の芝が青く見えるのは、持って生まれた人間のサガなんじゃよ」

「それで、その後、どうなったんです?」


 興味を覚えたぼくは、身を乗り出した。


「ある日とうとう、一線を越えてしまった。あることが原因でな」

「グループ間での抗争が起きたんですね?」


 ぼくの読みが正しいとばかりに、アルテニアは両目を深く閉じた。


「最初は、畑を荒らしたり、育てていた家畜を奪ったりする程度だった。しかし、段々とその行為がエスカレートしていき、お互いに蓄積された怒りと憎しみが爆発した。相手のグループが石を投げつけ、こん棒を手に破壊行為におよぶと、あたしが所属するグループのリーダーは、ある決断をした」

「決断……?」

「彼は、密かに造り上げていた刀を持ち出し、相手のリーダーを殺害した」

「そ、そんな!」


 ぼくは、数十年前にここで起きた悲劇に絶句した。


「相手のリーダーを討ったことで、抗争は終結した」


 アルテニアはうつむき、首をふった。


「しかし、もう、昔のような暮らしには戻れなかった。あたしたちの中で、何かが変わってしまったんだよ」


 暖炉の中の組んだたきぎが崩れ、火の粉が舞った。


「そしてある日、敵対していたグループの残りの四人が、こつ然と姿を消した」

「消えた? 彼らは何処へ?」

「……分からない。しかし、そうなった責任は自分ひとりにあると感じていたのだろう。リーダーは、アイツは、消えた彼らを探しに行くと言い残し、消えた」


 昨日の出来事のように思い出したアルテニアは、くやしそうに唇を噛みしめた。


「じゃ、東の泉でぼくが拾った刀というのは!」


 アルテニアは何も答えず、重い腰をあげた。


「仲間を探しに行くと言ったものの、結局、ヤツは帰ってこなかった」


 アルテニアのリーダーに対する私的な感情が垣間見えて、二人の関係がどういうものだったか察しがついた。


「アルテニアさんは、彼のことが、好きだったんですね?」


 余計なことを言ってしまったのは分かっていたが、遅かった。髪を振り乱したアルテニアは、ぼくをにらみつけ、感情を爆発させた。


「結局、ヤツも、この土地とあたしを捨てて、覇道を行くことを選んだのさ!」

「覇道?」

「そうさ、壁の向こうに行きたいと願う者はみな、無数のヘキサゴンで構成された、スフィアの中心を目指すのさ!」

「無数のヘキサゴン? スフィア?」


 アルテニアの口から飛び出す、聞き慣れない単語の羅列に、頭が混乱した。


「どうせお前も行くんだ。いいさ、教えてやるよ! 世界の中心にあるという、番外地と呼ばれるヘキサゴンの主となった者は、すべてを知り、この世界を造り変えることが出来るのさ!」


「造り変える? それじゃ、そこに行けば、ぼくは家に帰れかもしれないんですね!?」

「……恐らくな」


 一転して、急に弱々しい声になったアルテニアは、身体を沈めるように、 肘掛け椅子に座った。


「しかし、そこに辿りつくまでには、無数にあるヘキサゴンを渡り歩く必要がある」

「その番外地とやらには、どうやって行けば?」

「残念じゃが、そこまではあたしも知らないよ。そもそも、ここが何番地かも分からないんだ。スフィアの一番外側に位置しているかもしれないし、もしかしたら、番外地と隣り合っているかもしれん」

「それじゃ、番外地の方角も、スフィア全体の規模も形も分からない」


 アルテニアはコクリとうなずいた。


「それだけじゃない。このスフィアの空の下には、ヘキサゴンを領地とする無数のクランが存在している」

「大勢の人が、争っている? こんなところで?」

「ああ、みんなお前と同じさ。家にかえるため、目的を果たすため、スフィアを征服して、世界の中心を手に入れたいと夢見ている」

「ぼくは世界を造り変えたい訳じゃない! ただ、この巨大な壁の檻から出て、家に帰りたいだけなんだ!」

「甘いな。ハイ、どうぞと、彼らが番外地までの道案内をしてくれると、思ったか?」 


 話しはそこで終わった。

 窓の外を見たアルテニアが、立ち上がったからだ。


「雨があがったね。畑の様子を見に行くとするか」


 そして、数週間が過ぎた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ