歪んだ愛
ここ最近、近所でレイプ事件が多発していた。
被害にあった女性は2、3人だと噂で聞いたが、多分もっといるだろう。レイプ被害は警察に届け出ない事が多いいから。
犯人が捕まったという話も聞かないし気をつけるようにという呼びかけもあったので、まだ犯人は捕まっていないのだと思う。自分は男だし関係ないが、彼女の美緒には注意しろと促していた。でも美緒は「自分は大丈夫」と何の根拠もない自信を持っていて、俺は気掛かりだったが美緒があまりにも平然と言うものだからそこまで気にかけなかった。
もっと気にかけるべきだったのかもしれない−−−−
俺と美緒は一緒に暮らしている。美緒はいつもなら大体19時半には帰って来るのに今日は中々帰って来なかった。遅くなる時はいつも連絡をくれるのに今日は連絡がなく、もしかして…と俺は不安に思いながらヤキモキしていた。
何回も電話をかけてみるが、携帯は繋がるが出ない。そこら辺を探しに行こうかと思ったがすれ違いになるのも嫌で俺は部屋で待っていた。
過保護すぎるかもしれないがいつもある連絡がないし、物騒な事件もある。だから20時までに帰って来なかったら捜しに行こうと思っていた時に美緒から電話があった。
「もしもし!?何度も電話したんだぞ!今どこにいるんだよ」
『………』
美緒は泣いているみたいで何を言っているのか聞きとれない。
「今どこだ?」
『……公園……』
「わかった。今すぐ行くから!!」
俺は家の鍵を閉めるのも忘れて、急いで公園に向かった。必死に走っている間、もう嫌な予感しかしなかった。
公園はマンションから歩いて10分もかからない所にある。
「美緒!美緒どこにいるんだ!?」
俺は公園に着いて、大声で叫んでいた。不安で仕方なかったのだ。焦っているせいか周りを見回しても美緒がどこにいるのかわからない。
「どこだよ…」
不安と焦燥を感じていると、すると啜り泣く声が草村の影から聞こえてきた。さっきまで必死に捜していたのに、いざ美緒を目の前にすると思うと怖くて、少しずつしか近寄れなかった。
一歩ずつ声のする方に近づく。近づく度に胸が締め付けられて、呼吸が荒くなる。
息苦しい−−−−…
息をするのもやっとだった。美緒の後ろ姿が少し見えて、俺は近づきながら声をかけた。
「…美緒−−…」
自分を呼ぶ人物が俺だと解ってはいるのだろうが、美緒は体をビクッと反応させてガタガタと体を震わせている。まだ夜が寒い季節ではないのに。
俺はそれを見た瞬間、目をつぶって美緒から目を逸らしてしまった。自己嫌悪と後悔でいっぱいだった。
何でもっと用心しなかったのか?何でもっと用心させなかったのか?笑われてもバカにされてもいい…、もっと気を配るべきだった。
改めて美緒を見ると服は薄汚れていて、束ねていた髪もぐちゃぐちゃで…−−、何だか痛々しかった。
俺はしゃがんで美緒の名前を呼び肩を触った。すると美緒は物凄い勢いで拒絶して俺から距離を取る。そして初めて彼女の正面が見えて心がえぐられるような思いだった。俺はその場にひざまずいて泣きながら額を地面につけて謝った。
「ごめん美緒…俺のせいだ…ごめん…ごめんっ…」
「…なん…で?大介のせいじゃ…」
「俺のせいだよ!もっと注意すべきだった…用心すべきだった!!そしたらこんな目に……本当にごめん…」
美緒は首を振って否定する。両手で前を隠したまま。
「違う。私がもっと注意すべきだった…自分だけは大丈夫って高をくくってたから、甘くみてた…」
自分を責めて顔を歪める美緒に、俺は上に羽織っていたシャツをかけて美緒の目を見て言い聞かせる。
「美緒は悪くない。悪いのは犯人だ。こんな事する奴が悪いんだ…」
美緒がシャツを掴んだままの俺の手に触れて、申し訳なさそうに言った。
「…ごめんね…」
俺は美緒を抱きしめずにはいられなかった。
「俺こそ…ごめん…」
その後2人で抱き合ったまま、ずっと泣いていた。
警察に行こうと言ったが美緒はやはり嫌がった。泣き寝入りするみたいで嫌だったが、美緒が嫌がるのに無理強いはできない。警察に行ったはいいがただ聞かれたくない事を聞かれただけで、犯人が捕まらなかったら、傷を余計にえぐられてそこに容赦なく塩を塗られるだけだ。そんな思いは俺でもしたくはない。
美緒がレイプされてからというもの、俺はすれ違う奴ら全員がレイプ犯に見えて怒りが抑えられなかった。このままだと仕事にも生活にも支障が出そうだ。いや、もう出ている。
美緒は部屋から外に出られなくなってしまった。だから仕事も辞めた。美緒は悪くないのに何で美緒の自由が奪われないといけないのだろうか。人間のクズみたいな奴の所為で。
そもそもレイプなんてものは女性を軽視した行為でしかなく、男のクズが自分の欲求を満たす為だけに平気で女性を傷つける犯罪行為だ。男の俺でもレイプ犯は去勢すればいいと思う。
大体いくら注意していたとしても男と女じゃ力の差は歴然だし、大人数だったら男でも敵いやしない。こんな無法地帯で自力で身を守れだなんて、そして守れなかったら非難される。誘うような格好をしていたのではないか?自分から望んでレイプされたのではないのかと。
自業自得だと言わんばかりの冷酷な意見が出てくる。これは同じ女性からでも出てきて、俺には信じられない。何故傷ついている人間を更に傷つけるような事を簡単に言うのだろうか。少し考えれば解るだろうに。
どこまでも人間は自分勝手で、自分が同じ目に合わないと相手の気持ちすら解らないのだ。この世の中、結局は強いものが有利に働くようになっている。
それが解るように、美緒は悪くないのに毎日のように俺に謝った。俺は謝られる度に辛くて堪らない。
何故、レイプされた被害者の美緒が罪悪感を感じて苦しまなければならないのだろうか。
こんなのは間違っている−−−−。
犯人が捕まらない限り、また犠牲者が増え続ける。だから俺は決めた。犯人を捕まえてやろうと。
犯人の特徴と似顔絵らしきものが書かれたポスターが所々に貼ってはあるが、似顔絵などあてにならないし、それに似顔絵に似たそれっぽい人物を見つけては手当たり次第に食ってかかる訳にはいかない。俺みたいな一般人は現行犯で捕まえない限り誰にも信じてもらえないだろう。そう思った俺は仕事が終わってから物陰になる所や視覚になる所を隅々まで探し、その日ごとにある程度の範囲を特定して見張った。だが、いくら捕まえようと見張っていても素人の俺がそう簡単に捕まえられる訳がない。
どれだけそんな事をしていたのだろう。いつものように深夜になる前に家に帰ると美緒の態度がよそよそしいのに気付いた。不思議に思っていると誰か来た。ドアを開けると友達の祐介と薫で遠慮なしに部屋に上がってくる。俺はいきなりの事で訳が解らず慌てるが、2人は意に返さない。
「おい…何なんだよ!?」
訳が解らず説明を求める俺に薫が言った。
「今日から美緒は私の家で預かるから」
「は?何で…」
「自分の胸に聞きなさいよ」
汚らわし者を見るように薫は吐き捨てた。その言い方だとまるで俺が何かしたみたいだが、こんな扱いを受けるような事をした覚えはない。すると本当に薫が美緒を強引に連れて行こうとする。俺はとっさに止めようとするが、それを阻むように祐介が間に入って邪魔をした。そのせいで美緒を連れて行かれてしまう。
連れ去られる前、美緒は不安そうに俺を見ていた。
「どういうつもりなんだよ!お前ら!!」
この状況に納得のいかない俺は祐介を怒鳴りつけた。すると祐介が問い質すように聞いてくる。
「お前ここ最近帰りが遅かったみたいだけど何してたの?」
それは−−−…
犯人を捕まえようと見張っていたのだが、本当の事を言うべきなのか少し迷った。美緒には心配かけたくなくて残業だと嘘をついていた。本当の事を言ったとしても反対されると思ったからだ。
祐介と薫は美緒がレイプされた事を知らないはず…だが、別にこいつに嘘をつく必要もないから本当の事を言う事にした。
「−−−レイプ犯を捕まえようと見張ってたんだよ…」
「じゃあ何で美緒に嘘ついたんだ?」
「な…お前バカか!?本当の事なんか美緒に言える訳がないだろう」
「やっぱ本当の事は言わないか…」
祐介は考え込むようにボソッと言った。
もうこいつが何を言ってるのか俺には解らない。本当の事を言ってるのに、それ以外のどこに本当があるというのだろうか−−−?
俺が訝しんでいると祐介はとんでもない事を俺に言い放った。
「隠しても仕方ないからハッキリ言うが、俺達はお前がレイプ犯だと思ってる」
俺は愕然とするしかなかった。あまりのふざけた言い分に言葉が出なくなる。この発言のバカさ加減に体がふらついたぐらいだ。
何をどうやったらそんな事になるのか理解できない。まさか犯人を捕まえようとした事でこんな、不当な疑いをかけられるなんて思いもよらなかった。
祐介が何か言っているみたいだったが、あまりの発言でショックが大き過ぎて耳に入らない。すると言うだけ言って祐介が勝手に帰ろうとしたので俺は我に返った。
「ちょっ…待てよ!何をどうやったらそんな事になるんだよ…?」
祐介が出て行こうとしたのを慌てて止める。祐介は俺以外の犯人がいるとは考えるつもりもないみたいで、俺を犯人だと決めつた根拠を語った。
「お前あの日部屋にいなかっただろ。俺ヒマだったからお前んとこ行ってそのまんま晩飯食わせてもらおうと外に出たら、いかにも怪しい格好したお前がマンションの外歩いてるのが見えたんだよ。他人の空似かな?と思ったけど部屋に行ってチャイム鳴らしても出て来ないからやっぱあれお前だったんだって解ったんだよ」
祐介は同じマンションの上の階に住んでいる。
「だから?何でそれで俺がレイプ犯になるんだよ!?」
「あの時間なら調度美緒が帰って来る時間帯だ。それなのに迎えにも行かずに家に帰るって変だろう」
「ちょっとコンビニに寄って立ち読みしただけだよ…でも対して読むもんが無かったからすぐ帰っただけだ」
「レイプ事件が横行してるのにか?」
「だ、だから…後悔してるんだろうが!俺は自己嫌悪でいっぱいなんだよ!!あの時迎えに行かなかった事が!!!何なんだよお前…俺を貶めるような事を美緒に言って何がしたいんだよ!?」
自分でも死ぬ程後悔している事で責め立てられて、しかもその事で犯人扱いされるなんて…、大体なんの根拠もなければ証拠もないではないか。そんな事で俺を犯人扱いするには無理がある。そう思っていると俺はある事に思い当たった。
「もしかして…お前、まだ妹の事で俺疑ってんの?」
昔祐介の妹の真央と付き合っていた事がある。でも美緒と出会って恋に落ちてしまった俺は、真央と別れた。他に好きな人が出来てしまったのに付き合い続けるなんて出来ないから。そしたら真央が自分をレイプしたのは俺だと言い出した。実は真央は俺と付き合う前にレイプされていて、フラれた腹いせに俺をレイプ犯だと言い出したのだ。妹を捨てたと思い込んで勘違いしている祐介はそれを信じている。
「そ、それは…関係ない…」
あきらかに関係があると言わんばかりに祐介は目を逸らして否定した。濡れ衣も甚だしいあんな事でこんな目に合うなんて最悪だ。すると祐介が慌てたように言い繕う。
「…それに、これは美緒も了承してる事だ」
「美緒が…!?」
俺は脱力した。
まさか美緒がこんなくだらない言い分を信じるなんて−−−−。絶対こいつらがある事ない事を美緒に言って、言いくるめたに違いない。絶対そうだ…
俺は憎しみを込めて祐介を睨んだ。すると祐介は俺を見下ろして、
「これも美緒を守る為だ。少しでも疑わしいお前と一緒には置いとけない。俺達は犯人が捕まるまでは、お前を信じるつもりはないからな」
そう言って出て行った。
何なんだろう−−−−、このふざけた展開は…
意味が解らない。何で俺がレイプ犯に仕立てられて貶められないといけないんだろうか?こんな扱いを受ける謂われはない。だって、犯人が誰かは俺が1番よく知っている。
美緒は今精神的に不安定だ。そんな時に2人がかりである事ない事吹き込まれれば、何を信じていいのかなんて解らなくなってもおかしくない。俺を信じたくても信じられなくなるのも仕方ないだろう−−−。何が美緒を守る為だ…あいつらは俺から美緒を奪い取りたかったんだ。
祐介は昔から美緒に気があった。そして薫は女だが多分美緒の事を恋愛対象として意識しているはずだ。女にしては体格がよく、何かにつけて美緒をナイトみたいに守っていた。それに俺は薫が誰かと付き合っているのを見た事がない。
2人の利害は一致している。2人してやったのか…どちらか片方が仕組んでやった事なのかは解らないが、なんて卑怯なやり方だ。俺がレイプ犯を捕まえようと躍起になって、帰るのが遅くなっているのをいいように利用したんだ。美緒に心配かけたくなくて嘘をついたから…、そこに付け込まれた。
いや、待てよ…もしかしたら−−−−…
俺はとんでもない結論に辿りついた。この考えはどうかと思うが、可能性でいうならない訳ではない。
俺をレイプ犯に貶めたいが為に、あの2人のどちらかが美緒をレイプした可能性は多いにある。あいつらなら俺から美緒を引き離して奪う為なら何だってやりかねない。薫は女だが、女だからってレイプできない訳じゃない。暗闇で、しかも恐怖で怯えていれば性別なんて判断できない、というよりレイプなら普通男だと思うだろう。
でもそれをどうやって証明する−−−−?いや、でもこれは可能性でしかない。
美緒にこの可能性を話したいが連絡を取りたくとも2人が邪魔するだろうし、会う事すら出来ないだろう。美緒を取り返す為には結局はレイプ犯を捕まえて、俺の無実を証明するしかなくなった。
俺は有給を取って寝る間を惜しんでレイプ犯探し始めた。だが、前にもやって上手くいかなかった事を思い出した俺は犯人の有益な情報を得る為に最寄りの交番に行った。必死に犯人の事を教えてくれと頼んだが、やはり教えてはくれない。こっちは藁にもすがる気持ちで必死に頼み込んでいるのに、相手の警官は高圧的で見下すようなものの言い方をする。少し腹が立ったが引き下がる訳にはいかない。本当は言いたくなかったが、彼女がレイプされたと泣きながら訴えると、すると同情してくれたのか少しだけ犯人の情報を教えてくれた。でも対した情報ではなかった。
目撃者は一人もいないし犯人は証拠を残していないみたいで、被害者の証言しか犯人の情報がないとの事だった。
警察に行っても対して道が開ける訳でもなく、俺はこの先どうしたらいいのか解らなくなってしまった。
どうしてこうも上手くいかないのだろう…こんなにも世の中は自分に対して冷たいものなのだろうか?どうにかしたくてもどうにも出来ない−−−−
自分があまりにも無力で情けなかった。どうして自分がこんな目に合わないといけないのか解らない。ただどうにかしたかっただけなのに…大切なものを奪われた。
俺、何かしたかな−−−−?
俺は心も体も疲れきって、もう何もする気が起きず無気力状態だった。
そんな時だった。たまたまつけていたテレビからニュースが聞こえてきた。俺は慌ててテレビのボリュームを大きくして確認する。間違いなくここら界隈で起きていたレイプ事件の事だった。
なんの事はない犯人は呆気なく捕まった。そして俺の疑いは晴れて美緒が帰って来た。2人は俺に頭を下げて謝った。俺は憤りを感じたが素直に自分達の非を認めて謝ってくれたから、とりあえず何も言わなかった。
美緒が申し訳なさそうに俺に謝ったが、俺は気にする事はないと美緒に言い聞かせた。
そりゃ俺を信じていて欲しかったが、強く断言されれば気持ちが揺らいでしまっても仕方ない。俺はまだ2人を許す気にはなれないが、美緒が戻って来た事に安心した。これでもうあの2人が何を言おうと大丈夫だろう。俺の疑いは晴れたのだから。まあ、もともとかけられる筈のない容疑だが……
「…美緒、出来ればあの2人とは連絡を取らないで欲しい」
「え…」
「頼む。今は理由はいえないけど…、俺を信じてほしい」
俺が真剣に言うと美緒は理由を聞きたそうだったが納得したように頷いた。
「…わかった」
あの2人を許せないとかじゃない。いや、許せないが…そうじゃなくて、何かひっかかるものがある。これで全てが終わったと思っていたが、俺はあの一件があってからというもの、犯人が捕まったと聞いてもどこか信じられない。捕まった犯人がレイプ犯なのは間違いないのだろうが、美緒をレイプしたのは本当にそいつなのだろうか−−−?
そう思っていると美緒が俺に抱き着いた。抱き着いたというより服を握って軽くしがみついた感じだ。それでも俺は慌てる。
「大丈夫なのか?」
あの事件以来、美緒は俺とも一定の距離を取っていた。手すらも触れない状態だった。やはりまだ怖いのだろう手が奮えている。
「何を言われても信じるべきだった…」
「いいよ。気にするなって…」
俺はそっと美緒の頭を撫でる。美緒が不安げに俺を見つめて言いづらそうに俺に言った。
「…私妊娠したの−−…」
それを聞いて俺の考えは確信に変わった。
−−−真実−−−
俺は奴を美緒がレイプされた公園に呼び出した。どうしても真実が聞きたかったからだ。来ないかと思ったが奴は来た。
「よく来たな。来ないと思ったよ」
そう言うが奴は何も言わない。遠回しに言っても意味がないと思ったので、俺は直球に奴に言った。
「俺ずっと考えてたんだよ。犯人が捕まってからも…美緒をレイプしたのは捕まった奴なのだろうかって。で、ある事を聞いてお前が犯人だって確信が持てた」
奴はバカにしたように鼻で笑う。
「何だよ」
「レイプ犯は証拠を残さないようにゴムをつけてたんだ。でも美緒は妊娠した」
それを聞いても奴は全く慌てる様子がなかった。いつも通り平然としている。
「だから何だって言うんだよ」
「DNA検査をすれば誰の子か解る。その前に真実を告白するチャンスをやるよ」
「そんなの俺の子かどうか解んないだろ」
「いや解る」
俺が自信たっぶりに言い放つと奴は少しだけ怯んだ。
「美緒がレイプされたのは生理後だ。そしてレイプされた後は1度もそういう事はしてない」
奴は押し黙る。そして考えるように顎に手をあてて微かに聞き取れる程度の声でボソッと言う。
「盲点だったな。まさか生理後だったなんて…」
それが聞こえて恐る恐る俺は聞いた。
「やっぱりお前がレイプしたんだな…?」
すると奴は不適に笑い、蔑むように俺を見て悪気なく答えた。
「そうだよ。別にいいじゃん。美緒は俺のなんだし」
自分が悪い事をしたなど微塵も思っていない態度だった。罪悪感なんてものは全く感じていないのが解る。
「聞こえたか美緒?これが真実だ。これで俺がどうしてあんな事を言ったのか解っただろ。早くそこから出ろ」
俺は携帯をずっと手に持っていた。美緒に真実を聞かせる為に。美緒は本人の口から真実を聞いてもまだ信じられないみたいだったが、何とか俺の言う事を聞いてくれたので電話を切った。
「やってくれるね。俺を安心させる為にいったん美緒を家に戻したんだな」
そう犯人が捕まったからじゃない。もう疑われる事もなく、自分の元に美緒が戻れば安心して口を割ると思ったからだ。美緒はもともと俺達の言う事に半信半疑だったが、俺は妹の事もあり、確信していた。
美緒をレイプしたのは大介だと−−−−
「あぁ、妊娠も嘘か…、そうか…俺スゲェ嬉しかったのに…」
意外だった。美緒に真実がバレたというのに取り乱す事もなく落ち着いている。俺はもっと慌てて暴れるかと思ったが、大介は冷静に事の分析をしていた。
「やけに落ち着いてるな。あれだけ美緒に執着してたのに…」
「今さら取り乱しても仕方ないだろ。それにお前に協力した時点で美緒は俺の事を疑ってる訳だし、疑いが生まれればそこから穴は広がる。離れて行くのも時間の問題だったよ…、ところで美緒は出て行くって?」
「ああ…」
いや、あの感じだとまだ迷ってる感があった。だから断言は出来ないが、俺は大介に思い知らせる為に断言した。だが大介はそれを見透かしたように尋ねてくる。
「本当に出て行くかな?」
「なっ!?出て行くに決まってるだろ…自分をレイプした奴となんか一緒にいられるか!!」
「どうだろうな…、でも彼女レイプしたからって何か罪になるのか?」
「なるに決まってるだろ…お前何言ってんだよ!」
いくら付き合っている相手で籍を入れた相手だろうがレイプは犯罪だ。俺が不可解な目で大介を見ていると奴は思いつめたように、そして強く断言した。。
「ならないよ。女が訴えない限り、俺の罪はあってないようなもんだ。それに美緒は絶対に俺を訴えたりしない」
俺は何でこんな揺るぎなく断言できるのか不思議でならない。
「何でそう言い切れるんだよ…」
「美緒は俺を愛してるからだよ。お前が知らない俺と美緒の繋がりがあるんだ」
大介は何か吹っ切れたように鼻で笑った。そして嘲るように俺に言う。
「それにしても薫を使ったのは褒めてやるよ。お前一人が何を言っても美緒は信じなかっただろうからな」
そう。その通りだ。俺一人が何を言っても美緒は信じなかっただろう。薫が協力してくれたから美緒も疑いながらも信じてくれた。
大介は優男でモテるタイプだ。どう見ても女には不自由しない大介をレイプ犯だと言っても誰も信じる訳がない。むしろ外見だけなら俺の方が疑われるだろう。
「自分の考えが正しかったと証明できて嬉しいか?その為にお前は美緒が傷つくとは考えもしなかったのか?」
大介は蔑むように俺に問う。
「なっ…何言ってんだ…美緒を傷つけたのはお前だろ!」
「違うよ。美緒を傷つけたのはお前だよ」
俺は訳が解らず押し黙ってしまう。すると諭すように大介が話し出した。
「お前自分が正しい事をしたと思ってんだろ?」
当たり前だ。俺は正しい事をした。だが俺は何故かそれを言葉に出来ない。すると大介が可哀相なものを見るような目で俺を見て笑う。
「お前って本当に憐れだな」
「なっ…」
「お前がした事は正しい事なのかもしれないが、決して正しい事でもないんだよ。むしろお前がした事は自分勝手な正義感の押し付けでしかないよ」
大介が何と言おうが、こんなのは自分の事を棚に上げた言い掛かりでしかない。俺は黙って続きを聞いた。
「知らなければ美緒は幸せだったんだ。それをお前が…真実なんて必要ないのにクソな正義感振りかざして余計な事をしたりするから、美緒は傷つくはめになったんだよ」
「そんな事はない!美緒だって真実を知った方がいいに決まってる」
俺は慌てて反論した。自分がした事が間違っているだなんて信じられないから。すると大介はまた可哀相なものを見るように俺を見た。
「何事も真実がいつも正しい訳じゃないんだぞ。知らない方が幸せな事もあるんだよ。それなのにお前は自分が正しいと証明したいが為に美緒を傷つけたんだ」
「違う…美緒の為を思って…美緒だって本当の事を教えてくれた俺に感謝するはずだ…」
「そうだな。感謝してくれる日がくるかもな。でも恨まれる日もくるかもしれないぞ」
「え…?」
「なんで当たり前のように感謝されると思うんだよ?お前は真実だの正義だのを振りかざしてるが、結局の所は自分の考えの正しさを証明したいが為に美緒を利用しただけなんだぞ。何を証明しようが美緒がお前のものになる訳でもないのに」
「うるさい!」
大介は畳み掛けるように続ける。
「本当は悔しかったんだろ。美緒が俺を選んだのが。お前も美緒の事が好きだったから。でも自分に自信の持てない祐介くんは勇気がなくて気持ちを伝えれない。だから自分の正しさを証明すれば美緒が自分のものになると思ったんだよな」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
大介は俺をバカにしたように嘲笑っている。俺は大介を睨みつけて、どうしても知りたかった事を聞いた。
「やっぱり俺の妹をレイプしたのもお前なんだな?」
「そうだよ。良かったな〜大好きな真実が解って」
大介は俺の気持ちを煽るように答える。俺は思っていた通りの答えで、つい口から出ていた。
「何でそんな事…」
「より深く想わせる為だよ。傷ついた人間は優しくされると弱いだろ。レイプされた女は自分を蔑むんだ。自分は汚れてるって。そんな自分に無償に手を差し延べてくれる男がいれば愛さずにはいられないだろ。それに障害は愛を深めてくれるからな」
「ふざけんなっ!!」
俺はムカついて大介の胸倉を掴んだ。すると大介は可笑しそうに笑い出す。
「お前さぁ、妹がレイプされた時処女でレイプされたと思ってるみたいだけど、お前の妹はもう経験済みだったし俺がレイプした時嬉しそうに腰振ってた−−…」
俺は頭に血が上って思い切り大介を殴った。大介は反動でよろめく。殴られた方の口を手で拭いながらほくそ笑んだ。
「これで妹の事はチャラな」
「テメェ…」
また殴ろうと胸倉を掴んだら、俺は大介に腕を後ろに捻られて地面に押さえつけられた。
「あんまり調子に乗るなよ。俺がこういう奴だってお前はどこかで解ってたはずだ。それなのに無用心に妹を俺に近づけたのはお前だろ。自分の事を棚に上げるなよ」
俺は力ずくでどうにかしようとしたが動けない。まさか自分より華奢な大介に力で負けるとは思わなかった。大介はそのまま優しく俺の耳元に囁く。
「それとお前、俺の事ちゃんと解ってないみたいだから教えてやるけど今俺お前を殺すのを我慢してやってんだよ。態度と言葉には気をつけた方がいいぞ。でないと−−−」
鈍い音がした。
俺は祐介の腕を折ってやった。
女でも男でも悲痛な叫びというのは堪らない。必死に抵抗してたのに絶対的な力に敵わないと解った時に相手が屈する瞬間の、この充実感は何とも言えないものがある。
祐介は腕を押さえて転げ回っている。
滑稽だ。ひっくり返った虫が起き上がろうと藻掻いてるみたいで。痛くて悶え苦しんでるんだろうが、少し大袈裟過ぎて目障りだな。それにしつこくて耳障りだ。今すぐ始末して黙らせるべきか−−−−いや、こいつには苦しんでもらわないと。
これから先、美緒以上に愛せる女は現れないだろう。あんなに惹かれたのは初めてだった。本当、こいつは余計な事をしてくれた。自分が正しいと思い込んでる奴程やっかいなものはない。
「お前がこれから美緒と一緒にいるつもりなら覚悟しろよ。俺が殺してやるから。これは脅しじゃない。本当にお前を殺してやる。あ、俺のものにならないぐらいならいっその事美緒も殺すか?」
祐介は恐怖に怯えた目で俺を見ている。
「お前とことん歪んでるな…美緒の事を愛してるってんなら普通傷つけたりしない…」
「お前バカだな。傷つける事に意味があるんだよ」
「…愛はそんなもんじゃない…、お前の愛は歪んでる…」
俺は鼻で笑って答えた。。
「愛なんて歪んでるもんだろ」
祐介は得体の知れないものを見るような目で俺を見ていた。それを見て俺は笑えた。
祐介はあれで信じただろう。何しろあいつが欲しがっている言葉をやった。真実なんてものはあってないようなものだ。いくら本当の事を口にしようと信じたいものしか人は信じない。
家に着くと部屋に明かりがついていた。俺は中にいる人物に声をかける。
「ただいま」
少しの間があいて、か細い返事が返ってくる。
「…おかえり」
そこには俺の顔色を伺うように不安げな顔をした美緒がいた。俺は安心させるように微笑む。
俺は真央の事があったから解った。
実は最近真央に偶然再開した。その時にあの時の真実を告白をされたのだ。本当はレイプなどされていなかった。そしてフラれた腹いせに俺をレイプ犯に仕立てたのだと。
何でそんな事をしたのかと聞くと俺の気を引きたかったからだと答えた。それと試したかったのだとも。だから美緒もそうなのだろう。
何が真実かなんて知る必要はない。美緒がそうだと言うのならそれでいいではないか。俺は美緒を愛してる。それだけで十分だ。
愛なんてものは歪んでるものなんだから−−−−。
『歪んだ愛』を読んで下さってありがとうございます。
いつものごとく駄文に誤字脱字はご愛嬌という事で(笑)R-15指定にする必要もないと思うのですが…
これは最初っから大介を犯人にするつもりだったんですけど、祐介と薫でもいいなと思って犯人が違うパターンを、優柔不断で決められないので3人分書こうかと思いました。
でもやっぱ最初の大介でいいやと思って書いてたんですけど、私は話の事を考えてそのまま寝た時に夢の中でもその小説の事を書いてる事があって、起きた時に「あ、美緒の嘘でもいいんだ」という事に気づいてからまた優柔不断で決められず…
結局は美緒の嘘だという事にしました。
「真実が何か」より「相手を信じれるか」が大切だと思ったので…
私は何が正しいかなんてものは解りません。多分その人が「正しい」と思うものが正しいのだと思います。
だから、愛なんて歪んでて当たり前。恋する者はみなストーカーなんです!!……別にストーカーを推奨してる訳ではありませんので(笑)
度が過ぎるからダメなだけで…私だって昔好きな人の家とか友達と見に行った事があります(笑)
昔テレビで、片付けをしていたら自分の旦那が自分のストーカーだったと解って離婚したという話を聞いたんですけど、おかしな話だと思いました。
どんな経緯で結婚したのかは知らないけども自分で選んだくせにストーカーだと解ったから離婚って…、何かおかしいと思いません?もしかして普通ですか…??
私はよく変わってると言われるので何が普通なのか解りませんが…
私は自分の結婚相手が自分のストーカーだったと解っても、確かに軽く引きますが(笑)それでも私はそこまで自分の事を想ってくれてるのだと少し嬉しくも思います。
そこまで愛されるなんて事は中々ないと思うので。
まあ、どうでもいい話でした(笑)
長々と後書きを書きましたが、最後まで読んで下さったお方、お付き合いいただきありがとうございます。
以上です。