隠者と破壊者
アルカナ協会付属高校
悪魔を倒す学生を教育する場。悪魔とは俺達と違う紋章を持ち俺達の世界に仇なすもの。世界に選ばれた俺達は悪魔を倒す訓練のために集められた。生徒数五人、教師一人、全寮制の此処こそアルカナ協会付属高校。だが、訓練以外の時間は普通の学校と同じであるので、転校生もいる。
「皆さん席についてください。今日はこの学校に転校生がやって来ました」
先生といっても彼は十二、三才ほどの少年だ。成長すれば美男子になりそうな雰囲気があるが、いかんせん貧弱だ。名前をサバキという。
「エレミット・エクスペリエンスさんです」
全員が首をかしげる。
「先生、エレミットさんはいつ来るんですか? 」
正義子が尋ねる。
「もういますよ」
サバキの隣からもわっと人影が現れる。不思議な女の子だ。紫色がかった長い黒髪で、なにかを悟ったような目も紫色。レオナよりも慎ましく、正義子よりも存在感のある胸は淫靡というよりも神秘という言葉がぴったりと合う。
「どーせ、私のことなんか見えませんよ」
ふわーっとその姿が霞む。
「いなくなんないでえ。ちょっと、先生困ってしまいます」
サバキは困ってしまいます、と言いながらそのようには見えない。ただ微笑むだけだ。
「はい。わかりました」
再び輪郭がはっきりしてくる。
「エレミットさんはレント君の隣の席ね」
エレミットは俺の隣の席に着こうとして、なぜか俺の方へこけた。
エレミットの顔が近い。鼻先がくっつきそうだ。同年代の女の子と比べればきめ細やかな肌だが、それでも近すぎて毛穴の一つ一つが監察できる……って監察しちゃだめだぞ、俺。
アロマの匂いがした。特に高いやつだ。そんな気がする。
「いい匂いだ」
あー、やべー失言した。初対面の女の子への第一声、いい匂いだ……変態です。
パァーンと銃声が鳴った。俺の後頭部に穴が開く。シャルロットさん、セクハラ退治ごくろうさまです。
エレミットはしばらくボーッとしたあと顔を赤めながら。
「よろしくお願いします」
そう言って席についた。
○○○
食堂
今日はいつものメンバーに新しくエレミットが加わった。俺の両隣にはシャルロットと正義子。向かいがレオナで、レオナの両隣にテンペランスとエレミット。
彼女が頼んだのは……トマトジュースだ。血のように赤い。
「エレミットはジュースなのね! あたしのショートケーキちょっと食べる? それじゃあお腹一杯にならないでしょ」
シャルロットはいつものショートケーキ。ただし、ホールのものだ。誕生日でないのにも関わらず、毎日このケーキを食べている。残念ながら成長は胸にはいかない。それは選抜者でなくなったときだ。
「いえ、私は少食ですので」
エレミットは赤いどろどろとしたものに口をつける。
神秘的な彼女も、その姿だけは淫靡である。
はっ、持ってかれるところだった。
俺はシャルロットよりも少食な女の子を見つめる。
「もぐもぐもぐもぐ……」
テンペランスの食べているのは少し太めのバーのようなもの。その小さな口に加えられている……。
「なに顔を赤くしているのよ。何かあった?」
シャルロットのご指摘通りだった。だめだだめだ。神聖な食事の時間に俺は何を考えているんだあああ。
「あんた大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」
シャルロットが顔を近づける。近い近い。上目使いでこっちを見つめる。愛くるしい顔で口の周りにはショートケーキの生クリームがたくさんついている……。
「なめたい」
はっ、今何か言ったか俺。
シャルロットはポカンとしている。
「何か言った?」
ああまずいまずい。何とかしなきゃなんとかごまかさなきゃ。
「俺もそのショートケーキ食べたいって意味だ」
よしっ、逆手にとった。俺は嘘をついていないから女神にも申し訳が立つ。
「えっいいけど……」
シャルロットは了承してくれた。よかったよかった。
俺は今日もパンだったのでフォークがなかった。なのでシャルロットのフォークを借りて一口食べた。口に広がる甘い砂糖の味。まるでシャルロットを食べ……ちゃいけないだろ。
シャルロットは真っ赤になってうつむいている。まさか心を読まれたか。
「レントさん私のこれも食べてください」
レオナが体を乗り出す。そのたわわに実った大きな胸が目の前で揺れる。見ちゃだめだ、触っちゃだめだ、しゃぶっちゃだめだ。
なんとか煩悩を制御したが、レオナは自分の食べていたフランクフルトを俺の口にくわえさせる。レオナが手を伸ばすと、制服から覗いたわきが見える。もう我慢できない。
俺は必死でフランクフルトにかじりつき、フランクフルトを食べることだけに集中した。
「レ………間……キ………ちゃった」
シャルロットはうつむいたままぶつぶつ呟いていた。
レオナもなぜだか喜んでいた。
レントは気づいていない。自分がフランクフルトにかじりついているのをテンペランスとエレミットが顔をぽっと赤くしながら見つめていたことに。
正義子にとって大事なことはただ一つ。
正義かどうかだ。
あとのことはーーどうでもいい。
○○○
この学校のカリキュラムは別段変わったものではない。ホームルームの後、一、二、三、四時間目まであり、昼休みを挟んで五、六時間目で終わり。この間戦闘訓練などはしない。戦闘訓練は早朝か放課後。そして、放課後の戦闘訓練にはサバキが付き合ってくれる。はずなのだが、練習場にいたのは、
「あんた誰だ? 」
そこにいたのは仮面を被った男。いかにもな感じのローブでも着ていれば怪しさ満点なのだが、残念ながらなんの特徴もないジャージだ。
「俺のことはなぁ、そうだな、ブレイカーとでも呼んでくれ」
「何のようだ。貴様まさか火蟻とかいうやつの」
仲間か! と言おうとしたのだが、
「違う違う。黒蛾んとこと一緒にすんじゃねえよ。俺もう毎日これやんの面倒なんだけど。俺は演技派さんとは違って大根なんでね」
ブレイカーと名乗った男はぼやく。毎日? 毎日こんなことをやっているのか。暇なやつだな。
「お前と戦わなきゃいけないの。お前をできるだけ本筋の噺から遠ざけたいわけ。だからと言ってお前を殺すのは、ルール違反だしそもそも無理だ。だから、お前と無意味な戦いを繰り返してお前を無意味に忙しくする。我々のできることは現状これくらいだからな」
「なに訳わかんねえこと言ってんだ!」
ブレイカーの方が逆ギレする。
「訳わかんねえのはこっちだよ。お前と、雄魯鹿とハングドマンは無茶苦茶だ。ハングドマンはまあギリセーフだとしても、お前と雄魯鹿は完全に反則だって。雄魯鹿はまだこちらで遠ざけておくことは可能だ、ってか放ってても大丈夫だろーよ。お前だよお前。超完全危険生物レント・ルクセリア。あー壊してーよ」
「なんかよくわかんねえが敵ってことでいいんだな」
ブレイカーは叫ぶ。
「ああいいよ、かかってこいよ。レント・ルクセリア、シャルロット・トライアンフォ、レオナ・ストレングス、テンペランス・パルシモーニア、エレミット・エクスペリエンス、聖正義子」
正義子以外の誰しもが思った。
お前、地雷踏んだなと。
そして、正義子は思った。
私の名は……。
○○○
先制はもちろん、正義子。正義子じゃないよ。
「リリース・スカベンジャーの娘、鉄の処女、ファラリスの牡牛」
まずブレイカーの手と首に枷が付き、締まる。ブレイカーは抵抗しない。
後から出てきた鉄の処女が閉じ、蓋の間から血が漏れる。
あーあーやりすぎだって。
鉄の処女の下に牛型の銅像が出現、そのまま牛の背中の蓋が開き、ブレイカーが牛の腹の中に入る。そして、牛の股下に火が点る。
こりゃだめだ。死んだ。このコンボが決まったら火蟻でさえアウトだろう。我々にとって熱、炎はもっとも気をつけなければならない攻撃の一つだ。表皮に紋章があればあれは一発だ。
呼吸を求めるために設置された唯一の通気孔から呼吸音がでるはずなのだが、牛の中から聞こえてくるのは、悪趣味な牛の鳴き声……ではない。
「こんなもんか、聖、ま・さ・よ・し・こ」
爆発とともに再生中のブレイカーが正義子を挑発しながら現れる。
「おい、だから言っただろ。我々はお前らとか黒蛾と違うんだよ」
ブレイカーは叫ぶ。
「おい、女ども。俺の目的はレント・ルクセリアであり、お前らではない。お前らを攻撃するのはルール違反だからなあ。だから」
いつの間にかブレイカーの後ろをとったエレミットがクナイを飛ばす。だがそのクナイは障壁により弾かれる。
「王子様を全力で守って見せろ」
ふざけやがって、俺は自分の能力もわからないポンコツだが、女の子に守ってもらうほど、落ちぶれちゃいねえぞ。
「シャル、レオナ、正義子、テンペ、エレミー。手を出すな」
4人は声を揃えて言う。
「「「「「任せた!」」」」」
俺は剣を構え、ブレイカーへ何度も振るう。
「効かない効かない」
ブレイカーは透明の障壁を展開しているようでまったく歯が立たない。
「お前の能力は障壁展開か」
「そうだとも言えるし、違うとも言えるなぁ」
「そうかい!」
俺は腰につけた対火蟻用の爆弾を投げる。
ブレイカーは避けない。爆弾は直撃したかと思われたが、
「おいおい、爆弾舐めてんじゃねえぞ」
煙の中からブレイカーが姿を現す。
「爆弾ってのはなあ、こういうのを言うんだよ!」
対火蟻爆弾の五倍を超える爆発が練習場を包んだ。
○○○
「くそっ」
煙の中から立ち上がる。他のみんなも無事だ。
「それだよ、それが反則だって言ってんだよ」
「なんの、ことだ」
「まあいいや、もう。今日はこれくらいでいいか、今日、ドラマチックだったよなあ」
「はあ?」
「いくらお前でも毎日毎日こんなドラマチックな日々送っているんだから、本筋には関わんなくてもいいよなあ」
「さっきからお前、何言ってんだ」
「じゃあ今日は終わりで、あしたもよろしくぅ」
目の前が真っ白になる。
○○○
「皆さん席についてください。今日はこの学校に転校生がやって来ました」
先生といっても彼は十二、三才ほどの少年だ。成長すれば美男子になりそうな雰囲気があるが、いかんせん貧弱だ。名前をサバキという。
「エレミット・エクスペリエンスさんです」
全員が首をかしげる。
「先生、エレミットさんはいつ来るんですか? 」
シャルロットが尋ねる。
「もういますよ」
サバキの隣からもわっと人影が現れる。不思議な女の子だ。紫色がかった長い黒髪で、なにかを悟ったような目も紫色。レオナよりも慎ましく、正義子よりも存在感のある胸は淫靡というよりも神秘という言葉がぴったりと合う。
「私のことなんか見えませんよね」
ふわーっとその姿が霞む。
「いなくなんないでえ。先生困ってしまいますよお」
サバキは困ってしまいます、と言いながらそのようには見えない。ただ微笑むだけだ。
「はい。わかりました」
再び輪郭がはっきりしてくる。
「エレミットさんはレント君の隣の席ね」
エレミットは俺の隣の席に着こうとして、なぜか俺の方へこけた。
胸の谷間に顔が挟まる。ふわふわとした弾力はレオナのそれよりも柔らかい。気持ちいい。ずっとこのままで……良いわけないだろ。
エレミットの胸はアロマの匂いがした。特に高いやつだ。そんな気がする。
「いい匂いだ」
あー、やべー失言した。初対面の女の子への第一声、いい匂いだ……変態です。
パァーンと銃声が鳴った。俺の後頭部に穴が開く。シャルロットさん、セクハラ退治ごくろうさまでーす。
エレミットはしばらくボーッとしたあと顔を赤めながら。
「よろしくお願いします」
そう言って席についた。
○○○
転校生が来た日、繰り返しを開始した。ストーリーシリーズの足止めはこれくらいしかできない。いや、これでさえ焼け石に水だ。絶対に悲劇の起こらないレント・ルクセリアは我々の天敵だ。しかし、使い方次第では、こいつを使えば……。だが、こいつはとにかく目立つし弱い。
私としては処分をしたいが、干渉も出来るだけしたくない。何もしたくないが何かしなければならない。いったいどうすれば……。
最後の審判を殺して、世界を平和にするには、これでいいのだろうか。




