聖女の瞳と閻魔大王
「次はテメエだ。女神」
火蟻が見据えるのは、震える女神。
かばうのは最強の鬼神。
「この子に手を出すな。お前の言い分は分かる。だが、この子は」
黒蛾が自分の影から黒い剃刀を具現化した。
火蟻の攻撃に迎撃できるようにするためだろう。
不必要なものは消される。
「うるせエ、僕はお前らを許さない。どうして白羽……」
言っていて気づいた。なんという責任転嫁だろうか。
黒蛾がもう少し早く来ていれば、女神がハングドマンを助けなければ。
それを言えば、火蟻もまた加害者だった。最初に死んで食料になれば全員助かったかもしれない。それに、蜜蠭に願うことすらしなかった。
お前が殺したようなものだーー言われたばかりだった。
白羽や幸、丸子、聡と明に。
それは本当に彼らが思っていたことかもしれない。
そうでなくとも、少なくとも自分はそう思っていた。
誰しもが罪人だった。
「すまないな、黒蛾。僕にはもう殺意も何もない」
死のう。最初からそうすべきだった。
するべきは復讐。
対象はハングドマンだけではなく火もだった。
この足を鎖で貫こう。
そう思った瞬間、虚空から蜏が現れる。
「火。別に君がどうしようと君の自由だけどね。ただ、聖 火という人間は別に君だけのものではない。蛇、蝗をはじめ、黒蛾や雷蜘蛛、蝟も君を大切に思っている。そんな彼らから君は聖 火という存在を奪おうとしているんだ。さて、火、ひとつ聞こう」
かつてないほどに睨まれた。
蜏のそんな顔など見たことがなかった。凍りついた怒りで表情どころか、顔そのものが変わっているように見えた。
「君はどういうつもりだ。そんな顔で死ぬなら、君が幸せにならないなら、僕は君を赦さない」
まだ気がつかないのか。僕のことを。
君を助けられなかったのは僕の方なんだから。
あの時、駆けつけるべきは力のあった僕の方なんだから。
ーー蜏……なんて顔しているんだ……。
ようやく気がついた。
彼は自分のよく知っている友人であった。
昔も今も飄々としていたが、それでもそんな疲れた顔ではなかったような気がした。
少なくともそんなボロボロではなかった。
鎖は火の足元で力なくうなだれた。
「それでいい。火」
蜏が地上にゆっくりと降りる。
「蛇も蝗も言いたくないだろうから、僕から言おう。ハングドマンはレントを愛していた」
火蟻が振り向くと四人は顔を伏せた。
「どうして」
なぜ彼女たちはそんな嘘をついたのか。
「それはね、火蟻。レントを殺してもどうにもならないからだ。レントを殺しても、ハングドマンを殺しても、誰を殺しても我々は救われないし赦されないからだ。それに、レントを殺して嘆くのはハングドマンだけではないというのも理解できるだろう? 君は君を思ってくれる人のためにこれから生きなければならない。わかるね」
火蟻の目が元に戻る。火蟻再び四人に振り返った。
「みんな、火には火でいてほしい。大切な人を奪う火にはなってほしくなかった」
蛇の声が聞こえる。
もう帰ろう。
ーーみんなは僕のことを一生懸命考えてくれたんだ。ならば、もういい。そんな人たちがいる。それだけで十分なのかもしれない。
なあ、白羽、幸、丸子、聡、明、先生。
僕は……これでいいのだろうか。
再び振り返り、蜏に尋ねようとしたが、彼はもうどこにもいなかった。
ただ声のみが残る。
「君と会うのはこれで最後だ。情が移ってしまうとよくないからね。でも最後に助言をしようと思う」
途方にくれたら、レントのところに向かうんだ。
○○○
上空には五つの影。雲の上は空気が薄い。
蜏とテンペランス。エレミット、インターセプター。褐色肌の黄色目の女性。
「あなたには終末を倒してもらう」
「ああいいよ。でももう少し待ってくれ。あと少しで火蟻たちが移動する」
蜏が真下を指差す。
ここからは見えないが、そこにいるのは火蟻たちだ。
「どういうことだ。むしろ我々は彼らを使うのも有りだと考えている。一人では荷が重かろう」
エレミットーーストーリーテラーが蜏に尋ねる。
「白々しい。殺そうとしていたくせに」
それに対して、黄色目の女がエレミットを睨みつけた。
聞いてないぞと言わんばかりの表情。
だが口にはしない。
「お前一人であいつを倒せるとでも?」
黄色目が蜏に尋ねた。
蜏が下手な演技のようにビックリした表情を見せる。
「ええ! 君たちは手伝ってくれないのかい? テラー!?」
蜏が芝居のように手を広げて驚いた。
「テラー。我々はすぐそばで待機している。道化の見張りを頼むぞ」
褐色肌の黄色い目が叫ぶと、二人の影が消える。
「テンペランス。君は火蟻のところに行ってきなさい。僕は大丈夫だから」
そう言って蜏は紙の束をこっそりとテンペランスのポケットに入れたあと、ポンと背中を押した。
すると、テンペランスは霧のようになって消えてしまった。
「さあ、最後の審判だ」
黄色目の絶対障壁が地平線までを包む。
天が割れる。
○○○
「へクセ。僕が呼んだ理由はわかるね」
その瞬間、ヘクセが悶え始めた。
いきなり腹を抱えたと思えば、三角帽子が飛び上がるほどのけ反り、泣きながら笑い続ける。
「ああああああああああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 私はただあなたと、あなたに、あなたが、いたお陰のせいで、私は私は私は私は私は私は私はただただあなたと、くれたものをもう一度、あの頃が苦しい、痛い、いやあああああああああ!」
その叫びは人間のそれではなかった。壊れた機械のように何度も何度も同じことを繰り返す。
瞳は小刻みに震えるが、あんなにも早いことなどありえるのだろうか。
◯◯◯
ステラとサンは黄金の街の復旧を手伝っていた。
自分たちがやってしまったのだから、当然といえば当然だった。
そしてこの災害の奇妙なこととして、皆が天使がどうの、とつぶやいていたことにある。
この件は災害による集団催眠の一種、とされたがしかし。
人が誰も死んでいないのは明らかに異常なことだった。
「精が出るわね」
そう言ったのは見覚えのない男女。
いや、どこか出会ったような気もしないでもない。
どこだろうか。
ステラが悩んでいると、二人はくすりと笑った。
「気づかないならいいわ。それより、あなたたち一緒に来てもらうわよ」
返事をする間も無く、ステラとサンは足元の暗闇に引きずり込まれた。
◯◯◯
火蟻と蛇と蝗と蘭央とスノーが飛んできた。
「は……蜏。レントのところっていったい……」
火蟻が呟く。
だが、今はそんなことどうでもよかった。
このままみんなで黒蛾の館にでも行って幸せになるのだ。
「火。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それよりもみんなで帰ろう」
◯◯◯
黒蛾の館の前に、火、蛇、アリス、スノー、蘭央が並ぶ。
「やっと帰ってきた」
黒蛾と世界の二人は帰り道の道中で別れた。
二人はフラッと森の中に入っていき、そしてそのまま帰って来なかった。
だからいまいるのは5人だけ。
『そして私たちの火は女の子に囲まれて幸せに暮らしました』
となりのアリスが笑っている。
いけないことなのはわかっているが、それでも彼女たちの笑顔を守れるならそれでいいと思った。
ピューと冷たい風が吹いた。
なんてことない風だったのに、その風は幸せを攫っていった。
蛇の皮膚がその風に煽られ、剥がれ落ちた。
パラパラと、隠していたものが風にさらわれる。
「え?」
蛇の身体がいびつに歪んでいく。
漆黒の翼。
レントの蝙蝠の翼よりもむしろ雷蜘蛛の翼に近い。
赤い瞳。
さらに蔦が角や尻尾をかたどっている。
そして何よりその髪はーー蛇になっていた。
私……は……何なの……。
「いやああああああああ!」
蛇の髪を持つ妖怪は漆黒の翼をはためかせ、飛んでいってしまった。
火も急いで後を追う。
その方角はかつて二人が最初に外に出て歩いた方向と同じだった。
「どうして……」
続けて3人も火の後を追おうとするが、立ちふさがる敵が一人。
「ここから先は通しません。ハーレム計画はきっと失敗に終わるでしょうね」
勿忘草色の白衣が笑っていた。
○○○
最後の審判が相対する。
◯◯◯
「ねえ、私は。私は本当に死んでしまったの?」
○○○
一方その頃……雷雲は。




