南の畑と作業小屋
食事を済ませると、アルテニアはぼくを連れて、巨大な六枚の壁に囲まれたヘキサゴンの中を案内してくれた。
西の壁際にあるアルテニアのログハウスから、南側へ向かって林道を歩いた。ぼくがアルテニアに襲われたのは、東側の壁際にある泉だったから、まだ南西側は見ていなかった。
しばらくして、壁下に広がるテニスコート6面分ほどの広さの農園に出た。
畑には、小麦、トマト、カボチャ、キャベツ、ジャガイモなどの野菜や、リンゴや柑橘類の果樹までが植えられていた。
壁に囲まれた地形では、常に風は上から下へ押さえつけるかのように吹いていた。そのせいで、植物はどれも低く、葉は地表にへばりつくように広がっていた。
「ここを、アルテニアさんが一人で……」
畑の脇に一軒の小屋が立っていた。誰も住んでおらず、今は農作業小屋として使っているらしい。
「以前は、ここにも人が?」
小屋から出て来たアルテニアに問うた。
「無駄口をたたくんじゃないよ。手伝いな」
彼女はきつい口調で言うと、ぼくに鎌を手渡した。そのままぼくは、野菜の収穫を手伝わされた。
キャベツやカボチャなどの収穫が終わると、今度はクワで土を掘返し、ジャガイモとタマネギを収穫した。
まんまと騙されたような気分になってきたぼくに、アルテニアは、トマトをひとつもぎ取り、投げてよこした。
「食ってみな」
赤くまるまると太ったトマトはみずみずしく、かぶりつくと、口一杯に果汁が広がった。
「……美味しい」
「鶏の糞や卵の殻は良い肥料になるんだ」
アルテニアはそう言って、腰をトントンと叩き、空を仰ぎ見た。
柔らかい日差しが、畑の作物に降り注いでいた。
アルテニアはその後も、ぼくに農業に関する様々なことを教えてくれた。あまりに熱心に教えてくれるものだから、出口のことは、なかなか言い出せないでいた。
ぼくはこんなところに、1時間だって居たくなかったのに!
彼女には悪いが、これ以上、農作業になんかにはつきあっていられなかった。
「まだ、続けるんですか?」
アルテニアは、いらだったぼくのことなんかお構いなしと、採れたての作物を入れた籠を、ぼくに背負わせた。 ヤレヤレ、農作業も終わったようだ。
「アルテニアさん、ぼくは」
出口のことを切り出そうとしたが、聞く耳を持たない彼女はスタスタと先に、歩き始めた。
「今度は、何処へ行くんです?」
中央の草原を横切る間、アルテニアは無言だった。
右手に、泉のある雑木林が見えた。あそでぼくは、目の前を歩くこの老女に殺されかけたんだ。
そうだ、ぼくはまだ、完全に彼女のことを信じたわけじゃない。
今度は、どこに連れていこうと云うんだ? ぼくは気を引き締めた。