言えないよ
蝗サイド マイアミース 観光街
様々な建物、人種。潮風香る観光都市マイアミースの中央広場。憩いの場であるらしく、ここでランチを食べている人もいる。こんなところに呼びつけておいて、蜏は遅刻をした。蝗たちは何時間も待たされたのだ。
「ああ、ごめんごめん。遅れちゃったよ」
(………………………………………………………)
「お前、本当に人間か?」
蝗が聞いたのも無理はない。目の前にいる男は何も考えていない。そういう人間も稀だがいる。
けれども蜏には心があったはずだ。今はもう無くなってしまったのか。あるいは最初からそんなものは持ち合わせておらず、今までのはすべて演技だったのか。蝗は疑いながら蜏をにらみつけた。
「蛇は!」
(蛇、蛇、蛇!)
火蟻が叫ぶ。頭の中は蛇でいっぱいだった。無理もない。蛇は火蟻の心の依り所なのだから。
「蛇はどこにいる? 話せ」
女王の命令は絶対であるはずだが、様子がおかしい。言葉は通じず、心もない。それはまるで……。
「今は言えないなあ。まずは僕を倒してもらわないと」
(………………………………………………………………………)
「火蟻、様子がおかしいぞ。こいつは……しまったこいつは蜏ではない! 奴の作った機械兵器だ!」
「今、気づいても遅い」
蜏の目が光る。
「星団式 始動」
偽蜏がレオナに手をかざした瞬間、レオナの様子がおかしくなった。
「レオナが!」
レオナが操られ、広場内を駆けずり回る。獅子の咆哮に人々が逃げ回った。
蝗が止まれと言えば逆に、人々が止まってしまう。今、彼女はなにも言えない。言うことができない。
どうしようか迷っていると、火蟻が蝗の手をとった。
「蝗は後ろに下がってな。僕が、機械を壊して、レオナを捕まえるよ」
(これは、蝗向きじゃないな。女王様は僕が守ってみせる)
ーーお、お前何考えてんだああああ。やめろやめろ。決意がぶれるじゃないか。なに、気障なこと考えてんだよお。
火蟻はまず、レオナを箱で囲み、杭を刺す。それで、彼女は終わり。骨の間に杭が刺されば、激痛を我慢しない限り動けない。
問題は偽蜏の方。“それ”は飛び上がり、太陽を掲げる。
「黒縄・等喚受苦処」
上空に土鎖が伸び、偽蜏を掴むが、煙となって消えた。
「ほーら、そんなんじゃダメだよー。エレミットは範囲攻撃じゃないと」
蜏がプログラミングしているのは、エレミットたちだ。恐らくはスノーやステラの能力も使えるに違いない。
偽蜏は火蟻の後ろ。火蟻を殴り飛ばし、姿を消す。
「ほらほらほら」
上空から炎弾。蝗に降る炎を、地面から生える土壁が防ぐ。
「蝗!」
(危ないから近く来て欲しいな)
ーーダメだダメだ。“危ないから”近くに来て欲しいんだ。危ないからなんだ。勘違いするな。
蝗は不承不承、火蟻に駆け寄る。戦闘能力ゼロで、聖でも何でもない。走り方はきっとただの女の子みたいになっているに違いない。
「等喚受苦処」
鎖が上空に伸び、さらに鎖から陶器の刃が伸びる。
「ねえ、話聞いてる?」
地面に降りた偽蜏は火蟻に発破をかけた。
「人殺しになっちまうだろ」
まだ、広場には逃げ惑う人々がいるのだ。剣林処、煙火林処は使えない。避難するまで時間を稼がねばならない。
「なるほど、じゃあ、こうしようかな」
蜏が現れたのは蝗の隣。どこからかだしたラッパを構え、大きく息を吸い込んだその時、火蟻の片目が充血する。
「黒龍!」
(グウウアアアアアアアアアア)
黒龍が偽蜏を呑み込んだ。だが、もちろんそれは幻影。霧のようにきえる。
火蟻はすぐさま黒龍を引かせた。
(黒龍は蝗を守レ)
黒龍は蝗を中心にとぐろを巻く。
「僕だけ構っててもいいのかな? そろそろ獅子が復活するよ」
轟音と共にレオナが姿を現した。
レオナは一直線で黒龍に向かっていく。
「ああ、レオナさんは黒い炎に耐えられるかな?」
(黒龍を消すかレオナを止めるか……レオナだな。蝗はあくまでただの女の子なんだ)
「等喚受苦処」
火蟻はレオナの手足と首を鎖で縛る。呻くレオナ。
「すこしのあいだ寝ていてくれ」
鎖から生えた陶器の刃がレオナの首をはねる。黒龍は蝗と共に、レオナの体を守った。
周りには人がいない。炎やら黒龍は彼らからすれば厄災だったのだ。普通に生きている人からすれば、それは世界の終わりか何かのように見えるであろう。
潮時だ。
「叫喚・煙火林処」
熱風が辺りを包み込む。土は吹き荒れ、焼けるような風が偽蜏を襲った。
「あーあ、もう終わりか」
残念そうな言葉を残し、偽蜏は火蟻の前方でスクラップと化す。
「大丈夫?」
充血が解かれ、黒龍が消える。中にいるのは気絶したレオナと、申し訳なさそうな蝗。
『悪い。何にもできなくて』
蝗がスケッチブックを見せた。
「いいよ、相性があるんだから」
(怪我ないみたいだね。良かった)
ーーくっ、私に優しくするな…….。
火蟻が偽蜏に近づく。ごそごそと機械の内蔵を掻きむしり、手紙を見つけたようだ。
「クソ、あいつ、何がしたいんだ?」
(蛇……大丈夫なのか。どこにいるんだ。クソ、クソ、クソ)
手紙の内容は、
『あらあら、ごめんね、怒ってる? 蛇の体はまだ清い。早くしないと穢れるぞ。遅刻は厳禁、遅れるな。期限は明日のお昼まで』
「クソッ、絶対に助け出してみせる」
○○○
破壊者サイド マイアミース 観光街
「「「ありがとうございます!」」」
広場近くの路地。レンガ造りの建物で囲まれる通路。障壁が人々を守る。飛んでくる炎弾は全て、ブレイカーが受け止めているのだ。厄災に向かって、身体を張って人々から守る姿はまさに天使。彼だけは本当に本物の天使なのだから。
「みなさん、お怪我はないですか?」
天使は正しく微笑んだ。機械のように。
ーーんでこんな話し方をしなきゃいけねえのか。ったくやんなっちまう。顔も無理矢理変えなきゃいかねえし、何がおかしくて俺は笑ってんだ?
「そちらのかわいいお嬢さんも」
とりあえずお嬢さんと呼んでみた。まだ年端もいかない。頬を染めているのは、人見知りだろうか。
ーー誰でもいいって訳じゃねえんだろうが、この子で本当に大丈夫なのか?
「では、私はこれで」
地面を蹴り、太陽に向かって天使は飛び立つ。
「あの、あなたは天使様ですか?」
少女が天使の背中に叫ぶ。
「内緒ですよ」
天使は振り返り、口に指をあて、片目をつむる。
ーーあー、何やってんだか。破壊の天使が聞いて呆れる。こんなのラフィやジブに見られたら笑われるね。
「じゃあね」
天使は光と共にその姿を消した。
「天使様! これ、落としましたよ!」
女の子が掲げるのは一冊の本。
○○○
蜏サイド ヒュージマンハッタン島 中央公園
広い公園内、人工の林、湖、芝生。
都会のど真ん中に本当の自然は存在しない。
ベンチに腰掛けるのは一人の美女と四人の美青年。それと包帯でぐるぐるに巻かれた人型。奇怪に見える彼らの姿を誰も認識できない。
遅刻したあげく、間に合わないと踏んで使った偽蜏は失敗。しかも遅刻は遅刻だった。
それは想定内で、ちょっと遊ぼうかなと思っただけだ。だが、問題は。
「あーあ失敗した。てっきり、くちなわあああからのいきなり無間暗処だと思ったんだけど」
蜏が湖をボーッと見て話す。向こうではカヌーが流れている。人工とはいえ、のどかで気分が落ち着く。
「いや、そりゃそうでしょ。人殺しになっちゃいますから」
ノッドが慰めた。
「あいつの愛ってのはそんなもんなのか。好きなんでしょ」
「だからといって、きっかけゼロでいきなりプッツンいくわけないでしょう。だいたい蛇の姿を見せないと意味ないでしょう。全く」
蜏には最高の頭脳がある。だが、心の話はあまり強くない。だからと言って、精神病質者でも社会病質者でもない。“人として普通に心が分かるし、分からない”のだ。簡単に言えば、頭がいいだけの子供なのである。
「じゃあ、蛇連れてきます。でどうすんの? 目の前で犯すのはさすがにダメでしょ。僕もそんなことしたくないし。無間地獄になっちゃうよ。どうすればいいの?」
蜏が頭を抱える。世界征服とは別の目的からいっても、蛇に乱暴するのはもっとも好ましくないことの一つだ。
「じゃあ、キスでもする?」
ノッドが提案する。
「馬鹿だねえ、あんたら。その二人はいま、熱い訳でしょ? それに、そのくらいの女の子にとってキスってのは特別なものなんだよ」
リサが言い放つ。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「いいかい……」
◯◯◯
「そっちの方が怒るんじゃないの?」
蜏が不安に駆られる。大丈夫なのかと。いい感じに切れさせないといけない。あまりに何もしないと先ほどのようになるし、やり過ぎると無間地獄だ。
「まあ、それくらいならプチ切れぐらいですむんじゃないかしら。男の子の庇護欲、独占欲を適度に掻き立てつつ、純粋に怒ると思うわよ」
「そんなもん……か?」
「っていうか何であんたわかんないのよ? 女の子と付き合ったことないわけ?」
リサがムッとした。
「まあね。でも僕は大人気だったんだよ。研究所の中でも外でもね。女の子に引っ張りだこだったんだから。僕はほら、顔もいいし頭もいいからさ」
蜏が遠くを見ながら答える。冗談を言っているーーつもりなのだが、本当のことなので誰も否定しない。
「お前……友達いたことないだろ」
リサが横目で蜏をにらんだ。
「そんなことな……そうやって僕の過去を探るのは止さないかい。信用できるかどうか確かめたいのはわかるけどね。君たちのなれそめでも教えてくれれば考えてやらなくもないよ」
蜏はノッドとリサに尋ねた。すると。
「リサってば、会ったときは僕にゾッコンでばああああ!」
真っ赤な顔でリサがノッドを殴りつける。照れ隠しのつもりだろうが、スクラップにするのはいただけない。
「あーあ、また遅刻だな」
ブレイカーがぼやく。
リサがノッドをボコボコにして終了。ノッドは目を回しながら倒れている。リングと羽からはコードがはみ出ていた。
壊れたノッドの天使パーツを治すため、一同は再び、レントの部屋に戻ることとなった。
「あーあ、遅刻だ……」




