星空の暗刀
聖執行部跡 麓
飛行機に乗って三時間ほど。途中で落下して火蟻たちは正義子たちと合流。正義子は蝟(林檎)がレントを食い止めていると火蟻に説明。その時、電話が鳴る。
『もしもしー、火蟻? こちら林檎ちゃんでーす。レントは倒したんだけどね。蜏にまたやられちゃった』
声は蝟。口調は林檎だ。蝟の声でぶりっ子をされると、火蟻の顔が苦々しくなる。
「どういうことだ」
『また眠らされて、気づいたらレントがいないって感じ』
またしても蜏の邪魔が入る。火蟻には蜏の思惑がわからないが、そんなことよりも今はレントである。ハングドマンの目の前でレントを殺す。
「じゃあ、今あいつがどこにいるかわからないのか」
『そんな感じー』
「そうか、じゃあ今夜はそっちに泊まる。あと一つ聞いていいかな」
『ん?』
「ねずみは……どうしてる?」
もう、会えないのだろうか。火蟻は虚しくなる。封印したのは自分。でも彼を放っておけば本当にすべてを喰らうところだった。それは彼の誇り高い誓いを破るものであり、彼のためにもそうするべきだったーーと自分に言い聞かせるしかない。
確かに蝟には会える。けれども中にいるのは林檎だ。
『寝てるわ。ぐっすりとね』
「そうか」
『そうよ』
林檎は寂しそうに答えた。彼女もまた寂しいのかもしれない。
○○○
USAT マイアミース アルカナ教会附属高校 テンペランス・パルシモーニア私室
テンペランスの部屋は青を基調にして清涼感のある仕上がりとなっている。ベッド、机、の他は無断なものがなく、さすが節制という印象だ。窓の外はもうすっかり暗くなっている。
「やあ、テンペランスさん」
現れたのはーー。
「「伏義」」
テンペランスと蜏の声が重なった。
いきなり女子の部屋にワープするなど、悪趣味にすぎる。テンペランスがにらみつけるが、蜏は意を返さない。
「ねえ、僕の名前間違えないでよ。気分が悪い。蜏って呼んでくれないかな。僕はこれを気に入ってるんだよね」
「何のようですか?」
テンペランスがどうあがいたところで、蜏には勝てるはずもない。にらみつけるしかできない。
目の前の男は黒蛾と女神を封じ、雷蜘蛛殺害疑惑もある。蝟を一瞬でねじ伏せたのも彼だ。
さらに言うと、蝗式二番ーー通称アリスカードを自分の知らない間にポケットの中に入れこんだのはこの男のはずだ。
「君はできるはずのことをしていない。やれるはずのことをしていない。それは後悔を呼ぶよ」
「どういう意味ですか」
「全能者の石ーー傷がつけられないものすごく重い石ってだけだ。君なら小さくできる」
初めから無駄だとわかっていることを、どうして責められなければならないのか。
「いいえ、私なんか無理に決まっていますから。ってか出ていってください。女の子の部屋ですよ。私の部屋に勝手に入ったり、私のポケットに手っ突っ込んだり最低ですよ。お話なんてないんで帰ってください」
テンペランスの言葉に蜏が笑った。
「えー、お話はこれからだよ。君、自分の能力は知ってる?」
「何を今さら。物を手に収める大きさにする能力ですよ」
「物ってのはどこまで?」
「どこまで?」
蜏の言葉の意味がわからない。どこまでというのはどういうことか。
「だから、巨人のバーシニアができるならさ、家、山、地殻」
蜏の言葉がだんだんと大きくなっていく。気がつくと自分の手が震えていた。
「地球、太陽系、銀河、宇宙、世界そのもの」
テンペランスはあっけにとられる。
「何を……」
「試したこともないくせにそんな顔しないでよ。試しにさあ、世界をやってみ……ると、インターセプターが来ちゃうから、全能者の石のところに行こうか」
「は?」
訳もわからないままテンペランスは肩を掴まれる。蜏は笑ったまま。
「行こうか」
夜の砂漠は肌を刺すように冷たい。星の光に照らされるのは暗い色をした全能者の石。レントが掘削したため、少しえぐれている。太陽が出ているときは真っ白だが、夜になるとその石も夜色に染まる。
「さあ、やってみて」
テンペランスが石に手を当てる。
しかし何も起こらない。
「気合いが足りないとか」
「気合いでどうなるものでもないでしょう!」
「まったく……記憶を消されすぎてる。君は本当はもっとできるはずなのに、それまで忘れてしまっている」
「どういう意味……」
テンペランスが訝しむ。
「仕方ない。少し補助するよ」
蜏がテンペランスの腕を優しく包み、全能者の石に当てる。するとーー。
「私が……」
テンペランスの手の中には真っ白な石。眼前にあった全能者の石は消えている。そして、目の前にはボロ衣を纏った黒蛾。地面に伏せていた。
「やあ、黒蛾、久し振り。こちら、“世界を手にいれる能力者”テンペランスさんだよ」
黒蛾はまだ状況が読めてないらしくボーッとしている。
「説明するのがめんどくさすぎるからこれ見て。二人とも」
蜏が取り出したのは天使のわっか。但し、機械でできた銀色の輪だ。輪の中には映像が投影される。しばらく、その映像を見た後、
「誤解は解けたかな。ということでお二人にはついてきてもらうよ」
○○○
西サハリア ハングドマン異能力研究所西サハリア支部 前庭
崩れた女神は跡形もなく残っていない。石を敷き詰めて作った庭園は、今では、暗雲たちの戦闘訓練場となっていた。
近いうち、レント・ルクセリアがこちらにやってくるかもしれないという連絡を火蟻から受けた。みつけしだい食い止めていてほしいと。全く子供にするお願いではないのだが、そこは聖だけあって彼らはすぐに了解した。
暗雲は新技の体得している最中だ。
「ね、ねえ暗雲。もう寝る時間だよ」
寝る時間など関係ない。大事なのは練習だ。
「あ? 勝手に寝ればいい。俺がいないと眠れないわけでもないだろ」
刺刀の様子が最近おかしい。特に、朝起きるといつのまにか刺刀がベッドに入っているのだ。淋しいのだろうか。この頃の子供と言うのは体のホルモンバランスが変わりはじめるので、理由もなく不安になることもあるのだろう。こういった知識も全部サバキの授業のおかげである。
「そういう訳じゃないけど……」
「はあ、仕方ないなあ。お前先にシャワー浴びてきな。お前が風呂から出たら、練習を切り上げて俺も風呂に入るから」
「ふぇ! 一緒にお風呂に入るなんて」
刺刀の顔が真っ赤に染まるが、誰も一緒にとは言っていない。そこまで面倒見きれない。刺刀は早合点をするきらいがあるので、ちゃんと説明してやらなければいけない。
「お前がシャワーを出た後に、俺が入るんだ。どうせ今日もお前は俺のベッドで寝るんだろ。だったら待ってろ」
刺刀が膝をすり合わせ、顔からは火を噴いている。淋しいとバレるのが嫌なのだろう。黒髪の長いツインテールを揺らしながら顔をブンブンと振っているのも、そんなに自分はそんなに弱くはない! という意思表示なのだろうか。
「暗雲が私をベッドに……」
とそこで、刺刀が鼻血を出しながら仰向けに倒れてしま……いそうなところを暗雲がさっと抱き抱える。
「まったく、どうしたんだ? 鼻血なんかだして。このまま風呂は心配だな。明日の朝、入ろうか。今日は仕方ないからこのまま一緒に寝てやる。それでいいか?」
「うん……」
刺刀の息が荒い。本当に心配である。
熱でもあるのではないだろうかと、暗雲は刺刀おでこにおでこをくっつける。
「あつっ。心配だな。今夜はずっと一緒にいよう。水とか、欲しいものがあったら、言え」
「じゃあ、暗雲……」
「俺がどうした?」
「暗雲……」
「あー、本当にヤバイかもな。たくさん寝ろ。そうすれば良くなる」
暗雲の腕のなかで、刺刀はだらんとした。目があった瞬間、心を持っていかれそうな、何か違和感を感じたのですばやく目をそらしてしまった。
「暗雲……が欲しい……」
「はいはい、御自由に俺をお使いください。お姫さま」
暗雲の軽い冗談に、刺刀はーー。
「はい、王子さま」
ニッコリと笑顔で答えた。その顔に暗雲は胸を締め付けられた。
「刺刀さ、いや何でもない」
前から刺刀はかわいいと思っていたが、暗雲にとって今の感情は少し違う。何と言うのだろうか。守ってあげたい? 笑顔のままでいて欲しい? 独り占めしたい?
「刺刀、俺、お前のこと好きかもしれない」
刺刀の顔がパーっともう一段階赤く染まる。その姿もなんとなくいとおしい様な気がする。
「刺刀は俺のことどう思う?」
とっさに出た言葉だった。情けないやら恥ずかしいやらで今すぐここから逃げ出したかったが、それでも刺刀を放っておくことができないので刺刀の返事を待った。苦しいほど長い沈黙。でもおそらく、一瞬ですらない。
刺刀は艶やかに笑った。
暗雲の唇を奪い、一言。
「こう思う」
刺刀の笑顔に心臓を握りつぶされた。
○○○
「……という感じです。姉さん方」
双眼鏡のレンズが光る。
水脈は女王騎士団との仲がよい。メールや電話でたびたび話をしたりする。
そして今、何しているかと言えば、二階の窓際で暗雲と刺刀の状況を出歯亀団長に知らせているところであった。
『なんだと! んー私のキュンキュン度が増してきたああああ!』
「私もそう思います!」
水脈は電話と庭にいる暗雲たちに夢中で気づかない。背後に忍び寄る人間に。
「私はぜんぜんそういうの興味ないが。一ミリもないが。そういう趣味は良くないのではないか?」
自己が水脈の後頭部をがしりと掴む。だが、水脈にとって怖いのは自己ではない。その後ろにいる気圧だ。もっと言えば気圧の電話の向こうだ。彼は電話の向こうの相手と何やら相談している。
「……ああ、やっぱりそうですか。じゃあ正義子さんはどれがいいと思います? くすぐり? そんな甘いのでいいんですか? あー、まあたしかに。でもなんだか……。でもそれだと僕が悪人見たいに……、あ、そうですねわかりました。はーい」
気圧が電話を切って言い放つ。
「えっと、まず水脈を掴まえて」
自己は水脈を後ろから抱き上げる。いくらもがいても意味をなさない。
「で、ベランダにいれて鍵をかける」
自己は言われたとおりにする。水脈がドアを叩くがまたしても無意味。ガラスの向こうには必死な形相の水脈。
「自己は僕の目を隠して」
自己が気圧の目に手を当てる。
「で、こう」
その瞬間、水脈の側にはものすごい暴風が吹き荒れる。何が拷問かと言えばーー
「ちょ、ちょっとパンツが見えちゃうじゃないのよおお」
水脈は必死にスカートを押さえるが、暴風はスカートを目一杯めくる。
「人に見られる気分はどうだ?」
自己がガラスの向こうで慌てる水脈に話しかける。
人に見られるというか、見ているのは自己だけだ。庭にはもう暗雲も刺刀もいない。それでも、恥ずかしい……恥ずかしい?
「うぅ人に見られる気分……」
その瞬間、水脈の中で何かがむくりと目覚めた。
「いい! 人に見られるのいい!」
水脈はガラスを殴り割って中に入ってくる。自己は動揺するものの気圧の目を押さえているので動けない。
「はどま」
自己の背中から血色の華が咲き、倒れる。自己の手は気圧から離れ、気圧の目が露となる。
「ねえ、見て!」
水脈がスカートをめくりあげる。真っ白のパンツが露となる。さすがの気圧もこれは無条件にぶっ倒れた。
「いい! この感じすごくいい! 最っ高だわああああああ!」




