最速を越える幻術
「スカーレット! 何でここにいるんだ!」
蝟はログハウスの中、一人でソファに寝転がっていた。すると、今はいないはずのスカーレットがいきなり入ってきたのだ。
「そんなことはどうでもいいの。ねえ、私のこと好き?」
スカーレットはいつも通りのことを聞くが、それにしたっていきなりは言わない。トロンとした目は蛇が火蟻を見るときのそれだ。
スカーレットはそのまま蝟にのしかかる。
「ねえ、好き?」
もう一度聞く。“本当のスカーレット”は二度聞かない。
「もしかしてジャンヌか?」
「これが……愛の力なのね……」
スカーレットがジャンヌにゆっくりと変わっていく。
「ジャンヌ、異能が使えるようになったか!」
蝟はのしかかるジャンヌの肩をつかむ。
「うん、兄ちゃん」
喋ったのはのしかかるジャンヌ……ではない。彼女の姿は煙に消え、ソファの前に立つジャンヌが喋ったのだ。
「幻術か?」
「うん! 幻術!」
その瞬間、ログハウスが宮殿のように豪華になる。電灯はシャンデリアに、木の床は大理石にワインレッドの絨毯がしかれる。壁には子供の書いたようなよくわからない絵画がいくつも飾られる。
「おお、幻術かー、すげえな」
「兄ちゃん! 誉めて!」
「いや、本当にすごいなあ」
「うん!」
ジャンヌが大きく頷いた。
彼女の異能は蝟をも凌駕する……。
○○○
「俺の名はレント・ルクセリア……ところで何でシャルロットさんはレントさんのこと好きなんですか?」
スカーレットの芝居は三秒で終了した。
「えっ、弱いくせに一生懸命守ろうとしてくれる……ってふぁあああ」
シャルロットは赤面し、倒れる。だが、スカーレットの異能は相手の顔を赤くした後、倒すものではない。嘘がつけないだけだ。
「で、何で“暗雲の好き”をもらっちゃいけないんですか」
刺刀は不満げに尋ねる。さっきから話が右往左往して全然進まない。
「それは……あなたが…………女の子だからだ」
「だまってください」
スカーレットがテンペランスをにらむ。さっきからテンペランスは何の夢を見ているのかと、スカーレットは頭を抱える。
「刺刀ちゃん、悔しくないですか?」
「どういうことですか?」
刺刀は本当にわからない。
「蜜蠭さんにお願いしたら確かに暗雲くんは振り向いてくれると思いますよ。だけど、うーん、それって違わないですか?」
刺刀は考え込むがそれでもよくわからない。
「うーん、誰かいい感じに教えてくれる人……」
その時、曲がり角からスノーが現れる。
「呼んだかしら?」
美しいというよりも美しかったともいうべき彼女は、きつめの口調で尋ねた。
「あ、スノーさん。刺刀ちゃんがですね……」
スカーレットはスノーに一通り説明すると、彼女は一言だけ言った。
「それ、自分に魅力がないです、って言ってるようなものよ。女の子やめれば?」
そう言って彼女は一番の旗を持って、出口へ向かった。
「あれでわかりましたか? 刺刀ちゃん可愛いんだから、頑張ってみてください。じゃあ、私も出口に向かうんで」
刺刀を残し、スカーレットはスノーを追った。
刺刀は倒れているシャルロットから旗を……。
○○○
広場、夕暮れの中、蜜蠭のもとに全員が集合する。
「結果発表ー。じゃあ、一位のスノーさんとお、五位の……シャルロットちゃん前へー」
刺刀は結局四番でゴールだ。色々考えたが、まだ何もしてないのに安易に蜜蠭に頼るのはずるいような気がしたのだ。スカーレットは三番の旗を持って、ゴール。テンペランスは手ぶらで帰ってきた。
「あなたの願いは何ですか?」
蜜蠭は甘く甘く、とろけるような声でささやく。
「パフェ!」
「若さを!」
二人は高らかに声をあげる。
「いいでしょう、では!」
蜜蠭が手を広げると、広場には簡単なテーブルがたくさん並び、その上には大きなパフェが何個も何個も乗っている。
「なっ、何なのよこれは!」
誰よりもまずスノーが叫ぶ。広場のみんなはパフェの方に目が行ってスノーには気づいていない。
「何なの、って若さよ、若さ」
蜜蠭が笑って説明する。
「あたちはこんなに若くちろなんて言ってないじょ」
スノーはこの場の誰よりも若く……いや、幼くなっているのだ。年はぎりぎり二桁、幼女だ。元がいいのか、人形のように愛らしい。
「うわああ、かっわいいい! 目おっきいいい!」
スノーはスカーレットに抱えられる。
「やめろやめろ、わたちはじょうおうのきちだじょ!」
スノーは女王の基地ではない。騎士である。だが、舌が回らない。
「可愛いから、ジャンヌちゃんに見せに行こー!」
「じょうおうちゃまあ。たちゅけてえええ」
スノーはスカーレットの脇に抱えられながら、近くにいた蝗に声をかける。
『あら、かわいい』
蝗はニコッと笑って、スケッチブックを見せつけた。
○○○
刺刀と暗雲の前には薄ピンクを基調にしたイチゴのパフェ。
刺刀は、暗雲と二人で一つのパフェを食べることには成功したが、“ほっぺにちゅー”など、できるはずがない。いつ、どのタイミングで、したあとどーするの、どんな顔すれば、ほっぺにちゅーしていいって聞くの? いきなりしちゃうの? などわからないことがたくさんだ。
「ねえ、暗雲。ねえ」
刺刀は少し猫なで声をしてみるが、
「見ろあれ、ったく外でやんなよなあ」
暗雲の指した先にいるのは火蟻と蛇。蛇が火蟻の口周りを……舐めている。ほっぺにちゅーで悩んでいる自分が恥ずかしい。
「そ、そうかな。ほっぺにちゅーくらいならいいんじゃない?」
思いきって言ってみる。
「まあ、それくらいならいいが、あれは……」
「そ、それなら……チュ」
刺刀はここしかないと勇気を出してやってみたが、
「ん、なんだ? っておい、大丈夫か!」
刺刀はキスをしたまま倒れかかった。顔を真っ赤にして倒れてしまったのだ。
ちなみに暗雲はキスをされたとは思っていない。倒れてしまって、たまたま口が当たったと思っているだけだ。
彼は火蟻のように異能のせいで鈍いのでもなければ、蝟のように意地っ張りでもないし、レントのようにむっつりでもない。
ただ純粋に鈍いのだ。
○○○
一方、こちらは火蟻と蛇。もうどちらもデレデレだ。パフェよりも甘く、胃もたれする。
「ねえ、口、生クリームがいっぱいついてるよ。なめてあげる」
「蛇もついてるよ」
二人は顔を舐め合う。さすがに外でこの光景はインパクトが強く、ガン見する人と赤くなってそっぽを向く人に大きく分かれた。
そっぽを向くのはもちろんレント・ルクセリア。
「レントさん、あういうの好きなんじゃありません? どうしたんですか?」
レオナが尋ねる。
「また磔になったらたまんねえからだよ」
レントはあれ以来人間不信であり、何を見てよくて、何を見ていけないかわからない。
シャルロットしか信じられなくなっている。シャルロットにとっては嬉しい反面、こうなってしまうとレントが可哀想だ。
「正義子! あんたのせいでこんな風になったのよ!」
正義子も聖なので、あの環のなかにいたわけだが、
「ん? それは違うぞ。女湯に入る方が悪いんだ」
もちろんだ。正論なのだがシャルロットにはわからない。
「だいたいあんた、どっちの味方なのよ! 誘拐魔じゃなかったとはいえ酷いんじゃない?」
テンペランスの説明の結果、火蟻たちは悪党ではないことがわかっている。だが、この間まで敵だったのだ。シャルロットはあまり割りきれてない方ではある。
それでも蛇は同じ“仲間”だと思っている。蛇のことを貧乳だと思っているのだ。残念ながら仲間ではない。
正義子は眼帯についたグロテスクな片目をシャルロットへぎろりと向ける。
「どっちの味方だと。最初から言っている。私は」
正義の味方だ。
○○○
「かっこ……いい」
正義の味方。この言葉は気圧にとっては最高にかっこ良かった。すぐさま、少し離れたところにいる正義子に駆けよる。
「あ、あの! サイン下さい!」
少年の言葉に正義子はびっくりする。普通の人はサインなどしない。
「わ、私がか!」
「これに!」
気圧が差し出した本は、西洋画の表紙。いばらを被った人間が磔のままうつむいている。
「これは“よくわかる拷問と処刑”じゃないか! 私も昔読んでいた。やはり、悪人をぶっ殺すのは最高だよな!」
「ほんとですか! 僕も悪党を懲らしめるのは大好きです!」
「気が合うな! よし、サインでも何でも書いてやろう」
そう言って正義子は本の裏表紙に自分の名前を書く。
気圧が正義子の名前を見つめる。レント、シャルロット、レオナは固唾を飲んだ。それは“せいぎこ”と読むんだ。“まさよしこ”じゃないぞ。頼む頼む頼む。そしてーー
「ひじり……正義子さん!」
その瞬間、レントたちは安堵し、正義子が目を見開く。
「お、お前……かわいいやつだな!」
そう言って正義子は気圧を抱きしめた。正義子の胸に気圧の顔が埋もれる。気圧はされるがままとなる。だが、そこに卑猥な笑みなどなく、純粋に、憧れる人に抱き締められるのが嬉しいのだ。
○○○
「私もいれてください!」
水殺改め、水脈が蝗のグループに入る。入れてくださいというのは騎士団にだ。蝗も他の面々も困った顔をする。水脈はまだ子供だ。だが、まだ子供だ、というのは理由にならない。だから、みんな困っていたのだが、
「ダメだ」
口を開くのはサン。
「お前は弱いからだ。私がこの中で一番弱いのだが、その私に負けるお前はダメだ」
サンは嘘をついた。基本的に異能は相性で決まる。火蟻を踏みつけられる蝗は、蛇に動きを止められる。だが、その蛇の視界を暗雲は奪えるが、エーゼルにとって視界は重要ではない。振動を聞くだけで状況の把握は容易い。そのエーゼルがいくら音叉を振り回しても巨人のバーシニアは意を介さない。そんなバーシニアをテンペランスは手の中にいれられる。では、テンペランスが最強かと言えばそうではない。火蟻は彼女を昏倒させることができる。
「ぐぬぬ」
「あのね、サンは……」
ステラがフォローをいれようとするが、
「そんなことはわかっています! 私を心配してるんでしょう。いいですよ。じゃあ、その代わり、私がエレミットさんと同じ十七を超えたらいいですか」
『いいですよ』
蝗がスケッチブックを掲げる。
「じゃあ、連絡先を」
そう言って水脈はサンのポケットから電話を取り出す。
「お、お前! 最初からそれが!」
「さあ、なんのことでしょう?」
水脈はサンのことがお気に入りだ。
○○○
「ん? ジャンヌ。お前も食べたいか?」
他のみんながパフェをつまんでいる中、少し離れたところに蝟とジャンヌが立っている。
「う、ううん。平気。兄ちゃんは食べないんでしょ」
「そりゃ、約束したからな」
蝟はジャンヌと約束したのだ。何も食べないと。誰も殺さないと。だが、その約束がジャンヌを苦しめる。
「兄ちゃん……お腹すかないの?」
ジャンヌは心配そうに尋ねる。ジャンヌは今、お腹が空いているのだ。生まれ変わってから一週間も経ってないが、それでもお腹は空く。異常なのは何年も食事をとらない蝟のほうだ。
「兄ちゃんはもう慣れたからなあ。最初の頃は……よく覚えてなくてな。どうしていたか忘れてしまった。お前は別に食べてもいいんだぞ。勝手に約束したのは兄ちゃんの方なんだから」
「兄ちゃんが食べないなら……いらない」
蝟はどうしていいのかわからない。彼はもう何かを食べることはどうしても出来ない。一方で自分が食べないとジャンヌが可哀想だということもわかっている。そして、
「そうか……じゃあいいけど」
ここで蝟がパフェを一口食べていたら、シャルロットではなく刺刀が願いを叶えていたら、ジャンヌが自分の異能に気づかなければ、第一ステージで火蟻が蝟を止めていれば……いや、すべてをクリアしていたとしても……。なぜなら彼女を殺したのはハングドマンでも蝟でもなく……。




