第八話:薄幸の少女(後編)
次の日、いつものようにるかのいる病院までやって来た。
「るかは今日も元気なんだろうな」
しかし、一馬はすぐにいつもの様子と違った慌しさに気付く。なにか胸騒ぎを覚えた一馬は急いで病室の前まで駆けつけた。いつも通りのドアのはずが、そこにるかのネームプレートはなかった。
「まさか……」
一馬は思い出した。るかは一ヶ月の命という運命を背負っていることを。医者が言うには回復に向かっているみたいだったし、見た目もかなり元気だったから気にも止めなかったと言うのが正確だろう。しかし、余命一ヶ月というのはすでに霊界の方での決定事項だったのだ。
「なあ! るかは!?」
近くの看護師を問いただした。
「前園さんは今朝容態が急変して集中治療室に移りました」
「くそ!」
一馬は走り出した。るかのネームプレートが張られている集中治療室。そこには面会謝絶の文字。そこから一人の看護師が出てきた。
「ご家族の方ですか?」
実際は違うがそんなことはどうでもよかった。一馬は集中治療室に入ると、るかのそばまで駆け寄った。顔には人工呼吸器。体からは数本の管が出ている。
「るか! るか!」
返事はない。辛うじて心臓が動いている程度だった。
「起きろよ!来週は遊園地に行くんだろ!」
一馬にはここ一ヶ月の記憶が走馬灯のように流れていた。
るかと会った日。
友達になった日。
二人で喋った日。
笑いあった日。
映画を見て二人で泣いた日。
一馬の手には昨日もらった小さなクマのぬいぐるみが握られている。いつでも隣にはるかの顔があった。
「なんで! なんでだよ!」
一馬の願いも虚しく、ついには心臓も止まってしまった。
「うわあああぁぁぁああ!」
その場に泣き崩れる一馬。
もう一度会いたい!
もう一度会いたい!!
もう一度会いたい!!!
「そうだ! あそこだ!」
一馬は集中治療室を飛び出し、天使界へと戻った。凱旋門ほどの大きさのある門の前まで来た。一人の天使が門の前に立っている。
「全部見てましたよ……どうしても行くんですか?」
そこには昇がいた。
「見てたんなら分かるだろ!」
「……そうですね。でも覚えておいて下さい。死んだ人は生き返らない」
「っ! 分かってるよ」
昇は諦めたように門を離れる。一馬はその門を開けて中へと入って行った。そこは真っ白な空間。一馬が最初に来た、死後の交差点だった。
「るかー!」
虚しく声は白い空間へ消えて行く。
「俺だ! 一馬だ!」
やはり声は消えて行く……。ダメなのか? 目を閉じ、そう思った時――。
「一馬お兄ちゃん」
るかの声がする。ゆっくりと目を開けるとそこにるかはいた。
「るか!」
「昨日ぶりだね、一馬お兄ちゃん」
るかはいつものように笑っている。しかし一馬は涙がとまらない。
「一馬お兄ちゃん……実はね」
るかは少し悲しそうに目をふせた。
「本当はもうすぐ死んじゃうのは分かってたの」
その言葉を皮切りに、るかも涙が止まらなくなった。
「それでね、空に向かって祈ったんだ。助けてって……」
一馬は泣きながら静かに聞いている。
「そしたらある日一馬お兄ちゃんが天使だ、ってやって来たでしょ? びっくりしちゃった」
「でもそこで気が付いたの……あたしの願いは助けて欲しいって事じゃなかったって」
るかの体は足の方から少しずつ光を帯びながら消えている。
「願いが叶うって言う喜びより誰かが来てくれたって言う喜びだった。これまでずっと寂しかったんだって気付いちゃった」
「だからあたしの本当の願いは助かりたいじゃなくて友達が欲しいだったの……」
すでに膝の辺りまで消えている。
「一馬お兄ちゃんと過ごした一ヶ月はそれまで過ごした十年よりずっと楽しかった。この一ヶ月があたしの一生の宝物になったんだよ?」
大粒の涙が一つ、二つと落ちて行く。
「一馬お兄ちゃんは楽しかった?」
るかはもう腰まで消えている。
「俺は……最初指令で嫌々だったんだ……」
「あは……ひどいな……」
「でも、二人でいてすごく楽しくて、どんどんるかが家族のように大切になっていった」
「あたしも本当のお兄ちゃんが出来たみたいって思ったよ」
「出来ればずっと、るかといたい!」
「それは出来ないよ……でもあたしが消えてもずっと、ずぅっと友達でいて下さい……」
「……当たり前だろ?」
一馬は泣きながらも無理矢理笑顔を作った。
「良かった。これからも天使のお仕事続けてね……お願いだよ?」
るかも泣きながらも無理矢理笑顔を作った。
「ばか……お願いは一つだけだって言っただろ……」
「じゃあ今のがあたしからのお願い……」
「あぁ……」
「今までありがと。動物園すごく楽しかったよ?クマのぬいぐるみ大切にしてね」
「あぁ……ありがとう」
二人は出会った頃のように小指を絡めた。
「そろそろ時間みたい……最後にあたしの所に現れてくれてありがと」
るかは最後まで笑ったまま消えていった。一馬は涙を拭い、自分も前に進む決心をした。手の中でぬいぐるみを優しく抱いて。
後日談。
円社長はなんとなくこうなる事が分かっていたみたいだ。報告すると、
「そうか」
の一言だった。ちなみに昇の今回のミッションは一馬を見張る事だった。こうして一馬の初ミッションは終わった。