-第二節- 一頁
河原は思ったとおり、人気が全くなかった。
無理もないことだ。兵士の休日は一般的な商人たちとはずれることも多い。もちろん、被ることもあるが今回は前者のほうだ。母が町に出かけたように、町は活気だっていることだろう。
そもそもの話、仮に今日が休みだったとしても、ここに人が集まることはない。
“色彩感覚”を無くしてから国民―――特に大人は、河原や公園に行くことを極力しなくなった。
色彩感覚がないということは、どんな花を見ても、木を見ても色合いの変化がないということだ。川の中に入って遊ぶ子供たちならばまだしも、風景を見ることがメインとなる大人にとっては、それは耐えられないものなのだろう。
日常生活においては、白と黒のモノトーンの世界に慣れ――色がないことに諦めを感じていても、娯楽として風景を見たり散歩をするという行為や森林浴なんていうのは、やはり耐え難いものがあるようだ。
僕は、誰いない河原に寝そべり空を見た。
僕の目には、相変わらず見渡す限りスカイブルーに染められた空が見える。
一年前のある日から、僕の目に映る景色は変わらない。きっと、それは喜ばしいことのはずなのだ。けれど、僕はふっと久しぶりに思う。
(なぜ、僕の世界から色彩が消えなかったのか?)
一年経った今も僕には理解できていない。別に、僕が選ばれた戦士とかそんなものだとは思っていない。そもそも、仮に僕がその選ばれた戦士だったとして、誰と戦うのか?という話しだし、倒すことで色彩感覚が回復するなんて、魔術師でもこの世界にいるのかという話になる。
いや、まぁ色彩感覚がなくなるという現象自体が魔法みたいな話だが、色彩感覚を奪う意味がわからない。
まぁ、僕が考えて結論がでるのなら、今王宮であせくせ働いている博士や学問に精通している人間の誰かが、そうそうに結論を出しているに違いないのだ。
僕が何かを考えたところでどうにもならない話なのだ。僕に出来ることがあるとしたら、実験のモルモットに立候補するくらいだ。
「―――!?」
突然、寝転がっていた僕の顔の上に誰かが覗き込んできた。よく見ると、僕より4つくらい若い少女のようだった。
驚いた。
人の気配をまったく感じさせなかった。
僕が驚愕を隠せずにいると少女は怪訝そうな顔をして、口を開いた。
「―――大丈夫ですか?」
そう言った少女の声は、澄んでいて形だけならか弱く幼い印象を受けた。
僕は、そんな少女に驚いてしまったことを隠すように、少しだけ大きめな声で少女に声をかけた。
「あぁ、大丈夫だよ。―――君は何でこんなところにいるんだい?」
と、僕が問い返すと少女は逆に僕の問いに問い返してきた。
「“何で”とは、散歩をしてはいけないのですか?」
僕は、言葉に詰まった。
いや、そうだ。色彩の変化がなくても散歩という行為が好きな人間はいるはずだ。
けれど、僕は彼女にこう言った。
「いや、その……散歩しても楽しくないでしょ?変化なくて、町ならまだしも…」
僕は、彼女も他の人間と同じというのを疑っていなかった。第一、疑うなんて選択肢は端から存在しない。有り得ない話なのだ、僕のような例は。
少女は、僕の隣に腰をかけると何かを考える素振りを見せてから
「アナタこそどうして、ここにいるんですか?」
と不思議そうに尋ねた。僕は、どう答えるべきか一瞬悩む。
本当の話をするべきかどうか、という点では僕は話す気がないので悩んではいない。変な奴だと思われるのは、ごめんだ。
だからといって、今の世界で普通だといわれる人間なら、ここにいないはずだ。
そもそも、僕は今彼女に町じゃないのに散歩して楽しいか?と聞いたのだ。それでしっかりとした回答なんて、いえなくなっている。
どうしたものだろうか。
僕は、ただ素っ気なく「何となくだよ」と言った。
彼女は、それに納得したように頷くと「なら、私も何となくです」と言って笑った。
「何となく、見たくなったんです。誰にも気を使わずに世界を」
彼女は少し不思議な言い回しをした。たぶん、そこで僕はわかりやすく怪訝そうに顔をしかめたのだろう。
彼女は、微笑みながら爆弾を落とす。
「きっと、あなたと私は同じはずなんです」
よくわからない。僕と少女が同じ?何の話だ?
「ねぇ、あなたも“色”が見えてるんじゃないんですか?」




