第十話:隣の山田さん(解決編)
三日月型の大きな滑り台のある三日月公園。時間は朝の九時を少し過ぎたあたりだ。
「第一回! 青空作戦会議を行います!」
ミキが近所迷惑な声を出していた。
「し、質問……」
「ハイ! センセー! 手短に!」
「その……キヨシ君?」
「ツヨシ君です!」
「そう、そのツヨシ君がいなくなったのはどこで?」
「うちの庭だけど?」
「公園に集合する意味は……」
「センセーうちの家の場所知らないでしょ?」
確かに知らないが、一馬にとってはこの三日月公園の場所も知らなかった。天使界ネットで検索して探し出したのだ。
「じゃあまずは相田さんの家に行こうか?」
「そうね……まずは現場検証ね」
「現場検証って……」
「一回言ってみたかったの」
一馬は何かどっと疲れた気がした。
「とにかく行くわよ!」
どうやらミキは行動派らしい。数分もしないうちにミキの家の庭に着く。
相田ミキの庭にて。
「五日前はいたんだけど、四日前の朝に忽然といなくなったの」
「うーん。鎖とかはつけてなかったの?」
「つけてたけど首輪が外れたみたいでツヨシ君だけ消えてたわ」
「ちなみにツヨシ君の種類は?」
「雑種だけど超カワイイの!」
「超カワイイですか……」
「分かったわ! これは誘拐よ!」
果たして雑種を誘拐するのか甚だ疑問だったが一人盛り上がるミキを止める術が見つからなかった。
「センセー! まずは聞き込みよ!」
一馬はミキにずるずると引きずられていった。
隣の家にて。
ピンポーン。
「はい、どちら様ですか?」
インターホンから返事があった。
「あ、隣の家のミキです」
一馬とミキは山田と書かれた表札の家の前にいた。
「あらミキちゃん。今行くからちょっと待っててね」
ドアから出てきたのは四十代前半くらいのおばさんだった。
「どうしたの?」
「山田さん! うちのツヨシ君見なかった?」
「そうねえ……四日前くらいの朝にツヨシ君に似た犬を抱きかかえて行く人を見た気がするわ」
「ほんとに!?」
ミキはおばさんにくってかかる。
「ええ、海の方に走っていったわ」
「ありがと! やっぱり誘拐だったんだ! センセー行くよ!」
うむを言わせず一馬を引きずって行く。
海にて。
「なぁ相田さん……ここからどうするんだ?」
人一人いない浜辺に一馬とミキは立ち尽くしていた。まるで携帯の電波のようだ。
「とにかく手がかりを探すのよ!」
ミキは虫眼鏡を取り出した。
「まさかそれで?」
「昔から捜査には虫眼鏡って決まってるでしょ?」
「そうだっけ?」
「ほら! つべこべ言わずにやる!」
「ハイハイ」
ノリノリで探すミキと渋々探す一馬。
「ていうか虫眼鏡いらないだろ……」
「漫画とかだと虫眼鏡がないと見つからないのよ?」
「それは漫画だからじゃない?」
「今センセーは漫画の全てを否定したのね」
一馬はそんなつもりはないと言いたかったが、すでにミキは一人の世界に入ってしまっている。
「そうよ、きっとセンセーは漫画にほろ苦い思い出があるのね」
(ほろ苦いって何だよ!)
一馬は心の中で突っ込んだ。
「きっと漫画の角で殴られたとか」
(それは痛そうだな)
「もしかしたらタンスの角に小指をぶつけたとか」
(何回かやったな……って漫画関係ないじゃん!)
「間違いない! タンスの角で殴られたのね!」
「それはさすがに死んでるよ! まぁ天使だから死んでるんだけどな」
「そういえばセンセー天使なんだっけ?」
「やっぱり信じて無かったのか」
「そんなの小学生でも信じないわよ」
実際目の前にいるんだが……。
「まぁいいや。俺は相田さんの願い叶えたらいいから」
「お礼はしないわよ」
別にお礼のためにしているのではないのだが断言されると少し寂しい。
「あ! 犬の足跡発見! きっとツヨシ君の足跡だわ!」
「そんなことは分からない――」
ミキはすでにいなかった。
「無鉄砲な性格なんとかして欲しい……」
一馬はしみじみ言った。ミキを追いかけると数年前につぶれたであろう海の家の前にいた。
「ここで足跡はなくなってるな……」
「そうね……それに見て?白い毛が落ちてるわ」
ミキは数本の白い毛を見つけた。
「ツヨシ君は白毛なのか?」
「そうよ。前にも言ったけど白い毛に中型犬よ」
初耳だった。
「突撃あるのみ! いくわよ!」
ミキは勢いよく突撃していった。
「はぁ――ハイハイ」
一馬も疲れたような溜息をもらしミキに続く。
寂れた海の家にて。
「勢い良く飛び込んだのはいいけど思わぬ展開ね……」
「そうだな。骨董品で一杯だな」
外見とは裏腹に中は頑丈な作りで出来ていた。それよりも目を見張るのは高そうな壷や高そうな彫像。一馬に鑑定眼は無かったがいい仕事をしているのはなんとなく分かった。
「ますます怪しいわ」
「確かに怪しいが、犬誘拐のアジトにしては違う気がするが……」
ドン! という音が突然奥の扉から聞こえてきた。
「な、何だ?」
「きっとツヨシ君が捕まってるんだわ!」
一馬は何故その答えに辿り着くのか教えて欲しかった。
「何よ。このドア鍵かかってるじゃない」
無理矢理開けようとするミキ。しかしその腕が棒のような物で叩かれた。
「痛っ! 誰よ!」
すると杖をついた白髪の老人と一匹のドーベルマンがいた。
「ヒョッヒョッヒョッ。このアジトを嗅ぎ付けるとは驚いたわい」
「ツヨシ君を返して!」
「ツヨシ君? なんのことか分からぬがここを知られた以上は死んでもらうしかないぞい」
一馬は嫌な予感がした。
「相田さん下がるんだ!」
一馬が強引にミキを引き寄せると、それまでミキのいた場所にドーベルマンが襲い掛かっていた。
「グルルルルル」
その目は敵意をむき出して二人をにらんでいた。
「ほ、本気で襲ってきたの?」
「どうやらそうらしい……」
「そいつの咬む力は骨すら砕く力を持っておるから気をつけるんじゃな」
「グルルルルル」
ドーベルマンはさらに襲い掛かって来る。
「ヒョッヒョッヒョッ。そろそろ観念するんじゃな」
「くそ!何か手はないか……」
一馬はポケットを探った。
「こ……これは! 相田さん! ペンか何か書くもの持ってない?」
「はいこれ! でも何に使うの?」
「天使にしか出来ないことさ」
一馬はボールペンを受け取るとポケットに入っていた紙に素早く文字を書いた。
「おい! こっちだ! ワン公!」
一馬はわざと左腕をドーベルマンに咬ませた。咬まれる直前に腕を前に出し力を分散させる。そのまま右手に持っていた紙を犬の背中に貼り付けた。すると突然ドーベルマンは一馬から離れて白髪の老人に襲い掛かった。
「何をするんじゃこのバカ犬め!」
白髪の老人は持っていた杖でドーベルマンを気絶させた。
「やったか?」
「センセー何をやったの?」
「それはな……」
その時、海の家に銃声が響き渡った。その弾丸は一馬の腹を貫いた。
「ヒョッヒョッヒョッ。こうなったらこいつで始末してやるわい」
白髪の老人の手には拳銃が握られていた。
「センセー!」
「次はお嬢ちゃんの番じゃ!」
再び海の家に銃声が響き渡った。しかし、その弾丸がミキを貫くことはなかった。
「動くな! 警察だ!」
「ウヌヌヌ……しくじったわ」
白髪の老人の拳銃が一馬とミキの後ろに現れた人物によって弾かれていた。
「白賀海頭だな! 窃盗と銃刀法違反の現行犯で逮捕する!」
白髪の老人はあっという間に捕まった。
「刑事さん! ドアの向こうにツヨシ君がいるの! 助けて!」
「何! 誰か誘拐されていたのか! 待ってろ。すぐに開ける」
「いや、捕まってるのは犬……」
一馬が言う前に刑事はドアの鍵を拳銃で壊して中に入った。
「大丈夫ですか!」
一馬とミキは開いた口が塞がらなかった。そこにツヨシ君はいなかったからである。
「ありがとうございます刑事さん!」
「いえいえ、礼を言うならそこの二人にお願いします」
「ありがとうねミキちゃん。あと先生だったかしら?」
そこにいたのはガムテープで口を塞がれロープでしばられている、ミキの隣の家に住んでいる山田さんだった。
「なんで山田さんが……」
「それがあなた達と別れた後、変な男に誘拐されたのよぉ」
「おそらく白賀海頭だろうな」
刑事が一人納得したようにうなずく。
「それじゃ私は被害者の保護と犯人の連行があるのでこれで失礼する」
一馬とミキ以外は海の家を出て行った。
「あ、そういえばセンセー、ドーベルマンどうやってやっつけたの?」
「それはね、あやつるくんを使ったんだ」
「あやつるくん?」
「あやつるくんは特殊なお札で、貼るとそこに書いた事を実行するお札なんだ」
「そっか、それでドーベルマンに『飼い主に襲い掛かれ』みたいな事書いて貼り付けたのね?」
「その通りさ」
「今ならセンセーが天使だってなんとなく信じられるよ」
「ありがと」
「あいつ最後には拳銃まで撃ってきたね。あれにはびっくりしたよ」
「そうだな。腹撃たれたし」
「そうだ! センセー撃たれたんだ! 大丈夫?」
ミキが心配そうに一馬を見る。
「天使は死なないのさ」
おどけて一馬は言う。
「でも、結局ツヨシ君見つからなかったね」
「そうだな。どこにいるんだろう?」
「それになんで山田さん誘拐されたのかな?」
「わからん……」
様々な謎が残されたこの事件は翌日全て解決された。
翌日三日月公園にて。
「いやーツヨシ君見つかってよかったわ」
「見つかって良かったね相田さん」
ツヨシ君は山田さんとは逆隣の家で寝ていた。
「山田さんも無事だったし」
「そうだね。でも山田さんの見間違いで大変な目にあったな」
一馬とミキの聞き込みの際、『ツヨシ君に似た犬を抱きかかえて行く人を見た』と言う証言は実際は、中型犬の石膏像を持って逃げていた白賀海頭を目撃したことから来ていたのだ。
「でもどうして山田さんが誘拐されてたのかしら?」
「それについては警察署で白賀海頭が自供したらしいよ」
内容はこうだ。たまたま一馬とミキが山田さんと話しているところを白賀海頭が目撃した。スーツ姿の一馬を刑事と間違えて、余計なことを言われないうちに誘拐したとの事だった。
「じゃあ山田さんとんだとばっちりだったんだ?」
「まぁそうなるかな? 今度会ったら謝っておいてくれ」
「センセーは一緒に行ってくれないの?」
「俺は相田さんの願いを叶えたからそろそろ帰らないといけないんだ」
「そうなんだ……天使も楽じゃないね」
「まあね。いろいろあるんだよ。そろそろ行かなきゃ」
「分かった。なんだかんだで面白かったよセンセー」
「あ、そうだ。このボールペン返さないとね」
可愛らしいピンクのボールペンを取り出した。
「いいよ。センセーにあげる」
「え? でも――」
「いいの! お別れのプレゼントだよ」
「じゃあ俺からも何かあげないとな」
「それじゃあ、これちょうだい!」
「こんなんでいいの?」
「いいからいいから」
一馬はミキとプレゼントの交換をして三日月公園を去った。天使界に帰った一馬は自分の部屋でくつろいでいた。
「ふう……今日は疲れたなぁ」
スーツを脱いでハンガーにかけた。
「それにしても相田さんあんなもの欲しがるなんてなぁ」
私服に着替える一馬はつぶやいた。
「ひょっとして相田さん俺にきがあったのかも……」
一馬はニヤニヤしていた。ハンガーに掛かった第二ボタンのないスーツを見つめながら。