お引っ越し
斉賀とサクラのある日の一日
◆◆◆
斉賀はよく引っ越しをする。
俺が居候をするようになってからも何度か引っ越しを経験した。すぐに引っ越しができるように余計な物はあまり部屋に置いていない。それか置いてあっても業者に処分させている。
ただ引っ越しをするとき、いつも開封しない段ボール一箱だけは必ず大切そうに持っていく。中に何が入っているのか俺は知らない。
ニュース番組が始まったので、俺はテレビの電源を消す。
スポーツ番組以外には対して興味がないのだった。特にニュース番組は嫌いだ。ニュースというよりもマスコミが嫌いと表現したほうがいいかもしれない。
何かないかと思って周囲を見渡すと、本が目に入った。そういえば、昨日途中まで読んでいたんだった。
斉賀が仕事中で俺は暇なのでその本を手に取る。パラパラとめくって読むが感想は昨日と同じで変わらなかった。小難しくてようわからん。という感想だ。
専門用語が並べられていても、俺には理解できない。
かといって漫画とかが斉賀の家に置いてあるわけでもないので、よくわからない本を読むしかない。これは理解できないとはいっても日本語で書いてあるのでまだましだ。
以前めくった本は開始早々意味不明な言葉の羅列(後で聞いたらラテン語の本だった)で即効閉じた。
暫く本を読み進めていると玄関のチャイムがなった。エントランスからじゃないので、宅配便とかの類ではないな。お隣さんがお土産でも届けてくれるのだろうかと思って、直接玄関の扉を開けた。
見知らぬ男が二人、俺の前に現れた。
筋骨隆々と、筋肉が服の上からでもついているのがわかる体型だ。
一人は俺よりも身長が高い。外人なのかと思いたくなるが、顔立ちは日本人だ。
もう一人は俺と同じくらいの身長。此方は日焼けがすごい。
俺はアメフトの選手が目の前に現れたのかと思った。これだけ体格ががっちりとしていて、運動神経抜群そうな体型はうらやましい。
「どちら様ですか?」
見覚えがないので率直に聞いた。これで有名なアメフト選手だったら嬉しいのだけれど。あぁ、バスケでも似合いそうだ。片方は室内競技とは思えないほど日焼けをしているが。特に長身のほうはセンターとかやったらかっこいいのだろうな。力強いダンクを決めてくれそうだ。
あぁ、でもボクシングも似合いそうだ。一発一発に重みがあって迫力満点なんだろうな。
「斉賀の友達です」
男たちのスポーツに思いをはせていると、律義に何者であるか答えてくれた。
斉賀に友達がいたのかよ、驚きだ。しかもこんなスポーツマンが。
「斉賀の友達でしたか。失礼しました。どうぞ中へ」
友達がいたことが一番の驚きなので、後でどんなスポーツをやっている人なのかきこう。
室内へ案内すると、男たちは物珍しそうに室内を見渡した。
まぁ二十代の男が一人暮らし(現在は俺が居候中なので二人暮らしだが)するには不釣り合いな広さで、高級マンションの最上階の一室に住まうには若すぎるもんな。
「斉賀はあの中にいるのでどうぞ」
俺は斉賀が仕事部屋としている場所を指差す。
友達が付いたらそっちを優先するだろうし、友達と会う約束をして待っているだけかもしれない。
男たちは俺に軽く例を言ってから、斉賀の仕事部屋を開けて中に入って行った。
程なくして激しい音が聞こえてきた。久々に友達と会って盛り上がっているのだろうかと俺が思っている間に、静かになった。
確か冷蔵庫に和菓子があったはずだから出すか、と俺が台所へ向かおうとしたとき、部屋から斉賀が出てきた。
重力に逆らえなかった長い飛び出した毛と、重力に逆らえたアホ毛がいつも通り目立っている。俺より年上なのに、俺より身長が低くて――というかその辺の女子と変わらない程度の身長しかない斉賀が、俺を手招きした。手招きをする手が袖に隠れているが。
「待てろ。今お茶と和菓子を用意するから」
「いや、そうじゃなくて。どうして勝手に見知らぬ人を部屋に入れるのかな?」
「見知らぬ人も何も、斉賀の友達なんだろ」
「彼らがそんなことを?」
「あぁ。斉賀にも友達がいたんだなーって感心してた。あと、あの人たち何のスポーツやっているんだ? すごく気になるんだけど、教えてくれないか」
「スポーツはやってないと思うよ……というかさ、そもそも彼らは僕の友達なんかじゃないから」
「は?」
「むしろ敵だと思うよ」
俺は恐る恐る斉賀の部屋へ足を踏み入れると、部屋が荒れていた。本がいくつか錯乱しているが、仕事用のパソコンは無事なようで乱れていない。
そして男たちが横たわっている。
生きているのか死んでいるのかはよくわからないが、とりあえず取っ組み合いか何かになって斉賀が勝ったことだけはわかる。
「えーと。じゃあ激しい物音がしたのは争ってたってこと?」
「そういうことだね。というか何だと思ったの」
「久々の再会に盛り上がっているものだと思った」
「……サクラ。友達という先入観に惑わされすぎ。少しは物音を疑おうよ」
「……よく体格差あったのに勝てたな」
斉賀は小さいしひょろい。腕力とかが優れているわけでもないのに、腕力も体力も体格も筋肉も勝っている相手に対して怪我らしい怪我をしていない。
「そりゃ、たいていの相手に対して、僕が殆どの場合体格的に不利なのはわかりきっていることだよ? 体格が不利なら他のところで優位を補えばいいだけの話」
「なるほど?」
「身長に恵まれているサクラにはわからないだろーけどねー」
斉賀がふてくされた。
今でこそ犯罪コンダクターとかいう危ない仕事をしている斉賀だけど、元々は警察官志望だったらしい。ただ残念なことに、身長が足りなくて警察官にはなれなかったそうだ。身長だけはどうしようもないもんな……。
「はいはい、身長高くてわるーございました」
「僕に身長をくれたら許してあげるよ」
「今の医療技術では無理なので、五百年後くらいにまたいってください。俺はその時死んでいるけど」
「僕だって生きてないよ。それにあと五百年もしなくてもきっと、技術完成すると思うんだけど」
「さいですかー」
「さいですよー」
「ところで悪かったな。友達だと思って斉賀に合わせちゃって」
斉賀が勝てたからいいものも、下手をしたら斉賀が死んでいたわけで。それは困る。自殺志願者の自殺願望を達成させたくはない。
そういえば、死にたいくせに、殺しにきた奴を返り討ちにするとかたまに不思議な行動に出るよな斉賀は。
まぁ俺としては無抵抗ってのは困るからそっちのほうがありがたいけど。
死にたいくせに、たまに死なない。死にたいと思った時以外だと、多分積極的に死のうとはしないんだろうな。ちぐはぐで不思議だ。斉賀に面と向かって言うつもりはないけれど、それは余計なことだしな。
「別にいいよー。それに会えたほうがよかったわけだし」
「なんでだ?」
「どのようなルートを使って僕の居所を突き止めたのかも気になるし、一度突き止められた場所に呑気に住み続ける必要がなくなったからね。お引っ越しするよ」
「また引っ越すのか」
「また引っ越すんだよ」
「また高級マンションの最上階?」
「うん」
高級マンションはセキュリティー面がしっかりしているとか理由があるんだろうけど、毎回何故最上階を斉賀は選ぶんだろう。
馬鹿と何とかは~とかは関係ないだろうけど、高い場所が好きなのかな。確かに窓から眺める景色はすばらしいものがあるけど。