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第七話 マイマイはちょっとズレテイル 3

第七話 マイマイはちょっとズレテイル 3


side ステイシス


「あーーー、何とかなって良かったーーーー」

ウォルフルからのヒアリングを終え、情報を纏めるために自室に戻ったステイシスは、自分のベッドに倒れこんだ。

「まったく…カグヤの代わりだなんて、責任重大すぎて、生きた心地がしませんでしたよ~」

余裕綽々で仕事をこなしていたように見えたステイシスだったが、実は結構プレッシャーがかかっていたのである。

プレッシャーがかかっていた理由は、本人が語ったように、カグヤの代役という重大な仕事を与えられたからだった。

「何が『ステイシス隊長とお呼びしなくてはならないのでしょうか?』よ~。

 まったく三成の奴、人の気も知らないで、私は妹らしくカグヤの下で好き勝手にやっているのがちょうどいいんですよ~。

 隊長だなんて、まっぴらごめんですよ~」

実はカグヤとステイシスは、同時期にメイドスキーが作成したメイドであり、種族こそ違えど姉妹だった。

そのため、ステイシスにとってのカグヤは、上司であると同時に、頼りがいのある姉だったのである。

そんな姉が笑顔で涙を流しながら抱きついてきた時のステイシスの反応は、酷いものだった。

(姉妹なのに、タワーが建つ所だったった)

一瞬決定的な間違いを犯しかけたステイシスだったが、何とか平常心を取り戻しカグヤの話を聞くと、解釈を間違え森を燃やしてしまい、マイマイを怒らせてしまったのだと言う。

ところが、マイマイは最終的にその怒りを封じ込め、カグヤにたった二日の謹慎と言う、信じられない程の軽い罰を与えたというのだ。

なるほど、カグヤが笑顔で涙を流すはずだとステイシスは思う。

悪く言えば、えこひいきだが、カグヤに対するマイマイの想いがどれだけ深いかを表すエピソードだったからだ。

そこまでならいい話で済むのだが、問題はここからだった。


どうやら、カグヤの代わりに自分。

ステイシスが呼ばれているらしい。

ここに至って、ステイシスは物凄く心配になり始めた。

カグヤが謹慎になるというのは、これまでで初めてのことだった。

つまり、いつものように「何かあっても、カグヤがいるから大丈夫ですね~」等と暢気なことを言ってられなくなったのである。

そして、怒りを封じ込めたとはいえ、本日のマイマイは一度怒っている。

マイマイは百使徒の中で最も優しいと言われていた。

そんなマイマイが怒ったのだ。

いつも優しい人が怒った時ほど、恐ろしいものはない。

しかもカグヤ無しの状態で怒ったマイマイの元に行かなくてはならない。

正直、ステイシスは布団を頭から被って「ステイシスは本日有給を貰います!お休みですよー!!」と言いたかった。

だが、立場上行かないわけにはいかない。

そして『自分の分までマイマイ姫様をお願い!』と自分の手を持ってお願いするカグヤを無視することなど出来なかった。


マイマイの見た目はいつもと変わらない感じだったが、安心するのはまだ早いと考えたステイシスは、怒りを買わないよういつもと違いキビキビとした様子で行動する。

そしてそれは、どうやら正解だったようだ。


「第一目的は地理情報を中心とした情報の無制限の収集。

 第二目的は世界情勢を中心とした情報の無制限の収集。

 対象は、王宮近くに発見されたサウザンハウンド村。

 期限は、本日夕方5時まで。

 これに伴い、食料倉庫にあるうち、即日リスポーンする食料10tを村に贈与する権限をステイシスに与える。

 交渉開始時に、贈与する予定の全食料を村で開放し提供すること。

 そして、それとは別に情報料として1万ゴールドをステイシスに預ける。

 想定外の事態が発生した場合は、私に通信を取ること。

 交渉は、長老のウォルフルとすること。

 ただし、ウォルフルが居ない場合は、別の有力者を探し対応すること。

 なお、ステイシスは完全武装にて対応すること。

 いいね?」


この言葉にステイシスは引っ掛かりを覚えた。

相手が拒否、もしくは役に立たない情報しか持っていなかった場合どうするか、そして何故武装する必要があるのかだった。

先程の、マリスシャドーゴーストの報告を聞く限り、特に問題がある村には思えなかったからだ。

疑問を感じたことがマイマイに気付かれたのだろう、マイマイから疑問がある場合は質問するように言われる。


「は、はい!!

 二つほど疑問がありまして。

 お話から察するに、食料と金銭を引き換えに情報を得るということですが、もしも村人達が拒否したり、役に立ちそうも無い情報しか持ってなかったらどうするのでしょうかー?」


マイマイに促されるまま質問したステイシスだったが、その答えは、ステイシスを戦慄させた。


「その時は、彼らにはもう用は無いよ。

 速やかに全てを片付けて帰ってきて」


「か、かたづける…」

(用は無い!?片付ける!?


 意に沿わない奴や、役に立たない奴は皆殺しにしろってことですか!?)

とても、あの優しいマイマイが言う台詞とは思えない。

何かの間違いだろうか。

いや、マイマイはステイシスの予想通り、かなり機嫌が悪いのだろう。

(キビキビ対応して良かったですよ~いつものように行動していたら、きっと今頃…ガクブル。

 とにかく、もう一度意味を確認したほうが良さそうですね~。

 カグヤのように意味を取り違えて失敗したら、本当に粛清されてしまうかもしれません!)

失敗を恐れ、言葉の意味をステイシスは再確認しようとする。

ただ、いつもとは違う怒れるマイマイを恐ろしく感じたステイシスは、ヘタレてしまう。

(はっきりと「まさか、村人を殺せと仰るのですか!?」なんて聞いて「私の考えに異を唱える者は、我が国には不要だ」って粛清されたら怖いし。

 そんなこと言う人じゃないと信じているんですけど、万が一があったら怖いですよ~)


「あの~武器を持って行けと言われていますけど、つまりその…武器は村人を殺すために持っていくということなんですよねー?」

ヘタレたステイシスは、武器の目的を聞くという、なんとも遠まわしな言い方でマイマイの真意を聞いた。


「まあ、身も蓋も無い言い方だけど、そうだよ」


マイマイの答えは最悪のものだった。

どうやら本当に意に沿わない者、役に立たない者を殺して来いとステイシスに命じているようだった。


(ナンテコッタイ。

 百使徒のお考えは全てに優先する。

 忠誠こそ家臣の誉れ。

 と言いますけど、正直言ってワンドルフの子孫かもしれない者達を、皆殺しっていうのは憂鬱ですよ~。

 カグヤなら、命令が下ったとなれば、私情を殺して顔色一つ変えずに実行することができるかもしれませんけど、私には無理ですよ。

 もう既に、ワンドルフの顔が脳裏にチラついているんですよ~)


ステイシスはワンドルフルのことをよく知っていた。

ある日突然マイマイが連れて来たワンドルフは、いつの間にかマイマイの準家臣の一人になっていた。

そして、準家臣となったワンドルフが所属し、彼の面倒を見たのがメイド隊だった。

メイド隊唯一の男であるワンドルフは、仕事になかなか慣れず、手がかかる子だったが、メイド達には随分可愛がられており、ステイシスもワンドフルのフォローを幾度となくしたものだった。

そのため、初々しいメイド服姿で、先輩メイド達の後を顔を真っ赤にしながら必死に着いて行く姿や、メイド達の手で初めて化粧を施され「こんなの僕じゃないーー」と恥ずかしがり部屋に篭る可愛らしい姿が、今でも手に取るように思い出すことが出来た。


(それでも、百使徒のお考えは全てに優先するんですよね~。

 ああもう!

 やってやんよ!ですよー)


「わ、わ、わかりました!

 流石マイマイ姫様!

 殺る時は殺るお方ですねーー」


迷いを吹っ切るように、強引にマイマイを褒め称えるステイシスだったが、それが図らずもマイマイの真意を知ることになった。


「まあね。

 これでも、世界建設ギルドのギルド長であり、破壊神国の代表だし。

 今は私しかいないから、しっかりしないといけないと思ってね」


マイマイの答え。

それは上に立つ者が背負わされるものだった。


「あ…


 そうか、そうですよね。

 で、では早速準備に入ってよいでしょうかーあははー」


よくよく考えれば、マイマイのような立場の者が、金銭や贈り物を用意するという対等な立場で、ただの村と交渉すること自体がありえないことだった。

本来ならば、力によって強制的に口を割らすべきところだろう。

しかし、マイマイが持つ本質的な優しさからか、このような対等な交渉が行われることになったのだ。

だが、もしもその交渉が上手くいかなかったらどういうことになるだろうか。

対外的にも、対内的にも、マイマイは大打撃を受ける可能性がある。

対外的には、田舎の村と対等に交渉して袖にされた田舎の村以下の国の長、もしくは碌な情報があるはずも無い田舎の村で情報収集を行おうとし、失敗した間抜けな国の長。

対内的には、度を越えたやさしさの結果、舵取りを誤ったと家臣達の信頼を失うかもしれない。

後者に関しては(そのような馬鹿な考えを持つ家臣などいて欲しくない)と思うが、可能性が無いとは言えなかった。

このような状態だからこそ、交渉が上手くいかなかった場合は、相手を殺す必要があるのだ。

死人に口無し。

相手を殺しさえすれば、事実をもみ消すことなどいくらでも出来るからだ。

マイマイをフォローする他の百使徒がいれば、もっと他の柔軟な方法が取れるだろうか、マイマイ自身が言ったように、今はマイマイだけであり、念には念を入れ、確実な効果が期待できる『殺す』という方法を取ったのだろう。


(つまり、マイマイ姫様は、立場上殺さざるを得ないから、交渉が上手くいかなかったら殺せといっているわけですね~。

 ならば、マイマイ姫様、そして私の精神衛生上の問題のために、絶対に交渉を成功させてみせますよー!!)


「このステイシス!

 お役目をしっかりと果たしてきます!!」


マイマイの言葉と真意を完全に理解したステイシスは、これまでに無いほど気合を入れて準備に向かうのだった。



----------


(これは、殺るしか無いんでしょうか)


気合を入れてサウザンハウンド村に到着したステイシスだったがいきなり大ピンチに陥っていた。

ステイシスは武器こそ出していないものの、完全に臨戦態勢となり、その周りを武器を持った男達が取り囲んでいるからである。

といっても、状況は明らかにステイシスが優位だった。

ステイシスから発せられる、圧倒的強者の雰囲気に、男達は見るからに怯えきっていたからである。


(武器を持った男達も含めて、私なら村人全員まとめて3秒以内に殺れますね~。

 はぁ…

 早く話の分かる方、来てくださいよ~。

 本当に殺すことになっちゃいますよーー!!)


だがステイシスの陥っている大ピンチはそういう問題ではなく。

このままでは、交渉失敗=虐殺コースに一直線だということだった。


そんなステイシスの思いが伝わったのか、およそ二分後、ついに話が分かる相手がやってきた。

やってきた相手は、高齢を感じさせる深い皺が刻まれた顔をしていながら、しっかりとした足取りをしたワーウルフの老人。

(この人が交渉相手の長老ですね!)

ステイシスの直感通り、それはマイマイの話に出てきた長老のウォルフルだった。

ウォルフルは、ステイシスに出会った途端に「やり過ぎです!!」と思わずツッコミを入れたくなるほど、深々と土下座を行い謝罪する。


「なるほど、あなたはちゃんと話ができるようですねー。

 あー、本当に安心しましたよー。

 いきなり、バッドエンド一直線かと思いましたよー」


交渉が成り立ちそうな様子に、ステイシスは本気で安堵する。

そして、戦闘状態を解除すると共に、少し軽い口調で話しかける。

しかしウォルフルの方は、そのステイシスの言葉に「ははー」と頭を再度下げるばっかりだった。


(何やら妙に緊張しているみたいですね。

 いきなり、私の殺気をぶつけられたら仕方の無いことですし、下手に軽々しく対応されるよりよっぽどいいですが、あまり緊張されても交渉が上手く行きません。

 ここは一つ、マイマイ姫様の考えの通り、贈り物を出して、こちらへのポイントを稼ぐと同時に、緊張を解してみますか~)


そう考えたステイシスは、仕込んでいた贈り物を王宮から転移させ、その中の一つ、オレンジジュースが入った包みをウォルフルに開けさせる。

事前にマリスシャドーゴーストの調査情報に目を通していたステイシスは、村に水が足りないことを知っていたからだ。


ところが、ここで予想外の事態が起きる。

「何ですかこれは?」


「えっ、何か分からないんですか?

 これですよ?」


「ええ、本当に分からないんですじゃ。

 こんなオレンジ色の液体が入った…このビンのようで、ベコベコと凹む何か入ったものなど、一度も見たことが無いですじゃ」


「えーっと…オレンジジュースですよそれ。

 入れ物はペットボトルというものですよ」


「なんと!!見たことも聞いたことも無い!!」



(えーーー!?)


元より田舎者だとは分かっていたが、その度合いはステイシスの「田舎者」の概念とはレベルが違った。

(確かに田舎では手に入りにくいから喜ばれると思って持って持って来ましたけど、都会のデパートとかスーパーとかコンビ二だったら普通に売ってるじゃないですか!?

 それなのに見たことも聞いたことも無いなんて。

 まさか、一度も都会に行ったことが無いとか…)


「あはは…大丈夫かなこれ」

ステイシスは交渉の行く末が不安になってきた。

地理や世界情勢についての情報収集をマイマイから求められていたが、そもそも相手がこの田舎から出たことが無いとなると、情報そのものを持っているか怪しくなってくるからだ。

しかもここに至ってもう一つの問題が起きた。

ウォルフルが、何故かオレンジジュースに手を出そうとしないのだ。

(見たことが無い、つまり評価が定まらない故に、手を出していいのか判断が定まらないのですねー。

 それ自体は懸命な判断ですが、私としては困るんですよ)

ステイシスは、ウォルフルから目を離し、適当な人物を探す。

すると、ワーウルフの中に一人だけ、白いネコミミを持った、ワーキャットの少女が混ざっているのに気がついた。

(あなたに決めました)

単純に目立ったというだけではない。

オレンジジュースに興味津々といった様子だったため、直感的に上手く行くと感じたからだ。


タンッと地面を蹴り、少女のすぐ近くに移動するステイシス。

ステイシスにとっては、単純に移動しただけだったが、レベル差のためか、少女やその周りの村人から突然現れたように見えたのだろう。

驚いたようにステイシスを見上げる少女。


そんな少女に対し、ステイシスは安心させるように微笑むと、コップに移したオレンジジュースを差し出す。

少女の視線は、ステイシスとオレンジジュースの間を何度か往復するが、ステイシスの「さあ、あなたの分ですよ~」と言う言葉を切っ掛けにして、コップを手に取りそのまま口をつけた。


「にゃーーーー!!おいしいーーーーーーーーーーー!!」


(計画通り!)

甲高い声が辺りに響き渡る。

少女の目は、爛々と輝いていた。


「オレンジジュース以外にも、色々あるから食べてみますかー?

 ダブルチーズハンバーガーとかどうです?」


すかさず、贈り物の中からワーキャットとワーウルフが特に喜びそうなものを選び。

少女に差し出す。

それは、予め暖めてあったダブルチーズハンバーガーだった。

その効果はステイシスの予想を遥かに超えるものだった。


「すごーい!!お姉ちゃん見て!!パンにこんなに大きなお肉が挟んであるよ!!!!」


「「「おおおおお!?」」」

少女は、姉と村人達にダブルチーズハンバーガーを見せ、村人達が必死な様子でそれを見つめる。

(ハンバーガーごときにここまで大騒ぎになるとは…

 ダブルチーズハンバーガーが大好物だったワンドルフですら、ここまで騒いだのを見たことありませんよ!?

 いったい今までどんなに酷い生活を…何だか不憫に思えてきました。

 でも、一気にチェックメイトです)

ステイシスはあまりの効果に、驚くのを通り過ぎて村人達を不憫に感じてしまうが、今がチャンスと一気に勝負に出る。


「皆さん、喉が乾いているだけじゃなくて、お腹も空いているんですよねー?

 遠慮せずに、じゃんじゃん飲み食いしちゃって大丈夫ですよー?

 まだまだいっぱいありますよーーー」


包みを解くコマンドを出し、一気に贈り物を村人達の目に晒す。

アドリブで思いついた演出だった。


「「「うおおおおおおお!!」」」


ワーウルフは食べ物に弱い。

ステイシスが、ワンドルフや、ワンドルフが連れて来た他のワーウルフ達で学んだことだった。

そして、その法則は千年後のワーウルフに対しても同じだったようだ。

呆然と佇むウォルフルを除き、老いも若きも贈り物に殺到し、それを口に運ぶ。


(懐柔完了ですねー)


懐柔が上手く行き、ステイシスは一息つく。

(後は情報を聞きだすだけです)

そして、後一押しだと気合を入れ直したステイシスは、次の手に打って出た。

ちょうどいいタイミングで、贈り物の見返りの話を持ってきたウォルフルに対し、事情を説明する。

そして、アイテムボックスに入った金貨入りの袋を引っ張り出し、これみよがしに地面に置いたのである。


物を買う場合、こちらのカード、つまり支払い限度額を相手に見せるのは、下策である。

それが分かった上で、あえてステイシスは1万ゴールドという手の内を晒した。

ステイシスの知る限り、1万ゴールドとは小さな村の雑貨屋の商品を全て買い取ったらそれで無くなる程度の金額であり、正直高いとは言えない額だった。

だが、地理情報と世界情勢の情報を得るための金額としては十分過ぎる金額だったのである。

つまり、あえて定石を破り、情報を得るには多すぎる程の現金を目の前に見せつけることにより、心理的にウォルフルに揺さぶりをかけようとしたのだった。

もちろん、金額を示したことにより、ウォルフルが1万ゴールド全てを手に入れようと、情報の金額を相場より引き上げてくる可能性もある。

しかしステイシスは、その点について、既に対策を取っていた。

「頂いた情報の価値を私が判断し、それに見合う料金をお支払いするということでよいですかー」と伝え、情報内容に払う金額はこちらが決める。

つまり、交渉決裂も辞さないという強気の姿勢を見せることにより、情報料の引き上げを牽制したのだった。


といっても、この強気の姿勢はブラフである。

ステイシスは遠目に見える、贈り物を大喜びで口に運ぶ村人達を見て…

(正直言って、交渉決裂になったら私はあなた達を殺さなくちゃいけないので、本当は交渉決裂なんて勘弁して欲しいですよ~。

 まともな精神状態のまま殺せる自信が無いですよ~)と思っていたからである。


どの程度の情報をウォルフルが出してくるか?

金貨が入った袋を覗くウォルフルをステイシスは緊張した面持ちでじっと見つめる。

だが、問題はそういったレベルの物ではなかった。


突然、ウォルフル顔が青くなり、フラリと倒れそうになる。

ステイシスは慌ててそれを支えるが、その後のウォルフルの言葉に更に慌てた。


「これほどの額に見合った情報、とても私達には用意できません」


ウォルフルは、持っている情報では、とても金額に見合わないと言い、情報の提供を拒否し始めたのである。


「洗いざらい買っても、見合う情報はありませんかー?」


「それでもやはり見合う量の情報を用意できません。

 正直なところ、先程いただいた贈り物に見合う情報すら用意できない有様なのです。

 ですので、このお金をいただく訳にはいきませんのじゃ」


しかもそれは、洗いざらい買ったとしても金額に見合うものを用意できないだけではなく、現在渡している贈り物に見合う情報すら無いと言うのだ。


「情報提供の拒否ではありませんが、これは不味いかも知れませんよー」


予想以上の情報の無さにステイシスは不味いことになったと思う。

ただ単に情報を買うだけなら、少ない情報を強引に高額で買う。

もしくは、タダで情報を提供されたとすることも出来るが、マイマイはそもそも、役に立ちそうも無い情報しか持ってなかったら、殺せとステイシスに命じていたからだ。


「では、このお金を全てあげますので、今後定期的に情報を提供するというのはどうでしょうかー?」


そこで、定期的に情報を提供するという案をステイシスは考え出した。

情報を定期的に提供することにより、今すぐは役に立たなくても、将来に渡って色々な情報を渡すというのなら、マイマイも今後の有用性を考えて殺す必要は無いと考えるのでは?

と考えたからだ。


だが、ウォルフルの表情は歪み、明らかにその提案を断ろうとしていた。


(何考えているんですかこの人はー!?)

ウォルフルが思い通りに動いてくれないこと、そして状況の不味さに、ステイシスは追い詰められ憤慨する。


(こうなったら、最後の手段ですよ~!!)

そしてついに、強攻策に打って出た。


「何やら、こちらの提案を受けるかどうか悩んでいるようですけどー。

 拒否したらどうなるかってことをよーく考えてくださいよー?」


「うう!!」


できる限り冷たい笑顔を作り、ウォルフルの耳元に口を近づけ、囁く様に言う。

そして、ウォルフルに見せ付けるために、武装をアイテムボックスから転送し装備する。

装備した武器は『BNN-2049式ライフル』通常弾から各種状態異常を引き起こす特殊弾まで撃つことができる汎用性の高い銃だ。


「私なら、3秒以内にこの村の全員を殺せます。痛みも無く」


「!!」


それは事実だった。

ステイシスの実力なら、村人達がどれ程抵抗しようとも、そしてどれ程逃げ隠れしようとも、3秒以内に痛みを感じること無く全滅させることが出来た。


「最初の卑屈な態度からあなたは分かっていると思いますけど、今回の提案を持ちかけてきた相手がどれ程の立場と力を持っている存在かよく考えてください。

 本来ならば、強制的にあなた達の口を割らすことも可能な立場と力なんです。

 そんなお方が、身分不相応という意見が出るのを承知で、こうやって対等な立場で交渉のテーブルについているわけなんですよー?

 それを拒否する。

 つまり、顔に泥を塗るような行為をすれば、たとえ提案を持ちかけてきたマイマイ姫様の内心があなた達の抹殺を望んでいなくても、立場としてはそれを行わなくてはいけないのです。

 わかりますか?」


ウォルフルに殺気をぶつけた上で、自分達の事情と、ウォルフルが置かれた立場を懇切丁寧に説明する。

どう見ても完全に脅している訳であり、金銭を対価とした交渉を行うという本来の目的から外れた手段だったが、このまま何もしなければ村人が全滅するということが確定していたため、村人の命を守りつつ情報を得るために致し方のないやり方だった。


そしてその脅しは良いほうに転ぶ。

ステイシスの最後の手段は成功した。


(あんなに無邪気な顔でマイマイ姫様を称える村人を殺す結果にはしないでくださいよ~)

何やらマイマイを称え始めた村人を適当に相手しながら、祈るようにウォルフルの反応を待つステイシスに、ついに声がかかる。


「ステイシス様、こちらから提案があるのですが」


「なんでしょう」


これまでとは違う雰囲気に、ウォルフルが重要な言葉を発しようとしていることが分かる。


「情報を買うのではなく。

 この金貨一つで十分ですので、我らを村ごと買い、破壊神国の民として貰えませんか?

 そうしていただければ、情報を永続的にマイマイ姫様に献上するだけではなく、ワシ等にできる限りのことをしますですじゃ」


(村ごと買う!?




 なるほど、その手がありましたか!)


「あなた方がマイマイ姫様の神民となり、永遠の忠誠を誓うわけですか、なるほどー。

 まったく、商人は、自らを商品として売ると言いますが、あなたは村ごと売りますか。

 面白いですねー」


ウォルフルの提案は自分達の買取だった。

何故半永久的な情報提供が駄目で、1ゴールドでの自分達の買取なら大丈夫なのか、理由が分からないところだったが、それは悪くない提案だった。

1ゴールドという破格の値段で神民を迎え入れたということになれば、交渉を提案したマイマイの顔も立ち、情報の質が悪いからと殺す必要が無くなる。

そして、先の定期的な情報提供案と同じく、情報が半永久的に入るため、今すぐは価値の低い情報しかなかったとしても、長期的に見た場合、価値がある情報が出てくる可能性があり、その点からもマイマイが殺すことを取り止めると考えられるからだ。

マイマイの指示にない展開だったため、マイマイに確認する必要があったが、ステイシスにとっても、とても魅力的な提案だった。



だが、ステイシスにはマイマイと連絡を取る前に、一つだけ確認すべきことがあった。

「どうして、マイマイ姫様の民になろうとしたのですか?」

あそこまで脅迫しておいて、自分でも何を言っているのかと笑いそうになるが、これは必要なことだった。

質問の意味が分からないのだろう、ウォルフルに迷いの表情が生まれる。

ワーウルフ達の声をBGMに聞きながら、ステイシスはウォルフルが答えを出すのを静かに待った。

そして、30秒ほど経っただろうか、ウォルフルの口が開かれた。

「我らは、どこの国にも所属しておりません。

 それ故に、マイマイ姫様が冒険者からライとシイを助けて頂いたように、時には理不尽で恐ろしい目に会うことがあります。

 しかし、世界と理の統治者という名の通り、我等の様な田舎者にも礼節を持って対応していただいたマイマイ姫様の元に下れば、そのようなことはなくなりますでしょう。

 マイマイ姫様の民となれるなら、金貨1枚でも十分お釣りがきます」

深々と頭を下げながら語るウォルフル。

事情を知っているステイシスの立場から聞けば、歯が浮くような台詞に聞こえるが、これこそが望んだ言葉だった。

「脅されて、民になりましたと公言するようじゃ、お互い不幸になるだけですからねー。

 村人にも不平不満が溜まりますし、家臣達も『不満を持つ神民など不要!』等と言いだす可能性がありますからね~。

 本当に話が分かる方で助かりましたよ~」


真の事実はステイシスとウォルフルで封印し、双方にとって都合の良い建前を事実とする。

この共通認識をステイシスとウォルフルの間で持つことができるか。

これが、ステイシスが事前に確認すべきだと考えたことだった。


「い、いえ。

 これでも、交易商をしておりましたからな…

 このような経験の一つや二つ…」

なんとも、疲れた顔をしてウォルフルが答える。

その顔は、贈り物を頬張っている村人達とは対照的だった。

(交易商だったのですか!?

 その割には、ペットボトルを知らないとか…相当貧しい交易商だったんでしょうね。

 可哀想ですね。

 

 とにかく、立場上仕方が無いのですが、一人だけ心労をかけさせてしまいましたね~。

 よく頑張ってくれましたよ。

 ここの村人達が無事神民となった暁には、このお爺ちゃんが楽が出来るよう一肌脱いであげますか)

ステイシスはウォルフルに対し、後ほどしっかりと埋め合わせをしてあげることを心に誓う。

ウォルフルの抵抗によって交渉が脅迫混じりの展開になった部分もあるが、ウォルフルがいなければ今回の交渉が上手く行かなかったであろうことは事実であり、ウォルフルは交渉成功の立役者であると言えた。

だが、今現在、ウォルフル自身が一番可哀想な立場になっていたからだ。


(それでは、ウォルフル氏の頑張りが無駄にならないように、マイマイ姫様とお話してみますか~。

 何だか緊張してきましたよ~)


「そのまま、少し待っていてください」

ステイシスはそうウォルフルに伝えると、少しドキドキしながら『通神鬼』と書かれたお札を取り出し、それに心を集中した。


(マイマイ姫様に接続!)


『キイ!』

脳裏にデフォルメされた鬼の男の子が現れ、紐を持ってどこかに走っていく。

すると、走った先に同じくデフォルメされた鬼の女の子が現れた。

そしてその二人が手を繋ぐと…


風にはためく黒いスカートが見え始めた。

そして、視点がに徐々に後ろへと下がり、スカートを穿いている人物の全体像、マイマイの姿が見えてくる。

だがそれは、先程ステイシスが実際に見たマイマイとは随分と雰囲気が変わっていた。

マイマイの背中に、交差するように二本の杖が背負われているという違いがあったが、最も違うのはその表情だった。

正門の屋上から張り出すように作られたバルコニーで、腕を組みながら仁王立ちするマイマイは、同じ女性であるステイシスが、思わずドギマギするほど凛々しい表情をしていたのである。


『ステイシス、大丈夫か!

 直ぐに応援に行く!』

ステイシスの通信を、何らかの救援要請だと思ったのだろう、背中の二本の杖を両手で抜きながらマイマイがステイシスの心配をする。


「いえ、違います。

 ウォルフル長老が村を買ってくれと提案してきました。

 わが国への移籍希望ですので、ご判断を仰ぎたく~」


ステイシスは、慌てて通信を入れた理由を説明する。


『どうしてそうなった。

 で、条件は?』


「条件は今のところ1ゴールドで買い取って欲しいということだけです」


『随分と安いな!

 でもまあ、中には何とか移民させてくれって感じで、逃げ込んで来るのも多かったから、おかしな額ではないか。

 考えられるメリットは、神民の確保か。

 神民となれば、情報も同時に手に入るな…

 だが、本当に1ゴールドで大丈夫なのか!?』


「はい、そうみたいです~。

『我らは、どこの国にも所属しておりません。

 それ故に、マイマイ姫様が冒険者からライとシイを助けて頂いたように、時には理不尽で恐ろしい目に会うことがあります。

 しかし、世界と理の統治者という名の通り、我等の様な田舎者にも礼節を持って対応していただいたマイマイ姫様の元に下れば、そのようなことはなくなりますでしょう。

 マイマイ姫様の民となれるなら、金貨1枚でも十分お釣りがきます』

 とウォルフル長老が言っていまして、是非とも神民になりたいそうです~。

 ただ一つだけ問題がありまして、正直言って村の状況が酷すぎますので、色々お金を投入しないといけないかと~」


『は、はは…うん、理由は分かった。

 亜人の扱いの酷さは、よく知っているからな。

 でも、最後の村の状況が酷すぎるっていうことの意味が分からないんだけど、どういうこと?』


マイマイは何故か苦笑いすると、村の状況が酷すぎるという言葉の意味を聞いてくる。

流石のマイマイも、あまり予想していない事態だったようだ。


「実は、ペットボトル入りのオレンジジュースを始めて見たと言ったかと思うと、ダブルチーズハンバーガーが物凄いご馳走だと大騒ぎする有様でして。

 小奇麗にしていますけど、よく見ると服も家も随分とボロッちいです。

 正直言って、田舎者と言うより、未開人を相手にしているみたいなんですけどー」


『…それは酷い。

 わかった、じゃあ余ったお金をステイシスの自由にしていいから、王宮の復旧作業をしている家臣の何人かを引き抜いて、神民らしい生活が行えるようにしてやってくれ。

 あ、もちろん報告の後でいいし、文句言う家臣がいたら、私の命令だって伝えていいから』


「ということは、神民として迎え入れるということでいいでしょうか~?」


『ああ、基本的には、来る者は拒まずが私達のモットーだからね』


「分かりました~」


(やりましたよ~やりとげました!マイマイ姫様の希望を叶えつつ、皆殺しも無しですよ~)

「神に仕える民」という意味の神民とは、所謂国民のことだった。

つまり、この瞬間、ウォルフル達は新たな破壊神国の神民となり世界建設ギルドの仲間となったのだった。

ステイシスは一気に肩の荷が下りた気分になる。


「このお話お受けいたします。

 あなた方は、ただ今より破壊神国の神民となりました~。

 はい、パチパチパチ」


そのため、完全に外向きの態度が崩れてしまう。

その様子にウォルフルが困惑しているのを感じたが、少しテンションの上がったステイシスにとっては、細かいことはどうでもよかったのだった。


----------


そんなこんなで、無事情報を集め終えたステイシスは、冒頭のように自分の部屋で少し休んだあと報告書をまとめ始めた。

だが、その作業は途中でピタリと進まなくなってしまった。

(まずいですよ~。

 単純にウォルフル氏から聞いた地理関係や世界情勢の情報をまとめるのなら簡単ですが、それだけをまとめて持っていったら、無能だと思われてしまいます。

 考察を加えて、ウォルフル氏の情報では足りない部分を補完し、可能なら更なる事実を明らかにしないといけません!!

 この帳簿に、そのための重大なヒントがあると思うのですが、私じゃ専門外のことばっかりです!)

それは、カグヤというチェック役兼助言役がいないということもあったが、ステイシス自身がウォルフルから聞き取った地理関係や世界情勢の情報を単純に取りまとめるだけでは、納得していないからだった。

何故納得しないかというと、マイマイから地理関係と世界情勢の情報を集めろと命令が出ていたが(言われた事しかできないようじゃ、家臣失格です。マイマイ姫様念願の世界征服のため、いい報告書をまとめますよ~)とステイシスが意気込んでいたからである。

しかしながら、その意気込みとは裏腹に、ステイシスの筆は完全に止まっていた。

ステイシス達幹部クラスのメイドは、百使徒の秘書としての役割も求められるため、幅広い知識を持っていたが、あくまでそれは専門的な知識では無かったからである。

(日が大分傾いてきましたね。

 どうしよう~~!!!!

 別に忙しいわけじゃないけど、猫の手でもいいから誰か貸して~)

夕方になっても筆が進まない状況に、ステイシスは少し泣きが入り、考察の資料のために持ち帰った交易商達の帳簿を意味も無く開け閉めする。


だがそこに、颯爽と救世主が現れた。


「ステイシス~どうしたの~ポンポン痛いの~?」


突然部屋に響く、甘ったるい声。


「いったい何ですか!?」


それと同時に、勢いよくステイシスの部屋の扉が開くと、人を軽く踏み潰せるような巨大な猫の手がにゅっと現れ、続いて愛らしいネコミミ少女の上半身が現れた。


「ミーアですか、いったいどうしたんですか~?」


窮屈そうにステイシスの部屋の扉を潜って来たのはミーアだった。

「大丈夫なの?

 うーん、うーんって辛そうな声が出てたよ?」

どうやら、無意識の内に声が出ていたらしい。

それをミーアの大きなネコミミが捉えたようだった。


「大丈夫ですよ~。別にお腹が痛いんじゃなくて、報告書が上手くまとまらないだけですから~。

 考察がまったく進まないんですよ~」


「報告書?」

不思議そうな顔をして、ステイシスの書類を覗き込むミーアだったが、直ぐに意味を察したミーアは、尻尾がピンっとなり、キリッとした表情になる。


「こういうところは、私の得意分野だから手伝ってあげるよ?」


「本当ですか!!助かります~」


参謀として百使徒を支えてきたミーアにとって、分析という作業は、十八番だったのである。

ミーアの参入によって、一気に作業が加速する。

といっても、ミーアの参入は夕方だったため、結局報告書をまとめ終わったのは午後8時のことだった。


だが、ステイシスは報告書がマイマイに喜ばれるという自信に溢れていた。

ミーアの分析と手伝いを受けながら情報を整理したところ、予想以上に有益な情報が揃っていたからだ。

ウォルフルが元交易商であり、村に何人もの交易商経験者が居たため、情報自体は沢山集まっていた。

だが、ヒアリングした段階ではそれらの情報は断片化しており、一見すると『それなり』の情報に見えたのだが、それを繋ぎ合わせると、それぞれの関連性が見え『有益な』情報に変わったのである。

(交易商の情報というのは本当に役に立ちますね~。

 どの街にどうやって行ったかという情報だけではなく、どの時期に、何の物資がどこに行くかという情報を集めれば、その国の状況を透かして見ることができますからね~。

 ただの噂とウォルフル氏が言っていた情報も、帳簿と合わせると、裏が取れたりして面白いです~。

 これなら、世界征服を目指すマイマイ姫様が喜ぶこと間違い無しですよ~)

ミーアとステイシスの二人で作成した報告書は、少なくともあの村から手に入る情報としては、最高レベルのものであるとステイシスは自負していた。


「ステイシス頑張ってね!

 ミーアは、お歌を歌って待ってるから、何か困ったことがあったら連絡してね!」


「ミーア、今日は本当にありがとうございます~。

 この報告書なら、きっとマイマイ姫様も満足されると思いますよ。




 そうだ、報告が終わったら、毛繕いを手伝ってあげますよ~」


「ホント!?

 わーい~!

 毛繕い楽しみだな~」


「楽しみにしててくださいね、では行ってきます」


「行ってらっしゃい!」

ゴロゴロと喉を鳴らし始めたミーアを自分の部屋に置いて、ステイシスはマイマイの元へと向かう。

その右手には『サウザンハウンド村調査 報告書』と書かれた分厚い紙の束が握られていた。


----------


side マイマイ


『第3章 食料輸出量から推察した、各国の食料自給率』

『第4章 輸送魔法関連資源から推察した、各国の魔法技術力』


チラリと書類を覗いたマイマイは、それをすぐに閉じる。

マイマイの前には、『サウザンハウンド村調査 報告書』と書かれた分厚い報告書が置かれていた。


「あははは…す、凄いねこれは。

 随分と気合を入れて作ったんだね」


「はい!マイマイ姫様のために、考察をばっちり入れましたよ~」


ちょっと周りの状況が知りたいなー、程度に思っていたマイマイにとって、考察入り、つまり論文がついた立派な報告書は想定外の代物だった。

そのため、胸を張るステイシスの前で、マイマイは目を白黒させる。


(どうしてこうなったの!?)

何がどうなってこうなったのか、原因が分からないマイマイは考えを巡らす。

「考察?

 あれ、考察作れって私言ったっけ!?」

すると、そもそも考察を作れと言っていないことに気がつき、思わず口に出してしまう。


「ええ!?

 考察を入れては駄目だと言われていなかったので、もしやこれは、私もカグヤと同じようにやってしまったのですかー!?」




「また私のせいか!!!」


マイマイの言葉に、ステイシスが大声を上げるが、それを掻き消すほどの大声がマイマイから発せられる。

(しまった、考察を入れては駄目とは言ってなかったよ!!)

またまたやってしまったと、マイマイは若干落ち込む。

だが、そもそも、考察を自分で行うなど、これまでのNPCでは考えられないことであり、マイマイのミスは仕方が無いことだとも言えた。

(でも、ここまで家臣が高性能化しているとは誰も思わないよな)

そのことにマイマイ自身も気がついたことから、カグヤの時とは違い、マイマイは素早く立ち直る。

そして、不安そうな目でマイマイを見つめるステイシスの存在に気がついた。


(ああもう、あんな「考察を作れって私言ったっけ」なんて言ったら、作ったことを非難しているみたいじゃないか。

 まったく私は、気が利かないな。

 せっかく私のために頑張ってくれたのに!)


「ステイシス、今のはあくまで確認しただけで、考察を作ったことを非難しているわけじゃないから、安心してね」


「そ、そうだったんですか~」

ステイシスは、明らかにホッとした様子になる。


「そうだったんだよ、じゃあ早速読ませてもらおうかな?」


誤解を解き、ステイシスを安心させようと、マイマイは早速資料を開いた。

すると、ページ毎にびっしりと並んだ難しそうな文章がマイマイの目に入ってくる。


(ふむふむ…)


それを頑張って読み始めたマイマイだったが…


(なるほど、眠気がしてきた)


文章がまるで、子守唄の歌詞のように見えてきたのである。


実はマイマイは、ステイシスが訪問してきたあたりから、既に眠気に襲われていた。

リアルなら、まだ十分に起きている時間である8時台であるため、最初は何かの間違いだと思ったが、眠気はどんどん強くなっていく。

そこに来て、止めを刺すように、この難しい文章である。

(うん、無理!)とマイマイは思うのに、然程時間はかからなかった。

といってもこの報告書を読まないわけにはいかない。

もちろん、ステイシスには申し訳ないが、現状ではその全てではなく、地理情報と政治情勢を抜粋して読めばいいだけなのだが、それを報告書の中から探すだけでも一苦労だった。

(明日に延期しようか)

そのため、眠くて仕方の無い今日ではなく、明日に延期することをマイマイは思いつく。


「どうですか、どうですか~!?」


「う、うん。今読んでるからね!」




(これじゃ、延期なんて言い出せないよ!)


ところが、とても延期を言い出せる雰囲気ではなかった。

ステイシスは、本当に一生懸命これを書いてくれたのだろう。

ピコピコと蝙蝠のような羽を動かし『早く読んで欲しい!』『そして感想を聞かせて欲しい!』という雰囲気を全身から発していた。


(どうしよう…読めば読むほど眠気が増大して、何度読んでも全然頭に入ってこない)


「どうしましたかー?」


そんなマイマイの困り顔を取り違えたのだろう、ステイシスがマイマイに聞く。


(どうしましたも何も、読めば読むほど状況が悪化して…



 誰か変わりに読んでくれたらいいのに。


 あ、そうか。

 別に自分が読まなくてもいいんだ。

 内容が分かっているステイシスに、要旨を説明するように頼めばいいんだ。

 普通のNPCなら、そういうのは難しいはずなんだけど、こんな報告書をまとめられる時点で、そのぐらい可能だと考えるべきだよね)


そこでマイマイは気がついた。

別に自分で必要な場所を探して読むのではなく、ステイシスに口頭で説明させればいいということに。

これまでのエバー物語なら、口頭で説明できるように調整したNPCしか不可能なことだったが、今のエバー物語のNPCなら十分可能に思われた。


「ステイシス、悪いけど説明してくれないか。

 地理情報と政治情勢。

 そして、それらを補完する考察について、要旨を説明して欲しい」


「え!?

 本当によろしいのですかー!?

 こんなこと言われたの初めてです!!」


「初めて?

 何事も経験することが大事だ。

 是非ともお願いする」


「わかりました!!!」


マイマイは、まるで後輩や部下に諭すように言うが、ステイシスの驚きは説明するのが嫌だからでは無かったようだ。

自分の書いた文章に対して、初めて説明を求められたことが嬉しかったのだろう。

ステイシスは嬉しそうな顔をして説明を始める。


(これで何とかなりそうだな…)

その様子に、何とか眠気に耐えながら内容を把握することができそうだとマイマイは安心する。

ところがマイマイは一つだけ忘れていることがあった。


難しい文章読むのではなく、それを声で聞くほうが遥かに危険だということに。


子守唄的な意味で。



結局マイマイは『眠気すっきり!!赤ヒゲ男爵』と書かれた激辛ドリンクを、「ちょっとトイレ」等と嘘をつきながら、こっそりと飲むことになるのだった。



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○近隣の大国

※ウォルフル達のヒアリング情報を帳簿資料と考察により補完している。そのため、事実とは異なる可能性がある。


・神聖オルトラン王国

四カ国連合の一角、オルトラン王国の後裔国家の一つ。

サウザンハウンド村から唯一道が繋がっているイシス辺境伯爵領が所属する国。

肥沃で平坦かつ広大な支配地域を持ち、近隣諸国で総合的な国力が最も大きい超大国。

しかし、その肥沃な土地のために貴族が政争に明け暮れる余裕ができ、国民の生活水準は決して高くない。

また、裕福な大貴族が多いことから、王家の力が相対的に低くなっており、貴族の自治権がかなり高く、その総合力を発揮し辛い。

魔法関連資源の輸入が活発なほか、王立魔術アカデミーがあり、魔法技術はなかなか高い。

これら以外の特徴として、伝統的に亜人の集落が各地に点在しており、亜人の人口も多い。

そのため、王都オラトリオの中枢部には奴隷以外の亜人は立ち入り禁止となっている一方、王都近郊には亜人が集まる区画が存在していたりする。

しかしここ数年、一部の貴族が亜人の自治権を犯し、土地や金や命を奪っているとの噂があるとのことだったが、考察によると亜人製の商品の生産量が一部地域で激減しているため、ほぼ間違いなく事実とのこと。


・レーヴェ大公国

四カ国連合の一角、オルトラン王国の後裔国家の一つで、第78代オルトラン王の後継者争いの結果生まれた国。

神聖オルトラン王国と大河を挟んで存在し、神聖オルトラン王国程ではないものの、比較的肥沃な土地が多い。

近年、亜人の自治領を強引に併合しているほか、国内産業の振興に努めるなど、富国強兵を進めているが、総合的な国力は依然として神聖オルトラン王国に大きく劣るらしい。

だが、地母神教をかなり積極的に支援しているらしく、その見返りとして外交面等で地母神教会の支援が手厚く、神聖オルトラン王国に対抗しているとのこと。

中央集権化が進められ、神聖オルトラン王国より政争は少ないものの、地母神教会への積極的な支援により国民は搾取され、生活水準は決して高くない。

神聖オルトラン王国の王立魔術アカデミーから分派したレイネン公爵記念アカデミーがあるが、魔法関連資源の輸入が少ないことから、魔法技術はそれほど高くないと思われる。


・羅帝国

四カ国連合の一角だったフルトン共和国の後裔国家を「自称」する帝国。

同じ領域を根拠地として持っている以外、フルトン共和国との関連性が見出されない。

1000年前には存在しなかった国家で、戦闘凶集団として有名だった羅ギルドと何らかの関係があるかもしれない。

フルトン共和国の領土だった大陸北部方面をその根拠地として持ち、そこから更に北部、そして東部へと戦争にて領土を拡張した軍事大国。

支配地域の広さだけなら近隣諸国で最大だが、領域の大半は山岳地帯や寒冷地など痩せた土地。

人族国家、亜人自治領問わず、国境を接しているいくつかの辺境勢力と戦争を繰り返しており、現在も戦争が続いているとのこと。

なお、強力な権限を持つ皇帝が国を統制しており、軍隊も全て皇帝の統治下にある。

鉱物やそれを加工した各種金属、木材等の資源の輸出が多い一方、食料等の輸入が多い。

また、傭兵として各国から大量の人員を雇い入れているらしい。

辺境の亜人自治領と常に戦争をしているためか、亜人に対して厳しい国柄であり、ウォルフル達も滅多に近寄らないとのこと。

そのため、これらの情報は全て人族の交易商から聞いた話とのこと。


余談だがミーアの考察によると『各国の飢餓の兆候と、羅帝国の傭兵の大規模雇い入れ及び辺境国家への軍事侵攻が連動して起こる傾向にあるため、口減らしのために侵略戦争をしている可能性あり。つまり、国を機能させるシステムとして侵略戦争が組み込まれている可能性がある』とのこと。

仕方が無いことなんだろうけど、なんだかなあ。



・自由都市連合

都市国家の連合体で、その構成国は多種多様。

土地は変化に富んでいるが概ね肥沃。

流通網が整備されているため、商業が発展しており、その影響からか豊かな国も多い。

また、都市国家の合間を埋めるように亜人の独立集落が点在しており、亜人を隣人として受け入れている都市国家が多い。

そのため、ウォルフル達は、自由都市連合と神聖オルトラン王国の間を主に交易していたらしい。

なお、これらの都市国家の大半は、ハイナン連邦が皇国との戦争に敗れた際に、分離独立したことによって生まれたため、新ハイナン連邦とは仲が悪い。

現在の連合の中心となっているのは、AKIBA超大国。

1000年前から存在するとの噂だが、考察によると事実の可能性が高く、とある同人誌サークルが作ったAKIBA超大国そのものの可能性ありとのこと。

因みに、超大国となっているが、超大国ではなく当時、そして今も都市国家クラスの国。


・新ハイナン連邦

8人の『ロード』と呼ばれる魔法使いが共同で統治する魔法使い至上主義国家。

四カ国連合のハイナン連邦が皇国との戦争で滅んだ後、独立した都市国家の一つ、ナイトホールが周りの都市国家を併合し成立した国家。

ハイナン連邦の復活を国是としているため、自由都市連合とは現在冷戦状態。

魔法技術は、近隣国家の中で最高だとの噂であり、王立魔術アカデミーの元になった『塔』と呼ばれる組織もあるという話だが、事実上鎖国状態のため、詳細は分からないとのこと。


・ソンソフレンス共和国

四カ国連合時代から残っている唯一の四カ国連合国家。

共和制国家であり比較的善政を行っている。

国が豊かで人口も多く、国民の生活水準も比較的高い。

しかし一方で、意思決定が遅い傾向があり、羅帝国や新ハイナン連邦から稀に侵攻を受けることがある。

そのため、伝統と金だけの国家と蔑まれる傾向があるが、ミーアのコメントによると、1000年間生き残っている時点で、甘く見るのは危険とのこと。

遠隔地であるため、ウォルフルが実際に訪れたことは殆んど無いとのことだが、亜人も多く住む比較的良い国だったとのこと。


・皇国

1000年前には存在しなかった国家。

近隣の大国としては唯一の亜人国家であり、多民族国家。

四カ国連合及び、その後裔国家と現在も冷戦状態にある。

過去に6回、四カ国連合及びその後裔国家と戦争を行っており、四カ国連合のフルトン共和国とハイナン連邦が滅びることになった原因。

『永遠の皇女』と呼ばれる1000年以上存命の女性がおり、現在はその曾孫の女性が第一線に立って統治している。

四カ国連合の軍隊を一人で足止めしたとか、ハイナン連邦を滅ぼした際に、亜人の自治領と最低限の権利を地母神教会に飲ませたと言われているが、あくまで噂であり裏は取れていない。

因みに、永遠の皇女は人族国家では『皇国の魔女』と呼ばれ恐れられているとのこと。

ウォルフルは一度だけ訪れたことがあるらしいが、かなり立派な国だったとのこと。


○国以外の主な地名


・地母神教会領

各地に点在する地母神教会の直轄領で、聖都メガセンラグウが総本山。

独自の徴税、独自の軍隊、独自の裁判・行政・立法府を所持しており、事実上の独立勢力。

ウォルフル達は一切の立ち入りを許されないため、詳細は分からないが、亜人にとって最も危険な勢力と言われている。


・不干渉地域

地母神教会によって、領有権の主張や国としての進出が禁止された地域。

破壊神国の初期領土。

つまり、現在マイマイがいる王宮と王都跡、そしてその周囲に広がる広大な森も、どうやらその対象になっているらしい。

原因は不明。

因みに、他にもいくつかあり、そのうちの一つはドラゴン王というドラゴンが統治する土地らしい。


・辺境国家

四カ国連合から見て、その名の通り辺境にある国家を一纏めにした言葉。

色々な国があると言われているが、詳細は分からない。

皇国並みの亜人の大国、四カ国連合並みの力がある国、海の向こうにある国、空を飛んでいる国などの噂があるが、あくまで噂でしかない。


・亜人自治領

亜人達の住処。

各国に点在している。

なお、辺境には国家と名乗る大規模な自治領が存在するらしいが、地母神教会はそれらを国家としては認めていない。

地母神教会から公的に認められている亜人国家は皇国のみ。


・絶望の大地

この世の果てにある、死を振り撒く恐ろしい場所と言われている大陸。

ステイシスの予想によると、サラディス魔王の居城があった『死の大陸』のこと。


(ステイシスの報告をまとめると、こんな感じかな。

 



 絶望の大地とか…

 私の黒歴史が千年後も残っているとか、なんという公開処刑。

 それはとにかく、他にも各国の周辺に存在する中小の国や独立勢力に関する記載もあるけど、他のプレイヤーと接触するとか、状況を更に調べるという今の目的を考えると、それらはとりあえず無視だな。

 今は、近隣の大国のどれに向かうか?ということに的を絞るべきだな。

 しかし、あくまでウォルフル達が持っている地理情報が、徒歩での行動を前提としたものだけだったというのは、誤算だったな。

 よくよく考えれば分かることなのだが、徒歩での行動だなんて最近少なかったからなあ)


ウォルフル達から近隣各国の情報を手に入れたマイマイだったが、一つだけ誤算があった。

それは、ウォルフル達が持っている地理情報が、徒歩での移動を前提とした情報だったからである。

そのため、これらの国へ行くためには、徒歩で確認できる目印を一つひとつ確認しながら、ウォルフル達が通った道をなぞる様に進まなくてはいけないのである。

つまり、マイマイは近隣各国の情報を集めたものの、現在の情報では、どう足掻こうとも最初の訪問場所は神聖オルトラン王国になってしまうのだった。


「やはり確実な目的地は、神聖オルトラン王国だな。

 確か報告書によると、近くにイシス辺境伯領というのがあって、そこに比較的大きな町があるんだよな?」


「その通りです~。

 神聖オルトラン王国の王都オラトリオより、イシス辺境伯領の方が遥かに近くで、それなり発展しているようです~」


「なるほど、それじゃ、とりあえずの目標はイシスだな。

 ステイシス、今日はもう遅いから明日起きたら荷造りを行うよ。

 ファイ一郎とスケサンにも予定を空けるように伝えて」


「わかりましたー」

消去法ではあったが、マイマイはログアウトの手段を探るための旅の最初の目的地を、ついに神聖オルトラン王国のイシス辺境伯領に決定するのだった。

するとどうだろう、マイマイは突然意識が遠くなったような気がした。


(あ、もう駄目だ)


それが何を意味するのか、マイマイはすぐに分かった。

「ステイシス、私は、もう…限界…」

マイマイは、そう言い残すと、突然バタンと机に倒れこむ。


「マイマイ姫様!?」


突然倒れたマイマイに、ステイシスは慌て駆け寄る

だが、駆け寄ったステイシスはホッとした表情に変わった。


スースー…


それはマイマイが、ただ眠っているだけだったからだ。


ステイシスは、そんなマイマイに向けてクスリと笑うと、マイマイを抱き抱えレセプションルームから寝室へと移動し、ベッドに寝かす。


「お休みなさいです~、三成に夜の番に戻るよう伝えておきますね~。

 今日は一生懸命聞いていただきありがとうございました~。

 自分の書いた報告書を、生まれて初めて百使徒様に、それも、マイマイ姫様に説明できて、とても嬉しかったですよ~。

 頑張った甲斐がありました。

 マイマイ姫様に喜んでもらうために報告書を作ったのに、私の方が喜んじゃうことになるなんて、マイマイ姫様は本当に不思議な人ですね~」


そしてマイマイにそう語りかけると、ステイシスは寝室の扉を静かに閉めるのだった。

連続投稿の最後である第八話「ロリがドラゴンでやって来る」は可能なら今日中に公開します。

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