木こりと錬金術
朝日が西側の壁の縁を照らし始めると同時に起床し、南の畑へと向かった。
農作業が終わると、合間に昼食をとりながら、小川にかかった小さな橋に腰かけて、ニジマス釣りをした。2匹ほど釣りはしたが、アルテニアに言わせれば、ぼくに釣りのセンスはないそうだ。彼女は、大きなニジマスを5匹も釣り上げたからだ。
昼からは、壊れていた水車の修理に取りかかった。
カムがかけた歯車を新調しなければいけない事が分かり、ぼくは斧を手にとった。
さすがに、七十近い年齢のアルテニアには、木を一本、切り倒すことほどの筋力と体力はなかった。
材木に使う木は、墓地の丘と呼んだ斜面に数十本ほど生えていた、樹齢百五十年を越える翌檜の木を使った。
高さ15メートルほど、幹の太さが50センチほどの木を切り倒すのに、ぼくが慣れていないせいもあり丸一日を要した。
日がかげり、夕刻になると、中央の原っぱで、剣術の稽古をした。
「壁の外側に行くのに剣術の稽古って、必要ですか?」
疑問に思い問うと、アルテニアは、ぼくが泉のほとりで拾った、刀を投げてよこした。
「また背後から斬りつけられんとも、限らんじゃろ?」
それはそうだけど、いきなり斬りつけてきたのは、あんたじゃないか!
とも言い返せず、無言で刀を振り続けた。
釣りと違って、剣術の方には才能があるらしかった。
そう言えば今まで刀なんて握ったこともなかったのに、襲いかかってきたアルテニアを、ぼくは剣術で打ち負かした。あの時は、無我夢中でそう出来たんだと思っていた。
しかし、今になって考えてみると、ぼくが忘れているだけで、剣道かフェンシングでも習っていたのかもしれない。一度、自転車に乗ることを習得すれば、生涯、乗り方を忘れないという。そう考えれば、ぼくが刀を上手く扱えたのも納得できた。
ただ分からないのが、体術や弓術なんかも、最初にアルテニアからコツを教えてもらっただけで、その後はすぐに上達した。そのうち、七十の老女が相手では物足りなく感じてしまっていた。
「よほどあたしの教え方が良いのだろう」と、アルテニアは隙歯だらけの前歯を見せ、笑った。
日暮れまでしばらくの間、ぼくは、カラスエンドウの摘み取りを手伝わされた。
「これを水に洗って一週間、陰干しにしたものが、茶葉になるのさ」
単なる草むしりを強いられているようで、楽しい作業ではなかった。しかしこれが、あの香ばしい茶葉になると思うと、少しは我慢できた。
だんだん腰が痛くなって来て、へきえきし始めた頃、アルテニアは腰をトントンと叩きながら立ち上がった。
「これくらいで良いだろう。さっ帰るよ」
沼のほとりの魔女の家に帰る途中、アルテニアは笛を吹いた。
ピーピーピーー……
「何です?」
彼女は、薄く小さいカラスエンドウのさや豆を一つ、ぼくに手渡した。
「カラスエンドウは、ピーピー豆ともいってね、中の豆をとったサヤに、こうして、口をつけて吹くと、ホラ、音がなるのさ」
そう云うと、アルテニアはまたピーピーと、さや笛を鳴らした。
まるで無垢な田舎娘のようなアルテニアを見て、ぼくは少し、彼女のことが分かったような気がした。
またある時は農作業小屋で、錬金術というものを習った。
ところどころ土気色の挿しが入った鉱石と黒くつや光する鉱石を、アルテニアは手に取った。
土気色の方が銅石で、黒い石のほうが錫石だと教えてくれた。
「銅は加工しやすいが、やわらかく、そしてもろい」
アルテニアは銅石を摘み上げると、炭火にくべた炉の中に入れた。石は高温の熱で融解し、やがてドロドロになった液体金属が樋を流れて集まった。
「鉱石から金属を取り出す、これが精錬だ」
高温の炉が放つ熱で、小屋はサウナ状態になり、とにかく蒸し暑かった。
ぼくとアルテニアの身体は汗でびっしょりになっていた。
続けてアルテニアは、同じ方法で取り出したという錫の塊を、液体状態の銅の中に混ぜいれた。
「これを錬金術といって、銅と錫を混ぜ合わせることで、柔らかかった銅がより硬い青銅へと変化する。覚えておくが良い」
アルテニアは、開拓者であり科学者でもあり、また剣術の先生でもあった。そして良き、語り部でもあった。