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不死の受命と無神論者の神  作者: 自然対数
第一章 罪人に送る地獄の業火
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監視人と閻魔

「ここは?」


 雷鳴が轟き、土砂降りの雨が娘を打つ。娘は顔を伏せ、荒れた地面に手をついている。長い髪もボロボロだ。鳴りやまない雨音、真っ暗闇の中、娘の前には大きな館がそびえ立つ。古びた洋館と雷が相まってなにか悪魔でも出てきそうだ。


「私は」


 娘の焦点はいまだ合っていない。けれどもその目はもはや無機質なものではない。唯一の特徴を除けば、まだ少しだけあどけなさの残る若い女性のそれだ。今までの人間味のない時には気付かなかったが、よく見ると可憐な、チューリップのような人であることに気づく。これからも守ってあげたい、柄にもなく青年は思った……かもしれない。

 青年が手をさしのべる。


「大丈夫ですか。まずは入って」


 娘は手を引かれ、青年とともに洋館の中に入った。

 洋館の中は広く暖かい。中央に大きな階段があり、一面はワインレッドの絨毯が覆っている。一階の脇にいくつか扉がある。上の階にも、暗くて見えないが、恐らくあるのだろう。


「どうして私ここへ」


 青年が優しく、それでいて強く手を引いてくれている。それだけで娘は安心できた。


「んー、ちょっと休んでから話をしようか。こっちに来て」


 娘は中央階段を登り、廊下を通って奥の二階の個室に連れていかれた。ここもまたワインレッドの絨毯に暖かい暖炉。大きなベッドもある。

 彼女は青年にお姫様抱っこで暖かいベットの中に入れられる。


「おやすみ」


 ○○○


「大丈夫か?」


 その声は暖かい雷のようだった。

 目を開けると傍らには血管が見えるほど透き通る白い肌に、水晶のような白い髪、鮮やかな血色の瞳を持った女性がいる。すべてを飲み込む漆黒のドレスとの対比でその紫雷のような美しさが映える。


「あの、私は誰ですか」


 彼女は当然の質問をした。名前も年もこれまでのことも全く覚えていないのだから。


「ずいぶん哲学的な質問だな」


 的はずれな答えは娘を困惑させた。この雷のような人は頭が悪いのかもしれないと娘は呆れた。荘厳な風貌と口調からは一族の長、巫女かなにかのような印象を感じるが、立場が高すぎて世間知らずに育ってしまったお嬢様のようでもある。


「そういった意味ではなく!」


「落ち着きなさい。記憶はそのうち思い出せばいいですから」


 そんないい加減な話はあるかと娘は憤慨する。

 記憶は人を成す根幹だと言うのにどうでもいいはずがない。そのうちで済むものではないのだ。


「私のことを教えてください。何でもいいんです。助けてください」


「だめだ。私はまだあなたを信用しきれない」


 娘には意味が分からなかった。信用できないのは娘も同じだ。むしろ連れてこられたのだから、彼女はこそ、それを言う権利がある。

 けれども私もあなたのことを信用できません、と言って見ず知らずの人間と喧嘩するような馬鹿ではない。

「気になるのなら火蟻についていくといいですよ。彼は今から仕事です」


 火蟻とは……娘は忘れてしまっている。


「火蟻も忘れてしまったか。ちょっと待ってなさい。体を張って守っていたと言うのに」


 そう言って彼女は立ち上がり、部屋を出ていってしまった。


 ○○○


「私はいったい?」


 しばらくすると、扉が開き、ドレスの彼女が青年を連れてきた。童顔で性格な年齢が読めないがだいたい娘と同じくらいだろうか。瞳の奥が暗いのを除いても、そこには疲労が見えていた。童顔で性格な年齢が読めないがだいたい娘と同じくらいだろうか。

 青年はベットの傍らに座ると、娘に優しく問いかけた。


「こんにちは。具合はどう?」


 青年はにっこりと笑う。不思議なことに彼には悪い印象を持てなかった。


「すっかりよくなりました。だけど、私、記憶がないんです」


「だいじょうぶですよ。では行きましょうか」


 ーー話聞いてました? 記憶ないんですけど。

 娘にとって青年は信用できそうだったが、いきなりすぎる。だが、いつまでもここにいるよりは、外に出た方がいいことは娘にも何となくわかる。


「行こうってどこへ?」


「仕事ですよ、仕事」


 青年は娘の手を引いてベットから出した。その優しい手は一番最初の記憶と同じものだ。


「ちょっと待って」


 娘は立ち止まって尋ねる。


「名前、教えてください」


「僕の名前は火蟻ひあり、あの人は雷蜘蛛かみなりぐもだよ」


 彼女の聞きたいのは自分の名前である。火蟻も雷蜘蛛も少し抜けているようだ。


「違います。私の名前です」


「君の名は、そうだな、くちなわにしよう」


「しようって!」


 無茶な言い分だったが、それでもくちなわは受け入れた。それは彼女が寛容だからではなく、青年の声が蛇を安心させたからであった。


「君の名前は無いんだ。あだ名みたいなのはあったけど、もう仲間なんだから」


「じゃあ、それでいいです」


「名前すら教えてくれないなんて」


 彼女は聞こえないように呟いた。


 ○○○


 もちろんくちなわはまず風呂に入った。泥だらけでそのままベットに入ったのだから汚いことこの上ない。ただ火蟻という青年は君はそのままでも可愛いんじゃないか? と。別に可愛くなるために風呂にはいるのではない。汚れを落とすために風呂にはいるのだ。

 館を出て、少しすると海岸に出た。車輪つきの小型の船が眼前にあらわれる。機械機械してる感じの船だ。なんとも言えない。男の子はカッコいいと言うのかもしれないが、娘にはわからない。


「これに乗っていくから」


 ○○○


 日差しの中、自動操縦の船の室内で火蟻は口を開く。船内というよりも車内という印象の強い室内で、くちなわは火蟻の隣に座った。


「仕事ってなにするんですか」


「まずはフローリダ半島に上陸して対象を捕獲。一戦交えるけど向こうは超弱いから大丈夫だと思うよ」


 捕獲? 一戦? 物騒な仕事。彼女はもしかしてやばいところに捕まってしまったのか、と思う蛇。


「戦うんですか?」


「戦うよ。異能でね」


 異能。彼女は思い出せない。何となくそんなのが記憶の中にあるようなないような。


「異能って?」


 とりあえず蛇は質問した。


「異能の話は見てもらった方が早いから」


 蛇も、見れば何か思い出せると思いそれ以上はつっこまない。


「ただね、僕は彼らをいつも逃してしまうんだ。自分で言うのもなんだけど僕は仕事はきっちりやるタイプなんだよ。たぶん、向こうに精神干渉系のやつがいるんじゃないかと思うんだよね。だからさ」

 彼はニヤリと笑う。


「僕の首を跳ねてくれ」


「えっ」


「首をはねても僕たちは死なないよ。見てて」


 そう言うと、彼は後部座席をごそごそした後、刃渡り三十センチほどのなたを取りだした。

 火蟻はその大仰な鉈で自分の手の甲を少しだけ切る。

「ああ痛いね」


 火蟻が冷静に傷口を見つめる。傷口は浅いが血が出てるので痛いは痛いのだろう。だがその口調からは痛みを感じない。

 すると赤黒い血の流れる傷口がーーすぐさま回復する。


「おぉー」


「僕たちは傷ができても骨が折れても再生できるんだ。痛覚はあるし、致命的な欠点があるんだけど」


 ○○○


「港が見えてきたね。船を降りようか」


 確かに港は見えているがまだ、海上だ。船が波に揺れる。

 それにも関わらず、彼は扉を開き、船を降りる。海に足が触れると同時に、海が港まで一直線に凍り、氷河の道ができる。


「おぉー」


 寒い。だが、それ以上にくちなわは氷河の道には感動した。寒さではなく、美しい風景に体を奮わせる。


「これがあなたの異能ですか」


 蛇が船内から叫ぶ。


「まぁね、早く降りて。来るよ」


「来る? 何がく」


 扉を開け、氷の大地を踏み、蛇が何が来るんですかと言おうとしたところで、風を切る音が聞こえた。

 銃弾が火蟻の額を貫いた。

 だが蛇が息を飲む間もなく、青年は口を開いた。


「僕たちは頭を撃たれようと、首をはねられようと死なないよ」


 額に風穴を開けながらも、振り返って蛇に笑いかける。その間に額に穿たれた風穴がみるみるうちに塞がる。


「不死身なんですか!」


「でも、僕の場合は画鋲を踏んだだけで死んでしまうかもね」


「それってどういうことですか」


 火蟻は厚底のブーツを脱いで足の裏を見せる。


「これは?」


 禍々しくそれでいて美しい紋章が火蟻の足裏に描かれていた。


「これを傷つけられると死ぬ。けど、みんながみんな足の裏にあるわけじゃあないよ。そして、ここを基点にーー能力が発現する!」


  そう言ってブーツを履きなおした火蟻が氷の大地を踏みつける。蛇の前方の地面から、人間大の氷の壁が出現し、銃弾を弾く。


「あと、向こうさんの紋章はこれと違うけど原則は同じだよ!」


 さらに氷を踏みつけると、今度は火蟻の前から氷の壁が現れ銃弾を阻んだ。


「さて、反撃に出ようか」







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