アルテニアの箱庭
「コンクエスト・ワールド」
第1章 アルテニアの箱庭
ぼくは夢を見ていた。とても、悲しい虚夢だった。
自らあげた叫び声で、目を覚ました。
夢というのは、目が覚めてはじめて、それが夢だったと分かる。
夢から覚めてもまだ、胸を激しくうつ心臓の鼓動は鳴り止まず、心にぽっかり穴が空いてしまったような喪失感だけが残っていた。
あれほどの悪夢だったにもかかわらず、内容が思い出せない。ただ無性に喉が乾いていた。
水が欲しい。それに少し肌寒い。
かけ布団を求めて寝返りをうつと、背中がビリビリと痺れた。床が硬い。眠っている間にベッドから床に落ちてしまったのだろうか。
目を開け、身を起こしぼくは周囲の異変に気づき、頭が混乱した。
そこが都市部郊外に建てられた12階建ての6階にあるいつもの自分の部屋ではなかったからだ。
ぼくは屋外にいた。それも剥き出しの原っぱの上で、仰向けになって眠っていた。
そよ風が頬をなで、青臭い草の匂いが鼻腔をくすぐった。
夜明け前だろうか、周囲はまだ薄暗かった。
夜中に寝ぼけて近所の公園まで出歩いてしまったのだろうか? ぼくはまだ未成年者だったはずだ。飲酒もしていなければましてや夢遊病者でもない。
まだ眠足りないまぶたを擦りあげながら、ここがどこなのか確かめようと周囲を見渡した。
「えっ!?」
見上げると、空に一筋の光の傷が走った。
「空に、縁がある」
それが巨大な壁だということはすぐには理解できなかった。
視界全面に広がる奥行きのある暗闇。プラネタリウムの中で居眠りをはじめていたのか? とも思った。
空が徐々に明るくなり始めた。
きしむ身体に、うめき声を漏らしたぼくは、立ち上がった。
寝間着用のいつものスエットの上下ではなく、白いTシャツとベージュのチノパンを着ている。それに、靴も履いていた。休日に履く赤いスニーカーだ。
顔をあげ、ゆっくりと振り向いた。
ぼくは絶句した。
天まで届くような巨大な真っ白い壁が、そびえ立っていた。
空の傷は、太陽光線が、壁にうつし出した反射光だった。
圧倒するような巨大な壁の高さは、世界一高いと謳われる中東の超高層ビルを思い起こさせた。ビルの高さは、1000メートルを超える。それに匹敵するのではないかという巨大な壁という壁が、東西南北、ぼくを中心に取り囲むようにして存在していた。
いったい誰がこんな巨大な壁を? というよりも、なぜ自分がこのようなところに? という疑問の方が先だった。
ここが夢の世界だろうが、現実だろうが、今はどっちだって良い。夢は覚めないと夢だと分からないのだから。それまでは夢の世界もまた、現実かもしれない。
ぼくは落ち着きを取りもどすために、大きく深呼吸をした。
巨大な白い壁が反射板の役割をはたし、朝の太陽光が、周囲の壁へと拡散した。辺りはまだほんのり薄暗かったが、様子をうかがい知ることができた。
林が見えた。小高い丘もある。どこかで、水の流れる音が聞こえた。そして、壁に覆われた狭い空を見上げて、ひとつ、気づいたことがあった。
空の型だ。
「空が、六角形の型をしている」
薄紅色に染まった雲と蒼い色の空が、 限られた六角形の空の中で、勢力争いをしていた。
白く塗られた壁のせいで、それほど圧迫感はない。どこまでも地平線がつづいているように錯覚した。壁までの距離はそう遠くはない。3分ほども歩けばどの方角の壁にでも辿り着けそうだ。
ぼくは壁に向かって、歩き出した。