雪山山荘:Q2幸せな時間
夕方、別荘のインターホンが鳴るとエリカが待っていましたとばかりに瞳を輝かせて、両手を打つ。
「ユウ。ちょっと手伝って」
「ん、わかった」
大富豪をやっていた手を止めて、エリカとユウは立ち上がり玄関まで行く。
何が届いたのだろうと、斉賀と太郎が待っていると大きな段ボールを抱えてユウが戻ってきた。大きすぎてユウの顔が見えなくなっている。
「おい、大丈夫か、重いだろ」
太郎が慌てて手伝いに行こうとするが、ユウが大丈夫だと申し出を断り、大富豪のトランプを踏まないように移動して開いているスペースに段ボールを置く。
「何が入っているんだよ? こんなにでかいのに重くなかったぞ、斉賀なら潰れそうな重さだけど」
ユウがエリカに中身を訪ねる。最初大きさを見たときは何故太郎にも手伝わせなかったと内心で思ったが実際に持つと見た目以上に軽く、一人でも問題ない重いさだった――同じ男であっても小柄な斉賀だと持ちきれない可能性が高いが。
「僕だってエリカよりは力あるよ?」
「開けてみていいか?」
「スルーしないでくれないかな」
「えぇいいわよ」
「ちょっと!」
「鋏どこだっけ」
「テレビの隣にある引き出しの上から二番目」
「僕のことースルーするなー」
「わかった、有難う」
「確信犯やめようよ!」
「だって楽しいのだもの」
無視して会話を進めていたエリカとユウだったが、やがて笑いをこらえきれなくなり、斉賀の声に反応する。
「僕の扱いの向上を要求します」
「料理上手になったら考えてあげるわ。でも私に食べさせなくていいから」
「むむう……これはバレンタインデーのお返しに、美味しくない手作り生チョコを渡したのまだ根に持っているな……!」
大学一年の二月、エリカが友チョコとして斉賀、太郎、ユウに手作りのチョコケーキをホールで用意して皆で分けて食べた。
そのお返しとしてホワイトデーに斉賀は、生チョコを作ろうと思い立ち実行した。
料理が苦手な自覚はあったが練習を重ねれば美味しくなるはずだと確信して多めに材料を買い込んで、赤いエプロンと三角巾を身に着け挑んだ。
数が二ケタに上ろうという回数は目も当てられない悲惨な形状が出来上がったので没とし、ようやっと形が整った生チョコが出来上がったときには、下手に味見をして形が崩れては成果が台無しだとそのままエリカに渡した。
「あれはゲテモノ料理の方がはるかに美味しいくらい前衛的だったわ。吐き気がしたわ」
見た目は良かったので、味も大丈夫だろうと油断してエリカが一口生チョコを口に運んだら独創的な芸術の味が口の中に広がってきた。
黒と白を混ぜたら灰色ではなく、緑が出来上がったような謎の味。
まずいと表現すれば『まずい』に失礼に値する気持すら湧き上がってくる素敵な味わいにエリカは思わず斉賀をぶん殴った。
そしてせっかくなのでユウと太郎を道ずれにした。
「あれを思い出すと今でもプルプルと身体が震えるよ」
「ユウの料理が美味しくて美味しくて涎が溢れそうになるくらい天と地ほど差があるよな」
「ケーキ職人と僕の料理比べないでよ」
「赤ん坊の作る料理の方が美味しいよな」
「流石に僕の方が上手だと思うけど!? いや……自信はないけどさ」
道ずれにされたユウと太郎が、斉賀を抑え込んで生チョコの残りを全て本人に食べさせた。
斉賀は吐きそうな味に三途の川が見えた気さえした。
何故、毒見をしなかったのだろうと後悔が過ったが、あの味を毒見したくもなかった。
それ以降は学習して、ホワイトデーはデパートの特設コーナーで購入している。
評判はとても良かった。
「で、この段ボールの中は何なの?」
「斉賀、あててみなさい」
「――あぁ、わかった、枕だ」
「本当にわかるとか無駄な頭の良さ。ただし、枕じゃなくてクッションよ」
ユウから鋏を受け取ったエリカがガムテープを破って中を取り出すとカラフルで色とりどりのクッションが一面に埋まっていた。
「こりゃ確かに見た目に反して軽いか」
「でしょう。夜は枕投げよ。私が、サークルの合宿で出来なかったこと、やるんだから!」
満面の笑みを浮かべるエリカによしやろうと三人は同意する。
一年前のサークル合宿をエリカは入院していたため行けなかった。
そこで枕投げをやったのだと合宿後お見舞いに来た斉賀達に告げられて以降エリカは、枕投げを出来る機会を狙っていた。
「なら、その前に力をつける夕飯を食べないとな。俺が作るよ、何が食べたい?」
時刻を見ると六時を過ぎており、窓を見ると日は暮れ夜空が広がっている。カーテンを閉めながらユウが訪ねる。
大学を卒業後ケーキ専門店でケーキ職人として働いているユウの専門は勿論洋菓子だが、料理自体好きなので、和食洋食問わず普段から自炊しており、その腕前はこの中ではダントツだ。
「苺タルト!」
斉賀が挙手して真っ先に答える。
「苺タルトは夕飯じゃねーだろ」
「ユウの作る苺タルト絶品だから食べたいんだよ」
斉賀が笑顔で答えると、褒められて嬉しいのかユウは照れてそっぽを向く。
「じゃあ、苺タルトは夕飯のあとのデザートな」
「やったね!」
「夕飯は何がいい? 斉賀のリクエストは聞いたから太郎かエリカな」
「そうねぇ……スパゲティーの類がいいわ」
「俺はなら、マカロニサラダが食べたい」
「わかった。じゃあタクシーを呼んで街まで材料買いに行くわ」
ユウが固定電話からタクシーを呼ぶ。十五分ほどで到着するとのことだった。
「ついでにレンタカー借りて来いよ。タクシーで移動ばっかじゃ面倒だろ」
「それもそうだな」
太郎の言葉にユウは頷くが、エリカから不満の声が上がる。
「レンタカー借りなくてもいいんじゃない」
「どうしてだ」
「……それは、だって、斉賀が運転したいとか言い出したら不安じゃない」
ネイルアートが施された爪先を斉賀へ向ける。
「あーそれもそうだな」
「酷いな、僕の運転の腕前披露してあげるよ」
「しなくていいわ」
ユウや太郎の運転ならば安心があるが、未知なる斉賀の運転となると何が起こるかが怖いとエリカが主張すると、確かにと二人は頷く。
斉賀は免許を取得したばかりで運転している姿を見たことがないが、しかし斉賀のことだからアクセルとブレーキを間違えて踏みそうだし、間違えて逆走もしだしそうな予感がぬぐえない。
「斉賀にハンドル触らせなければいいだけだろ。俺や太郎の運転なら問題ないんだし」
「……それもそうね」
「じゃあユウ。帰りにレンタカー宜しく」
「あぁ」
ユウが外出の準備をし終えると、外へ出る。星空が輝く空からは、小雪が降り始めていた。
レンタカーと共にユウが戻ってくるとその足で台所へ向かい、三人のリクエスト料理を作り始める。
苺タルトだけは食後のデザートなので、完成したのを冷蔵庫に入れておく。
完成したことを告げると、太郎が料理を運ぶのを手伝う。
エリカと斉賀はユウが料理を作っている間、別荘二階の各部屋で寝られる準備を進めていた。
料理のセッティングが終わると、太郎が二階へ斉賀とエリカを呼びに行く。
「斉賀、エリカ。料理ができたぞ」
「待ってました!」
「お腹空いたわ、早く食べましょう」
階段を下っていくと徐々に香ばしさが漂ってきて空腹を誘う。
着席をして、手を合わせるとユウの料理が美味しくて無言のまま食べ進める。
ご馳走様をしてから一時間ほど下らない談笑をして、程よく満腹感が薄れたころユウが苺タルトを冷蔵庫から取り出し、四等分に分けて紅茶とセットで出す。
苺が沢山載ったタルトに斉賀は幸せそうに眼を輝かせる。
「あぁ、やっぱユウの苺タルトはたまらないよね。盛り付けだけで食欲が止まらなくなる。ユウの苺タルトなら何ホールでも食べられそうだ!」
「縦じゃなくて横に大きくなるぞ」
「糖分は使うので問題ありませーん」
頭を指さしてから、待ちきれないと斉賀は早々にフォークで苺タルトを一口分よそい食べる。
タルトの固さと苺の甘さ、スポンジに柔らかさが口の中でとろけあい幸福に浸る。
「最高だ」
満面の笑顔を浮かべた。