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不死の受命と無神論者の神  作者: 自然対数
第一章 罪人に送る地獄の業火
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月光

 ムーンライト城

 火蟻が扉を開ける。城の中は薄暗く、月の光だけが頼りだ。正面のエントランスは全面を大理石で覆われ、何らかの模様が描かれているようだが、暗くてよく見えない。奥の方に階段がある。らせん階段は月まで伸びていそうだ。

 火蟻は一歩一歩階段を上る。一階、二階、三階と一応探してみるがいないことはわかっている。相手はおそらく最上階。


 そして最後の一段を上る。中央に赤く長いカーペットが敷かれ、脇には何本かの柱が伸びる。赤いカーペットの向こう側、満月の明かりにローブの影が揺れる。


「さて、一応説明するけど聞いてくれるかな」


 火蟻は諦め半分だ。誰も彼の話を聞いてくれない。ローブの人間はフードを目深にかぶり、表情どころか顔そのものが見えない。人としての気配がない。それどころか下衆の臭いがする。場合によっては……。


「サンとステラは?」


 返ってきた声はガラガラで火蟻には人間とは思えなかった。まるで昔ばなしの狼男の声だ。


「捕獲したよ。次は君だ」

「やってみろよ、人間」


 ローブは挑発する。こういう場合は間違えなく罠。だが、行動しないことには始まらない。

 火蟻はまず手始めに鎖を大理石の地面から作る。あまり好き勝手に鎖や壁を使うと城が崩れてしまうので注意が必要だ。火蟻は万能だが、屋内向きではない。


「とりあえず」


 四本の鎖はローブの男のそれぞれの手足へ向かいーー弾かれた。


「驚いたな。あなたの能力は、反射、障壁その類いか」


「あぁ、そうだよ。反射」


 反射だ。反射能力には対抗手段が結構ある。意識的に反射が起こるなら、相手が認識できないスピードや死角から攻撃すればよい。自動的な反射でも、壁で囲ってしまえば終わりである。いつも通りの作業だ。だが、建物内と言うのはどうしても火蟻にとっては不利だ。彼の攻撃にとって大事なのは足場である。よって


「城、壊していいですか」


 大量の大理石の鎖が最上階をのた打ち回り、柱や窓をーーぶっ壊す。

 

 ○○○


 城の残骸の山の一画、瓦礫を反射で吹き飛ばし、ローブの男は勢いよく叫ぶ。


「俺の城がああ」


「ごめんなさい。でもこれで、あなたを捕獲できます」


 いち早く崩れ落ちる城から脱出した火蟻はローブの男が出てきたことを確認すると、まわりを瓦礫で作った壁でローブの男を囲む。


「反射能力者にはこれが一番です」


「さぁ、帰りましょうか」


 火蟻が後ろにあるサンの腕が入った箱を回収にしに行く。そこで轟音が鳴る。

 後ろを振り向くと、瓦礫でできた壁が壊され、

 粉塵の中から人狼が出てくる。

『その大きな耳はお前の話をよく聞くため、その光る目はお前の姿をよく見るため、その長い腕はお前を抱くため、その裂けるほど開いた口は……』とある昔ばなしを連想させる。あの話をしてくれたのは鳩だっただろうか。


「俺の名はウルフ・ムーンライト。ハングドマン異能研究所支部の生き残りだ」

 ハングドマン異能研究所。

 ーー嫌なものを思い出させやがる。だが、あそこでの日々は悪くなかった。白羽、幸、丸子、聡、明、鳩。幸せな日々と地獄のような一週間。もしあの時、もしあの時……考えても仕方ない。今は目の前の被害者だ。

「お前あそこの……」

「ああ知っているのか、ハングドマンはよくもまあ、あんなことを考えたものだ。人工的に異能者を作り、しかも食べるなんて。あいつは俺を食べようとしたが、なんとか逃げれたよ。人狼化でね。そんなことより俺はあそこで人を食べる喜びを覚えた。人狼化も出来るようになったし、あいつには感謝だな」

 ーー何を……言っている。こいつは……そうかこいつは……人喰いか。

「つまり、君は選抜者でかつ、人工能力者でかつ……人を食うのか」

「ああ、そうだ。サンもステラも食料だよ。これが終わったら食べよう。もったいない、もったいないと取っておいて死なれてしまっては元も子もない」

 火蟻の片目が充血する。その目は血眼。瞳は黒いものの、白目のところが一切ない。その赤い目は血や炎をよりもむしろあの黒い炎のようなどろどろとした印象のものだ。


「お前は死んでもいいなア。ウルフ・ムーンライト」

「口調がずいぶん変わったがどうしたんだ」


 火蟻の口調はもはや童顔の青年のものではない。鬼や修羅、閻魔の類いだ。


「こっちが正常だァ。僕の選抜者としての能力は仕事量操作。人工能力者としての能力は自己精神操作。自己精神操作をし続けてないとこれ以上になっちまうんだ。今もしているがなァ」


 火蟻があの研究所で手に入れたのは白羽、幸、丸子、聡、明との思い出と、この能力だ。


 正気でいられる。大丈夫だ。極限状態で唱え続けていた結果、火蟻は能力によって正気でいられる。つまり、この能力がないと常に発狂状態となり、仕事量操作と相まって火蟻自身、ただの厄災となる。

 片目が充血した今も火蟻は正気の状態を維持している。ただ少し心の針が向こう側に行っているだけだ。


「焦熱・大焼処だいしょうしょ


 地面から黒い炎がウルフへ向かう。その炎はメラメラというよりもドロっとした粘り気があるように見える。


「炎も効かねえよ」


 ウルフにまとわりついた黒い炎が四方八方に弾け飛ぶ。


「ところで」


 ウルフがぎろりと見つめる先は火蟻ではなく蛇。


「そこのうまそうなお嬢さんは食っていいのか?」


 ウルフは火蟻のななめ後ろで隠れている蛇へ向かう。


「ひっひありさん、どうすればいいですか」


 蛇は丸くなって動けない。


「下狼ガ、その子には指一本触れさせねェぞ」


 黒い炎が蛇を囲む。その黒い炎は蛇を守るためのものだ。


「これで、守っているつもりか?」


 狼は瞬時に移動。はりねずみよりははるかに遅いが、それでも人としての限界を越えている。

 黒い炎を狼の手が振り払う。だが


「ぐああああああ」


 ウルフの反射に穴があったからか、それともその炎が特別なのか、ウルフは黒い炎を触ってしまったようで発狂する。


「何なんだよこれはあああ」


 ウルフはその黒い炎に戦慄する。少し触れただけだった。熱いわけでも何でもない。だが、一言で言えば、地獄だった。

 蛇は黒い炎の抜けている穴から逃げ、今は火蟻の腕にしがみついている。


「大丈夫だ、蛇。僕が守っている。そしてこのクソ野郎はもう終わりだ」


 蛇は火蟻の腕をぎゅっと掴み、震えている。


「蛇、目つぶってな」


 先程の黒い炎が粒子状になり、どんどん細かくなる。その炎は蠢く虫たちのようだ。人間ならばいや、生物ならばそれに生理的な嫌悪感を感じずにはいられない。


「大焦熱・無間闇処むけんあんしょ


 蟻の大軍のごとき炎が地を這い、ウルフを襲う。


「だからそんなものは効かないと言っているだろう!」 


 しかし蟻の行列は続く。弾かれても、弾かれても。弾かれた蟻の団体をまた別の団体が踏みつけ、ウルフの体を這い上がる。


「何だこれ、おい、おい、何なんだよおおおおお」


 ついに蟻の群れが口の中に入る。ウルフの口を蟻の一団が満たす。もちろん、蟻の団体はウルフの体には一切触れない。反射している蟻の団体を別の団体が踏みつけることで登っていく。

したがって体の中の空洞は、蟻の通り道になりうる。

「ハングドマンはどこにいる? 言わなければ」


「肺ごと燃すぞ」


 ○○○


 助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ誰か助けてくれ。


 その願いは自らの破滅への歯車を回す。




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