表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の受命と無神論者の神  作者: 自然対数
第四章 女神の答えは恋人の剣
99/155

少年の愛する女神

「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 レントの姿が変わっていく。

 牙は完全なものとなり、光の剣を構える。

 髪は白みを帯びていき、背中からはコウモリの翼と女神の翼が生えてくる。

 服はワインレッドに濡れていた。

 その姿は紛れもなく吸血鬼であった。

 吸血鬼は上空で叫びながら、地面にいるすべての生き物をにらみつける。

 上空に浮かんだ吸血鬼の手を白い袖が抑えた。


「はい、ストップ。君は聞いていなかったのか? ハングドマンはなんと言っていた? 火蟻に復讐するなといったはずだ。君は約束を違えるのか?」


「はあああああああああああああああああああ!」


 かげろうの手の中でレントがもがく。

 かげろうは手を押さえているだけだが、レントは虚空に縛りつけられているように動けずにいる。


「そうかそうか。僕の意見は聞きたくないと。だが、彼女はどう思うかな」


 かげろうが指をならすと、上空にシャルロットが浮かんできた。


「あたしは、レントにはレントでいてほしい。復讐なんて、レントのすることじゃないよ」


 シャルロットは必死の形相。赤いツインテールが風になびく。


「馬鹿でスケベで、でも正義感があったレントに戻って。あたしと一緒にあなたを探そう! 今、あなたが、向こう側へ行ってしまったら、もう戻れないかも知れないから」


「だからって!」


 ーーだからといって復讐しないわけにはいかない。


 家族を殺された。


 家族を殺されたんだ!


 なにもしないでいられるわけがない。


「なあ、レント君。彼はせっかく天国に行けたんだ。やめてやれ。彼女と吊し人のために」


 天国に行けたはずなんて……。


 ないと言うのはあまりにも親不孝に思えた。


 たとえ炎に焼かれようとも、親父が地獄に落ちたなんて考えたくはなかった。


 ハングドマン・ルクセリアはきっと天国に行けた。


 確かにあのときの顔は、とても安らかであった。


 そう気が緩んだ瞬間、スイッチが切れたようにレントが堕ちる。体力が無くなったのか、戦意が無くなったのか。


 地面に落下する寸前、姿が消えた。


 ○○○


 何だか温かい。すべすべして……もちもちしてて……何よりいい匂いがする。ナデシコ……だったかな……いい匂い……。シャルロットの匂い……。


 なんだかよくわからないが思いっきり貪った。


「ふんっっっん、だ……め……顔を……押しつけたら……」


 目を開けると肌色。


 寝返ると、そこは俺の私室だった。


 あれだけあった女神の像や絵が無くなって、あるのはただただ大きなシャルロットの卑猥な絵。三角木馬にまたがるシャルロットは苦痛とも恍惚とも呼べる表情で戦車から放たれた白い染みを被っていた。

 本物のシャルロットはというと、口を真一文字に結び、涙を浮かべていた。

 どうやらシャルロットの太ももの上で寝ていたようだ。


「ご、ごめんシャル、怒ってる……よね」


 いつもなら、銃弾が飛ぶ。だけど今は、


「ん。許す」


 シャルロットは顔をそむけるだけ。


「なあ、俺はどうすればいい」


 火蟻が親父を殺した理由は理解できる。親父の最後の言葉も理解できる。だけど、納得できなかった。


 それに衝動がくれば俺もまた親父の様になってしまうかもしれない。怖い怖い怖い。何もかもが。


「どうしたい?」


「俺は……」


「こうしていたくない?」


 ああ、シャルロットの太もも……気持ちがいい……ずっとこうしていられるなら……ダメだダメだ……でもまあ、ちょっとくらいなら……。


「シャルは嫌じゃないの?」


「嫌よ。足しびれてきたから、こっちにしなさい」


 シャルロットが足を崩す。さらにベッドに寝そべり、自分の胸を叩いた。


 誘惑に逆らえず、シャルロットの小さい胸に顔を埋める。


「俺は、どうすれば」


「こうしてればいいでしょ」


 シャルロットが頭を撫でてくれる。それはまるで……。


「女神さま……」


 その瞬間、今まで優しく撫でてくれたシャルロットの手が、胸に押しつけるように変わる。


「はあ! 女神さま女神さまって! もう我慢できない! あんたはあたしなんかどうでもいいの!?」


「シャル……苦しいよ」


「いつもいつも、いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつも! あたしの気も知らないで! もういい、あんたなんて、あたしの胸で窒息しちゃえばいいんだわ!」


 本当に意識が無くなりそうになる。


「シャル……が……めが……」


 落ちた。


 ◯◯◯


 目が覚めると、俺はシャルの胸で寝ていた。小さいけど、柔らかくてすごく気持ちがよかった。シャルも寝てしまったようだ。それにしても……。


「こんな身近にいたなんて」


 体勢を変える。今度は俺の上でシャルが寝られるように。軽いシャルロット。持ち上げるとナデシコの香りが広がった。


 俺の上でシャルはぐっすり眠っている。


「かわいいな。よしよし」


 シャルロットの頭を撫でる。柔らかい赤毛のツインテール……。

 ゆっくりと髪を縛るリボンをはずしていき、


「ちょっとくらいなら」


 俺は肺にある空気をすべて出しきり、シャルの頭に近づける。シャルを起こしてしまうのではないかと思うくらいの心臓の音が鳴り響く。


 そして、思いっきりシャルロットを吸い込む。

 ちょっとだけ、ちょっとだけっとシャルロットの髪を貪る。おでこの生え際から、うなじまで。耳の回りも。

 だが、そんなことをすれば。


「あんた……何してるの……」


 おでこの生え際を嗅いでいたらシャルロットと目があった。言い逃れはできない。


「シャルの匂いを嗅いでました……」


 これはさすがに銃弾に貫かれると思ったが、


「む。女神さまのじゃなくて悪かったわね」


 匂いを嗅ぐのはいいのか……。じゃあ、誤解を解かなければ。


「いや、女神さまのだよ」


「はあ? どういう意味よ」


「シャルが女神さまってこと」


「だから、それはどーー」


 レントはシャルロットの下唇を食んだ。


「あ、あんた……あたしの……こんな……」


 シャルロットの顔が反転して見える。逆側からの口づけに悶える。


「やだった?」


「むう、ちゃんと顔見たい」


 シャルロットが反転し、馬乗りになる。そして、


「俺の女神さま……」


「あたしの勇者さま……」


 二人は口の中を貪り続けた。


 ◯◯◯


 けれども、吸血鬼は吸血鬼。衝動が来る。


「シャル、ダメだ、逃げて。来る……」


 シャルロットは逃げない。もう一度口の中に舌を入れて、俺の唾液を掻き出す。シャルロットが口を離す。糸を引いているのはどちらの唾液なのだろうか。


「いいよ……勇者さま……あたしから血を吸って……」


 シャルロットが陶器のような首をさらす。あの光る水玉は寝汗だろうか。


「我慢……しちゃ、いや……」


 ダメだった。シャルロットの首筋に噛みつき、すすり上げる。


「ひゅにゃああああああああああああああ!」


 シャルロットがびくんびくんと痙攣する。


 だが、後には戻れない。女神が枯れるまでその血をすすり上げた。


 ○○○


 上空に二つの影。


『ひゅにゃああああああああああああああ!』


 シャルロットがびくんびくんしている。その姿は背景のシャルロットの三角木馬絵よりも激しい。


「ちょ、ちょっとかげろうさん! あれ大丈夫なんですか!?」


 テンペランスが尋ねるが、かげろうには見えていない。見ることも可能だったが、テンペランスが。


『そんな星屑野郎みたいなのはダメです! 私が代わりに見ときます』と言って千里眼を起動させた。


「いや、僕見えてないから。何のことだかわからないね」


「嘘つきめ! 見てなくてもどうせわかってるんでしょう」


 テンペランスはかげろうを買いかぶりがちだ。


 ーーまあ、わかるんだけどね。


「大丈夫じゃないの。彼、四分の一だから。ちょびっと血肉を吸うくらいで。シャルロットちゃんもそんなんじゃ死なないだろうし」


「じゃあ、レオナさんは!」


「あの子は……あいつはもうとっくに気がついているんじゃないか」


「それってどういう」


「蛇、蝗、蘭央は頭おかしいし、スノーとステラとサンは恩があるからってのと、やっぱり火蟻と蝗が好きだからあれでいいんだと思う」


 蜏が遠くを見た。


「レオナ=ストレングス、あいつは普通だったんだ。正義感の強い、力の強い、でも、ただそれだけだった」


 かげろうは遠くを見つめた。

 まるでレオナが死んでしまったような口ぶりで、テンペランスは恐ろしくなった。

 友達がこの先死んでしまうかもしれないことに恐怖した。


「ごめんよ、テンペランス。レオナは死なない。死なせない」


 それがテンペランスを安心させるためだけの嘘なのか、本当のことなのか、テンペランスにはわからなかった。

 蜏は不吉な雰囲気を変えるように、テンペランスの肩に手をおいた。


「ってか火蟻は変態女回収車みたいになっちゃったね。テンペランスも気をつけなよ」


 テンペランスがムッとする。


「ええ、今も変な虫に付きまとわれてるので大変です」


「僕のこと? 酷いじゃない」


「違いますよ。この自意識過剰」


「じゃあ誰なのさ」


 蜏は本気でわからなかった。対象から自分を省いたとして、レントも火蟻も付きまとってる訳ではないから違うはずだ。グリムも最近は顔を出さずに蜜蠭の後ばかり追いかけているから違うはず。

 そうなるといよいよわからない。


「言いませんよ。ばか」


 テンペランスは困惑する蜏を見ながら笑っていた。


 ◯◯◯


「ところで、エレミットさんを見かけないんですけど」


「あれ、気づかないの? エレミット・エクスペリエンスってのは……」


 私のことだ。

 振り返ると、隠者のローブを纏う女の子。


「さて、あなたには終末を倒してもらう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ