綱渡り
聖執行部跡 広場
「一回戦開催でーす。一回戦は綱渡りをしてもらいまーす。チーム内で一人選んでくださーい。あと、その選んだ人は次から出られませんのでよく考えてくださーい」
蜜蠭は広場の中央で高らかに叫ぶ。ふざけた遊びだが、付き合わないわけにはいかない。黒蛾を救うためには蜜蠭の力を借りなければならないからだ。
蜜蠭を許すわけにはいかないが、この女は最初から人間ではなく、願望を叶えるためだけの物なのだと考えれば少しは気を落ち着けることができる。
「次の競技は教えてくれないのか」
声をあげるのはレント。彼は彼で女神を救うために必死なのだろう。黒蛾を救うのもそうだが、女神を石の外へ出さないようにするためにはレントたちに負けてはならない。
「教えませーん」
「一位とビリの話は?」
蝟が目を光らせる。蝟とは共闘している。けれどもいまの蝟は、なんだか危うく見えた。それこそ綱渡りのごとく、彼の精神は揺れ動いているようだった。
「あっそうそう、一位は普通にわかるよね。一位が決まるまではレース。一位が決まったらデスマッチでーす。失格、ここで言えば綱から落ちることです。つまり、一位が決まった時点で対戦相手を全滅させてゴールすれば、願いを叶えましょう。戦いたくなかったら二位、三位でゴールしてくださーい。なにか質問は?」
「外野が手を出すのはありですか」
蛇が質問する。蛇は競技に参加できないが、それでも火蟻の背中を守ろうとしてくれるのかもしれない。
「私に見つからないくらいならね」
蜜蠭が蛇にウインクした後
「お前も手を出していいんだぞ」
虚空に声をかける。
「はー、しつこいなあ。僕は今忙しいんだよ」
機械に囲まれた薄暗い部屋。蜏の背後、天使にされた竜がたたずむ。蜏は今、本当に忙しい。
○○○
「僕が出るよ。他のみんなは綱から落ちたら洒落になんないでしょ。僕なら大丈夫だから」
火蟻が口を開く。蝗がいくら喋ろうとも、落ちるときは落ちる。ステラも蘭央もテンペランスもこの上なく向いていない。
『そうですね。最初というのは分からないので火蟻が行くのがいいでしょう』
蝗がスケッチブックを掲げる。
「私も応援してるよ。頑張ってきて」
蛇が火蟻を見つめる。その目は完全に恋する乙女のそれだ。
○○○
「俺が行く。異論は認めない」
ルール説明の後から蝟の様子がおかしい。目がギラギラして妙に殺気立っている。その様子に誰も声を掛けられない。
「どーぞ、行ってきなさい。ただし」
話しかけるのはホウキの上で寝ている魔女。
「年上からの忠告だ。そういう目をした人間を何度も見てきた。だから一言だけ言わせてもらうと、“それは”やめたほうがいいぞ」
ヘクセ・パイドパイパーは魔女である。魔女に頼る人間の目と今の蝟の目が寸分違わない。だから、ヘクセは忠告した。
「なんのことだ」
蝟はとぼけて、対戦会場に向かった。
○○○
「女の子たちにこんな危ないことはさせられないからな。俺が行く」
レントは四人に向かって話す。シャルロットとレオナは顔を赤くし、正義子とエレミットも異論がないようでうなずいている。
レントが“そんなんだからそんなん”な理由はこれである。この先、綱渡りよりも危ない競技があったらどうするんだと、彼は気づかないだろうか。
○○○
綱渡り
「はいでは、スタートラインに立ってくださーい」
丘から丘へ綱が伸びる。青空の下に揃うのは火蟻、蝟、レント、さらに、聖 暗殺と表情のない青年が並ぶ。チームは全部で五つ。火蟻、蝟、レント達の他、ハングドマン研究所西サハリア支部の聖一族の少年たちと蜏の傀儡だけである。蜜蠭の力を使って、他の参加者が出ないようにしたのだろう。
「あいつどっかで見たことあるような」
レントが見つめるのは表情のない青年。
「何だよ、見てんじゃねえよ、ぶっ壊すぞ」
レントは首をかしげる。目を細め、近づいたり遠ざかったりしても思い出せない。
「お前、俺と会ったことないか?」
「ねーよ、前見ろ」
青年の口調は激しいが、表情に変化はない。
火蟻は豆粒くらい小さくなった蛇に手を振り、レントの足は少し震える。蝟の目はぎらつき、何かに取りつかれたよう。
目の前には五本のロープ。上は青色、下は土色、向かう先には緑色。
蜜蠭が手を広げて叫ぶ。
「よーい、スタート!」
○○○
スタート直後、一人を除き、視界が奪われる。仕掛けたのは、聖 暗殺。利発そうな美少年だ。
「では、お先に行かせてもらいますよ」
少年はゆっくりとだが、確実に進んでいく。火蟻やレントは状況を把握できない。
そこで、時間が逆行する。
「よーい、スタート」
先に仕掛けたのは、聖 暗殺ではなく蝟。ロープを横切り、暗殺を殴り飛ばし、ロープから落とす。
「なにやってんだ蝟!」
蝟は本気で殺しにかかったのだ。暗殺は選抜者ではないので、打ち所に関係なく落ちたら死ぬ。
火蟻は仕事量操作で自分のロープをほどき、暗殺を助ける。自分の足場は悪くなるが、背に腹は代えられない。
暗殺は火蟻のほつれたロープからぶら下がり、意識を失っている。
「俺には願いがある。もちろん俺が今、速攻でゴールにつけば一位にはなれる。だが、俺がゴールした後、全員が失格になっては困るから見張りをしなければならない。今、そいつは全員の視界を奪った。目的遂行の障害は退ける。命の保証などしている暇はない。火蟻、お前がやれ」
蝟の能力は高速移動を超え、少しなら時間遡行もできるようになっている。彼はスカーレットの願いにより、ここまで強くなったのだ。
「お前、まさか、雷蜘蛛……じゃないな。自分の妹を」
生き返らせるつもりか。
「火蟻も協力してくれないか。お前も蘇らせたい人くらいいるだろ」
蝟は笑顔で話しかける。だが、その笑顔は歪んでいる。
生き返らせたい人……白羽、幸、丸子、聡、明、先生……。鳩もおそらくあの後食われたのだろう。
「本気で言ってるのか……」
――だめだ、蝟。それはだめなんだ。
けれど火蟻は説得できない。なぜだめなのかを説明できない。
「お前が一位でもいいんだ。そのために俺は協力するから」
蝟も火蟻を取り込もうと必死だ。
「僕は……どうしていいかわからない。だから、蝟に協力するわけでも邪魔をするわけでもない。それじゃだめかな」
火蟻の提案する。
「いいよ、分かった。じゃあレント・ルクセリア。お前に用がある」
蝟が呼び掛けるのは前方を行く、レント・ルクセリア。フラフラだが、一応前には進んでいる。
「なんだ? 別にお前らの味方になった訳じゃねえぞ」
「お前に一位になってもらう」
そう言って、蝟は、レントに近づく。
「俺も混ぜろ、餓鬼ども」
一番先を行く、青年が後ろを振り向いて、蝟とレントの接近を防ぐ。
「黙っていろ、傀儡。レント・ルクセリア! あいつのボスが女神をはめた張本人だ!」
火蟻の片目はすでに充血している。臨戦態勢だ。
「お前の言うことを俺はまだ信じきれない」
レントも火蟻、蝟と青年に挟まれ、どちらに攻撃をしかけていいのかわからない。
「じャあ分かった。僕はとりあえずあの爆弾魔を押さえる。それでいいか」
火蟻に対するはかつて管理人だった青年、ストーリーブレイカー。
○○○
広場
「なんか様子がおかしいんですけど」
蛇は千里眼で一部始終を見守っていた。
『どういうことです?』
蝗が蛇に尋ねる。
「蝟くんが変です。笑ったり、恐い顔したり。火蟻と口論してるのか。あのネズミ、許さん」
蛇の口調が途中で変わる。火蟻の敵は蛇の敵である。
「まあ、放っておいてあげたら」
二人の後ろで話すのはヘクセ・パイドパイパー。三角帽子が様になっている。
『どういうことかわかるのですか?』
蝗は確かに昔、心を読めたが、それでも魔女にはかなわない。ヘクセの見た目は雷蜘蛛と同じくらいだが、本当は黒蛾や女神の年を軽く超えるのだろう。それどころか、百を優に超える。
「あれはな、人を甦らせてくれと頼み込むやつらにそっくりだ」
「それは……」
蛇に衝撃が走る。まさか雷蜘蛛さんを。
『違いますね、おそらく、雷蜘蛛を甦らせようと頭を巡らせてあの蠭に頼めばよいと思った。そして雷蜘蛛ができるなら自分の妹も、と考えたんだろう。馬鹿なやつだ』
蝗は蛇の意図を汲み取り答えた。途中から字が雑になっている。
「お前はどうして馬鹿だと思うんだ?」
ヘクセが蝗に問いかける。
『まず、あの蠭に頼るから。そして死人を甦らせようとするからだ』
その答えに対し、ヘクセは笑う。
「まだ、若いな。じゃあどうして死人を甦らせてはいけないんだ?」
蝗のペンが止まる。
「私はな、今でもわからない。そうやって泣きついてきた人間を何度も見てきたし、実際に甦らせたりもした。いろんな方法でな。土人形から作ってやったり、大事な人間と一緒にいる夢の中に閉じ込めてみたりもした。百人いれば百通りの結果だったよ。だから、放っておきな。どうなるかは私にもわからない」
ヘクセは上空の蝟を見る。
「あと、千里眼の小娘。お前は好きにするといい。想い人がいるのだろう?」
ヘクセが、蛇の方を向いて言うと、蛇の顔が真っ赤になる。
「言われなくてもそうします!」
蛇の目は再び、火蟻の元へ帰る。




