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おっさんとハロウィン

ハロウィンに大遅刻。つらい。

 むかしむかし

 あるところに おひめさまがいました。

 うつくしく かしこく やさしいおひめさま

 おひめさまには やさしいりょうしんと

 やさしくうつくしいこいびとが おりました

 ひとびとはみな おひめさまが こいびとのおうじさまとむすばれて

 くにを みちびいていくのだと しんじておりました

 

 ですが

 

 わるいまじょがおりました

 わるいまじょには なにも ありませんでした

 やさしいかぞくも

 やさしくうつくしいこいびとも

 ともだちも

 わるいまじょには なにも なにも ありませんでした

 だから

 わるいまじょは すべてを なくしてしまいました

 なにもなければ

 おひめさまとじぶんをくらべて かなしくなることもありません

 だって なにもないのですから

 まじょは いのちがけのまほうで のろいをかけました

 

 そして

 

 だれも いなくなりました

 すべては あまく おいしい おかしに なりました

 うつくしいおひめさまも

 やさしい その りょうしんも

 やさしく うつくしい こいびとも

 くにの ひとびとも

 みんなみんな あまい おかしに なりました

 

 

 


 あきのおわり

 しゅうかくのきせつ

 おかしに かえられた かわいそうなひとびとが

 あらたななかまを もとめて さまようきせつが やってきます

 きをつけて

 きをつけて

 あまい おかしに きをつけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜道を歩きながら、フィーロはそんな昔話を思い出して、小さく肩を震わせた。

 口に出してしまえば、きっと男の癖にそんな昔話を怖がるなんて、と笑われてしまうかもしれないから、きゅっと唇を引き結んで黙々と歩く。

 フィーロは今年で11歳になる。

 濃いブルネットの髪に、優しげな顔立ち。体つきも小柄で、外で走り回っているよりも家の中で本を読んでいる方が好きな少年だ。不本意ながら、カッコイイよりもカワイイと言われることが多い、そんな年頃である。

 

 一方フィーロの隣を歩くネーリは、フィーロとはまるで正反対のガキ大将だ。にゅっと若木のように伸びた背はひょろ高く、父親を手伝って狩りをすることが多いせいか少しずつその身体は少年から青年へと変わりつつある。明るい金茶の髪と、その髪と同じぐらい底抜けに明るい性格。男女関係なく人気のあるネーリが、何故かしら一番の親友として選んだのは、腕っぷしも弱く、臆病だとすら言われることもあるフィーロだった。

 

「ネーリ、やっぱり暗くなる前に村に戻った方が良かったんだよ」

「うるさいなフィーロ、そんなことはわかってんだよ」 


 フィーロの呟きに、ネーリがばりばりと頭をかきながらふてくされたように言葉を返す。

 フィーロとネーリが歩いているのは、セントラリアから自分たちが暮らす村へとの帰路だ。今日は、村の大人たちに頼まれてセントラリアに村が出している小さな販売所を手伝いに出掛けていたのだ。小さな村で生まれ育った子供たちに、村の外の世界を見せる機会として、フィーロとネーリの村では年長の子供たちに持ち回りで販売所の手伝いが回ってくる。ちょっとしたお小遣いと、お手伝いの後にはセントラリアでの自由時間が待っていることもあり、村の子供たちの間では人気の仕事だ。

 フィーロだって楽しみにしていたし、セントラリアでのお手伝いの後、村への帰りが遅くなるのはいつものことだ。いつもなら、フィーロだって目くじらを立てたりはしない。だが、今は特別なのだ。

 

 この、季節は。

 

 『地獄(hell)(or)勝利(win)か』と呼ばれるこの季節、村や町の外にはお菓子のモンスターが現れる。普段はどこに隠れているのか、この季節にしか現れないそのモンスターたちは、とんでもない数で群れて人を襲う。


 そう、お菓子のモンスターは人を襲うのだ。


 普段からセントラリアの周辺にいるモンスターは、決して自分からは人を襲わない。臆病なのだ。人通りの多い街道にもなかなか近づいてこない。だからセントラリアや、その周辺に暮らす子供たちは、大人から不用意に道をそれたりしないように、と注意される。万が一モンスターに遭遇しても、慌てず騒がず、無暗に手を出さずに逃げればいいと教わる。

 

 だが、『地獄(hell)(or)勝利(win)か』の季節だけはそれが通用しなくなってしまう……らしい。


 フィーロもネーリも、そのお菓子のモンスターに実際に遭遇したことはない。遭遇した、という人に会ったこともない。

 『地獄(hell)(or)勝利(win)か』のモンスターは夜にしか現れず、避けようと思えば避けるのは難しくないからだ。

 だから、フィーロもネーリも油断した。

 モンスターなんて怖くない、『地獄(hell)(or)勝利(win)か』のモンスターなんて、子供だましの御伽話、子供を怖がらせるための大袈裟な作り話だと思ってしまった。

 だから、ネーリがお菓子屋さんに並びたい、と言ったときに、遅くなるのがわかっていてもフィーロも強くは反対できなかったのだ。

 冬が近くなるにつれ、日が落ちるのが早くなっているのはわかっていたはずなのに――…セントラリアの街には、フィーロたちの住む村にはない華やかなものが多いから。可愛らしく包まれた、宝石のようにきらきら光るキャンディが欲しくて、長い列の最後尾にフィーロとネーリは並んでしまった。


「でもよ、このキャンディあげたら、きっとルルーのヤツ、喜ぶぞ」


 ふと、隣で明るく響いたネーリの声に、フィーロの胸にもぬくもりが灯る。

 暗くなる前に帰って来るように、との親の言いつけに背いた罪悪感と、何かとんでもないことをしてしまっているのではないかという後悔が、少しだけ薄れたような気がした。

 

「うん、そうだね」


 うっすらと緊張に強張っていたフィーロの頬が、ほっと笑みに緩む。


「お前、キャンディ誰にあげるんだよ。お母さんか?」

「うーん、どうしようかな」


 村では見たことがないような、華やかな包装に包まれた宝石のようなキャンディ。ネーリがそれを並んでまで買ったのは、三つ年が離れた妹のルルーのためだ。ルルーはまだ、セントラリアでのお手伝いが許される年ではないから、今朝も村を出るネーリとフィーロに随分と羨ましそうな視線を向けていたのだ。やんちゃで、強引なところはあっても、そういう優しいところのあるネーリが、フィーロは嫌いではない。


「アリナにやれよ、絶対喜ぶぜ」

「な、なんで僕がアリナに……っ」


 びす、と軽く肘でつつかれて、フィーロはかっと頬を染める。


「アリナと僕は別にそういう関係じゃ……っ」

「アリナもまだ街に行けねー年なんだし、あげれば絶対喜ぶって」

「そうだけど……」


 アリナ、というのはフィーロよりも一つ年下の女の子で、村の中ではフィーロと一番仲の良い女の子だ。お互い本が好きで、気が合う。こっそり可愛いな、と思っていたりもするものだから、ネーリにそんなことを言われると余計に意識してしまった。実際、キャンディを買う時、フィーロの脳裏に浮かんでいたのははにかむように微笑むアリナの顏だった。

 

「アリナ、喜んでくれるかな」

「喜ぶだろ。俺も妹なんかじゃなくて、いい感じの女の子にあげられればいいんだけどなー」

「ネーリはモテすぎて相手が選べないだけだろ」

「まあな」


 ちろ、と舌を出してネーリが笑う。

 村の女の子たちは、たいていネーリに憧れている。

 ただ、ネーリにとって特別な女の子は、今のところいないらしい。


 薄暗く夜の帳につつまれ、仄暗い藍に染まった世界をお互いを勇気づけるようにフィーロとネーリは明るい話題を交わしながらてくてくと歩く。

 気にしないふりをしてはいても、本当は二人とも不安で仕方ない。

 風が吹き抜ける音にもびくりと背を揺らしながら、それでもお互いに空元気を装っててくてくとうすぼんやりとした世界を歩く。

 村まではあと少し。

 あと少し。

 あと、ほんのちょっと。

 急ぎ足で十分程度。

 きっと走ったらもっと早い。

 夜の闇に追い立てられるように、二人は小走りで村に続く道を進む。

 いつしか、二人とも黙り込んでいた。


 ひゅるり、と風の音がする。

 

 いや、それは本当に風の音だっただろうか。

 フィーロやネーリの知らない、異国のメロディの一節ではなかっただろうか。


 いや、風だ。

 風に違いない。


 『地獄(hell)(or)勝利(win)か』の季節にこんな時間に外で音楽を奏でる酔狂なものがいるわけもないのだから。

 

「おい、フィーロ……」

「風だよ、ネーリ。風に決まってる」

 

 フィーロは泣きだしそうにきゅっと眉間に皺を寄せて、それでも風だと言い切った。ここでフィーロまで怯んだら、きっとますます怖くなる。だから、フィーロは自らを勇気づけるように、首を横に振って家路を急ぐ。

 少しでも足を止めれば、何か得体の知れないものに追いつかれてしまうような気がした。



 ちゃかぽこちゃかぽこ

   ちゃかぽこちゃかぽこ



「……っ」

「……!」


 ひ、と小さな悲鳴が二人の喉の奥で潰れる。

 今度は、風の音とは間違えようがないほどはっきりと、そのメロディは恐ろしく軽快に流れた。

 どんな楽器を使えばそんな音が出るのか、フィーロには想像もつかない硬質な音が明るいメロディラインを辿る。旅芸人が子供を集める際に奏でるメロディによく似ている。こんな場所で流れたのではなければ、心が浮き立つような、楽しげなメロディのはずなのに、何もないはずの夜道で響くそれは、ただただ空恐ろしく響いた。



 ちゃかぽこちゃかぽこ

   ちゃかぽこちゃかぽこ



 少しずつ薄気味悪いほどに明るいメロディが、フィーロらへと近づいてくる。

 それに合わせて、ざわざわと道の両脇に広がる何でもない草っぱらがざわざわとうねった。どこからか這い寄るように、白い霧が立ち込める。

 霧の中を、飛び跳ねるように何か無数の小さな生き物が跳ねまわる。

 恐ろしいものが姿を現す前触れのように、小さなボール程度の「何か」が二人の足元をちょこまかと走りぬけていく。

 よく目をこらすと、それは子供の頭ほどの大きさのコンペイトウに、やっぱり飴細工のような手足が生えたようなイキモノだった。

 もちろん、そんなものが普通のイキモノであるわけがない。

 『地獄(hell)(or)勝利(win)か』の――…お菓子のモンスターだ。

 そして。




 きぃん




 硝子を叩いたような澄んだ音が響いたと思った瞬間、二人の足元にまるで水面のような波紋が幾つも浮かび上がった。

 

「な、なんだよこれ……!」

「どうしようネーリ、お菓子のモンスターだ……!」


 二人の狼狽を余所に、ひときわ大きな波紋からとぷりとオレンジ色の塊が生まれ出る。水面から顔を出すかのように、霧の中に生まれた波紋からそいつはとぷりと顔を出した。

 それは、大きな大きなカボチャだった。

 歪にくりぬかれた顏を、よたよたと二人へと向ける。


 黒々とした目の穴の奥には、ただただ無明の闇が広がっているように見える癖、その大きなカボチャ頭が揺れるたびに頭の中からはたぷんととろみのある液体が揺れるような音が響いた。カボチャ頭の下には、かしこまった礼装を着た小さな身体がついている。腕には小さな籠をさげて、もう片方の手には鋭く光る小さな鎌を持っていた。その鎌が何のためのものなのかは、考えたくもなかった。


 地面に浮かんだ波紋から、次々とカボチャ頭が生まれては、とぷとぷと波打つ音をたててフィーロらを包囲する。頭の特徴は皆同じでも、顔や着ている服は一匹一匹それぞれ違っているようだった。中には豪華なドレスを着ているものもいる。大きさはフィーロの腰に届くか、といった程度だ。


 その中でも、一番二人に近かったカボチャ頭が、とぷりと首を傾げて二人へと話しかけた。



Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」



「え…?」


 子供の声を歪めたような、キィキィと高い声が、フィーロとネーリへと選択肢を突き付ける。混乱の中、ルルーは昔話の続き思い出した。

 

 

 

 おかしのかいぶつ なかまを もとめて ゆらゆらり

 おかしをくれれば かえるけど

 おかしをくれなきゃ あなたが おかし

 

 

 

 そう。

 身代わりとなるお菓子さえ渡せば、お菓子のモンスターは去っていく。

 

「ネ、ネーリ、お菓子っ、キャンディ出して!」

「でもあれはルルーへの……っ」

「ここでやられてもいいの!?」

「よくねーけどっ!……あー、くっそ」


 悔しげにぼやきながら、ネーリがポケットから綺麗に包まれたキャンディを取り出した。フィーロも、同じようにキャンディの包みを取り出してカボチャ頭たちへと差し出す。せっかく買ったお土産をなくしてしまうのは惜しいけれど、背に腹は代えられない。

 カボチャ頭は、フィーロとネーリが差し出したキャンディの包みをそっと指先でつまんで持ち上げると、腕から下げていた籠の中へと放り込んだ。そして、満足そうにとぷとぷと揺れながら下がっていく。


「良かった…」

「……せっかくルルーへの土産だったのに……」

「また今度買えばいいじゃないか」


 今度、があるだけだいぶ良い。

 キャンディで命が助かるなら、儲けものだ。

 早く周囲を囲むお菓子のモンスターたちをすり抜けて村に帰りたい。

 暖かな家の中で、油断が招いた大冒険を、みんなに話して聞かせて、怒られて、それでも無事で良かったと胸を撫でおろしたい。

 二人は足早にモンスターの群れをかきわけ、通り抜けようとして……

 その目の前に、今度は白いドレスのカボチャがぬっと姿を現した。


「え……?」

「な、なんだよ……」



Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」




 ぞっとした。

 白いドレスのカボチャは、とぷりとぷりと頭を左右に揺らしながら、二人がお菓子を差し出すのを待っている。

 もう、二人に渡せるお菓子なんて残っていないのに。


「なんだよ、お菓子ならさっきのヤツにやっただろ!?」

Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」


 ネーリの声を無視して、白いドレスのカボチャはただただ要求を繰り返す。

 その姿に、ぞっと背中が冷たくなるのをフィーロは感じていた。

 わらわらと二人を囲むカボチャ頭、そいつらが全て、「お菓子か悪戯か」を問いかけてくるのだとしたら――?


「違うんだ、キャンディならさっきのヤツが全部持ってるから…っ」

Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」


 包みを開けて、カボチャ頭に一つずつ配ったならばもしかしたら足りたかもしれない。けれど、二人は最初のカボチャ頭にキャンディを包みのまま差し出してしまった。もう、最初にキャンディを受け取ったのがどのカボチャ頭だったのか、二人には判別もつかない。


「こんなのってねえだろ……っ」

「お願いだよ、さっきの奴が全部持っていっちゃったんだ!」

Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」

Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」

「僕の話を聞いてよ……!」

Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」「Trick(悪戯) or Treat(お菓子)!」



 キィキィと軋むような高い声が、フィーロの声をかき消すように何度でも繰り返す。お菓子を貰えるまで、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。

 先に耐えきれなくなったのは、ネーリの方だった。




「だからもうお菓子はねえっつってんだろ!!」




 悲鳴のような怒号が、辺りに響く。

 その声に、ぴたりとこだましていたカボチャの声が止まった。

 しぃんと不気味なほどの静けさが辺りに広がる。

 ぴたりと、カボチャたちの動きまで止まったようだった。

 そして――…カボチャたちは、ずらりと動きを揃えて小さな鎌を振り上げた。

 

「フィーロ、逃げろ!」

「あ……っ」


 ネーリの声が響く。

 けれど、フィーロの身体は動かなかった。

 月明かりにぎらぎらと光る鎌から目を離す事が出来ない。

 

 ああ、僕はここで死ぬんだ。

 お菓子のモンスターに殺されてしまうんだ。

 こんなことなら、もっと早く帰れば良かった。

 綺麗なキャンディなんて欲しがらなければ良かった。


 最期の瞬間を覚悟して、フィーロはぎゅっと目を閉じようとして――…







「はっぴぃ……ッ、はろうぃん!!!」






 柔らかな女の子の声がやけっぱち気味に響くのが聞こえて、思わずフィーロは目を瞠った。

 開いた目の前にたなびく銀。

 ぎらぎらと貪欲に光をはじくカボチャたちの鎌とは違い、優しい月明かりそのもののように煌めくそれは――…。


「え……?」


 状況がわからなくて、フィーロは思わず声をあげる。

 フィーロの視界を流れた銀色は、カボチャのモンスターとフィーロとの間に割り込むように飛び込んできた少女のものだった。

 フィーロより頭一つは小柄な、幼い少女。

 サイズのあってないクリーム色のワンピースに、なめらかな褐色の肌。

 ちらりと見えた横顔、ぱっちりした可愛らしい瞳は蜂蜜のような色をしていた。

 フィーロが物語の中でしか知らないような、美しい妖精のような少女だ。

 その少女が、今にもフィーロに向かって鎌を振りおろそうとしていたカボチャ頭の群れに向かって、何かを盛大に投げつけたのだ。

 戸惑うように、カボチャたちの動きが止まる。


「お菓子が欲しいかそらやるぞっ、っと!」


 彼女は、腰に下げた小さなポシェットに手を突っ込むと、再び星屑のようなキャンディをカボチャに向かってばらまいた。


「お菓子…?」

「お菓子…?」

「お菓子…!」


 カボチャたちはキィキィと甲高い声でざわめきながら、よたよたと地面に落ちた小さなキャンディーを拾い始める。


「今のうちに突き飛ばせ、それで倒せる!」

「お、おう……!」

「君も!」

「わ、わかったよ!」


 自分たちより幼いようにすら見える綺麗な少女に言われるがままに、小さなコンペイトウを拾おうと必死になっているカボチャ頭を恐る恐る突き飛ばす。


「きゃー!」


 バランスが崩れているところを軽く押すだけで、カボチャ頭は簡単に顔面から地面に倒れていった。どてん、と転ぶと、カボチャ頭の上部がぱかりとズレて、オレンジがかったクリームがこぷこぷと地面に広がる。とんでもなく恐ろしい光景のようで、それはどこか滑稽な姿だった。ぶわりと周囲に濃厚な甘い匂いが立ち込める。


「……これ、プリン……?」

「こいつら、中身はカボチャプリンなんだ。中身が零れたら消える!」


 少女の言うとおり、突き飛ばされたカボチャたちは、「わあ」「やられたー」だのどこか楽しげなキイキイ声をあげながら中身をぶちまけて消えて行く。

 転んだカボチャ頭が消えたことにより、三人を囲む包囲網にも乱れが見えた。


「おい、今のうちに逃げるぞ!」

「うん……!」

「え……っ、ちょ、ま……っ!?」


 今なら、走れば逃げ切れるかもしれない。

 ネーリの声に頷いて、フィーロは助けに入ってくれた少女の手をとるとカボチャの群れの隙間を縫うように走り出した。彼女がどこか戸惑ったような声をあげたような気がするが、今は気にしていられない。

 

 夜の街道を、お菓子のモンスターに追われて駆け抜ける。

 フィーロの繋いだ手の先には、二人をピンチから救ってくれた謎の少女がいる。

 銀の髪に金の瞳、夜に馴染む褐色の肌。

 まるで夜のお姫様のような彼女の手を引いて、フィーロは走る。

 現実感の薄い、まるで夢の中の物語のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 走って、走って、そろそろ息が苦しくなり始めたところで三人は足を止めた。

 ぜいぜいと喉を鳴らしながら、フィーロは背後を確認する。

 遠くで、影絵のようにゆらゆらとカボチャ頭が揺れているのが見える。

 今のところ、あの奇妙なメロディが聞こえるほど接近されてはいない。

 膝に手をついて荒い息を整え、フィーロとネーリはここまで一緒に逃げてきた少女へと向き直った。

 村ではもちろん、セントラリアの街ですら見たことがないような、独特の色合いをまとった綺麗な少女だ。


「あ……お前裸足だったんだな、ごめんな、気づいてやれなくて」

「あ、本当だ……あいつらから逃げるときに脱げちゃったのかな」


 ネーリの声に視線を落とせば、土に汚れた彼女の裸足が目に入った。

 年の頃はネーリの妹と同じぐらいだろうか。

 7歳やそこらの小さな女の子が、お菓子のモンスターに追いかけられて泣かないどころか、フィーロたちを助けようとカボチャ頭の中に突っ込んできたのかと思うと本当に驚いてしまう。

 ネーリの妹なら、きっと泣いてしまっている。


「…………、……」


 泣いてはいないが、ここまでの全力疾走が結構こたえてしまっているようだ。

 掠れた吐息に喉を鳴らして、深呼吸を繰り返している。


「大丈夫?」

「……ひ、日ごろの運動不足がモロに影響を……っ」


 呻くような小さな声は、幼げで可愛らしかったものの、言っている内容は奇妙なほどに大人びていた。

 少女はフィーロの倍以上の時間をかけて、なんとか呼吸を整える。


「ええと……、君らは?」

「俺はネーリ」

「僕はフィーロだよ。君は?」

「私は……」


 彼女はちょっと誤魔化すように視線をうろりと彷徨わせた。


「……出来ればバレずに隠しとおしたかったが、こうなった以上助けを求めないわけにもいかないだろうし……そうなるとまあ、バレるよなあ……間違いなく怒られるぞこれ……」


 ぶつぶつと視線を落として小さく呟く。

 それから、覚悟を決めたように、彼女は顔を上げた。


「私の名前は――…」





 ちゃかぽこちゃかぽこ

   ちゃかぽこちゃかぽこ





 彼女の名乗りを邪魔するように、あの空々しいメロディが夜闇を震わせた。

 フィーロとネーリの肩が、びくりと跳ねる。


「くっそ、やっぱりすぐに追いついたか」


 忌々しげに彼女が呟く。


「ゲーム時代ならひたすら街に向かって走り抜ければ相手にしなくても済んだんだが――…リアル体力準拠ともなるとそうもいかないよなあ」


 フィーロとネーリにはよくわからないことを呟いて、彼女はぐしゃぐしゃと綺麗な銀髪をかき混ぜた。

 ふわああああ、とどこからともなく湧き出た霧が、もったりと三人の足に絡みつく。そんな霧の中をぴょんぴょんと飴細工のモンスターが跳ねまわり、先ほどの繰り返しのように霧の中に浮かんだ波紋から次々とカボチャ頭が吐き出された。


「どうしよう、ネーリ…、逃げられないよ」

「くっそ…っ」


 じり、とフィーロとネーリは少女を庇うように挟みつつ、周囲をきょろきょろと見据える。どれだけ走っても、霧を渡るようにして追いかけてくるお菓子のモンスターたちからは逃げられない。

 暗い絶望に、フィーロの喉に熱いものがこみ上げてくる。

 みっともなく泣いたりなどしたくない、という気持ちと、最期まで泣いて悪あがきしてでも生き残りたいという気持ちがせめぎ合う。

 忌々しいオレンジ色が視界を占めかけたその時、フィーロとネーリに挟まれていた少女が、すっと手を空に向けてかざした。

 ひゅっと短い風切り音がした思った次の瞬間には、ドォンと腹に響く音と共に冬の空に美しい大輪の焔の花が咲いた。


「花火……?」

「で、でもどこから……」


 花火を上げるには、大筒は必要だ。

 けれど、ここにはそんなものはない。

 ただ、銀の髪に金の瞳の少女が、たおやかに手を空に向けてかざしただけ。


「魔法……?」


 フィーロの呆然とした呟きに、少女は小さく肩をすくめて首を左右に振った。


「魔法は杖がないと使えない。今のはただのスキルだよ。なんとかできないかな、と思っていろいろ試したが、真上にしかあがらない」


 カボチャに向けて花火をぶつけようと試みたものの、うまくいかなかったらしい。フィーロは、少しだけ落胆する。一瞬、もしかしたら彼女が魔法で自分たちを救ってくれるかもしれない、と期待してしまったからだ。

 年下の女の子にすがろうとしたことが恥ずかしくて、少し目を伏せる。

 その一方で、もしかしたら、彼女はどこか良いところのお嬢様なのかもしれない、とフィーロは思った。

 スキル、というのは条件を満たした上でスキルロールを使用すれば身につけられるものだが、生活魔法を除くスキルロールというのは大概とんでもなく高価だ。

 特に、今彼女がやって見せたような花火を打ち上げるスキルなんて、フィーロはこれまで見たことも聞いたこともない。


 でも、彼女がお嬢様だとしたら……そんなお嬢様がどうしてこんな夜道に一人でいるのだろう。

 

 フィーロの不思議そうな眼差しに、少女はふっと唇に小さく笑みを浮かべた。

 詮索を避けるような、それでいてますます彼女のことを知りたくなるような笑みだった。こんなときだというのに、どぎまぎと鼓動が跳ねる。

 うっすらと頬を赤らめたフィーロに向かって、彼女はにこやかに言い切った。

 

「今ので、カボチャも集まってくるが――…もっと怖いものも来る」


 え。

 え。

 えええ?











■■■











 彼女がコンペイトウをばらまき、それに夢中になるカボチャ頭たちをフィーロとネーリは次々と突き飛ばす。

 いつの間にか生まれた連携は、三人の間で上手いこと咬み合っていた。

 一番の年少でありながら、指示を出すのは小柄な褐色の少女だ。

 フィーロとネーリはこの短い時間の間に、すっかり彼女の言うことにしたがっていれば助かるかもしれない、ということを学んでいた。

 今のところ、彼女の言っていた「もっと怖いもの」は姿を現していない。


「ね、ねえ、もっと怖いものってなんなの?」

「……今はまだあまり考えたくもない。ネーリ、右を頼む」

「おう!」


 最初は恐ろしくてたまらなかったカボチャ頭たちだが、囲まれないように気をつければ今のところなんとか少しずつ数を減らすことに成功している。

 このままカボチャたちを相手にしながら、少しずつでもセントラリアに戻ることが出来ないものかとフィーロの中には希望が生まれる。

 が、そんなフィーロとは対照的に、彼女の表情は次第に追い詰められていくかのようだった。眉根を寄せて、苦い顔をしている。


「ねえ、君はどうしてそんな顔をしているの?」

「……間に合わないかもしれない」

「間に合わない……?」


 フィーロが首を傾げるのと。


「……ッ、なんだこいつ……!?」


 ネーリが動揺の色濃い声を上げたのは、ほぼ同時だった。

 彼女は、この状況を想定していたかのようにチッと舌打ちを一つ。

 

 ソレの見た目は、三人がこれまで相手にしていたカボチャ頭たちとそう変わらないように見えた。大きな大きなカボチャ頭に、頭とは不釣り合いなほどに小さな身体。身につけているのは、黒を基調とした豪奢な夜会服で、手には鎌の代わりに禍々しいスタッフを持っている。ただ違っていたのは、その図体だ。明らかに、他の連中より二回りも三回りもでかい。まるで、カボチャ頭たちの王であるかのようだ。そして、次に目につく違いが色だった。他のカボチャ頭たちが鮮やかなオレンジ色をしているのに対して、そいつは真っ黒だった。カボチャを象った頭ですら闇のような漆黒に染まり、くりぬかれた顔だけが轟々と焔のように赤々とギラついていた。

 

「おい、飴をまけ!」

「無駄だ、そいつはお菓子で釣れない!」

「そんな…っ!」


 少女の言葉通り、黒カボチャは地面にばらまかれたコンペイトウには目もくれず、まっすぐにフィーロに向かって手を伸ばしてきた。


「危ねえ、フィーロ!」


 ぐいっと強くネーリが乱暴にフィーロの腕を引く。

 たたらを踏んでよろけるフィーロの目の前で、先ほどまでフィーロがいた空間をブゥンと鈍い音をたてて黒カボチャの手が過ぎていった。

 それほど素早いというわけではないものの、当たれば相当のダメージを負うことになりそうだ。

 背筋が、ぞくぞくして、頭がかっかと熱くなった。

 今度こそ、助からないかもしれない。

 この黒カボチャからは、逃げられないかもしれない。

 それに、この黒カボチャが現れたからといって、他のカボチャ頭たちが消えたわけでもないのだ。それどころか、黒カボチャがその手にした禍々しいスタッフを地面に高らかに打ちつける度に、周囲を満たす靄に新たな波紋が生まれてはカボチャが顔を出す。

 せっかく減らしたはずのカボチャ頭が、それ以上の数に増えて楽しそうにとぷとぷと頭を揺らしてフィーロを嘲笑う。


「くっそ……」

「……はは」


 毒づいたフィーロに、隣でネーリが小さく笑う。


「ネーリ?」

「フィーロでもクソ、なんて言うんだな」

「……僕だって、ぼやきたくもなるよ」


 子供だましのお伽噺だと思っていた『地獄(hell)(or)勝利(win)か』のモンスターが実在し、それでもなんとか切り抜けられるかもしれない、と希望を持った瞬間その希望を手折られたのだから。


「…………」


 そんな二人に、ちらりと彼女が視線を流す。

 その様子に、何か嫌な予感がしてフィーロは手を伸ばすと彼女の手を捕まえた。


「何か、するつもりでしょ」

「ちょっと、時間稼ぎを」


 何でもないことのように、さらりと彼女は言う。


「時間稼ぎって……」

「アレを相手にしても、私ならまあ死ぬ心配はないからな。君たちが逃げ切るまでの時間を稼ぐぐらいならなんとかなる。それに、あの野郎には個人的な用もあるんだ」


 忌々しそうな半眼で、彼女はこちらに向かってずしんずしんと迫りくる黒カボチャを睨み据えた。自分の何倍も多きい『地獄(hell)(or)勝利(win)か』のモンスターを前にしても、彼女の目に怯えの色は一切なかった。金色の瞳が鮮やかに爛と燃えている。


「ネーリ!」

「おう!」


 行かせるわけにはいかなかったし、置いて行けるわけもなかった。

 だから、彼女が裸足で踏み込むのと同時にフィーロはネーリを呼んだ。

 フィーロの意図を汲んだネーリは彼女の後を追うように地を蹴って、その襟首を捕まえようとする。

 

 逃げるなら、彼女も一緒に。


 だけど。


「だ……っ!?」


 横合いから突っ込んできたカボチャ頭に体当たりを食らい、ネーリの腕は彼女に届かなかった。


「ネーリ……!?」

「俺よりあいつ止めろ!」

「わかった!」


 ネーリは覆いかぶさろうとするカボチャを、下から蹴りあげてどかそうとしている。ネーリは大丈夫だ。そう判断して、フィーロは彼女の後を追いかけて、手を伸ばす。夜の中をひらめく白いワンピースの端を、せめて指先に捕まえようと懸命に手を伸ばす。


「あ……っ」


 指先に、ちりと布が掠めたのに。

 フィーロは、捕まえることが出来なかった。

 妖精のように華奢で、うつくしい少女が、黒いカボチャの持つ禍々しいスタッフへと飛びつき――…









「まてこら」









 低い声が、フィーロの耳を打った。

 ぐっと、フィーロの腕に沿うようにして伸ばされた腕が、少女の襟首をひっつかむ。


「ぐぇっ」


 力いっぱい彼女を後方へと引きもどしつつ、その声の主は自らは駆け付けてきた勢いのままに大きく黒カボチャに向かって踏み込んで行った。

 ひらりと、フィーロの目の前を生成り色のマフラーがたなびく。

 それは、影のような男だった。

 髪の先から足のつま先まで、首に巻いたマフラー以外はすべて漆黒。

 腰には、フィーロが今まで見たこともないような幅広の大剣を下げている。

 その男はポーンと勢いよく引き戻されてきた少女の身体をしっかりと片手で抱きとめると、彼女を片腕に抱いたまま――…鋲の打たれた重そうなブーツの一撃で黒カボチャの頭をゴシャアッと 踏 み 砕 い た 。


「え」

「な」


 言葉を失う。

 勢いで宙に舞った禍々しいスタッフが落ちてくるのを、その男がぱしりと受け止める。黒く、禍々しいスタッフを片手に、黒カボチャの残骸を足蹴にして立つその姿は、鋭い目つきとあわせて、まるで魔王のような威容を背負っていた。

 男が、腕に抱いた可憐な少女へと視線を移す。


「…………」

「…………」


 少女と、男が見つめあうしばし。

 そして。

 男は崩れ落ちた。





「なんで俺が目を離したほんの数時間でこんなことになってんだ……」

「正直すまんかった」





 合掌。

 

 

 

 

 

 






■■■









 そこから始まったのは、ただの蹂躙戦だった。

 男は自棄のように大剣を振り回しカボチャをぶった斬り、また蹴り砕いた。

 黒カボチャが持っていたスタッフを手にした少女は、男の肩にちょんと座ったまま強力無比な広範囲魔法を振りまいた。

 

 ばちばちと青白い火花が踊る。

 黒い騎士がカボチャを切り捨てる。

 

 それは、美しくも暴力的で、どこまでも幻想的な光景だった。

 

「なあ、フィーロ」

「なに?」

「これ、夢かな?」

「……かもね」

 

 きっと、誰も信じてくれないような気がする。

 けれど確かに、フィーロとネーリは夜の精霊のような少女と、それを守護する魔王のような黒騎士に出会ったのだ。 

 

 やがて、お菓子のモンスターの掃討戦を終えた二人は、フィーロとネーリにたくさんのお菓子をお土産として持たせてくれた。

 きらきらひかる小さなコンペイトウに、美味しそうなカボチャのプリン。

 可愛らしい籠にたっぷりと詰めて。

 セントラリアの街で買った綺麗なキャンディをお土産にすることはできなかったけれど、きっとルルーもアンナも喜んでくれるだろう。

 なんていったって、『地獄(hell)(or)勝利(win)か』のお土産なのだから。

 

 たっぷりのお土産が詰まった籠を抱えて、フィーロとネーリは村に凱旋する。


 『地獄(hell)(or)勝利(win)か』の夜の大冒険。

 それは新しいお伽噺の始まり。

 二人が語り継ぐ物語は、『地獄(hell)(or)勝利(win)か』の新しい伝承となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆オマケ◆

 

 

 

 

 

「……イサトさん」

「はい」

「いやもう本当いろいろ聞きたいことはあるわけなんだけどとりあえずもう本当一番大事なことを聞いておこうと思う」

「はい」

「なんで縮んでんの」

「…………」


 ノンブレスで問われた秋良の疑問に、イサトはうろりと視線を彷徨わせる。


「まあ、アレだ」

「アレって何だ」

「食い意地の敗北的な」

「…………」

「秋良青年、顔怖い」

「誰のせいだ、誰の」

「……私かな」

「あんたしかいないだろうが」

「はっはっは」

「笑って誤魔化すな。で、続きは?」


 促されて、イサトが言葉を続ける。


「街で今日が『地獄(hell)(or)勝利(win)か』だって話を聞いたんだ」

「ヘルオアウィン?」

「ハロウィンがそんな形でこちらの世界には定着してたらしい」

「なるほど。だからハロウィンモンスターが出没してたわけか」

「そうそう。で、ハロウィンモンスターのドロップアイテムといったらお菓子じゃないか」

「そうだな」

「食べたくなりまして」


 ある意味素直極まりない動機に、がくりと秋良が項垂れた。

 それから、少しだけ拗ねた視線をイサトへと向ける。


「……じゃあ、なんで俺に声かけなかったんだよ」

「だって、ハロウィンじゃないか」

「そのこころは?」

「君やエリサやライザに、美味しいお菓子をサプライズで食べさせてあげたかったんだ」

「…………」


 そんな風に言われてしまうと、それ以上は怒ることもできなくて、秋良はしみじみとため息をつく。


「で、あのハロウィンボスに状態異常食らった、と?」

「そうそう。ハロウィン仕様で外見変化系の状態変化が発生するのを忘れてたんだよ。というか、せいぜい罰ゲームのコスプレレベルだと思ってた」


 まさか縮むとは、とイサトはむっと眉間に皺を寄せる。


「その上、動揺してる間に杖を取られちゃってなあ」


 精霊魔法も召喚魔法も封じられ、困り果てていた、ということらしい。


「その段階ですぐに俺を呼べば良かったのに」

「……絶対怒られるのがわかってたからな」

「うん、怒る」

「いひゃい」

「痛くしてる」


 うにーっと秋良はイサトの頬をつまんで横に引っ張った。

 子供らしく柔らかな頬がもちのように伸びる。

 充分に堪能してから、秋良はぱ、と手を離した。

 そんな秋良に向かって、うっすらと赤らんだ頬を手で撫でていたイサトが、悪戯っぽく金の瞳を瞬かせて口を開く。


Trick(悪戯) or Treat(お菓子)?」

「…………」


 ハロウィンボスの状態変化を解くのは、そのドロップアイテムであるお菓子だ。

 秋良は、ごそりとインベントリから一粒のトリュフを取り出した。

 

「ん」

 

 差し出してやると、イサトはよく慣れた小動物のよう、秋良の手へと顔を寄せる。ちろり、と桃色の舌が小さな口から伸ばされて、ほろ苦いチョコレート菓子を絡め取っていった。お菓子をやったのに、悪戯までされたような気がして秋良の眉間に皺が寄る。

 

 そんな秋良の様子には気づかぬ風、イサトはもごもごと頬を膨らませてチョコを味わい……ぽん、と軽い音が響いてハロウィンの呪いが解けた。


「戻った」

「良かったな」

「うむ」


 いやあ、目の高さに慣れなくて大変だった、とぼやきつつ、伸びをしたりしているイサトに向かって、秋良は仕返しのように声をかける。


「イサトさん」

「ん?」

「下、着てないぞ」

「……っ!!」


 そんなこんなで。

 ハロウィンの夜は賑やかに更けて行く。




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