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湯野大輔の決意

大学生活を送っていた湯野大輔はある日、恋をした。しかし恋の現実は――

 俺は恋をした。

 彼女は可憐で、天使が地上に舞い降りてきたかのように愛らしかった。

 すれ違った時には柑橘系のいい匂いがした。


「どうした? 最近上の空だけど」

「恋でもしたとか?」


 学食で弁当を広げて、ウインナーを口に入れていた時、俺の友人Aと友人Bが話しかけてきた。


「何だよ、AとB」


 このAとBが彼女だったら夢のようだ、とは思って現実を見ると非情だ。彼女とは似ても似つかないのだから。


「勝手に人を通行人扱いにするな」

「ばーかー」


 本で殴られた。酷い。友人Aこと平井と友人Bこと布川はわりかし容赦なく俺の頭を殴る。成績が低下した時はこいつらのせいだと決めつけている。まぁ実際はたんに新作ゲームが発売して夜な夜なやっていたからなんだけど。


「殴るなよ。お前の本辞書なみに厚いんだから、いてぇんだよ」

「仕方ないじゃなん。健康の本なんだから」

「なんで健康思考学なんて授業とってんだよ」

「面白いからに決まってんじゃんよ。で、なにしてんの?」


 どさっと、乱雑な動作で向い合せに布川が座り、俺の隣に平井がお盆を置いてから座った。平井の今日の昼ごはんはカレーライスのようだ。布川は鞄の中から飲み物を取りだした。


「またダイエットか? どうせ失敗するんだから諦めればいいだろう」

「うっさい黙れ、ゴミ」

「リサイクル宜しく」

「で、なんでアンタ、上の空なんだ?」


 話のついで、といった感じで布川がきいてきた。


「実はさ――俺、好きな人が出来たんだ」


 俺は告白する。途端。好奇心旺盛な目に二人が変化したのを俺は見逃さない。お前らは二人して女子中学生かよ。


「何何、ついに湯野にも春がきたん?」

「講義で一緒になったことは多分ないんだけど、南雲緤って子、知ってる?」

「南雲緤? ひょっとしてゴスロリっ子?」


 平井は心当たりがあったのか、彼女を端的に示す単語を口にした。俺は頷く。


「そう、彼女。一目ぼれしたんだ……なんとか話しかけたい!」

「告白すりゃいいじゃん」

「そんないきなり知らない奴から告白されたってふられるだけだろ!」

「まぁ確かに」

「同意しないでくれ」

「仕方ないじゃーん。湯野が美少年ならまだしも普通の大学生なんだからさー」

「わかっていることを真正面から言うな」


 俺ががくん、と肩を落とすと、五百ミリリットルのペットボトルをこの短時間で呑み終えた布川が最良の案をくれた。


「まずは友達になったら?」



 俺はまずないだろうが運よく講義が被っていないかを探した。

 すると、奇跡はあった。一回目以降教授が体調を崩して二連続休講になり本日二回目にして四度目の授業日に、ゴスロリの彼女――南雲緤がいたのだ。

 百人まで入れる講義室を使っている授業だが、俺は初回授業では前の方の席が開いていなくて後ろに座っていた記憶がある。だが、ゴスロリの美少女の姿が記憶にはない。

 天使のような彼女を俺が見逃すはずはないのだが、まぁ初回授業は大体オリエンテーションで、授業をしないことも多いし(この教授もそうだった)サボったんだろう。

 俺はまず、この授業で仲良くなるための作戦を一週間考えて、さりげなくさりげなく――下ごころありありの本心をオブラートで包んで隣の席へ座って話しかけた結果が功を奏して友人関係になることが出来た。

 有難う布川。お前の案は大成功だ。彼女と話している時、俺の頬がとろけていないかが心配だが怪訝に思われたことはないので、俺の演技力も相当なものなのだろう。



「緤って呼んでもいいかな?」


 仲良くなってから一週間後、俺は思いきって名前呼びをしていいか聞くと、彼女は猫のような気まぐれな笑顔で


「いいですよ」


 と言ってくれた。

 俺は緤と知り合えてから、毎日大学に通うのが楽しくて楽しくてたまらなかった。布川に「アンタ気持ち悪い」と言われたが気にする必要はない。

 あぁ、俺の大学生ライフに色がついた! 最高だ。大学ってのはこういうことのためにあるんだな。高校時代センター試験を受けるために勉強をした苦難の日々はこの時のためにあったのだな! 万歳大学生活ライフ!

 今日の二限の講義は急きょ休講になったので、パソコン室へいくと同じことを考えていた学生と、課題をやるのにいた学生で席が埋まっていたので仕方なく俺は第二学食へ足を運ぶことにした。


「でさー! やっぱさ、けなげな少年×無自覚な女装少年とかいいと思うんだよ!」

「えー。俺としてはやっぱりそこは少女で男装少年とかのジャンルにした方がいいと思うんだけど!」

「えー!」


 第二学食へ足を運ぶ最中、変な会話を耳にした。未知の領域だ。


「でさー! きいてよ。彼氏ったらー酷いんだよぉ。あたしが折角」

「えーありえなーい! それは酷くない?」


 今度は女子の恋話で盛り上がっている会話を耳にした。

 あぁ俺の恋心はいつ叶うのだろう、と思いをはせながら第二学食へ到着して中に入ると幸運がおきた。休講万歳、パソコン室満席万歳だった。中には俺の意中の相手、南雲緤がいたのだ。今日も愛らしい。実は彼女は神に愛された女神で人間ではないのではないだろうか。彼女には後光を感じるんだ。

 とっ、残念なことに彼女は一人ではなかった。しかし、彼氏がいるという噂は聞いたことがないし、一緒にいる相手は女だったので一安心だ。

 彼氏がいると知ったら俺は丑の刻参りしなければならない。

 南雲緤と一緒にいるのは、和泉という女子だ。彼女と行動していることも多く、俺も二回程話したことがある。大人しい感じ印象の少女で、喋ったといっても未だ和泉がどんな子なのかは知らない。俺が知っているのは、緤よりも髪が長いことだけだ。

 和泉と一緒の所を話しかけるのも悪いかとは思ったが、緤を発見出来たこの幸運運命を無駄にはしたくない想いで近づいていく。

 ふと、抜き足差し足忍び足になってしまったのは仕方がないことだ。だって、女の子同士の会話に興味があるんだもん。


「だからさー聞いてくれよ、終夜がなぁ」


 おや?


「はいはい」

「でさ、俺がどんな格好してもよあいつ」


 んん? 様子が変だ。


「はいはい」

「おい、真面目に聞く気ねぇーだろ」


 あらら? 普段俺と話す時と違って緤の口調が悪いぞ。美声なのは相変わらずでうっとりするが。布川も口調が悪い方だが、緤の口調は悪い、というより――男言葉っぽい。

 俺が近づくと緤は俺の存在に気がついたようで手を振ってくれた。


「おはよう」


 俺は距離を詰めて、率直な感想を出すことにした。


「緤って男みたいな喋り方するんだな」


 親しくなるにつれて口が悪くなる人間もいる。緤もその類だったのだろう。だったら、さっさと素の口調を知った方がさらなる仲になるためにいいのだろう、と俺は思ったんだ。

 一瞬、緤はキョトン、と不思議な顔をしてから答えてくれた。


「俺、男だけど?」




+++

「おい、どうした? サボらないのがお前唯一のとりえだったんじゃないのか?」


 あぁ――この世の終わりだ。

 あぁ――なんで俺って生きているんだろ。


「おい、アタシの言葉を無視するつもりか?」


 あぁ――世の中真っ暗だ。

 人間ってどうして生きているんだろうな。

 五千年前くらいに滅びてくれればよかったのに。


「おい、マジで大丈夫か? 生気もないぞ。湯野、一週間も自主休講したんだって? 平井から聞いたぞ」


 あぁ――俺、この先どうやって生きてこう。

 もうほんと、なんで俺って恋したんだろ。


「あぁわかったぞ。南雲緤に振られたんだろ」


 南雲緤……。机に伏していた顔を上げると布川がいた。何だ、俺に話しかけていてくれたのか。返事しなければ……。


「あ……告白してないけどな」

「なんだ恋人でもいたか?」

「目撃してないけどな……」

「容量がえん。さっさと全部話せ、マジで明日にでもあの世に旅立ちそうな顔しているぞ」


 あぁ明日にでもあの世に旅立てるなら俺は嬉しいな。


「ほら、話せ。アタシがきいてやるんだから感謝しろ」


 偉そうに布川が俺の隣に座ってくれた。男前だぁ……あぁ男……涙が出てきた。


「うわぁぁぁーん布川――!!」


 俺が泣きつこうとしたら気持ち悪い、と拒否られた。話を聞いてくれるんじゃないのかよ。


「で、どうした?」

「緤が」

「どうした」

「緤がっ!」

「だからどうした。答えろ」

「男だった」

「は?」

「俺……男に恋してた」

「――マジで?」



+++

 何時か、男に恋していたことを笑い話に出来るようにしよう、と俺は決意した。

 けれど、寝ても起きても緤の姿が脳裏に浮かんでどうしようもないので、俺は彼女を作ることを決めた。


「布川。付き合ってくれ!」

「却下」

「即答すんなよ!」


 まずは手短にいる女性と布川にアタックしたら一瞬で蹴散らされた。


「ってか、湯野は南雲緤への恋心忘れるため何だろ? だったら、全然服の系統とか雰囲気違うアタシより、似たような子を捕まえろよ」


 布川がアドバイスをしてくれたので、努力をした結果ゴスロリの少女と付き合うにいたった。小柄で大人しい子だ。

 付き合い始めてから一週間後、カレーライスを食べていた俺に布川と平井がやってきた。


「やっほー彼女とうまくいってるぅ?」


 平井の口調がむかついたので殴ろうかと思ったが手持ちはスプーンだけだった。まだカレーライスが残っているから使用不可だ。


「いや、振られた」

「は?」

「私を見ていないですよねって、頬殴られて終わりました」

「どうしてだよ」

「だって! もう全体的にあの子、ゴスロリの雰囲気は緤の方が似合っているし、顔立ちとか緤の方が整っているし、何をしても緤と比べてしまうんだよ。指先の美しさとかさ! 緤が脳裏から離れないんだ!」

「あぁ。そりゃ振られるわ。よそのおとこばかり考える男なんて。最低だもんな」


 布川の言葉に、平井まで同意をした。


「うぅ」

「あ、そうだ。じゃあさっ! いっそ二次元に目覚めればいいよ。そうしたら三次元のおとこに興味なんてなくなるだろうから!」


 平井が名案を授けてくれた。鞄の中からがさごそと、プレイ中であっただろうギャルゲーを本体ごと俺に貸してくれた。あぁいい友達を持ったものだ。


「サンキュ」

「オレっ子もボクっ子も、ギャルもロリーターもゴスロリも教師も幼女も熟女もよりどりみどりなゲームだからいい子がいるよ!」

「うわっキモ」


 布川のキモ発言はスル―して、俺は新たな領域に対して興奮をしていた。これで緤への恋心をおさらばできる。

 期待を胸に、講義を終えてから寄り道もせず猛ダッシュで帰宅した俺はギャルゲーをプレイした。


 三日後、食堂でパンをかじっていた平井と、かつ丼――ダイエットに失敗したんだな――を食べていた布川の元へいく。


「で、どーだったどーだった、一押しの子は誰!」


 平井がさっそく問いかけるので俺は涙目になりながら答えた。


「駄目だ。何処の子をやっても緤の二次元要素に勝てる子がいなかった」

「あ……」

「そしてどの子よりもやっぱり緤の方が可愛いんだよっ!!」




+++

 寝ても起きても緤の姿が脳裏に浮かぶし、二次元にハマろうとしても緤に勝るものはいないし、三次元にハマろうとしても緤に勝る者がいない。


 俺はもう、これは男を愛するしかないと決めた。


 仕方ない。恋した相手が偶々男だっただけのこと。こんなこときっと世の中ざらにあるさ。いや、ざらにはなくても十人に一人くらいはいるはずさ!

 俺は緤に告白することを決めた。


「緤」


 告白するために今日は俺の一張羅で勝負だ。


「なんだ?」


 男だと俺にバラしてから、俺に対する口調は素のものへと変わっていた。猫を被っている状態も好きだが、この状態も実は好きなんだ。


「好きです!」

「野郎には興味ねぇ」


 うわあぁあぁあん。玉砕した。

 そうだ、明日死のう。


「で、湯野は誰に恋しているんだ?」

「ん?」


 あれ、雲行きが変だぞ?


「だって好きな奴が出来たから、本番で緊張しないため、好きな人以上の美貌を持つ俺で練習したんだろ?」

「あ、あぁ」


 俺が勇気を振り絞ってした告白は告白と認識されませんでした。けど、振られたよりかはましかもしれない。かもしれない。


「あははっそ、そうなんだよ。実はそうなんだよ。緤で練習しておけば本番の時に問題ないだろ?」

「それは仕方ないな。成功したか失敗したか後で教えろよ?」


 もう振られましたが。そして本番は貴方です。


「あぁ、勿論」


 けど、この俺には実は貴方が好きですと再度告白する勇気なんてありませんでした。

 とりあえず、明日は生きるか。



+++

「おい、真面目学生から不真面目学生へ昇格した湯野、どうした」


 学食で沈んでいた、俺に本を直撃してやってきたのは布川だった。お前はどうしていつもいつも俺の頭を叩くんだ。平均的学力しかない俺の頭脳へのダメージは計り知れないぞ。


「布川……俺さ、緤に告白したんだ」

「ついにホモに昇格したか」

「違わないけど違う」

「で、振られたと」

「振られたけど振られてない」

「どういうことだよ」


 沈めていた顔を上げると、布川の胸が目に入った。

 俺、昔は巨乳が好きだったはずなのに、どうして野郎を好きになったんだろう。


「緤に一世一代の告白をしたのに気付かれなかったんだ。本命のための練習に告白したんだと思われた」

「ぷはははっごしゅうしょーさま」

「笑うな酷い。もう俺どうすればいいんだろ」

「そりゃ、普通に野郎から野郎に告白されたとはおもわねーわな」

「だよなぁ……しかも俺の恋を応援された。俺が好きなのは貴方ですっていう勇気はなかった」

「どんまい」



 数日後、緤と廊下でばったり出くわした俺に、


「そういえば告白は成功したか?」


 俺の古傷を抉られた。


「いや……ふられました」

「残念だったな。まぁ次があるだろ」


 振られてないけどもう振られたようなものだよ。


「あぁ、有難う」


 俺の好きな人は貴方です。どうして気づいてもらえないのですか。


「俺でよければ何時でも告白の練習相手になってはやるよ。それじゃ、俺これから講義だから」


 スカートをたなびかせて緤は去って行った。

 俺の恋心どうしたらいいのだろうか。

 そういえば、今さらだけど初回講義の時、緤の姿を発見出来なかったのは、その日は寝坊して化粧とかゴスロリに着替える時間がなかったから男の恰好をしてきただけだったそうだ。思い返せば、髪の長い男もいるもんだなぁと思った記憶はあったよ。あの時の人物と緤が同一人物だと気がついていれば俺は恋に狂わなくて済んだのにな。

 あぁ、緤、好きです。



+++

「で、いい加減。緤への恋心は諦めがついたのか?」


 平井と布川が、俺の恋の話し相手になってくれる唯一の友達だ。ありがたい。これが緤だったら天に昇ってもいいんだけど。現実とは残酷だ。


「いや、つかない。もう毎日が毎日緤への想い出溢れていくどうしたらいいんだろ」

「もう重症でどうしようもないな、アタシの手には負えないわ―」

「勧められる二次元も南雲緤に勝てないしなーけどさ、どんなに湯野が頑張ったって、南雲緤は女装しているけど、同性愛者じゃないんだろ? じゃあ諦めるしかないだろ」

「うぅそうなんだけどさぁ。でも、この恋心はどうしようもないわけで!」

「恋する乙女おとこもつらいねぇ」

「ほんと、湯野と緤の恋の障害は壁がでかすぎたな」


 あぁ俺はこの恋を諦めるしかないのか。壁がでかすぎて……いや、待て。

 閃いた。名案が。これだ、これしかない! これなら壁が破壊できる!



「そうだ! 俺が性転換して女になればいい!」



 そうすれば、同性という壁が消えるじゃないか!


「待て、早まるな! 落ち着け!」

「落ち着け、お前が女になっても問題は解決しないぞ! だから早まるな!!」


 何か遠くで平井と布川が叫んでいる気がした。


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