そろそろ末期
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講義が始まるまでの十分間寝ようと思ったら、誰かかが俺の頭上を叩いた。
何か固い感触だったので、掌ではなさそうだ。俺をよく叩くのは布川だからあいつだろうと思って恨みを込めて顔をあげたら野郎だった。そういや布川に今日風邪で休むからノート取っといてと言われたんだった。
俺を叩いた野郎は、中途半端にしか寝癖を直していないナギトだ。左側に跳ねたアホ毛のようなウネウネした寝癖は重力にも逆らっているし髪の毛の長さもそれだけ長くておかしい。今度鋏で切ってやるかな。
「……寝癖眼鏡。俺の睡眠時間奪うな」
「勝手に渾名をつけるな。大輔、最近はほぼ毎日バイトしているんでしょ? 頭おかしくなってるだろ大丈夫か?」
「俺は毎日充実した日々を送っているから頭はおかしくないぞ」
昨日も夜の五時までコンビニでバイトをしてきた。夜っていうかもう今日の朝五時だけど。深夜は深夜料金が発生するから稼ぎ時だよな。
「……男に惚れて性転換手術するための費用を稼ごうとバイトにいそしむ男子学生を頭おかしくないと言えるのかが凄く謎だよ?」
「別に普通のことだ!」
偶々惚れた相手が男だったというだけの話。何も珍しくないだろう。
「はいはい。で、大輔。これはどういう了見」
俺を叩いた物体は凄く見覚えのあるパッケージだった。というか俺が貸したゲームだ。てめぇ人が貸したものを殴る道具にするなよ。
「俺の台詞だ。俺の物で叩くんじゃねぇよ」
「叩きたくもなるよ。これ、中身違ったんけど」
「え? まじで」
「僕は大輔の趣味を疑ったよ」
「は?」
「ギャルゲーならまだしもなんで、乙女ゲーが入ってるんだよ!」
ソフトを見せられるとまじでパッケージとは違うゲームだった。RPG貸したはずなのに乙女ゲームが入ってた。
つい最近攻略対象キャラが気になって購入したゲームだ。
今度から貸す時は中身確認しないと駄目だな。
「悪い悪い。けど別に男が乙女ゲーやってたって問題ないだろ。女だってギャルゲーをやるんだから!」
「別に僕は大輔が乙女ゲーをやっていたことを問題にしているわけじゃなくて、攻略対象キャラが緤に似たのがいるのを問題にしているんだよ」
「あぁ。だって外見が緤に似ていたからだし」
そうそれが乙女ゲームを購入した理由だ。銀髪のサイドテールに緩いウェーブがかかった髪型。ゴシックロリータ―の恰好をした男子の平均身長よりかはやや低い絶世の美少女(但し男)っていう外見のキャラだ。
「やべぇ……こいつマジで危ないわ」
ナギトから憐れみとも呆れとも引いたともとれる微妙で複雑な表情をされた。
好きな子に似たものをついつい買ってしまうのは別に普通だろう。ナギトのことだ、どーせ恋とかしたことないんだろうな。
「けど、あれ外見だけで中身は全然だめだった」
期待した分俺のショックは大きかったが、まぁ緤は南雲緤一人しかいないのだから当然と言えば当然だよな。
「確かに、ナルシストじゃなかったしね」
「そうなんだよなぁ」
「趣味で女装をしていたわけじゃないし、口調も僕だったしね」
「そうそうって攻略したのかよ!?」
「そりゃ、折角緤に似ているんだし? あとでからかって上げようと思って吐き気がするのを我慢して攻略したよ」
「吐き気を我慢してまでやるなよ。いくら似ていないとはいえ失礼だろ」
緤に似た子は礼儀正しくて大人しい性格で、ナンパされると困った表情をして相手が傷つかないように断る文句を考えるようなキャラだったけど、吐き気とか流石に酷いだろ。
「他のキャラは攻略してないよ。興味ないし」
「俺だって攻略していねぇよ。そんな時間あったらバイトする」
「大輔……僕の知り合いに、美人の子がいるから紹介してあげようか?」
「いらねぇよ。美人とか性格悪いだろ」
「偏見。というか、ナルシストの女装少年という紹介文と比べたら、例え美人だがやや性格が高飛車だったりしても可愛いものだと思うけど?」
「いらねぇ俺は浮気しない! 緤一筋だ!」
「二次元に緤を求めていたくせに何を言う」
「うるせぇ黙れ。もう講義が始まる時間だ、お前講義違うやつだろ出てけ。今度はゲーム間違えないで持ってくるから消えろ。視界に入るな」
「酷いな。まぁ確かに、遅刻するのもあれだし僕はいくよ。ゲームは借りるけど、多分僕好みじゃないから詰むよ」
「やる前から失礼なやつだな。このゲームまじで最高だったんだから絶対やれよ! ラスボス直前でラスボス倒したくないからって詰むなよ!」
「その未来しか見えないけどね」
ナギトは笑いながら、ウネウネしたひっこ抜きたい寝癖と共に去って行った。
俺の安眠はナギトに奪われて終わった。せめてナギトが講義に遅刻すれば少しは俺の気がはれるのに隣の教室じゃ無理だ。