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不死の受命と無神論者の神  作者: 自然対数
第三章 女王の愛は星よりも重く
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俺はいったい

 氷帝の別荘

 素材はあくまで日輪製のものだが、そのテーブルも椅子も壁に至るまでのほとんどが新ソビエトの昔ながらの様相を呈している。窓の外では日に照らされた人工の木が揺れる。

 今は、バーシニアとアイシクルの二人きり。他の皆は扉の向こう、別の部屋で待っていた。


「アイシクル、二つお願いがあるんだ、いいかな」


 バーシニアが話を切り出す。


「何だ? 別に聞いてやらんこともないぞ」


 アイシクルがイスに深く腰かけた。長い指をテーブルの上に重ね、バーシニアに目を合わせている。

スラッとした姿勢は微動だにしない。

対面にいるバーシニアは百戦錬磨であるが、それでも畏怖せざるおえない雰囲気を出している。自分が政敵であったとしたらここに座っているだけで体力が持っていかれるだろう。冷たい地域にいるだけで体力が奪われるように。その姿ははまさにーー氷帝だった。


「あの、海洋局局長が神聖王国へ行く日を知りたいんだけど」


 バーシニアがモジモジと尋ねる。


「はあ? お前はよりによって他の女の話をするのか!」


 氷が沸騰するかのようにアイシクルが憤慨した。前のめりになって顔を赤くしている。

 好き勝手動くバーシニアの裏で支えていたのはアイシクルなのだから、アイシクルの怒りももっともだろうと、バーシニアは申し訳なく思った。


「ち、違うんだ。だけど、本当に大事なんだ。だから、教えてくれ、お願いだ」


 バーシニアが頭を下げる。


「ぐぬぬ、じゃあ、土下座して、一生のお願いです。と言え! アイシクル様お願いですと言え!」


 アイシクルが顔を真っ赤にして怒った。


「それはできない。土下座もするし、アイシクル様お願いですとも言える。だけど、一生のお願いは次のお願いで使うから無理だ」


「ぬー、何だと! じゃあ、もういい! 教えてなんかやんない!」


 アイシクルの顔は真っ赤に膨れ上がった。バーシニアも残念そうな顔をする。これは戯曲。テンペランスの用意したもので、こうもテンペランスの言う通りことが進むと末恐ろしい。


「じゃあ、次のお願いは聞いてくれる?」


「聞かん。絶対やだ。お前なんか大っ嫌いだ!」


「お願いだよ」


「聞かん聞かん聞かん!」


 バーシニアは立ち上がり、耳を塞いでイヤイヤするアイシクルの前に立つ。次に、アイシクルの両腕を掴み、座ったまま気をつけさせる。


「イヤイヤイヤイヤ」


 アイシクルの顔はブンブンと振られていた。真っ赤な顔からは憤怒の狼煙が上がっている。

 バーシニアはアイシクルの前にひざまづいて心を決める。


「僕と、結婚してくれませんか」


 真っ赤になったままアイシクルは椅子ごと倒れた。


 ○○○


 レント、テンペランス、自己ーー三人は扉の向こうで聞き耳を立てていた。エーゼルはそんなことしなくても聞こえているだろう。

 正直、雄魯鹿がいつ神聖王国へ行くかは知っていた。雄魯鹿自身に聞けばよかったのだから。

 バーシニアのプロポーズはテンペランスの案。九回もプロポーズをしているくせに『どうやってプロポーズすれば』と聞くバーシニアは情けなさすぎた。

 テンペランスの案ーー予想をずばり的中させている。最初に嫉妬の炎を焚き付けてから、それよりも大事なことと言ってあげなさい、と。

 あまりにテンペランスのいう通りにことが運ぶため、レントもまたテンペランスが恐ろしくなった。

 それにしても雄魯鹿が馬鹿すぎるのかそれともテンペランスのメール技術がすごすぎるからなのか。護衛なのに自分の行く日を見知らぬ女に知らせてしまうのはいかがなものだろうか。


「まあ、これでバーシニアさんは大丈夫でしょう。次はエーゼルさんですよ。雄魯鹿を全能者の石に誘き寄せます」


 テンペランスが指示を出す。


「今はアスタルテの方です。わかっています。すでに、言われた文面をメールしました」


「何てですか?」


 レントが尋ねるとエーゼルが電子端末を差し出した。レントはテンペランスの作った文を見るたびに戦慄している。


 またしても履歴を見て、顔を真っ青にする。最近のレントの日課であった。


「恐ろしい……女の子ってのはみんな……」


 テンペランスはそれほど恐ろしいことを言ったつもりない様子なのか、キョトンとしている。


「うーん、まあ、あなたのお気に入りは単純ですから安心してくださいな……って違う違う違う! 私としたことが!」


 テンペランスが壁に頭を叩きつけている。理由は不明。だが、あなたのお気に入りーーこれが誰を指しているのか。パッと浮かぶのは赤毛のツインテール。確かに彼女は純情そうで……安心できる。テンペランスほどの人物なら自分の好きな人くらいとっくにばれているのかーーとまたしてもレントはブルッと震えた。

 もしかすると、今、テンペランスの『私としたことが!』発言ーー実はテンペランスはレントのことが好きで、それでも勘の鋭い彼女はレントの好きな人が自分でないことがわかってそれで悶絶しているのではないか。だとしたらこの子のことを俺はどう考えればいいんだ。

 そんなことを思いつつ、レントはテンペランスに目を合わせると。


「それは違いますよ。馬鹿ですね」


 と心底冷たい発言を浴び、逆に好きになりそうになったことは誰にも言えない。


 メールの履歴をたどりながらレントは一番新しいとおぼしき文面を見つけた。


「最新のやつはこれですか」


 レントが読み上げる。


「トイレの妖精です。明後日、私は西サハリアの大きな大きな石の傍らにあるトイレであなたをお待ちしております」


「ところで、そんなトイレどこにあるの? 石を削る重機は?」


 自己が尋ねた。人の心は読む癖に、作戦を立てるのは苦手らしい。

 沈黙が続く。


「すいません。あとの細かいのは魔女さんにでも頼みます」


 テンペランスがため息をついた。


 ○○○


 海洋局 最下層 局長室


「局長……お願いが……」


 傍らに立つ雄魯鹿が尋ねてきた。


「なーに。あなたの言うことなら何でも聞きますよ」


 ラフレシアは雄魯鹿に甘い。それもそのはず。彼がいないと腐臭のする女になってしまう。固有異能の発現は制御できるが、一回放ってしまうと臭いはなかなか消えない。それでも雄魯鹿がいればそんな臭いは無かったことになる。

 右も左もわからないまま門長や真祖、王候の言われるがままに動いてきた。彼女の役目は雄魯鹿の殺害だった。


『あいつの存在は我々の世界を壊しかねない』


『あいつを最後の審判にぶつけるのは?』


『してどうする? 一瞬でけりがつきどちらかが生き残るだろうが、我々の現状は変わらない。殺す方が楽だ』


『ならば誰が?』


 あれから十年。たくさんのことがあった。気がつけば海洋局局長となっていた。

 今ではもう、朝起きてから寝るときも一緒である。もちろん、気配を感じられればいいのでトイレ、風呂も仕切りの一つは存在する。けれどもずっと一緒だ。ずっと守ってくれる雄魯鹿のことを……。


「西サハリアの大きな大きな石を見に行きたいんだけど」


「いーですよ。一緒に行きましょう」


 ○○○


 西サハリア 全能者の石

 テンペランスは目の前に存在する白い巨石に圧倒された。

 女神の石。

 その下には女神と、そして鬼神が埋まっている。雷雲は押しつぶされてしまったのかもしれないが、想像ができないのはきっと神がかった美貌と強さのせいであろう。女神を助けたいのはテンペランスも同じだが、しかしこうして隣にいるレントを見ると、彼の信仰心はほかの人たちよりも幾分か凶器を感じる気がしたが、きっとレントにとって女神は憧れでもあるのだろうとこの時は気にも留めなかった。

 見上げるとヘクセが急降下してきている。


「で、私を呼んだと?」


 ヘクセはテンペランスの横に着地。ほうきを、担いで尋ねた。

 テンペランスからエレミット、そしてヘクセへ連絡した。

 ちなみに、バーシニアはここにはいない。新婚さんだ。放っておいた方がいいーーということでこの場にいるのはテンペランス、レント、エーゼル、自己の四人だけだった。


「はい……」


「いや、そんな顔すんなよ。私も女神のことは好きだ。憐れな子だ。彼女には同情する」


 ヘクセの言葉にレントが憤慨する。憐れな人ーーその言葉の意味をレントは知らない。


「女神様に対して、何て言い種だ! てんめええええええ」


 レントはヘクセに掴みかかろうとするが、それをテンペランス、エーゼル、自己が力づくで止める。


「わかったからレント君。ちょっと落ち着こう!」


 エーゼルが、腕の中でもがくレントに向かって叫ぶ。


「そんなにあの子を信仰していたのか。すまない」


 ヘクセが頭を下げたことで一時は収まった。どことなく、レントの表情が穏やかになったーー先ほどまで、目が血走り、牙を出して怒っていたのだ。


「あの少年は……大丈夫か?」


 ヘクセがーーテンペランスにだけ聞こえないように呟いた。


 破滅への歯車が揃っていく。


 ○○○


 ついにこの日が来た。砂漠にポツンとあるトイレは不自然極まりないが雄魯鹿は馬鹿なので心配ない。重機もヘクセが用意した。石を削るのはテンペランス。器用な彼女はすぐに運転方法を覚えた。

 だが、些細な問題が一つ。アスタルテのことである。雄魯鹿を惹き付けておくには何かを諦めるしかないのだ。アスタルテは絶望にうちひしがれていた。


「いい方法があるぞ」


 ヘクセがニヤリと笑う。


「雄魯鹿の信じられることは起こるんだろ。別に、能力を打ち消す能力じゃないんだろ」


 ヘクセが自己に尋ねた。


「ええまあ」


 ヘクセは笑いをこらえながら詠唱を始める。


「我、ヘクセ・パイドパイパーの名において敬い崇め願い奉る。地獄の君主、二十六の頭、美少年、盗みの天才、窃盗の司者セーレよ。汝の力によりゴールド二世を召喚したまえ!」


 鈍感浮気男おろか買春男ゴールドには正義の鉄槌を!


「ホモはホモでもこういうんじゃないんですよね。これだから素人は」


 テンペランスがヘクセに言い寄る。

 目の前にいるのはアスタルテの顔をしたゴールド二世。目が虚ろだ。焦点の合わない目からは色気というよりも邪淫が漂ってくる。そんなゴールド二世はもうヘクセの傀儡なのでやりたい放題だ。


「顔が女だからまずいのか?」


 ヘクセが尋ねる。


「違いますよ! 行きすぎた友情、禁断の愛がいいんです!」


「あー、なるほど、でもこれもある意味、禁断の愛じゃないか?」


 テンペランスが顎に手をあて悩んだ挙げ句ーー。


「それもそうですね! じゃあ、早速、作戦スタートです!」


 ○○○


 テンペランスはどうしてもやること(覗き)があると言うので急遽、操縦はレントに変更。少々心もとないが、レントが助け出したいと言い張るので彼が担当となった。

 自己はもう私の仕事は終わりねと言って他の仲間のいるハングドマン研究所跡に戻った。彼女は女神を知らないし、黒蛾のこともよく知らない。

 アスタルテは女である必要が無くなったのでエーゼルに戻っている。自分と同じ顔姿の人間が男といちゃつくのは相当嫌なようで、渋い顔をしていたが、女神のためと割りきった。

 ヘクセは重機と共に、爆発で石を壊す係。


 結局、女神を救い出すのはレントだ。レントを救うのは……。





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