第六話 マイマイはちょっとズレテイル 2
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間違えて腹芸という言葉を使ってしまっていた場所がありました。意味が通らないので修正いたしました。+誤字修正
第六話 マイマイはちょっとズレテイル 2
side マイマイ
空中庭園の一角に設置された純和風建築のお茶屋。
そこに設置された、芋羊羹と冷やし飴が並べられた机を挟んで、マイマイとスケサンが向き合うように座っていた。
因みにマイマイは普段着のゴスロリ、スケサンは鎧姿に戻っており、二人の間には長年連れ添った夫婦のような穏やかな空気が流れていた。
どうやら、既に双方共に平常心を取り戻しているようだった。
「せっかく助けた村人を焼き殺すのは変だと思いましてな。
カグヤ殿に頼んで村周辺に関しては拙者達に任せてもらったのでござる。
そして、地下墓地の管理をしているエンシェントリッチ達を動員して『広域結界魔法 空間遮断型』で延焼を防いだのでござる」
「広域結界魔法の空間遮断型か、効果は折り紙つきだが、並みの術者じゃ展開時間と範囲が使い物にならないレベルになるはずだが、どうだった?」
「見ての如く、村周辺は草一本燃えていないでござる。
エンシェントリッチ十人の三交代制による、魔法の同調詠唱でござるからな、並みの炎じゃ通らないでござるよ」
「同時詠唱を使ったのか、物凄く的確な判断だけど、的確すぎるうえに、どうやってエンシェントリッチを動員したんだ?
まったく、相変わらず何がどうなっているんだ」
「エンシェントリッチと言えども同じスケルトン同士、語らなくてもハートでビビッと心が通じて、助けてくれるものでござるよ」
スケサンは、したり顔でドンッと骨だけの胸を叩く。
「ところで、拙者何かやってしまったでござるか!?」
「いや、よくやったスケサン。
GJだ!」
エバー物語で高威力の魔法効果を出す方法はいくつも存在する。
①高位魔法を使う
②本人の魔力を上げる
③練度の高い魔法を使う(レベルの高い魔法を使う)
④威力増幅系アイテムなどを使う
ソロプレイで行えるメジャーな手法は以上の四つだが、複数プレイとなると新たに同時詠唱という手法がここに入ってくる。
同時詠唱とは、同じ魔法を仲間同士で同調して発することにより魔法の威力を上げるというものだ。
一見簡単に魔法の威力を上げることができるように見えるが「事前に一緒に歌を歌うなどして練習しないと難しい」と評されるように、詠唱を完全に同調させるのが意外に難しく、乱戦状態では使い物にならないことが多いが、成功すれば今回のように高い効果を発揮する方法だった。
スケサン達は、ウォルフル達の村を守るために、村周囲の森ごと結界魔法を展開し、その内側を炎から完全に守ったのだった。
(スケサンのおかげで、最悪の事態は逃れることができたか。
NPCの村一つ消滅した所で、すぐに致命的な事態にはならないが、これから誰かに助けを求める際に、私の印象が悪くなったりするからな。
それに、現在の世界情勢や地理情報が分からない状況では、NPCの村は貴重な情報収集源だから、無くなったら困ったことになる所だった)
「で、その後の村の状況はどうなっているの?」
「朝方に、五人程の村人が焼け野原になった部分の直ぐ近くまで来たと報告を受けているでござる」
「それで、その五人は無事なのか?」
五人の安否を気遣うマイマイ。
焼け野原を見る限り、依然として火が燻っており、マイマイのような高レベルプレイヤーならとにかく、レベルが一桁ということも多い村人では、うっかり残り火に当たって焼け死ぬという可能性があったからだ。
エバー物語は、常に地形や環境からのダメージが計算されているゲームであり、余談ではあるが寒冷地や砂漠地帯、火山地帯などでは、NPCが地形や環境から与えられるダメージによって死んでしまい、無人の村が自然発生することもあった。
「ご安心くだされ、こんなこともあろうかと付近をパトロールしていた部下の一人が、彼等が村に帰るまで見守っていたでござるよ」
「完璧じゃないか」
「拙者の気配りの素晴らしさをもっと褒めてくだされ!
と言いたいところですが、一つ問題が…」
先程までのしたり顔を収め、突然スケサンの顔が言い難そうな表情になる。
「問題とは何だスケサン?」
「見守っていた村人達が焼け野原に近づきましてな、危ないので注意しようと近づいたのでござるが、何故か攻撃してきたそうなのでござるよ」
「何だって!?
どうしてそんなことに?
何か失礼なことでもしたのか?」
「それは無いはずでござる!
彼は、自然を愛する紳士でござるよ!
拙者とて、万が一が無い様に、血の気の多い連中を村の近くに配置しようとは思わないでござる!
現に彼は、攻撃を受けても、一回も反撃していないでござる!!!」
スケサンは、必死な表情で弁明すると、手に持ったスフィアを起動した。
すると、スフィアには、倒木に腰掛けたスケルトンの姿が映し出される。
スケサンの持ったスフィアは『遠見のスフィア』と呼ばれるスフィアで、対になったスフィアに写っている光景を写し出すアイテムである。
どうやら映し出されているスケルトンが、スケサンの言う自然を愛する紳士のようだった。
(自然を愛する?
あっ、このスケルトンは『聖域の守り手』か!)
スケルトンの頭や肩に、小鳥達が飛び乗り遊んでいる姿を見て、マイマイはスケルトンの正体がわかった。
スフィアに映し出されたスケルトンは、聖域の守り手とプレイヤーの間で呼ばれているスケルトンだった。
召喚可能なスケルトンとしては、並以下の能力しか持っていないが、その名の通り聖域と呼ばれる森やそこに住む動物等を守るスケルトンであり、召還主に言うことは聞くものの『中立』状態で召喚されるという特徴を持っていた。
(聖域の守り手は、こちらから激しく攻撃したり、森や森の動物達を攻撃したりしない限り、絶対に攻撃してこないスケルトンだ。
つまり、スケサンが言っていることは多分正しい。
いや、絶対に正しいだろう。
なんというか、聖域の守り手の周りを小鳥達が飛び回る光景は、とても牧歌的で…
例えるのなら、正教会のイコンのようだ。
イコンとして変なところがあるとすれば、中心にいる彼の見た目がスケルトンだということだけど、それは些細なことだし…)
「確かに、彼に原因があるようには見えないな。
あんな優しそうな彼を一方的に攻撃するとは、村人達はいったい何を考えているんだ」
理解できないといった様子で憤慨するマイマイ。
スケルトンを散々見慣れたマイマイにとって、ウォルフル達の行動はまったく理解できないものだった。
「彼らの行動は拙者にも訳が分からないでござる。
報告によると、最後は突然武器を投げ捨てたかと思うと、それを拾って渡してあげようとする彼を無視して村に帰ってしまったそうでござる」
(何だその行動は?
訳が分からない行動だが、攻撃をしてきたという事実は重く受け止めなくては。
中立キャラに対して問答無用で攻撃するとなれば、そういった性格設定。
つまり、あそこの村人は凶悪だと仮定して行動した方がいいな。
自動生成された村には、村の固有イベントも自動設定されるようになっているが、その中には危険なものも多いからな。
村人全員が山賊という『山賊村イベント』といったように、村人全部がプレイヤーや家臣を見つけたら「新鮮な肉だー」っといった感じで襲ってくるイベントもあるし)
エバー物語に存在する国や都市や村の成り立ちは大きく分けて二つある。
一つは、プレイヤーが設置・開発をするもので、もう一つは運営側が設置・開発するものだ。
そして、後者は更に二つに分かれる。
運営側が手作りで設置・開発するものと、自動生成されるものだ。
重要度で表すと、運営が手作りしたもの>プレイヤーが設置・開発したもの>自動生成されたもの。
という順番だが、数で表すと、自動生成されたもの>プレイヤーが設置・開発したもの>運営が手作りしたもの。
という順番になり、割合で言えば自動生成されたものが圧倒的に多い。
そのため、確率的にはウォルフル達の村は自動生成されたものである可能性が高かった。
(もしかすると、あの村には危険なタイプのイベントが隠されているのかもしれない。
そういえば、私が村に行った時も、村人が全然いなかったよな。
今から考えると、あれは明らかに変だ。
確か村に行く前に魔法で調べたときは結構な数の反応があったはず。
となるとだ、隠れる理由があったということだ。
もしかしたら、聖域の守り手が突然攻撃されたように、物陰から私を不意討ちしようとしていたのかも。
もしそういうことだったら、これは困ったな)
村に危険なイベントが隠されているかもしれないと気がついたマイマイは、少し面倒くさいことになったと気がついた。
(出発する前に、安全のためにあの村で情報を集めたいと思っていたが、その村そのものが安全ではないかもしれないとは)
エバー物語の主要国家を渡り歩いたマイマイにとって、近くの国へ向かうなど「ちょっとコンビ二行ってくる」という程度のものだったが、
初心に戻り、村での情報収集を行ってから行動を起こすつもりでいた。
マップ魔法が白紙になっている所から分かるように、マイマイの記憶にある国や街の有無どころか、地形そのものが変わっている可能性もあるなど、何が起きていてもおかしくない状況だと、よくよく考えて気がついたからだった。
ところが、その情報収集予定の村に危険なイベントが隠されているかもしれないという状況に、マイマイは困ってしまったのだった。
(他の村に行くという手もあるが、他の村がどこにあるか分からないうえ、何の情報も持たないまま他の村を探して回ったら、何も情報を持たずに出発したのと変わらないことになる。
となれば、近くに王宮があり、各種支援を期待できる目の前の村の方で事前に情報収集したほうがむしろ安全か。
いざとなれば家臣を直ぐに送り込めるし、その気になれば王宮の防衛機能を使うことができる)
悩んだ結果、ウォルフルの村、サウザンハウンド村で情報収集を行うことをマイマイは決定する。
(情報収集の常套手段としては、贈り物による好意値の上昇&金銭を対価にした情報の収集だ)
エバー物語では、村毎にプレイヤーに対する好意値が存在していた。
そして、これが高ければ高いほど、村人がプレイヤーに便宜を図ってくれる仕組みになっていたのである。
(だが問題は、村に向かう情報収集役が、飛んで火に入る夏の虫になる可能性があることだ。
大事な家臣達をそんな危険に合わせたくないが、私が向かうのも怖いな。
私や家臣達のレベルなら、通常なら危険など無いはずだけど、色々と普通じゃないからな、現状は。
よし、まずは情報収集の前に、偵察部隊を送り込んで安全確認だ)
「三成、悪いけど杖を出してもらえる」
藪から棒に後ろに控える三成の名を呼び、三成に向けて手を出すマイマイ。
これが普通の人なら混乱するところだったが、三成もエリート揃いである世界建設ギルドのメイドの端くれである、スカートの中からマイマイの杖を出すと、恭しくマイマイに手渡した。
「ありがとう、じゃあ皆ちょっと下がってくれる」
「はっ!」「分かったでござる」
マイマイの命令どおり、メイド達とスケサンが、マイマイの近くから離れる。
すると、マイマイが杖に魔力を通し始めた。
「えーと『特定召喚 マリスシャドーゴースト』」
魔法陣が地面に現れ、その中心から人の影を三次元描写したようなものが実体化する。
「マリスシャドーゴースト、マイリマシタ」
片言の言葉と共に、臣下の礼を取る影。
その影に、マイマイはニッコリと微笑みながら近づいた。
「よく来てくれたね。
『影の王』じゃなくて私で申し訳ないんだけど、ちょっとあそこに見える村に行って、村人達のステータスとトラップの有無。
それと、何か『フラグっぽいもの』が無いか調べてきてくれる?」
「ナニヲオッシャイマスカ、カゲノオウガワガチチデアルナラ、マイマイヒメサマハ、ワガハハドウゼンノオカタ、ナンナリトオモウシツケクダサイ」
「それじゃ、速やかかつ静かに頼む。
ただし、身の危険を感じたら、すぐに逃げるなり救援を呼ぶこと。
制限時間は二時間。
いいね」
「オマカセヲ、イチジカンデジュウブンデス、イチジカンゴニハ、テイサツケッカヲゴホウコクイタシマス」
膝を着いた姿勢のまま、床に解けるように消えていく、マリスシャドーゴースト。
彼の姿が完全に消えると同時に、スケサンが口を開く。
「彼を呼び出すのは久しぶりでござるな」
「そうだね、大抵は影の王が自分で偵察に行っちゃうし、影の王に頼むほどじゃない場合は、普通のシャドーゴーストを召喚して使っていたからね」
マリスシャドーゴースト。
百使徒の一人である、影の王が手塩を掛けて育成した家臣であり、偵察を得意とするゴースト形モンスターだ。
シャドーゴーストは、人や物の影の中に身を潜めることができ、そこから進化したマリスシャドーゴーストは、更なる能力を与えられていた。
与えられた能力はいくつかあるが、今回マイマイが重視したのは、影の王のノウハウを叩き込んだ、フラグっぽいものを探し出すアルゴリズムだった。
例えば、普通のシャドーゴーストに偵察させた場合、深夜2時に幼子が一人で出歩いていても、それを報告してくることはない。
だが、マリスシャドーゴーストの場合は、それをフラグの可能性アリと認識し、追尾したりするように作りこまれていたのである。
つまり、マリスシャドーゴーストは、一般的な状況とは違うもの=フラグの可能性があるものとして、見つけ出す能力を持っているのだった。
そのため、罠やトラップを見つけ出すだけではなく、副次的な効果としてNPCの中に潜むプレイヤーも炙り出すことができたのである。
「影の王がいない今、彼には頑張ってもらわないと」
そんなマイマイの期待をマリスシャドーゴーストが裏切らなかったと分かるのは、宣言どおり一時間後のことだった。
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マリスシャドーゴーストの報告を一気に聞き、マイマイは腕を組み目を瞑る。
(どの村人も所謂普通の村人と言われている程度のレベルの高さだな。
村には戦士もいるけど、そこらへんに湧くMOBすら追い払えるかどうか怪しいレベルだな。
トラップらしいトラップも無し、英雄、つまりプレイヤーらしき姿も無しか。
調べた限りは普通で、安全な村だな。
いや、それだとスケサンの報告内容と合わないな。
単純に火災の影響で狂乱状態になっていただけかもしれないが、用心するに越したことは無い。
それに、プレイヤーが隠れている可能性が完全に消えた訳じゃない、念のためしっかりと備えるべきだ)
〈※MOB モブキャラクター〉
「とりあえずは、安全そうな村に見えるということは分かった。
ありがとう」
考えが纏ったマイマイは、マリスシャドーゴーストを労い、帰そうとする。
ところが、マリスシャドーゴーストにはまだ何か報告したいことがあるようだった。
「ヒトツダケキニナルコトガ」
「ん?何かあったの」
「ボチノナカニ『ワンドルフ』ノハカガアリマシタ」
「なっ!
ワンドルフの墓だと!?」
飛び上がるように、マイマイが椅子から立ち上がる。
「ハイ、イシデデキタ、ヒトイチバイオオキナハカデ、ハッキリト『チュウシンワンドルフ ココニネムル マゴイチドウ』トカカレテイマシタ。
ハカニハ、マイマイヒメサマガオワタシニナッタ『クビワ』モアリマシタ、マチガイアリマセン」
ワンドルフは、リアルの時間で三年ほど前に行方不明になっていた。
ワンドルフが行方不明になった日、マイマイは日々の世界建設ギルドの仕事を抜け出し『ニパ~自然公園』へと向かう旅行を楽しんでいた。
そんな旅行の途中にマイマイは『溶岩魔人山脈』へと立ち寄る。
溶岩魔人山脈とは、その名の通り溶岩の体を持った魔人が生息する山脈で、その魔人の影響なのか、温泉が湧くことで有名な場所であった。
その溶岩魔人山脈で、マイマイが小さな温泉旅館に泊まったのが事の始まりだった。
「ワンドルフ、なかなかいい旅館でしょ」
人気のある旅館であるため、二人部屋の予約が取れず、一人部屋、しかも一つの布団にマイマイとワンドルフが入るという窮屈な形になったが、マイマイは大満足だった。
その理由は風情の在る佇まいもあったが、それだけではない。
部屋に専用の露天風呂がついていたからである。
「ワンドルフ、今晩は二人っきりだね。
じゃあ私は先にお風呂に入ってくるから、ワンドルフも後から入ってきてね。
待ってるからね、ふふっ…」
お気に入りのワンドルフと一緒に露天風呂に入りながら語り合う夜。
相手はNPCのため、会話など出来ないに等しいが、マイマイがリアルで憧れながらも経験できなかった、気の合う男友達同士での旅、もしくはペットと旅行に来たとも言えるシチュエーションに、マイマイのテンションは上がりまくる。
しかしそのテンションは、大事件の発生により奈落の底まで落ちてしまった。
「ワンドルフまだー?私のぼせちゃって、頭が沸騰しちゃいそうだよー?」
いつまで経っても入ってこないワンドルフを不審に思い、部屋に戻ってきたマイマイが見た光景は、ガランとした誰もいない部屋だった。
最初は(宿の中には居るだろう)と、ゆっくりとワンドルフを探していたマイマイだったが、ロリーナより敵の大規模侵攻を知らせるメッセージが来て慌て始める。
様々な理由でNPCがどこかに行ってしまうというのは、稀にある話であり、そのまま永遠に行方不明になってしまうことも無いとは言えないからだった。
敵対的MOBに殺される場合や、そもそも行方不明の原因が誘拐という可能性もある。
そのため、ワンドルフのことを考えるのなら、ロリーナのメッセージなど後回しにして、ワンドルフを探すべきだった。
しかし、百使徒とワンドルフ、その二つの間で悩んだ結果、マイマイが最後に選んだのは百使徒だった。
(ぱっぱっと敵を倒したら直ぐに戻ってこられるさ。
きっと、宿の中で迷子になっているだけさ)
そう自分に言い訳しながら、宿を離れるマイマイだったが、結局この日がワンドルフを見た最後の日になってしまったのだった。
マイマイは、何人かの百使徒の力を借りながらワンドフルの足取りを追うが、全て徒労に終わってしまう。
「まるで何者かの意思によって隠されているかのように足取りが消えている。ワンドルフが自分で逃走した訳ではないとすれば、これはやはり誘拐じゃないのか?」
それは百使徒の一人『自衛軍中佐』の言葉だった。
その言葉は、ワンドルフ捜索のヒントになるだろうとの好意から出たものだったが、マイマイの心を抉った。
(私が、私が世界建設ギルドのギルド長という自分の立場の危険性も考えずにワンドルフを連れ歩くから、ワンドルフが誘拐されたんだ。
身代金の要求が無いのは、きっとワンドルフがLOSTしちゃったからだ。
ごめん、ワンドルフ)
〈※LOST 完全に失うこと。生き返らせることも出来ない〉
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあ、マイマイの情報を教えてもらおうか」
「お前のような卑劣な奴に誰が姫様の情報を渡すものか!!
お前なんて、怖くないぞ!!
この僕が引導を渡してやる!!」
ザシュッ!!
「馬鹿な奴だ、素直に喋れば少しは長生きできたものを。
あっいけね、人質なのに魂まで殺しちまった。
こりゃ完全にLOSTだな」
「申し訳ありません、姫様…
姫様との旅行、楽しかったです…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マイマイの足枷にならないよう、謎の誘拐者に抵抗し、魂まで殺されてしまったワンドルフを想像しマイマイは落ち込む。
その落ち込みようは、あの厳しいロリーナが、何も言わずにマイマイを抱きしめ、慰めてくれる程だった。
だが、時は流れは心の傷を癒す。
新たな出会いや思い出が、ワンドルフを失った傷を癒していったのだった。
しかしながら、マイマイがワンドルフのことを忘れることは無かった。
ワンドルフの墓の存在を聞き、マイマイは一瞬血の気が引くが、時が傷を癒していたため、直ぐにその意味を理性的に捉えることが出来た。
(ここにまともな墓があり、それを孫が作ったということは、少なくとも誘拐されて殺された訳じゃないんだ。
そうか、生きていたんだワンドルフ…)
「どうされたのですかー?」
優しい顔になったマイマイを不思議に思ったのだろう、つい先程カグヤの代わりに配置されたステイシスが、不思議そうな顔をする。
「あ、いや、なんでもない」
(今すぐワンドルフの墓に飛んで行って花でも添えたいが、私にはまだ資格が無い。
ワンドルフ…私はワンドルフを失った時と同じように何も考えず行動して失敗してしまったよ。
いつか、この悪い癖を無くしたら、きっとワンドルフに会いに行くよ。
だから今は待ってて)
そっと心の中でワンドルフに語りかけ、マイマイは心を切り替える。
「マリスシャドーゴースト、ご苦労だった。
ステイシス!」
「はいっ!!」
マリスシャドーゴーストが溶けるように消え、ステイシスがマイマイの前に進み出る。
マイマイの気のせいだろうか、その姿はいつもより、キビキビしているように見えた。
「ステイシス、君の交渉スキルは健在か?」
「千年経とうとも、百使徒様達により鍛えられたスキルには錆一つありませんよー」
マイマイの答えにステイシスが淀みなく答える。
それに満足したように頷いたマイマイは、高らかに宣言した。
「そうか、ではステイシスにミッションを与える。
ミッションは、例の村との交渉と情報収集だ」
ステイシスを始め、世界建設ギルドが作成した家臣は、複数の百使徒がその技術や金やアイテムを出し合って作成していた。
これが高性能の家臣を生み、世界建設ギルドをトップクラスギルドに押し上げ、後に破壊神国を建国する原動力にもなっていた。
ステイシスの場合は、根幹部分はメイドスキーが作成し、それをマイマイが補助する形で作成していたが、スキル等については、それぞれ得意とする百使徒によって作成されていた。
ステイシスには世界建設ギルドの頭脳と呼ばれたロリーナが、交渉スキルを調整して叩き込んでいた。
ただし、その交渉スキルは、平均以上はあるものの、家臣達の中で見れば決して高いものではなかった。
交渉スキルの高さだけなら、マイマイが直ぐに思い出せる範囲で、更に高い家臣が数十人単位でいた。
では何故、交渉能力が決して高い訳ではないステイシスを交渉に出し、情報収集を行うことに決めたのか。
その理由は次の四つだった。
①戦闘力が家臣の中でも上位クラスのため、いざという時に逃げ切れる可能性が高い。
②地方の村との交渉及び情報収集には必要十分な交渉スキルを持っている。
③見た目が強そうではないため、万が一プレイヤーが紛れていたとしても、油断を誘って逃げ切れる可能性が高い。
④カグヤのバックアップとして『ホームの精霊』のサブコントロール権を持っているため、いざという時に、王宮の防衛機構で身を守ることができる。
⑤いざという時のために性能を熟知している家臣が望ましい。
これらのように、何が起きるか分からないという状況下で最も生還する可能性が高い家臣を選ぶ、という基準でマイマイは派遣する家臣を選んだ。
そしてその結果、選ばれたのがステイシスだったのである。
「第一目的は地理情報を中心とした情報の無制限の収集。
第二目的は世界情勢を中心とした情報の無制限の収集。
対象は、王宮近くに発見されたサウザンハウンド村。
期限は、本日夕方5時まで。
これに伴い、食料倉庫にあるうち、即日リスポーンする食料10tを村に贈与する権限をステイシスに与える。
交渉開始時に、贈与する予定の全食料を村で開放し提供すること。
そして、それとは別に情報料として1万ゴールドをステイシスに預ける。
想定外の事態が発生した場合は、私に通信を取ること。
交渉は、長老のウォルフルとすること。
ただし、ウォルフルが居ない場合は、別の有力者を探し対応すること。
なお、ステイシスは完全武装にて対応すること。
いいね?」
〈※リスポーン 再発生〉
一つひとつ、項目毎に確認するように話すマイマイ。
実際、マイマイは間違いが無い様に確認をしながら話してるのだった。
そして、ステイシスの行動を細かく設定することにより、先のカグヤのような間違いが起きるのを防ごうとしているのだった。
(最初に贈り物を渡すことにより、サウザンハウンド村の人々の好意値を上昇させる。
その上で交渉を行うという王道を使っているから、まず間違いがない方法だろう。
食料は即日リスポーンする安物ばかりなのが若干心配なところだけど、数がある上に、地理情報、世界情勢共に一番入手難易度低いから大丈夫だろう。
それに、別途情報料として1万ゴールド用意しているから、常識的に考えれば十分すぎるはずだ。
ステイシスの安全に関しても、マリスシャドーゴーストが調べてくれたレベルを見る限り、ステイシスが完全武装で望めば、襲われても問題なく逃げ切れるはず。
何か忘れているような気もするけど、こんな感じで大丈夫かな)
「か、かしこまりましたー」
マイマイの命令に、どもりながらも、即座に答えるステイシス。
だが、マイマイはそんなステイシスの様子に少し違和感を感じる。
一見ステイシスはマイマイの命令を素直に受け取ったように見えるが、その表情がほんの一瞬だけ、思案するような表情になったのだ。
「ステイシス、何か疑問があるのなら聞いて?」
「は、はい!!
二つほど疑問がありまして。
お話から察するに、食料と金銭を引き換えに情報を得るということですが、もしも村人達が拒否したり、役に立ちそうも無い情報しか持ってなかったらどうするのでしょうかー?」
(しまった、何か忘れていると思ったらこれか)
ステイシスの指摘に、マイマイは大切なことが抜けていることに気がつかされた。
命令に終了条件がしっかりと入っていなかったのである。
マイマイは、時間を夕方5時までと決めているが、これでは交渉が失敗した場合も延々と5時まで交渉を繰り返すということになってしまう。
(普通の村なら、延々と成功するまで交渉を繰り返しても問題ないけど、ここはスケサンの情報によると、無抵抗の相手を攻撃してきた村だからな。
交渉失敗=攻撃を受けるという展開が容易に想像できる)
「その時は、彼らにはもう用は無いよ。
速やかに全てを片付けて帰ってきて」
(その場合は、ステイシスの安全が優先だから、直ぐに贈与する食料とお金を片付けて逃げ帰ってきて貰わないと)
ステイシスの安全を考え、下手に交渉を長引かせず、即座の帰還をマイマイは命ずる。
ところが、マイマイは言葉には色々な意味があるということを忘れていた。
「か、かたづける…」
「どうしたステイシス?
疑問が二つあると言っていたけど?」
表情も動きも固まってしまったステイシスにマイマイは疑問を持ちつつも、もう一つの質問は聞かなくていいのかと問いかける。
すると、まるでその言葉に押し出されたかのように、おずおずとステイシスが質問を始めた。
「あの~武器を持って行けと言われていますけど、つまりその…武器は村人を殺すために持っていくということなんですよねー?」
(なんという身も蓋も無い言い方)
確かに、武器はステイシスが村人から襲われた際に、村人を殺すために持っていくものだが、あまりにも身も蓋も無いステイシスの言いようにマイマイは多少呆れる。
だが、作戦前の大切な質問である。
マイマイはステイシスの質問にしっかりと答えることにした。
「まあ、身も蓋も無い言い方だけど、そうだよ」
「わ、わ、わかりました!
流石マイマイ姫様!
ヤル時はヤルお方ですねーー」
何故か、若干引き攣った顔でマイマイを褒めるステイシス。
(やる時はやる?
ああ、今回の指示がいつもよりしっかりしていることか)
「まあね。
これでも、世界建設ギルドのギルド長であり、破壊神国の代表だし。
今は私しかいないから、しっかりしないといけないと思ってね」
(今は指示ミスを注意してくれる人がいないからな。
それに、世界建設ギルドのギルド長は指示ミスばかりしている!!
って言われるようになったら、百使徒の皆に顔向けできなくなるよ)
マイマイは今回の指示がしっかりしているとステイシスに褒められたと思い、胸を張って答えた。
「あ…
そうか、そうですよね。
で、では早速準備に入ってよいでしょうかーあははー」
マイマイの答えを聞いて、突然納得のいった様な顔をしたステイシスが、退室の許可を求める。
「うん、しっかり頼むね!
吉報を待っているよ!」
何故このタイミングで納得いった様な顔になるのか、マイマイは若干疑問に思うが、何か問題があればステイシスから通信が来るだろう思い、ステイシスに退室の許可を出した。
「このステイシス!
お役目をしっかりと果たしてきます!!」
これでもか、と言うほど大声で宣言すると、ステイシスは勢いよく一礼をし、飛ぶような速さで部屋から飛び出していった。
その様子をマイマイは(あんなに慌てて、大丈夫かな?)と心配そうな目で見送ったが(でも、賽は投げられた。私が出来るのは、いざという時のための準備だけだ)と思いなおすと、ステイシスが襲われた時のための準備を始めるのだった。
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side ウォルフル
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。
この度は、我らの勘違いで剣を向けてしまい、真に申し訳ありません。
この件については、いくら我らは田舎者ゆえ、作法に疎いとは言え、許されることではございません。
後に村にて厳正に処分いたしますので、どうかお許しいただければと思います」
感じ取った不安を押し殺し、これでもかといういうほど、ウォルフルは地面に頭をつけて謝る。
ウォルフル達は、国の姫であり、神であり、魔王の末裔と自称する人物からの贈り物を持ってきた相手に対し、武器を持って出迎えてしまったからである。
しかもその相手は、謎の巨城の所有者でもあるかもしれないのだ。
常識的に考えて、ただで済まされる事態ではなかった。
「なるほど、あなたはちゃんと話ができるようですねー。
あー、本当に安心しましたよー。
いきなり、バッドエンド一直線かと思いましたよー」
「ははー」
何やらウォルフルには意味が理解できない言葉が混じっているが、少なくとも最悪の事態は避けられたようだった。
何故なら、ステイシスから感じる圧力がスッと消えたからである。
改めてステイシスを見ると、確かにとんでもない美人だとウォルフルは再認識する。
夕日のような鮮やかな赤色のロングヘアー、ビロードのような輝きを持つ蝙蝠の様な羽と巻き角。
幼さと色気の双方を感じさせる顔に、均等の取れたスタイル。
それらは、ステイシスの姿を始めて目にした時と何も変わっていない筈だったが、圧力が無くなった今は、どれもこれも更に美しく見えた。
(交易商時代に覗き見した社交界に出席する貴族の令嬢達より美人じゃ)と感じたウォルフルは、思わずステイシスを見つめてしまう。
そんなウォルフルの視線に気がついたのだろう。
齢70を超えるウォルフルが心奪われそうになる程の笑顔を向けたかと思うと、パンパンと空中に向けてステイシスは手を叩いた。
すると、どうだろう。
空中に魔法陣が現れたかと思うと、一抱え程ある金の刺繍が施された布に包まれた何かが、何十個も姿を表した。
「こ、これはいったい!?」
想像すらしたこともない光景に、ウォルフルは思わずステイシスに聞いてしまう。
「開けてみてくださいー」
するとステイシスは、人懐っこそうな笑顔をしながらウォルフルに包みを開けるように言った。
ウォルフルがステイシスに従って包みを開けると、その中にはオレンジ色の澄んだ液体が入った、透明のビンのような『何か』がギッシリと入っていた。
「何ですかこれは?」
「えっ、何か分からないんですか?
これですよ?」
ウォルフルの言葉にステイシスが驚きの表情のまま、そのビンのようなものを一つ手に持つ。
するとそれは、ベコンと音を立てて凹んだ。
「ええ、本当に分からないんですじゃ。
こんなオレンジ色の液体が入った…このビンのようで、ベコベコと凹む何かに入ったものなど、一度も見たことが無いですじゃ」
ステイシスがウォルフルの目の前にまで『何か』を持ってきてくれるが、ウォルフルにはそれがいったい何なのか皆目見当がつかなかった。
透明のビンのような容器は、一見ビンのように見えるが、それは明らかにビンと違っていた。
先程目の前で見たように『ベコン』という音と同時に、凹んだからである。
そして、その中にあるオレンジ色のものも皆目検討がつかなかった。
ポーション等の薬品のようにも見えるが、このような容器に入っているポーションをウォルフルは見たことが無かった。
「えーっと…オレンジジュースですよそれ。
入れ物はペットボトルというものですよ」
「なんと!!見たことも聞いたことも無い!!」
長年交易商を営んできたウォルフルは、多くの物を見聞きしてきた。
その過程でオレンジジュースというものについては見たことがある。
だがそれは、目の前にあるような透き通った鮮やかなオレンジ色をしたものではなく、果肉が混ざった濁った物だった。
そして、それが入っているペットボトルという名の容器については聞いたことすら無かった。
そのため、思わず驚きの声を上げてしまう。
「あはは…大丈夫かなこれ」
しかし、そんなウォルフルの反応はステイシスにとっては予想外だったのだろう。
ステイシスは、ウォルフルの驚きの声に、ボソリと失礼なことを言うと、愛想笑いを浮かべるばかりだった。
ステイシスの様子に、事実そうなのだが、自分が田舎物扱いされたと感じ、少し嫌な気持ちになる。
だが、交渉中であることを忘れていないウォルフルは、嫌な気持ちになりつつも、目の前のオレンジジュースに手を出すかどうか悩んでいた。
(オレンジジュースは、豪商や貴族しか手に入らなかったはず。
しかも、こんなに綺麗な色をしたオレンジジュースは、聞いた事が無い。
それにペットボトルという容器に至っては見たことも聞いたことも無い。
ガラスのように透明なのに、押したら形が変わり、驚くべきことに手を離したら形が元に戻った。
生き物のように、自分の体を治癒するとは、これは何か高級なマジックアイテムかもしれん。
つまり、目の前のこれは想像もできない程、高額な品で間違いが無い。
こんなもの手を出してしまったら、何を見返りに要求されるか分かったもんじゃないぞ!)
ウォルフルの懸念をまとめると次のようなものだった。
贈り物とは、本来感謝の気持ち等を伝えるために行われているものである。
これを身も蓋もない言葉に言い換えると、贈り物を贈る側と受け取る側の間には、贈る側は受け取る側に借りがあり、受け取る側には送る側に貸しがあると表現することができる。
しかし今回の場合は、本来両者間には何の貸し借りも無いため、贈り物を受け取ってしまった場合は、マイマイに対して、ウォルフル達が借りを作ってしまうのである。
そしてその借りの重さは、受け取る贈り物の価値によって決まってくるため、ウォルフルは明らかに高級品だと思われる目の前の物を簡単に受け取るわけにはいかなかったのだ。
(怪しいとい言葉が袋に包んであるような贈り物じゃわい。
せめて、数を減らすとか、もう少し安いものにできれば)
打開策を探るウォルフル。
だが、相手はウォルフルより上手だった。
「にゃーーーー!!おいしいーーーーーーーーーーー!!」
(しまったー!!)
シイの甲高い声が村全体に響き渡る。
いつの間にか、シイの横に移動していたステイシスが、シイにオレンジジュースを飲ましていたのである。
実は、昨日からの森の火災で、ウォルフル達は水源である墓石様の噴水に近づくことが出来ず、碌に水が飲めていなかったのである。
そんなところに飲み物。
しかも、ウォルフル達には一生縁が無いオレンジジュースを目の前に差し出されれば、子供だったら思わず手を出してしまうのは仕方が無いことだった。
「オレンジジュース以外にも、色々あるから食べてみますかー?
ダブルチーズハンバーガーとかどうです?」
ステイシスが白い紙に包まれた丸い物体を取り出し、その包み紙を解く。
(パンに肉とチーズが挟んであるじゃとーーー!?
なんじゃアレはーーーーー!?
い、いかーーーん!!!)
見たことも無いようなゴージャスで美味しそうな食べ物が、どれ程の破壊力があるか瞬時に理解したウォルフルは、シイに止まってくれと心の中で願う。
だが、ただのワーキャットであるシイにそんな心の声が聞こえるわけ無かった。
「すごーい!!お姉ちゃん見て!!パンにこんなに大きなお肉が挟んであるよ!!!!」
ダブルチーズハンバーガーなるものを頭の上にかかげ、その間に挟まれた肉をライと村人達に見せつけるシイ。
「「「おおおおお!?」」」
村人達から、どよめきが起き、何人もの村人が前のめりになる。
その光景は、剣を掲げた聖人と、それを敬う人々の姿のようだった。
「皆の衆、落ち着くんじゃ!!」
その様子に、ウォルフルは落ち着くよう叫ぶが、誰も聞いていなかった。
そして、ステイシスが更にカードを切った。
「皆さん、喉が乾いているだけじゃなくて、お腹も空いているんですよねー?
遠慮せずに、じゃんじゃん飲み食いしちゃって大丈夫ですよー?
まだまだいっぱいありますよーーー」
ステイシスが、またパンパンと手を叩くと、何十個もある包みが一斉に解け、その中にあるものが姿を現す。
その中身は、ご馳走の山だった。
「「「うおおおおおおお!!」」」
堰を切ったように、ご馳走に群がる村人達。
(見事にワシ等の弱点を突かれた。
もう駄目じゃー!!)
ウォルフルは、村人達を眺めながら焦燥感に駆られるが、手馴れた様子でオレンジジュースを渡すステイシスとそれを戸惑いながら受け取るエルザを見て(いや、どうせ元から、抵抗することなどほぼ不可能だと分かっていたはずじゃないか)と思いなおす。
そして『相手の機嫌を損ねないようにする』ということが、生き残る策だともう一度自分に言い聞かし何とか立ち直った。
立ち直ったウォルフルは、大きく息を吸い、呼吸を整えるとステイシスに声を掛けた。
「ステイシス様、村人達を代表して感謝いたします。
して、このような贈り物を一方的にいただく訳には行きません。
我らにできることは、何かありませんか?」
あえて、あからさまなご機嫌取りをウォルフルは行う。
この期に及んで、分かりにくいご機嫌取りを行っても意味が無いからだ。
「あなたは話の分かる人ですね。
私はそういう人は好きですよー。
正直に話しましょう。
私は情報、主に地理情報と世界情勢について、あなた達が持つ情報を買わせていただくために、こちらに伺いました」
あからさまなご機嫌取りは正解だったようだ。
ステイシスも、早く本題に入りたがっていたらしく、真正面から本題をぶつけてきた。
そこまでは、ウォルフルの読みどおりだったが、その内容が問題だった。
「情報を買うですと!?」
情報を買うという言葉にウォルフルは驚く。
交易商という国から国へ商品を運び売っていたウォルフルだったが、今まで情報を同業者間で売買をしたことはあったが、国へと情報を売ったことなど無かったからだ。
なぜなら、国への情報売買は一歩間違えれば、スパイと見なされるリスクがあったからだ。
「そうです。
買わせていただきますかー?」
(ワシ等の中立性を捨てるだけではなく、情報提供相手は魔王の末裔と名乗る人物、下手すればありとあらゆる勢力から攻撃を受ける。
リスクが高い提案じゃ。
更に厄介なのが、既に提供された贈り物を金額換算するとかなりの金額になるとういうことじゃ。
いったいどれほど危険な情報を渡せば、吊りあうんじゃ!?)
既に提供された食料をゴールドに換算すると幾らになるのだろうか?
ウォルフルは考えるが、どう安く見積もっても1万ゴールドは軽く越えると結論付ける。
1万ゴールドとは、交易商品購入用の特別積立金と村中の現金、そして村の小さな雑貨屋の商品を全て現金化しても足りない額である。
どう考えても、知る情報を全て渡しても足りるとは思えなかった。
つまり、明らかに現時点で、ウォルフル達が貰い過ぎている状況になっていた。
だが、そんなウォルフルに対して、ステイシスは更に追い討ちを掛けてきた。
「で、これが情報料です。
頂いた情報の価値を私が判断し、それに見合う料金をお支払いするということでよいですかー」
ドシャリ
という音をたてて袋が地面に置かれる。
嫌な予感を覚えつつ、ウォルフルがそれを恐る恐る覗くと、そこには普通の金貨とは輝きが違う金貨がどっさりと入っていた。
「ま、まさか!?」
ウォルフルが手に取ると、その金貨は普通の金貨とは違い、自ら光を発していた。
ウォルフルの知る限り、このような金貨はただ一つ。
(ししししし、真金貨がこんなに!?)
ウォルフルは気が遠くなりそうになる。
「あれ?
大丈夫ですか!?
まさか、死んじゃったりしませんよねー!?」
「大丈夫、大丈夫じゃステイシス様!」
ウォルフルの気が遠くなったのも仕方が無い。
ステイシスが持ち込んだ金貨は、真金貨と呼ばれ、現在では製法が失われた真金と呼ばれる金が使用された金貨だったからだ。
真金は通常の金と違い、自ら光を発する他に、高い強度と、魔力容量を誇る等、全てにおいて上を行く存在だった。
そのため、最低でも普通の金貨の千倍のレートで取引されているものだったのである。
つまり、ステイシスが持つ1万ゴールドは、最低でも1千万ゴールドの価値を持つものだったのだ。
因みに1千万ゴールドとは、男爵等の低位の爵位を買い、貴族になることが出来ると一般的に言われている額だった。
「これほどの額に見合った情報、とても私達には用意できません」
そのため、ウォルフルはとても情報を用意しきれないと言う。
「洗いざらい買っても、見合う情報はありませんかー?」
するとステイシスは、情報の幅と量を増やせばどうかと提案する。
しかし、その提案も、事態の解決にはならなかった。
「それでもやはり、見合う量の情報を用意できません。
正直なところ、先程いただいた贈り物に見合う情報すら用意できない有様なのです。
ですので、このお金をいただく訳にはいきませんのじゃ」
そのため、ウォルフルは現状を正直に話す。
「情報提供の拒否ではありませんが、これは不味いかも知れませんよー」
ところが、それはステイシスにとっても、何か不味い事態であるようだった。
ステイシスは難しい顔をして、ぐるぐるとウォルフルの周りを歩き始めた。
「では、このお金を全てあげますので、今後定期的に情報を提供するというのはどうでしょうかー?」
そして立ち止まると、情報の定期提供を提案してきた。
何故だか分からないが、ステイシスは何とか用意したゴールドを使って情報を買おうとしているようだった。
(情報が買えなければ、ステイシス様の立場が悪くなるということなのじゃろうか?
じゃが、定期的に情報を提供するというのは正直に言って、非情に危険なことじゃ。
これでは、永続的に各国にスパイ行為を行えと言われている様なものじゃ!
確かに、金額には見合う提案かもしれんが、あまりにも危険すぎる!!)
ステイシスの提案は、ゴールドを受け取るに相応しいものだったが、更に危険なものだった。
単発的に情報を売り、その結果、情報を集めた国からスパイ容疑がかけられた場合『たまたま情報が売れただけで、商売人として取引を行った、今回の交易に関わったものだけの独断で村は知らない』と言い訳をし、交易に関わる一部の人間の責任として問題を処理するという逃げ道が確保できる。
しかし、永続的に情報を売っていた場合、情報を集めた国からスパイ容疑をかけられた場合、村は知らないと言い訳するのが難しくなる。
情報を集めた国から『長期間に渡ってスパイ行為をしておきながら、村が関わっていないなどありえるのか?』『永続的に情報収集をするなど、もはや実質的に破壊神国、つまり他国に所属する村ではないか!』と言われても、まったくおかしくない状況だからである。
(これはまずい。
せめて永続的にではなく回数を減らす…
いや駄目じゃ、そもそもワシ等みたいな弱小かつ実質的にどこにも所属していない村が交易商を行ってこれたのは、中立的に活動していたからじゃ。
そして、多くの国にとってワシ等の村は『怪しいからとりあえず村ごと滅ぼそう』といつ思われてもおかしくない程度の存在じゃ。
つまり、この話、一回でも受けただけで、ワシ等の立場は非常に危険なことになる!!)
状況の悪さに、ウォルフルの顔が歪む。
その様子を見ていたステイシスが、まるで命を刈り取る悪魔のような笑顔を浮べ、そっとウォルフルの耳元で囁いた。
「何やら、こちらの提案を受けるかどうか悩んでいるようですけどー。
拒否したらどうなるかってことをよーく考えてくださいよー?」
「うう!!」
猛烈な圧力がウォルフルの体を突き抜ける。
ウォルフルは体中から汗が噴出し、まるで体が鉛のように重くなる。
「!?」
重い体を強引に動かし、やっとの思いでステイシスを見ると、その姿が少し変わっていた。
ステイシスの右手には、一本の槍のようなものが握られていた。
ただ、その槍のようなものは、槍とは違い、その先端に穴が開いており、どうやら筒状になっているようだった。
それが何なのか、ウォルフルには分からないが、その禍々しさから武器であることは何となく分かった。
「私なら、3秒以内にこの村の全員を殺せます。痛みも無く」
「!!」
「最初の卑屈な態度からあなたは分かっていると思いますけど、今回の提案を持ちかけてきた相手がどれ程の立場と力を持っている存在かよく考えてください。
本来ならば、強制的にあなた達の口を割らすことも可能な立場と力なんです。
そんなお方が、身分不相応という意見が出るのを承知で、こうやって対等な立場で交渉のテーブルについているわけなんですよー?
それを拒否する。
つまり、顔に泥を塗るような行為をすれば、たとえ提案を持ちかけてきたマイマイ姫様の内心があなた達の抹殺を望んでいなくても、立場としてはそれを行わなくてはいけないのです。
わかりますか?」
ウォルフルの背中を嫌な汗が流れ、周囲を沈黙が支配する。
先程まで聞こえてきた小鳥たちの囀りも、いつの間にか消えていた。
それはまるで、世界から音が消えたようだったが、突然横からそれをぶち壊す声が割り込んできた。
「マイマイ姫様ばんざーい」
「オレンジジュースにばんざーい!」
「マイマイ姫様とオレンジジュースにばんっざーい!!!!」
「ステイシス様ばんざーい!」
ウォルフルが苦悩していることなど、夢にも思っていないのだろう。
酒を出し、オレンジジュースと混ぜて飲み始めた村人達から能天気な声が聞こえて来た。
しかもどうやら、食べ物をくれる人=良い人という、ワーウルフの弱点を突かれた村人の一部が、マイマイとステイシスを称え始めたらしい。
「あのー私はただの使いです。
私は称えなくていいので、その贈り物を用意するように、そしてあなた方と取引をするように仰ったマイマイ姫様だけを称えてください」
「マイマイ姫様ばんざーい!!!
僕は、今日からマイマイ姫様に永遠の忠誠を誓います!」
「このオレンジジュースとダブルチーズハンバーガーにかけて!!」
「「わはははは!」」
村人達の能天気さが腹立たしく感じるが、村人のマイマイの好意?を純粋に受け止めている言葉、そして永遠の忠誠を誓うという言葉を聞いてハッとなる。
(そうじゃ、よくよく考えれば『相手の好意に上手くつけ入って、私達の利益につなげる』と言ったエルザの言葉が最大限活かせる状態じゃ。
全てを奪い取ることが出来る立場でありながら、ワシ等と交渉するという手段を取ってきてた。
その好意とも取れる理由は、ライとシイなのかもしれないが、ワシ等に交渉権があるという状況じゃ。
そして、交渉権があるということは、ワシ等から提案することも可能ということじゃ。
正直、この提案は賭けになるが、これが受け入れられれば、他国にスパイ行為がばれても、ワシ等の安全は確保できるはずじゃ。
欠点は、ワシ等が魔王の末裔の手先になることじゃが…)
ウォルフルは、エルザとその周りでリスの様に頬を膨らましてステイシスの贈り物を食べるライとシイを見る。
(ホーニットの命を奪い、ライとシイの命をも奪おうとした人族と、魔王の末裔を自称するとはいえ、命を助けてくれた人というところだけ限定して考えれば、悪い選択ではないかもしれん。
もちろん、ワシ等が恐れてるように、とんでもない裏があるかもしれんが、エルザが言うように選択肢など無い。
ならば一つ、賭けてみるかの!)
「ステイシス様、こちらから提案があるのですが」
ウォルフルはステイシスの目を見つめ、はっきりとした口調で言った。
「なんでしょう」
その様子に、これまでとは違う何かを感じたのだろう。
ステイシスも表情を引き締める。
「情報を買うのではなく。
この金貨一つで十分ですので、我らを村ごと買い、破壊神国の民としてもらえませんか?
そうしていただければ、情報を永続的にマイマイ姫様に献上するだけではなく、ワシ等にできる限りのことをしますですじゃ」
マイマイからの提案を拒否することは不可能。
拒否すれば死が待っているだけ。
そして、受けた場合のリスクは、スパイ行為がばれた場合の村の命運。
村の命運を賭けなくてはいけない理由は、事実上の破壊神国の一員と見なされるからであり。
そのように見なされた場合、自分達を助けてくれる存在が自分達以外にいないから。
ならば、マイマイの庇護下に自分達から積極的に入り、少しでも高い位置を確保する。
つまり奴隷などではなく、国民としてマイマイ達の軍門に下り、守ってもらえばいい。
幸いにして、目の前のステイシスを含め、マイマイの戦力はかなり高いように見受けられる。
敵に回せば怖いが、味方にすれば心強いはず。
これがウォルフルの考え出した、現状で最良であり、ステイシスに一矢報いることができる結論だった。
この話はステイシスにとっても、想定外のものだったのだろう。
一瞬、ステイシスが回答に詰まったのが見て取れた。
だが、頭の回転が速いのだろう、すぐにウォルフルの提案を理解したようだった。
「あなた方がマイマイ姫様の神民となり、永遠の忠誠を誓うわけですか、なるほどー。
まったく、商人は、自らを商品として売ると言いますが、あなたは村ごと売りますか。
面白いですねー」
このウォルフルの提案は、マイマイ側のメリットとしては微妙なところがあった。
情報料がタダになり、それと同時に永遠の忠誠が手に入る。
確かに悪くない話のようではあるが、それほどの価値がウォルフル達にあるかどうか、ウォルフル自身も少し自信が無かったからだ。
「どうして、マイマイ姫様の民になろうとしたのですか?」
そのため「面白いですが、私たちにとってのメリットが少なすぎますよ~」といった感じの返答が返ってくるかとウォルフルは思ったが、その予想は外れた。
(何故といわれても、脅された今の状況で、最良の選択肢を選んだだけじゃが…)
ステイシスの質問は、奇妙な質問だった。
ウォルフルがこういった選択肢を選ばざるいけない状況に追い込んだのは、ステイシスだからだ。
いったいステイシスは何を言っているのか?
ウォルフルは意味が分からず、一瞬黙り込んでしまう。
「シイ!そんなに食べちゃお腹壊すわよ!」
「えー?なにー?」
「お腹壊すわよ!」
「えー?聞こえなーい!!」
「もう!この子は!!」
「シイ!お母さんを困らせちゃ駄目でしょ!」
そのため、遠くのエルザとライとシイの会話が聞こえてくるが、これがウォルフルを救った。
(違う、これは罠じゃ!)
一度は「この選択肢しか選べなかった」と正直に口に出そうとしたウォルフルだったが、エルザとライとシイの会話からある事に気が付き、直ぐに口を閉じる。
(分かりきったことを聞く。
これは、内容を確認する目的で間違いない。
じゃが、ここで大事なのは、この確認を求めているのがステイシス様であり、ステイシス様にとってその言葉を確認する意味があるということじゃ。
つまり「この選択肢しか選べなかった」という言葉が、ステイシス様にとって都合が良いか、都合が悪いかのどちらかの意味があるということじゃ。
では、どちらの可能性が高いかということじゃが、何も考えずに答えれば「この選択肢しか選べなかった」という回答になるのは明白じゃ。
そう考えると、態々確認したということは、それでは都合が悪いと考え別の答えを求めている可能性が高いと考えるべきじゃ!
エルザの言うことを聞かないシイと同じように!)
「我らは、どこの国にも所属しておりません。
それ故に、マイマイ姫様が冒険者からライとシイを助けて頂いたように、時には理不尽で恐ろしい目に会うことがあります。
しかし、世界と理の統治者という名の通り、我等の様な田舎者にも礼節を持って対応していただいたマイマイ姫様の元に下れば、そのようなことはなくなりますでしょう。
マイマイ姫様の民となれるなら、金貨1枚でも十分お釣りがきます」
(先程、ステイシス様は立場上ワシ等を殺さなくてはいけないという話をしておった。
つまりマイマイ姫様にとっても、普通の国の王や貴族と同じように、メンツがあるということじゃ。
じゃから、マイマイ姫様のメンツを立てる解答が正解のはず!)
深々と頭を下げながら、マイマイが対外的にメンツが立つ答えを言うウォルフル。
そしてこの決断は正解だったようだ。
「『脅されて民になりました』と公言するようじゃ、お互い不幸になるだけですからねー。
村人にも不平不満が溜まりますし、家臣達も『不満を持つ神民など不要!』等と言いだす可能性がありますからね~。
本当に話が分かる方で助かりましたよ、よく出来ました」
出来のいい生徒に向ける教師のような態度で、答えを語るステイシス。
「い、いえ。
これでも、交易商をしておりましたからな…
このような経験の一つや二つ…」
機嫌のいいステイシスの機嫌を損ねないよう、笑顔を作ってウォルフルは応対するが(何がこのような経験の一つや二つじゃ、振り回されてばかりじゃ)と、情けない自分を思い自嘲的な笑いが出るばかりだった。
このように、一見ステイシスに応対しているようで、自責の念から自分の内面に意識を向けていたウォルフルだったが、ステイシスが不思議な行動をとり始めたのを見て、意識を外に向け直す。
「そのまま、少し待っていてください」と語ったステイシスが、紙切れを手に持った状態で、じっと動かなくなったからだ。
そんな状態が二分ほど続き、ウォルフルの顔が不安になり始めたころ、ステイシスの視線がウォルフルに向き直った。
突然視線を向けられたウォルフルはビクリとするが、ステイシスの表情がこれまでとは全然違うものになっていることに気がつく。
「このお話お受けいたします。
あなた方は、ただ今より破壊神国の神民となりました~。
はい、パチパチパチ」
ステイシスは、パチパチと口で効果音を出しながら手を叩く。
(先程までと打って変わって、異様に気安い雰囲気じゃぞ!?)
「は、はは!」
『しんみん』の意味が分からないうえ、ステイシスの態度が異様に気安くなったことにウォルフルは困惑するが、どうやら事が上手く行ったと悟ることは出来た。
「して、我らはどうすればいいんでしょうか」
だが、自分達の今後についてウォルフルは間を空けずに問う。
いくら上手く行ったように見えても、これから何が起きるか不安であることに変わりはなかったからだ。
「そうですね。
私が情報を取りまとめますので、ヒアリングをさせていただきます」
「ひありんぐ?」
「はぁ…聞き取りということです。
ヒアリングも知らないなんて、どれだけ未開人なんですか。
まったくジャンクフードであんなに喜んでいたこととか、マイマイ姫様は呆れるのを通り越して、あなた達を哀れんでいましたよ?
神民をこんな生活レベルのまま放置するとか、とても恥ずかしくて仕方が無いので、おいおい神民として相応しい生活水準に強制的に上げさせてもらいますので覚悟していてくださいね~」
「はぁ…」
「はぁ、じゃありませんよー。
大切なことなんですから、しっかりしてください!」
「わかりましたですじゃ!」
これからの不安や心配をウォルフルは感じるが、悪態を吐きながらも友人に語るような雰囲気で話しかけてくるステイシスを見て、何故か何とかなりそうだと思うのだった。
第六話は次の第七話と対になっています。
そのため、第六話だけでは、話の流れ全てが分からないと思いますが、第七話投稿まで、今しばらくお待ちいただければと思います。
第七話は、今日か明日には投稿いたします。