あなたが
暗雲サイド
暗雲たちはちょうど休憩時間だった。つまりは戦闘訓練の時間ということだ。聖と力は切っても切り離せないものであり、力のないものは聖因子の発現の弱さと位置づけられる。
ということで暗雲は飛んでくるナイフを避けながら刺刀に近づき、押し倒した。刺刀の抵抗はいつも弱く、すぐに押し倒せるのだが、その後、地面で変わった関節技を極められるので、なかなか厄介だった。刺刀の関節技はまったく痛くなく、かつ動けなくなる。手を股のあいだに入れられ固定されるのだ。
「暗雲、まだ降参しないよね?」
「いいや、もう……」
そこで何かに捕まれたような気がしてそのままーー。
○○○
「我、ヘクセ・パイドパイパーの名において敬い崇め願い奉る。地獄の君主、二十六の頭、美少年、盗みの天才、窃盗の司者セーレよ。汝の盗みにより聖 暗雲をこの場に召喚したまえ!」
地べたに座る星屑団の輪の中、現れたのは暗雲と、
「暗雲! どこいくの!」
暗雲にしがみつく刺刀だ。
「わー、かわいいー。リアル小学生!」
暗雲はステラの胸に挟まれた。
柔らかく、いい匂いがする。心臓の音が聞こえる。けれども、暗雲は馬鹿にされている気がして腹が立った。
「やめろ! 俺はもう、んなガキじゃねえぞ!」
「はいはい、いい子いい子」
ふにふにと胸の形が変わる。ステラの胸は大人としては普通サイズだが、それは、あくまで大人としてはだ。
「暗雲! なに浮かれてるの!」
暗雲はまったく、浮かれてなどいない。むしろもがいている。だが、刺刀の目にはステラの胸にしがみついて、その大きさを堪能しているように見えるのだ。
「あれあれ、もしかして……。うーん、きゅんきゅんするううう」
ステラは暗雲をぎゅっと抱きしめる。暗雲は窒息寸前だ。
「おい、ステラ。そいつが死んじまうだろ。選抜者じゃねえんだ。もうやめろ」
サンが暗雲を膝の上に乗っける。感触的にはサンもステラも変わらない。ただ、サンの方が優しく抱きしめる。だから、
「なに、味わってるのよ、暗雲! 暗雲は胸の大きい人が好きなわけ!」
刺刀にはまたしても暗雲がサンの胸を堪能してるように見えるらしい。
「なんだ? 胸の大きい奴と一緒にいちゃだめなのか? じゃあ少年、あっちへ行け」
サンは笑って突き飛ばす。暗雲はサンに投げ飛ばされた。その先は、
「ふえええ、私ですかあ。どーしてええ」
暗雲は蘭央の上に乗った。窒息寸前にされたり、投げられたりで暗雲の意識は朦朧としている。
蘭央は残念ながらあまり胸は大きくない。テンペランスと同じくらい。スカーレット、刺刀も発育がはやく、蘭央と同じくらいにはもうなっている。……シャルロットは……。
「ダメですダメです、とにかくお姉さん達の上に乗せるのは禁止ですー!」
刺刀が手を下に突きだして怒っている。
「ふええ、じゃ、じゃあ、はいっ」
蘭央が投げた先は、
「なんだ! だからこいつもババアだっつってんだろ!」
「ごぼっ」
暗雲がたどり着いたのはヘクセの所。ヘクセは暗雲をかわした。さらに八つ当たりのように魔女は箒の柄で蜜蜂の口をぶっ刺した。蜜蜂は歯で箒の柄を噛んで防御した。
暗雲は壁にぶち当たりノックアウトだった。
○○○
ステラサイド
「こほん、先程は取り乱しました。エレミット、説明を」
ステラは咳をして、場を整える。暗雲がかわいくてつい抱き締めてしまったが、それをみた刺刀の姿にこそ、ステラは興奮した。あの子はいま、恋をしているのだと。それで調子に乗ってしまったが、まずはやるべきことをやってからだ。
暗雲と刺刀にいまの状況を伝える。最初は協力を渋っていたが、依頼だと言うと目の色をすっと引かせた。子供と言っても聖の人間ということなのだ。
「まず、向こうに行くのは私、ヘクセ、ステラ、サン、暗雲……じゃあ、刺刀ちゃんも行きます?」
「はい!」
暗雲が行くのに私は!? という顔をしていたのでエレミットは刺刀も加えたのだろう。
「まず、暗雲くんが王宮内の視界を奪います。それでゆっくり探しましょう。刺客として金分身が出てくるでしょうが、それは、炎弾で迎撃です。こんな感じでいいですか」
「いいでしょう。では行きますよ!」
○○○
神聖王国アフリカ 王宮内
人々がパニックを起こし、逃げ惑う。彼らの仕事は陽動として暴れまわること。
予想通り、暗雲の能力によりパニックを起こした人々が逃げ惑っていた。
「なっはっは、ゴミ人間どもが! 痛ったあああ」
暗雲が両手を広げ、笑う。サンが彼の耳を引っ張った。
「生言ってんじゃねえぞ、クソガキ」
その光景は仲の良い、年の離れた姉と弟だ。実際、顔に少し面影がある。
「痛ってーな、姉ちゃん!」
「私はお前の護衛なんだ。あんま目立たず、視界を消すことだけに集中しろ」
サンが暗雲に釘を刺す。作戦の肝は暗雲だが、暗雲一人では金分身の二世に狙われる。彼を守ることがサンの役目だった。
「ほら、言わんこっちゃない。ぞろそろ来たぞ」
「ふん、姉ちゃんに守ってもらうほど俺は弱くないぜ」
太陽の前に暗雲が翳る。
○○○
一方、こちらはステラ、エレミット、ヘクセ、刺刀。
「本物はあんまりうろうろしてないようですね」
こちらも期待通り、二世の偽物は一斉にサン、暗雲の方へ向かっている。
「陽動、少なくないですか?」
エレミットが不安そうに尋ねる。戦力が必要なのはこちらではなく、陽動の方なのだ。こちらが相手するのは本体である二世ただ一人だが、向こうは無限に戦い続けなければならない。しかも暗雲を守りながらである。
しかし、エレミットはサンの実力をわかってはいないようだ。
「まったく、火蟻が強烈だから忘れちゃうのかも知れないけど、ああ見えてサンは優秀な炎使いだよ」
「暗雲だって相手の視界を消すだけじゃないですよ。暗雲は本当は誰よりも強いんですから!」
○○○
「何だガキんちょ、結構やんじゃねえか」
「馬鹿にしやがって。俺が一人やってる間に十人燃やしてんじゃねえか」
サンは炎弾でゴールド二世を焼きつくし、暗雲は後ろから糸を通し首をもいでいる。
暗雲はこの技を得意としている。
映像でしかみたことがないが、何度も見せられれば一見すると難しい技もこなせすことができる。
だが、さすがに生きている人にはできないので、試し概があって、暗雲としても気分がいい。
ちなみに一回これを自己に使ってみたが、自己には勝てなかった。『痛ってーな、首の骨が折れちゃったじゃないか』からの一発ノックアウトだった。
「きりがないなあ。もう太陽落としちゃおうかな」
太陽を落とすーーつまり、巨大な火の玉を天空から落とすということだ。宮殿のなかは広いとはいえ室内だ。危険でしかない。暗雲はおろかステラたちもただでは済まないはずだ。
「やめろ、俺まで巻き込まれちまう」
黄金の首をぐにゃりと折る。そうなると、金分身は動かなくなり、金粉と化す。
「はいはい。わかってますよ」
サンが炎弾でゴールド二世を焼きつくした。それでも次から次へとゴールド二世が生えてくる。地面からだけではない。壁、天井。
「きりがないな」
「早くしてくれよ、ステラ!」
○○○
「やっぱここか。ゲスめ」
ステラが呟く。
大部屋の横。お楽しみ用の部屋らしい。この部屋にはベッドの他に家具はない。そこに腰かけるはゴールド二世と僅かに震える女性。女性はもう部屋の隅に押し込まれている。どういうわけでこの場にいるのか知らないが、万事休すといえば、万事休すか。
「危機が迫ると交尾したくなるとは、人間の風上にも置けないな」
屈むゴールド二世に日本刀を、くないを、箒を、ナイフを向ける。
「こ、これを」
金塊を持つ腕を全員で切り落とす。
「ファアアアアアアアアアアアアアアアアア」
腕から鮮血が噴きだした。腕は煙にならない。ゴールド二世は選抜者ではないのだ。ただの人間は腕を切り落とされればそのままで、放っておけば失血死する。
「大丈夫だゲス夫。治してやれるぞ。だが、」
ヘクセが箒で股間をフルスイングする。
何かが潰れる音が聞こえた。ゴールド二世はもう意識がない。
「そこは治してやらない」
「傀儡になれ」
魔女はゴールド二世の前に手をかざす。紋章の輝く手のひらを。
○○○
魔女の森 小屋
「やー、終わった終わった。とりあえず、これで女王さまもお喜びになられるーーと言ったところか」
サンが伸びをしながら言った。どこか尊大で、なぜか妖しい女の子、アリス・クイーンハートを親しみを込めて女王と呼んだ。
暗雲と刺刀はすでに帰ってしまった。『俺に感謝するんですね』と最後まで暗雲は慇懃無礼だった。
「本当にそうかな」
ステラが呟く。ステラの想像が正しければ蝗がやろうとしているのは世界征服ではない。
正確には世界征服が目的ではない。
もっと単純なことを世界規模で行おうとしている。
「どーちてだ? これで女王ちゃま怒ったらおかしいじょ」
「いや、これは考えすぎだと思うし、もしこれが本当なら女王様はテンペランスや私よりも頭がいかれてると思うし」
ステラの顔が青くなる。
「どういうことですかあ」
蘭央が尋ねるが、ステラの耳には届いていない。ヘクセは気の毒そうな顔をし、蜜蜂は笑いをこらえきれていない。エレミットは……なぜか無表情だ。
「蛇よりも、スカーレットよりもいや、誰よりも。それでも私は女王さまについていくよ。放っておけないから。だけど、怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
今やステラの顔は青く染まっている。蝟の青い紋様が出てきそうなくらいだ。
「ステラ、私もなんとなくわかったような……」
サンの顔も青くなる。
「女王さま、蝗、いやアリス・クイーンハートは……」
魔王に世界を贈りたいだけなんじゃないか?
○○○
ゴールド二世の無力化ができたのは素晴らしい成果の一つと言えよう。個人的にも彼はムカついたし、排除が望ましかった。せっかくこの世界で平穏に暮らすのだから、あのような者がいたら困る。
蜏へ送った龍たちの方は上手くいってないようだ。というか裏切られている。蜏はそんなにカリスマ性があるのか。使えない仲間には苦労させられる。特に龍と天使は信用できない。
誰でもいいから蜏の暴走を止めて。なにがしたいかわからないし、行動が読めない。読めるものは信用できない。我々へ不利益を呼ぶ彼を何とかしてください。
ああ、恐ろしい。これでは最後の審判を呼べないではないか。




