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不死の受命と無神論者の神  作者: 自然対数
第四章 女神の答えは恋人の剣
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勝利の戦車と力の獅子

 黒蛾の館 廊下

 教会は部屋の一室を改良して作ったものだ。

 そのうち、扉から二人が出てくるであろう。

 ワインレッドの廊下の壁にかげろうとテンペランス、エーゼルが寄りかかる。


「これで良いですか? いきなりなんだと思ってくれば普通の仕事じゃないですか」


 エーゼルが不思議そうな顔をした。

 彼はサンやスノーと共に洗脳されたことが不満だったようだが、それとこれとは別らしい。

 エーゼルにとって“憎むべき者”という概念はなく、したがって普通の神父のように結婚の仲立ちをすることへの不満というのはなかった。

 もともと祓魔師エクソシストのような報われない仕事よりも、祈ったり説教したりする方がエーゼルは得意なのだ。


「たまには良いんじゃない。君、本当は血生臭いの嫌いでしょ」


「それでもーー救えないとしても、僕は祓魔師という職業を選んだ。そこに悔いなんてない」


「羨ましいよ、皮肉じゃなくてね。僕はいつだって、あのときああすれば、って思うんだ」


 場が沈黙した。

 テンペランスは大きく息を吸って、話をそらした。


「それより、随分らしくないじゃないですか。どういう風のふきまわしですか?」


 テンペランスが片目をつむった。


「そうかな。僕はけっこう好きな演出だけど」


 それで蜏も調子を取り戻し、再び飄々とした口調に戻った。


「いいや。あんなのどう考えても割りに合わない。冗談」


 テンペランスが笑う。


「君は僕をなんだと思っているんだ……」


 蜏がうつむいた。


「まあいいよ。僕はね、世界中を幸せにしてみせるよ」


 ◯◯◯


 しばらくの後、扉からは泣き腫らした女と、もっと泣き腫らした男が出てきた。


 ファストとスカーレットは彼らがともに過ごした時間と同じように成長していた。


「「ありがとうございます」」


 二人が頭を下げる。頭を下げた彼らには見えなかったが、


「どういたしまして」


 笑って答えたかげろうが一瞬、本当に神さまみたいだと思ってしまった。


 ○○○


 西サハリア ハングドマン異能力研究所西サハリア支部 前庭


「俺は悪人か?」


 レントは飛ばされるままに飛ばされ、行く先々で同じ質問をしたが、未だ満足のいく答えは得られない。かげろうの目的は不明だが、見知った人たちに聞きたいことを聞けるのであえて反抗しなかった。

 照りつける日差しの中、目の前にいるのは、シャルロットとレオナ。


「レント! どういうこと! あたし全然わからない。教えてよ!」


 シャルロットが近づいてくる。


「レント。あなたどうしちゃったの?」


 レオナはいつのまにか呼び捨てだ。

 だが、気にはならない。


「答えてくれ。俺はこれもこれも本当はどうだっていい」


 レントは女神と聖剣を投げ捨てた。女神の意識は遠に無くなっており、聖剣と一緒にごみのように倒れた。


「俺は人間か。吸血鬼か。何なんだ?」


 二人は困惑している。だからまずは日記を見せた方がいいのかもしれない。

 なのにーー衝動がレントを襲ってきた。


「いいいあああああああ!」


 いま発作が起きたら目の前の仲間達が自分によって食い殺される。一瞬の快感を得たあとにやって来るのは心の破滅だろう。


 わかっている。


 けれども衝動は収まらない。その一瞬を得られるなら、友達でさえ殺してしまって構わないと思う自分に戦慄した。


 ただ、話をしたいだけだったのに。それさえも運命は許してはくれない。


 吸血鬼の牙が口元を裂いて伸びる。


「お前ら!」


 逃げろ。


 ○○○


 ハングドマン異能力研究所 前庭

 飛行機を乗りついだ後は徒歩。

 砂漠地帯を二本の足だけで進んだ。

 若干足が痛んできているが修行の一貫とでも思っていればいい。


「ここか」


 正義子が見つめるのは破壊された女神像。

 その傍らに暗雲、刺刀、自己、気圧の四人がおとなしく座って待っていた。


「正義子さんが来た!」


 まず気圧が顔をあげた。満面の笑みで駆け寄ってくる。かわいいやつだ。


「おー、気圧。おいで!」


 気圧を抱きしめる。


「元気してたか?」


「はい! 正義子さんは元気でしたか?」


 そう見上げる気圧の目には傷がつけられていた。その片目は一向に開く気配がない。


「その目はどうしたんだ」


「実力不足でした。すいません」


「いや、謝ることではないさ。それよりも大丈夫か」


「はい!」


 気圧はすっかり元気そうであった。


「ああ。早速だがここから逃げるぞ。また、レントが襲ってくるかもしれない」


 正義子がここに来た理由は、レントから彼らを守るためだ。水脈はすでに姿を消し、暗雲と刺刀は満身創痍と言っていい。自己だって上空から真っ逆さまに落とされたらしいから、体は治っていたとしても心が間に合わないだろう。


「大丈夫ですよ、正義子さん。レントは僕が倒しますし、倒せます」


 さすがは聖だ。その瞳は誰よりも聖因子の色が強くなっている。


 だが正義と強さはイコールではない。


 あのときのはりねずみは火蟻を含め、シャルロット、レオナ、テンペランス、正義子をそして何より多重能力者である機械天使二人を相手取り、圧倒した。

 彼は恐ろしく強かった。

 だからログハウスで後からりんごに聞いた言葉は理解できなかった。


『彼はただ、耐えられなかったんだよ。そして今も、私が抑えていないと耐えられない。世界は不条理で、理不尽。彼の大切なものを奪った世界には神様なんかいないし、いたとしても悪趣味でしかない』


 耐えられないーーなんて弱々しい言葉だろう。

 彼は世のことわりに絶望したのだ。

 まるで弱者であるかのように。


 世界が不条理なことに耐えられるのと、世界が不条理ならことに耐えられず壊して喰らってしまおうということーーどちらが最強に近いのだろうか。


 もっと身近に落として例を挙げてみてはどうだろう。


 肉親が殺されてそれでも前を向いて生きることと、肉親が殺されて復讐を誓うこと。どちらが強いのだろうか。


「気圧。確かにできるかもしれない。だがな、強さとはそれだけではないし、正義も人によって違うんだ」


「どうしたの、正義子さん」


「我々はそこまで強くはないということさ。私にもよくわからん」


 気圧は首をかしげていた。自分にもわからないことを人に説明できるわけはなかった。


「それよりも暗雲、刺刀、自己。お前達は私の目の中に入れ」


 そう言って、正義子は三人を目の中のパニックルームに閉じこめた。


「正義子さん、僕は?」


 ずいぶんと悲しそうな顔をしている。さっきのも少し説教臭かったかもしれないし、今も仲間外れにされたと感じているのかもしれない。


「そうだな、私はお前を雇おう。報酬はこれでいいか?」


 初めての依頼であり、気圧にとっても初めての仕事かもしれない。


 報酬は“正義について”という本。著者はハニー・ヘキサグラムという昔の人だ。拷問と処刑の話ではないのであまり好きではないかもしれないが、それでも今はこういう本を読んでほしかった。


「嬉しい! ありがとうございます! 大切にします」


 満面の笑みだ。その顔を見ると正義子も嬉しくなる。


「うむ、では早速仕事をしてもらうぞ。私も足が痛い。少し疲れたのだ」


 空中を駆ける。


 気圧は正義子をお姫様だっこで運んでいた。二人が向かうのはここからできるだけ遠く。


 雲の切れ間を飛んでいく。


 そして、その途中、空から女の子が降ってきた。


「正義子さん、どうすれば!」


「私に任せろ」


 ○○○


 レントは徒手空拳でシャルロットに襲いかかってきた。

 シャルロットの銃は腰。とっさの事で手が届かない。腕を掴まれ、吸血鬼の牙がシャルロットの甘い首筋にかか……らない。

 レオナが手を振っただけでレントの肩から鮮血が溢れる。

 いまや、レオナは風圧だけで人を切ることができた。


「私の方も美味しいわよ」


 傍らの剣をとったレントはレオナに目を向ける。


「グルラアアアアアアア」


 レントがレオナの胸に剣を立てるが、それは残像。


 急いで振り返るレントの額には穴が開く。


「ちょっと! そんな女の所に行かないでこっちに来なさいよ」


「そんな女って! 酷くない? 私はあなたが好きよ、シャルロット」


 シャルロットはきょとんとした。何を言っているのかわからない。あれだけいがみ合っといて、今さら好きよはあり得ない。


「はあああ? どういうことよ!」


 レオナの手刀によりレントは気絶した。レオナが恐ろしく強いから……というよりもレントの動きが鈍かった。沸き上がる何かを抑えていたからかもしれない。


 レオナはレントを抱き寄せる。


「好きな人の好きな人。シャルロット……」


 気づくと、シャルロットは既にレオナに組伏せられていた。

 銃は既に遠く。

 シャルロットの目の前には顔を火照らせたレオナが顔を近づけてくる。


「ダメ! な、どういうつもりよ!」


「どうして? 嫌い?」


 レオナはこんな風だっただろうか。シャルロットといがみ合っていたのはなんだったのだろうか。いや、まて。まさか。


「あの口縫い女に何か言われたの?」


「あの人すごいよ。シャルロットも話せばわかる」


 ーー洗脳されている! 意図はわからないけど、こんなの間違ってるわ!


 レオナの口からよだれが垂れる。ガラス色の糸がシャルロットの口周りにかかる。

 甘い汁が口の中を犯してくる。それはまるで沸騰した蜂蜜のようだった。


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。必死にもがき、空の手が引き金を引くように動く。


「放して放して放して! 私はあんたが嫌いよ! 私の好きなのは」


 レオナの向こう側に立つ少年。

 光の剣が一閃。レオナの首が飛ぶ。


「シャル……ロット……大丈夫か……」


 光の剣を地面に突き立て、今にも倒れそうなレント。剣に全体重を乗せる。


「レント! どういうこと! どうしちゃったの!」


 レントはシャルロットに手帳を投げる。


「俺は……悪なのか……」


 ○○○


 盤面が揃っていく。

 最後の審判は近い。

 火蟻とレントを適切な場所に送ることで、適切な人から適切な言葉を授ける。

 それは彼らをインターセプターやテラーから守る意味も兼ねている。

 彼らは火蟻やレントを危険因子と見なして、潰し合わせようと考えているからである。

 その思惑に軽く乗るような素振りを見せつつ、彼らを守っていた。

 最後の審判の方も順調にことが進んでいる。インターセプターの策でさえこちらにとっては好都合。


 さて、最後が近い。


 必ず、全てを救う。

 かつてできなかったこと。

 今ならできる。

 出来損ないの神様に代わって。血も涙もない法則かみさまに代わって。


 そして必ず殺してやると。


 ○○○


「レント……」


 シャルロットはその手帳を読み終わった。


「あなたのことはわからない。だけど私はあなたの味方。だから一緒に扉を開けに行くわよ」


 シャルロットはフラフラのレントを抱えながら研究所の場所まで入る。

 だが、シャルロットの小さい体ではレントを支えることなどできない。


「私を置いてくな」


 シャルロットの反対側からレオナがレントを支えてくれる。


「行くわよ。大嫌いなシャルロット」


 首が飛んで洗脳が解けたようだ。


 目指すは地獄。




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