機械の天使
綱渡り 上空
蝟、レントが二人で前を行き、火蟻と青年が後ろで交戦、暗殺はさらに後ろで気絶中だ。
「お初にお目にかかるが、てめエは誰だ?」
「まあ、いいじゃねえか。そんなことより、俺に構っていると行っちまうぜ二人とも」
火蟻は横に並ぶ青年に話しかける。火蟻にとって足場がない状況でできることは少ない。
蝟とレントははるか先。時折、落ちそうになっているレントを蝟が助けている。
「僕はどっちが勝ってもイいんだ。雄魯鹿に会えればそれでいい。僕や蝟、レントのチームが勝てば雄魯鹿を利用できる。逆にお前達が勝つのは困る」
全能者の石をどけるまでは、共闘関係だ。
――だが、それからは容赦しない。レントが西サハリアに来なかったら、女神を地獄に送れたかもしれないし、そもそも雷蜘蛛も死ななかったかもしれない。それにあのときのあいつの目は……いや気のせいだ。そんなはずはない。
「僕がいま気にしているのはまさに、てめエが誰かということなんだよ。お前が自分から蜏の傀儡をやってるのか、それともヤらされてるのか。クソッ、ここに上がる前に蝗かスカーレットに言っておけばよかった」
足場のない火蟻にとってできるのは、熱風や黒い炎だが、火蟻には目の前の人間が、本当になにも知らない傀儡かどうなのかが分からない。
不死身ではない人間に熱風は死ぬ可能性もあるし、何の罪もない人間に黒い炎は酷すぎる。触れれば即発狂だ。
「じゃあ、まあ、お前が何もしないなら、俺から行くぞ」
火蟻の目の前が爆発する。だが、火力勝負で火蟻の右に出るものはいない。
「何しヤがるんだ、てめエ」
爆発は黒い炎に飲み込まれて消えた。
「やっと、やる気になったか?」
青年は笑う。だが、真下の敵に気づかない。
「いや、お前は終わりダ。僕のお姫様がお前をゆるさなイ」
正気に近づいた火蟻はもう自分の気持ちに気づいている。問題は自己精神操作で抑圧している方の彼だ。片目が充血している状態で、しかも戦闘状態でなければ、蛇は完全に襲われている。そして蛇も彼に身を委ねられたいとは思っているのだが、火蟻はよほどの時じゃない限りは、心の針を向こうにやらない。そういうところも蛇が火蟻のことを好きになっている原因の一つだ。
突然、青年は固まり、そのままクラッと縄から落ちそうになる。蛇の千里眼が彼を捕らえたのだ。
火蟻は素早く、飛び移り青年の手を掴む。
「どういうつもりだ」
青年は尋ねる。
「お前ガ誰かもわからんまま、死なれるのは寝覚めが悪すぎる。それにこのまま放っていたら、僕の未来の嫁が殺人者になっちまうだろ」
これを蛇が聞いていたら、鼻血を出しながら卒倒するだろうなあと思っているのは……火蟻の真後ろにいる蝟。
「レント君はすでにゴールさせた。あとはお前達をここから落とすだけだ。覚悟はいいな」
○○○
「お前、仲間を見捨てていいのか」
蝟はレントと一緒に火蟻達の前を走っていた。蝟はレントを抱えてゴールまで連れていってやろうとしたが、さすがにそれは嫌だったらしく、ふらふらしながらもレントは綱渡りをしていた。
「仲間? ちんけな表現で好きじゃないな。でもまあ火蟻強いし、大丈夫だ。それよりお前は何を願うんだ」
蝟の懸念はそれである。対になる願いによっては蜜蠭により、自分の願いが歪められる危険性がある。それはよくない。良くなさすぎる。
この願いは必ず、完璧な形で叶えられなければならない。
「女神を助けたい……はさすがに無理なんだろ。あの全能者の石ってのは雄魯鹿じゃないと無理。となるとそうだな……」
レントは考える。欲しいものはたくさんあった。シャルロットの……、じゃないレオナの胸に……じゃない、正義子、エレミット、テンペランス……もっと欲張って全員の体を食べ……そうじゃないだろ。どうしてこんなにやましい願いしか出てこない。そうじゃない。今俺が最も欲しいものは……。
「真実だ。女神をはめた張本人を知りたい」
蝟は笑う。歯車は揃った。後は回すだけ。
「よし分かった。じゃあそのままゴールまで行ってこい」
そう言って蝟はレントの背後に回り、ゴールまで蹴り飛ばす。レントにはいきなり後ろから衝撃が走ったように感じただろう。
第一競技 綱渡り 一位通過レント・ルクセリア
蝟は後ろを振り返る。
行くぞ。火蟻と他二名!
○○○
「おいっ蜜蠭! 縄を切るのは有りか?」
蝟はスタート地点にいる蜜蠭に叫ぶ。蝟の目の前には火蟻、火蟻に手を捕まれる青年。さらにロープがほつれた先に暗殺がぶら下がっている。
「なしでーす。その上で戦ってくださーい」
蜜蠭が答える。
「じゃあ、今から無防備の火蟻とそこの青年を落としたあと、下にぶら下がって気絶している少年を落とす。だから火蟻はその二人を上空で何とかしろ」
「ちっ、仕方ねエ」
火蟻はしぶしぶうなずくが、手を握っている青年の様子がおかしい。
「やあ、諸君。こんにちは。邪魔するよ」
青年の口調が乱暴でなくなっている。その口調は蜏のそれだった。
そして彼は言い放つ。
「天式参番 破壊者 始動」
青年の背中から機械の翼が生え、頭が割れて機械の輪が出てくる。さらに銀色に光る細長い翼からは、青白い炎の羽根が生える。確かに天使に見えるが、同時にその姿は人間が機械に犯されている様で気味が悪い。
青年は火蟻の手を離れ、空を飛ぶ。
「おいおいこれは」
「反則なんじゃねエか」
火蟻と蝟は構える。
「おいっ、空を飛ぶのは反則なんじゃねえのか!」
蝟は再び蜜蠭に声をかける。
「面白いからオッケーにしまーす」
蜜蠭は頭の上で大きく円をつくる。蜜蠭の判断基準は面白いか面白くないかそれだけだ。
「じゃあ」
「ヤるか」
火蟻の片目から血が流れ、蝟の顔や体から青い紋様が浮かぶ。
仕掛けるのは蝟。もはや彼に足場は必要ない。機械の天使の背後を取り、輪っかに手をかける。だが、モニターの向こう、蜏は笑う。
「重式壱番 墜」
あろうことか蜏は、雷蜘蛛の能力を使う。重力子操作だ。蝟は怒り狂いながらも地面へ落ちる。
そこで、蝟は時間を逆行させる。
今回の蝟は待機。初手は火蟻。
「焦熱・龍旋処」
火蟻は足を上げ、黒龍を出す。その瞬間、全員の視界が奪われる。仕掛けたのは下でぶら下がっている聖 暗殺。
「俺にも一応願いがあるんでね。ここには来てないようだけど、もう一度あの人に会いたい。だから、皆さんにはここで落ちてもらう!」
火蟻が縄から落ちかける。放っといて置いても大丈夫なのだが、とっさに手が出る。
「しっかりしろ」
二人とも視界が奪われているが、勘を頼りに、蝟が火蟻の手をとる。
ここで蝟が時間を逆行させる。
蝟が逆行した先は、黒龍を出した直後。視界が奪われるまでに間に合わなかった。まだ時間塑行には限度もブレもあるようだ。
「俺にも一応願いがあるんでね。ここには来てないようだけど、もう一度あの人に会いたい。会って感謝する。だから、皆さんにはここで落ちてもらう。どうせあんたらは死なないんだろ」
火蟻が縄から落ちかける。
「しっかりしろ、こくりゅうでおれたちをかこめ!」
蝟の指示に、火蟻は従う。黒龍が火蟻と蝟を守る。二人は攻めることができない。あの哀れな天使は操られているだけだ。殺したり、壊したりするのは簡単。だからといってそれをやってしまっては人間でなくなる。
薄暗い部屋の中、モニター越しの蜏の顔はいつになく真剣だった。
「ここが最後の砦なんだ……」
○○○
広場
「私はどうすればいいの?」
蛇の上空、誰がどうなっているのかわからない。天使が火蟻の敵なのか。だが、変なタイミングで天使を止めて、逆に火蟻の足を引っ張ることになるかもしれない。
『まあでも、あの天使が先決でしょう』
蝗がスケッチブックを見せる。
「でも、あの天使。目が完全に逝ってるんですよ。動きが止まりません」
上空の破壊者は哀れにも、機械に体を犯され、完全なる蜏の傀儡となっている。
「貴方がやるべきことは蜏の方を止めることです。あの天使は私が何とかしてやる」
ホウキに乗ったヘクセが上空へ向かう。
「分からないように干渉するのはいいんだろう? 蜂の巣」
魔女は上空で呪文を唱える。
「我、ヘクセ・パイドパイパーが……」




