女神の加護/戦車と力
マイアミース港 倉庫街
「レオナ!」
「お前が一番危ないって火蟻が言ってたから最後に残しておいたんだけど」
悪魔の声が背後から聞こえる。俺は振り返りざまに剣を振るう。瞬間移動に合わせて剣を置くためだ。だが間一髪届かない。
「そうでもないようだ」
目の前が真っ暗になる。どうやら眉間に針を刺されたようだ。
クソ、俺は仲間も、自分でさえも守れないのか。このまま悪魔に殺される。シャルロットが、レオナが、正義子が、テンペランスが。
そんなことはない。させない。俺はこの悪魔から仲間を守ってみせる。
そのためには!
「うおおおおお!」
ミチミチっと眉間から針が押し出されていく。
「おいおい、それが噂の奇跡か? 普通そんなんできねえよ」
「うるせえ、第二ラウンドだ。悪魔が」
とは言ったもののどうするべきか。あいつの能力はおそらく瞬間移動。ならば、あいつの瞬間移動先を予測して剣をおけばいいが、それはさっきやった。爆弾は一個しか持ってきてない。どうすれば、どうすれば、どうすれば。
一つ試してみるか。
○○○
あいつ眉間から針を出しやがったぞ。まったくめんどく……。
運命の歯車が狂う。
高速での移動は無しだ。こんなやつに異能を使うのは正直馬鹿馬鹿しすぎる。
○○○
「無能が! 調子乗るなよ」
迷彩柄の悪魔は俺の剣を“普通に”避け、再び眉間に針を刺す。
針が脳に達する前に俺は悪魔の腕を片手でつかむ。
「捕まえたぞ、悪魔」
おそらくここで、瞬間移動をして、俺の後ろにちぎれた俺の腕を持って現れる。そこをちょうどいいタイミングで剣を振って真っ二つにしてやる。そうすれば紋章が上下どっちにあるかわかり、しかも首の再生途中にみんなの針を抜ける。
腕の一本や二本、持っていけ!
勝てるーーそう思った瞬間、違和感があった。
目の前には俺に片腕を掴まれている悪魔がいる。ただしその悪魔はちっとも動かない。
「なぜ動かない」
「それはな、こうするためだ」
その悪魔は掴んでいる俺の腕を持ち、飛び上がって、その伸びきった俺の腕を股に挟み込み倒れる。俗に言う、腕ひしぎ十字固めだ。一切の異能は使っていない。
「がああっ」
「おまえさ、勘違いしてるようだけど俺の能力は瞬間移動じゃない。高速移動だ。それとお前ごときに異能は使わないから安心しろ」
舐めやがって糞が。
剣を固められていない方の手で掴み直し、自分の腕を切り落とす。
「ぐはあああ」
「根性あるじゃないか、見直したよ。再生するの待っててあげるからゆっくりしてな」
ゆっくりしてな……だと。余裕こいているようだが、後ろ見てみろよ。
「リリース・ギロチン」
○○○
蝟は余裕であった。だが、彼はレントの再生を待つほど寛容な人間ではなかったはずである。
上空からギロチンの刃が降ってくる。これはさすがに高速で避ける。蝟は振り向いて正義子の方へ向く。だがそこにはもう誰もいない。とそこで、
「誰が遅すぎるですって?」
「うっ」
肩に穴が開いている。傷口はすぐに塞がるが、不覚をとった。辺りを探すがもうシャルロットの姿はない。それどころか周りには誰もいない。
ーーこの状況はさすがにまずい。囲まれている気がする。
「また来る、俺の名ははりねずみだ」
そう言うと爆裂音とともに蝟の姿が消える。
「悪魔どもが。我々の世界に仇なすなら、容赦しねえ」
コンテナの脇でレントは呟いた。
レント・ルクセリアの能力は女神の加護。彼の絡む話は悲劇になり得ない。
○○○
「ところで、私の名前を間違えたのは誰だ」
蝟が過ぎ去った後、俺たち五人は集合した。シャルロット、レオナ、テンペランスは消化不良のような顔をしている。
せっかく形勢逆転をしたのに、逃げられてはこうなってしまう。形勢逆転のキーポイントになった正義子はもう怒り心頭に発していた。だが、彼女の怒っている内容は他とは明らかに違う。
「誰だ、そんな命知らずは! どうしようもないな」
俺は懸命にごまかすが、体は正直なようで汗がとまらない。
「男の声だった」
ああ、追い詰められている。だが、あの場にいた男は俺だけではない。
「あの悪魔、ふざけやがって。正義子だなんて。お前の名前は正義子だもんな」
シャルロットはため息をつき、レオナは苦笑い、テンペランスなんかは合掌している。何でだ。俺今何か言ったか?
「そうかそうか、お前だったか、はいはい。じゃあもう覚悟できてるな」
「何でだ! 俺何か言ったか」
俺は今なんと言ったんだ。あれ、『まさよしこだなんて、お前の名前はせいぎこだもんな』、だっけそれとも『せいぎこだなんて、お前の名前はまさよしこだもんな』だっけ。あれ、あれ。あっ、あああああああ
「リリース・ギロチン」
助かったー、今回はギロチンで済む。痛いのは一瞬。よかった、よかった。よかった、のか。
レント・ルクセリアの能力は女神の加護。彼が絡む話は悲劇になり得ない。
たぶん。
○○○
アルカナ協会付属高校 レント・ルクセリア私室
俺の部屋はベッドと机があるだけの部屋だ。あとは女神の像が少しある。大きいのは人間大、小さいのは小指の先サイズの物まで。机の上では女神の像が整列している。他に置く必要なものがないからだ。あとは窓枠に一列と、ベッドは人間大の女神で囲まれている。ここで寝るのが最高なのだ。ああ、あとは女神の絵が壁に飾ってあるな。本当はもう少し増やしたいんだけど、置くところがない。残念ながら。
今、ここは四人の女の子の匂いで満たされている。普段集まるのも大体ここだ。五人だと少し窮屈に感じる。
彼は気づいていない。そこはまさに女神のストーカーの部屋。五人だから窮屈なのではない。部屋を埋め尽くす女神こそが彼を窮屈にしている。
最初に口を開いたのは正義子。
「あの、火蟻とか言うやつ。どうやって倒せばいいのやら。テンペ、何か案はあるか?」
正義子はテンペランスに話をまわす。シャルロットもレオナも俺もあまり賢くないのがわかっているのだろう。
「ええ。あれはおそらく足に紋章がありますね。一瞬踏み抜く動作があります」
シャルロットが話を繋ぐ。
「あの壁と箱が厄介よね。どうにかならないのかしら」
レオナがせせら笑う。
「いや、それが厄介なのはあなたとレント君だけです。私は素手で破壊できるし、正義子は目の中に入れればいい。テンペは触れるだけで手のひらサイズの壁の出来上がりです。しかも、今回はレント君が爆弾で見事撃退しています。あなただけですね、ふふっ」
シャルロットは非常に好戦的な子だ。こんな挑発には簡単に乗る。
「ちょっと! 一対一で勝負よ」
レオナはシャルロットが嫌い。シャルロットもレオナが嫌い。だが何をそんなに嫌うことがあるのか。仲良くしてほしい。
「いやいや、あなたなんて文字どおり一捻りですよ」
せめてここではやらないでくれ。大切な女神の像があるんだ。練習場行こう。ね。
○○○
練習場
昨日は夜遅かったので、勝負はお預け。そして、早朝、コンクリートの檻の中、決闘が始まる。
シャルロット・トライアンフォvsレオナ・ストレングス
降参って言ったら負け。
「で、あの装備はなんだよ」
シャルロットはいつものハンドガンはホルダーの中。彼女の今の装備は
「ロケットランチャーよ。覚悟しなさい!」
サバキは優しい先生。生徒が『ロケットランチャー下さい』といえば、苦笑いで『いいですよ』と。しかもすぐにくれる。どんな種を使っているのかは俺にもわからない。
せっかくサバキがくれたロケットランチャー。だが、持ち上がってない。腕が震えているとかいうレベルではない。重すぎるのだ。シャルロットはその指で引き金を引いたものをコントロールする能力。あとはただの女の子なので、レオナのように重いものを持ち上げるのは不可能だ。
「自分に見あった武器を用意してはどうですかぁ。ていうか戦う気あるのぉ。笑っちゃうわ」
挑発しないでくれ、喧嘩しないでくれ、誰か止めてくれ。
「大丈夫だ。レント。やばくなったら我々が止める。なっ、テンペ」
正義子は自信たっぷりに言う。実際に強いのはこの二人であるからどんと構えていられるのだろう。正義子は一点を除けば器の大きいやつだから、いざとなれば冷静に決闘を止められるだろう。
「めんどくさいです」
テンペランスはいつも気だるげだ。練習もサボりがち、戦う時も能力頼り。だが、物を手に収まるサイズにする能力はそれでも十分やっていける。
決闘の仲裁は正義子がいれば大丈夫か。
「ところで今、目の中に入っているのはなんだ?」
正義子の能力は物を目の中に入れて出したいときに出す能力だ。入れるのを防御に、出すのを攻撃に使えるバランスのいい能力だが、その攻撃手段がやや偏っている。
「いつも通り各種拷問処刑セットだぞ。やはり悪党を倒すにはこれがいちばんいいからな」
二人とも仲良くしてくれ。正義子を敵に回すな。
○○○
「いっけえええ」
ロケットランチャーから放たれた砲弾は真上に上がったあと、角度を変え一直線でレオナに向かう。
「はいキャッチ」
レオナは横に回りながら砲弾の勢いを殺しつつ両手で掴む。レオナは飛んでくるロケットランチャーさえ掴めるのか。
「返すわ」
レオナは横に回った後そのまま砲弾をシャルロットの方へ投げ返す。
「きゃあああ、何すんのよ」
シャルロットはあわててホルダーに入っていたハンドガンの引き金を引き、全弾をもって迎撃をする。
「これだけですか、シャルロット。じゃあこ・う・さ・んは?」
「こ、こ、これでどうだあああ」
シャルロットはホルダーからハンドガンを取りだし、一発の弾丸を込め、引き金を引く。
「とっておきよ」
だがその銃弾はレオナに向かう前に突如消える。
「正義子、なにするのよ!」
「いや、私はいいのだがテンペが」
「その銃弾は手製の高いやつです。というか私が造ったもの。お遊びに使わないでほしい」
テンペランスは手先が器用なのでシャルロットに特製の弾丸を渡すこともある。詳細はわからないが恐ろしく強力な一発に違いない。
「お遊びですって! テンペあんたからよ」
シャルロットがずんずん近づいてくる。あーやめた方がいいぞ。っていうか、俺が止めるか。正義子を出すわけにはいかない。
「まあまあ、もういいだろ。今日はもうめ、し、に」
シャルロットは俺を見ずに額を撃ち抜いた。せめて、顔だけでもこちらに向けてください。
「おい、シャルロット。レントは喧嘩を止めようとしたんだ。立派な行為だ。それをいきなり撃ち抜くなんて」
「うるさいな、まさよしこ。まさこなのかしら?よしこなのかしら?」
シャルロットはこのあと何が起きるのかわかっているはずなのにどうしてそんなことを言うのか。もしかしてこいつは……変態……なのか?
「リリース・苦悩の梨」
「お喋りが過ぎるようだがシャルロット・トライアンフォ。私の名前は聖 正義子だ。そんなに喋っていたかったらずっと口を開けていればいい」
今、シャルロットの口には金属製の梨がはまっている。あの中学生、下手をすると小学生でも通じるような赤毛のツインテールが変態。そう考えただけで目の前の光景が何だかとても卑猥なものに見えてきた。情欲をそそる。だめだだめだ。こんなのは。
生暖かい口の中で扇情的な美しさを内包したつぼみが花を開くように咲く、いや裂く。
シャルロットは声が出ない。
「そのへんにしとけ、シャルロットの好戦的なところは今に始まったことじゃないだろ。ここは我慢だ、まさよしこ」
あっ。