雪山山荘:Q1楽しい時間
◇◇◇
十二月の上旬、斉賀がふと窓を眺めれば道行く人々が寒そうに着こんで冬の外を歩いている。
赤縁眼鏡をかけながらパソコンに向かって仕事をしていると携帯が鳴った。
着信の相手は数少ない友人であるエリカだ。手を止め通話する。
「もしもし」
『斉賀、暇でしょ。十二月二十六日から二日間、開けておきなさいよ』
有無を言わさぬ口調でエリカが命令する。
「ちょっと人の予定も確認しようよー」
笑いながら抗議する。
「斉賀は暇でしょ」
「勝手に暇って決めつけないでよ!」
「公務員になれなかった奴は暇に決まっているわ」
「酷い。大学時代に予定を狂わされただけだよ! 予定では、大学入ってから四センチ伸びるはずだったんだ!」
「無謀な願いが叶ったら天変地異が起きて槍が降り注ぐわよ」
「辛辣すぎるよ、僕の傷心した心をいたわってよ」
「イヤよめんどくさい。じゃあ譲歩してあげる。百歩譲ってものすごく暇でしょ、二十六日から北海道へ行くわよ」
「悪化しているから! もう。北海道ってことは上川地方にあるエリカの別荘?」
斉賀の脳内に以前エリカたちと遊びに行った、彼女の父親が所有する別荘が過る。
「そうよ。ユウや太郎も誘っていくから」
「久々だね、楽しみにしているよ」
「十時五十分の便だから、九時半に第二ターミナルの改札待ち合わせよ。遅れたらひっかくからね」
「つけ爪の凶器は痛そうだ。大丈夫、僕は時間に正確なのです!」
電話越しで見えないがえっへんとわざとらしく胸を張って主張したが、エリカにはスルーされた。
「帰省ラッシュで斉賀が迷子になるかもしれないけれど、その時は太郎とユウを目印にね」
「人を小人扱いしないでくれないかな」
「小人でしょ。ミニマム実ちゃん」
「傷心旅行に世界一周の旅でもしようかなー」
「どこにそんなお金があるのよ、あるなら私も連れて行きなさい」
「フリーターにたからないでよ、流石に世界一周旅行行く余裕はないから」
「じゃ、二十六日に会うわよー」
「りょーかい」
エリカが通話を切ったので、斉賀は携帯をベッドに投げる。
クリスマスから少し日にちがずれたのは、休みが取れないこと間違いなしのユウがいるからだろう。
しかし、斉賀にとっては一日遅れのクリスマスプレゼントがやってくる気分で楽しみだった。
仕事をする気分じゃなくなったので、ブルーライトカットの眼鏡をはずしてベッドへダイブしてゴロゴロと転がる。
「久々の旅行楽しみだなー! エリカはともかく、ユウやタローは仕事で中々会えないし」
目を瞑れば、大学時代の友人が脳内に蘇る。
大学を卒業してからも太郎とユウの休みが重なれば遊びに行っていたが、流石に学生の頃のように毎日というわけにはいかなかった。
だから、久々の旅行に斉賀は胸が躍った。
二十六日当日、斉賀は電車が遅延しても大丈夫なよう予定より三十分早く着く経路で羽田空港第二ターミナル改札口に到着した。赤いキャリーを転がし、手ごろな場所で待機して待っていると、待ち合わせ時間の十分前にエリカが現れた。
薄茶色の髪は緩くウェーブがかっており、顔は隅から隅までしっかりと化粧をしている。
茶色のポンチョコートに、白チェック柄のスカート、それに黒のタイツとニーハイブーツを組み合わせて、白のキャリーを手にしている爪にはピンクのネイルアートがされている。
「斉賀、早いじゃない。偉いわ、迷子にならないでこれたなんて」
「身長で人を判断しちゃいけませーん!」
「相変わらず服はぶかぶかだし。諦めてレディースを着ればいいのに」
「そういう問題じゃないから。タローとユウはまだかな?」
「待ち合わせ前だしね。ユウの方は遅延があったみたいで十分くらい遅れるって連絡きたわよ?」
「え? そなの?」
「メールくらい確認しなさい」
エリカに促されて鞄にしまったままの携帯を取り出すと、新着メールが一件表示されており、ユウからのものだった。
「あ、ほんとだ」
五分前に、太郎が到着した。身長の高い太郎の姿は遠くからでもすぐに発見できる。
「タロー! こっちこっちー!」
斉賀が手を振って、茶色のトレンチコートに黒のズボンと黒のマフラーと無駄な柄のないシンプルな服を着た太郎を呼ぶが、太郎は無視する。
無言のまま黒の無骨なキャリーを転がしてエリカと斉賀の元までやってきてから、おはようと言葉を紡ぐ。
斉賀と並ぶと、太郎は頭一つ分身長が高い。左右に分けた少し長めの髪に、眼鏡をかけた姿は生真面目さを醸し出している。
「ちょっと、僕の手を振ったのを無視しないでよ!」
「無邪気に跳ねるやつを見ていて恥ずかしくなった。こいつと同類って思われたくないだろ」
「同い年なのに言いぐさがかなり酷い」
「一緒にバーにいってもお前だけ年齢確認されそうになるから同い年じゃないんじゃないか」
「さらに酷い。どうして僕がお酒を買おうとするといつも未成年扱いされるんだろ」
「チビだからだ」
「オブラートに包もうよ」
会話で盛り上がっていると、遅れるという連絡通りの時間にユウが到着する。
短く切りそろえた黒の短髪に、三白眼。皮ジャンバーを羽織り、中のTシャツには英語文のロゴが羅列している。ユウだけはキャリーケースではなく、ボストンバックを肩に担いでいた。
「悪い、遅れた」
「いいわよ。どうせ飛行機にはまだ時間の余裕があることだし、それに遅延なら仕方ないわ。斉賀ならぶん殴るところだけど」
エリカが笑いながら、斉賀を指さす。
「エリカ、僕の扱い酷いよ」
「斉賀だし」
「斉賀だからな」
「斉賀ならな」
「口をそろえて同意しないの、そこ!」
搭乗時間まで喫茶店で時間をつぶし、飛行機にのって約一時間半で千歳空港に到着した。
バスの時刻まで一時間ほど余裕があったので、店を見て回り美味しそうなお菓子をいくつか買いだめする。
バスとタクシーで移動をし、エリカの父親が所有する別荘へ到着すると、荷物を玄関に放り投げたままリビングへ直行する。
冬の暖房が入ってない室内は凍えるほど寒かったので、かじかむ手で暖房をいれ、四人は部屋が温まるまでコートは脱がなかった。
「ははっ部屋で息を吐くと白いよー」
斉賀が息を吐くと、白くかわる。手袋をはめた手でこすり早く温まらないかなーと思いながら久々の旅行が楽しくて微笑む。
「ガキかってくらいテンション高いからガキに間違われるんだよ」
ユウが苦笑しながら斉賀が息を白くして遊んでいるのを眺めるがすぐに飽きたのか、斉賀はくつろぎだした。
「自然豊富だし、雪が綺麗でいいけれどここまで来るのは大変よね……」
エリカがソファーに座りながら疲れた表情で言ったので、ユウが同意しながら勝手知ったる動作で台所からコップを取り出しバスの下車した場所近くで購入したペットボトルから水を注ぎエリカと太郎、斉賀に手渡す。
「ありがとう」
斉賀はリモコンを手に取って液晶テレビをつけようとしたが、その手をエリカが阻む。
「ん? エリカどうしたの。さては昼ドラがないか探すのを阻止しようとしているな!」
「その通りよ。大体、どうして遊びにきてドロドロの昼ドラなんてみなきゃいけないのよ」
「面白いよ? 醜い人間の三角関係!」
「私は好きじゃないわ。というわけで却下」
「じゃあ俺がテレビを見たい」
太郎が長い指先でリモコンをエリカから受け取ろうとするが、エリカはリモコンを離さなかった。
「俺は別に昼ドラ見ないぞ」
「太郎も太郎でどうせニュースを見るのでしょう、どうしてニュースなんて見なきゃいけないのよ。却下」
リモコンの蓋を開いてエリカは電池を抜き取り、パラパラと単三電池二本を床に転がした。
「というわけで斉賀、転がって電池は拾っておいてね」
「エリカが自分で転がしたんじゃん!」
斉賀が笑って文句を言いながら、フローリングの床をコロコロと転がる電池を拾う。
テレビ横のリモコン立てに電池を入れ終わったあと太郎の方へ視線を向けると、携帯を開いていた。何をしているのか、すぐに察した斉賀は太郎をからかおうと笑みを浮かべる。
「何々―? 婚約者にメール?」
「あぁ。希美のやつ怒っているみたいで昨日からメールしても返事ないからたまに送っているんだよ」
「あはっは。そりゃ婚約者とのデートすっぽかして旅行に来たら怒るよ」
「今回は仕方ないよ。エリカが去年できなかったことをするんだから。希美にもそう説明したよ、理解はしてくれたけどやっぱ怒っているんだろーな」
太郎が脳裏に婚約者の姿を思い浮かべる。清楚で御しとやかな雰囲気をまとっており、勝気なお嬢様を彷彿させるエリカとは反対のタイプだ。
けれど、一度怒ると頑固で中々機嫌を直してくれない。過去にも何度か希美を怒らせて、口をきいてもらえないことがあった。
「ところで斉賀、お前は今何やっているんだ?」
太郎は話題を切り替える。
大学を卒業してから今まで斉賀の職業を知らい。
最初のうちは、夢が叶わなくて落ち込んでいるところに止めを刺すのも悪いと遠慮していたが、夏あたりから何をしているのか尋ねた。
しかし、何度訪ねても斉賀はまだふてくされているのか答えてくれていないため、フリーターということしか知らなかった。
「ん? 何その僕の心を抉る話題」
「身長が足りなくて警察官になれないまま大学を卒業したお前が、何をしているのか未だに身長に拗ねて教えてくれないから気になるだろ」
「そうだな、俺も気になる」
「私もね。教えなさい」
ユウとエリカも話題に加わる。
「わかった、教えるよ。翻訳の仕事だよ」
「まじか」
「まじなのだよ。僕の翻訳は評判いいんだからねー」
えっへんと胸を張って答えると、エリカが笑いながらいう。
「そりゃ、将来の夢を犠牲に頭がいいのだからそれくらいの特技はないと困るわね」
「酷いよ! 将来の夢を犠牲にする頭の良さより、将来の夢を叶える身長の方がよかったんだけど!」
「それは無理だ」
斉賀の抗議にユウが首をゆるゆると横に振る。
「お前のような性格が悪い奴を警官にさせるわけにはいかないという天の配慮だよ」
「もっと酷い! 誰か僕を慰めてよ」
しかし誰も慰めてはくれなかった。
皆で顔を見合わせると自然と笑いがこみ上げてきた。