第九話:隣の山田さん
カツカツカツカツ。
緑色の板に白い粉が舞う。
「今日からこの二年一組の担任になった日野一馬だ。よろしくな」
一馬は一人うっとりとしていた。
(一度でいいから教師やってみたかったんだよなぁ)
何故一馬が教師をしているのか? 話は二日前に遡る。
――二日前――
「一馬に次のミッションを渡す」
ドリームカンパニー社長。円ゼルオは一馬を呼び出していた。
「次はどんなミッションなんだ?」
すると円ゼルオは神妙な面持ちで封筒を取り出した。
「それは……これだ!」
相変わらずダイナミックにゼルオは封筒を一馬に差し出した。
「こ……これは! って前回も同じ事言ったな」
封筒を普通に受け取った一馬は中身を確認した。
『五代中学校二年一組、相田ミキ(あいだみき)の願いを叶えよ』
「中学校か。生徒としていくのか?」
「そんなわけないだろ。先生として行くんだ」
「じゃあもう赴任手続きとかは済んでるんだよな?」
「済んでない!」
円ゼルオは力いっぱい否定した。
「じゃあどうやって入り込むんだよ!」
「それは自分で考えろ。天使道具もあるだろ」
「天使道具? そういえばそんな話もあったな」
天使道具。天使が願いを叶えやすくするために存在する道具。ちなみにタダではないので買わないといけない。
「前回の報酬もあるんだから使える道具探して来い」
そう言われて一馬は渋々天使界の道具屋までやってきた。
「いらっしゃい!」
そこには、いかにもと言ったオヤジがいた。
「人の心を操れるような道具ある?」
一馬は考え抜いた末、校長を操り学校に侵入しようと考えたのだ。
「勿論あるよ!」
オヤジは元気な声を出すと、店の奥からお札のような物を出してきた。
「あやつるくん〜」
オヤジは未来のネコ型ロボットのようなしゃがれた声で言った。
「これは?」
「こいつぁ操りたい内容を書いて操りたい人にペチョリと貼り付けるのだ!」
一馬は自分の報酬であやつるくんをギリギリ買える枚数を買った。
「あやつるくん二枚ね、まいどあり〜! ちなみに使い捨てだから気をつけて使ってくれ」
買う前に言って欲しいものだ。前回の報酬はほぼゼロになった。次の日一馬は、『日野一馬が二年一組の担任になる』と書いたあやつるくんを無事校長に貼り付けることに成功した。そのまま現在に至る。
「何か質問のあるやつはいるかぁ?」
教室は反応が無かった。最近の中学生はシャイだな、なんて思いつつ一馬は出席をとった。
「ん?」
出席簿の最初の名前が目に入った。
「相田ミキ」
「はい」
(あの子の願いを叶えるのか……)
そこにはショートヘアの女の子が座っていた。なかなかの美人だ。一馬はどうやって接触するかを考えていたら、いつの間にか一日が過ぎていた。
「そうだ!」
放課後、一馬は一つの案が浮かんだので早速実行に移した。名付けて! 放課後こっそり後をつけて頃合を見計らって声を掛ける大作戦! まぁただのストーカーなんだが……。
「中学生の後をつける――か」
どこかイケナイ響きだ。そしてこのストーカー作戦はいきなり頓挫した。校門に立ち尽くす教師が一人。一馬だ。時計は七時を指していた。そう! ターゲットが何時に帰るのかを知らなかったのだ。
「もう明日にしようかな……」
その時一馬の中の天使くんが声を掛けてきた。(一馬が天使のくせに)
『だめだよ! ミキちゃんの願いを叶えてあげるんでしょ? 早く自分の正体を教えてあげないと!』
「そ、そうだよな……もう少し頑張るか」
その時一馬の中の悪魔くんが声を掛けてきた。(一馬が天使のくせに)
『へっへっへっ……どうせろくな願いじゃねえよ! 帰ろうぜ』
「そ、それもそうか……」
天使くんが叫ぶ。
『悪魔に耳を傾けちゃダメだ!』
悪魔くんも叫ぶ。
『いい子ぶってんじゃねえよ!』
天使と悪魔は喧嘩を始めた。
「あぁ……どうすれば……」
「センセー。どうしたの?」
「調度良かった。この二人をとめてくれ」
「二人? 何のこと?」
「そりゃこの喧嘩してる天使くんと悪魔く――」
一馬はいかに自分がばかげた説明をしているか気が付いた。
「センセーいないよー」
声を掛けたきた女子生徒は辺りを探していた。
「い、いた!」
一馬は思わず叫んだ。その生徒は相田ミキだったからだ。
「だからいないってばぁ」
まだ探している。
「あ、気にしないで」
「変なの」
確かに校門でずっと独り言を言っていた一馬は変だっただろう。
「調度キミを探していたんだ」
「あたしはキミじゃなくてミキだよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「冗談だし」
中学生に軽くあしらわれてしまった。
「何? 赴任初日から生徒に淫らな事したいの?」
「ゲヘゲヘ……よくわかったな。って違ぁう!」
「じゃあ何で探してたの?」
「実は……俺は天使なんだ!」
「頭おかしいんじゃない?」
間髪いれず返事が返ってきた。予想通りの反応だ。
「嘘じゃないよ?キミの願いを叶えにきたんだ」
「ハイハイ。あたしは夢も希望もない中学生だから帰るね」
ミキは帰ろうとした。が、しかし! 一馬にまわりこまれてしまった!
「何よ? 警察呼ぶわよ?」
「願いを言うまで退きません」
「何でもいいのね?」
「ああ、一つだけだがな」
ミキは少し考えて願いを言った。
「あたしの願いは……」
一馬はミキの願いがイマイチ理解できなかった。
「えっと、もう一回言ってくれる?」
「だーかーらー、ツヨシ君に会いたい」
やはり聞きなおしても、一馬の頭にはハテナが三つほど出ていた。
「つかぬ事をお聞きしますが、ツヨシ君って誰?」
「三日前にいなくなったあたしのペット」
一馬は脳内辞書をパラパラとめくった。
ペット=愛玩動物。
主に犬や猫。たまに信じられないような動物もいる。
さらにめくってみると、ピンクのページにも該当する単語はあった。
「えっと、どっちの?」
中学生に聞く方がバカげているが最近の子はわからない。
「はぁ? 犬に決まってんじゃん」
決まっているのか……。
「悪い? あたしは凄く大切なのにパパとママは――」
「あー、うん。見つけるよ! 明日は土曜日だしね」
ミキが愚痴りだしたので話を強引に進める。
「ちゃんと明日中に見つけてよね? 明後日にはパパが新しい犬を飼うって言ってるから……」
「随分急な話だな……」
こうして一馬とミキは飼い犬を探すこととなった。期限は明日の一日のみ。
「そしたら明日の九時に三日月公園に集合ね」
「三日月公園ね」
初めて聞く場所だが、まぁ天使界にいけばなんとかなるだろう。
「それじゃセンセーさようなら」
「さようなら」
ミキはそのまま帰ってしまった。
「結局天使って信じてないな。あれは」
ただの親切な人で終わりそうな予感たっぷりに一馬は天使界に戻った。
「ってこれじゃ先生になって潜入した意味ないじゃん!」
一馬は叫んだ。
「道具買わなきゃ良かった!」
後悔と共に。