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第十四話 奴隷都市 2

第十四話 奴隷都市 2


side 銀子


通された部屋の出入り口には、昨日見かけた赤い鎧の騎士と、ここまで自分達を案内した青い鎧を着た騎士。

部屋の中央には、テーブルと椅子が並べられ、その傍らにマイマイと、先程話題になった金髪のメイドがドレス姿で立っていた。

更に、部屋の両脇には金髪のメイドが昨日着ていた物と同じデザインのメイド服を着たメイドがそれぞれ五名ずつ。

そして、隣にある厨房と思わしき場所にも何人かいる気配がする。


なるほど、ホテル内にあるレストランではなく、自分達が連れて来た料理人を使って料理を作り、それを振舞うつもりらしい。

ある程度以上の地位を持つ家に招待された際に見られることが多いスタイルで、これ自体はおかしいことではない。

だが、金髪のメイド以外のメイドは、昨日の段階ではいなかった筈。

後から到着したのだろうか?


銀子が通された部屋を見回して得た情報は以上のようなものだった。

客人として招かれた身としては失礼な行動だったが、マリーナの安全に責任を持つ者としては、しなくてはいけない行動だった。


「改めて始めまして、私はエントール・マイマイ三世。

 辺境の商人の娘だよ。

 来てくれて嬉しいよ」


「マリーナ、ただの旅人なのじゃ。

 マイマイ、今日はお招きいただきありがとうなのじゃ!」


マリーナとマイマイが、同時にスカートを摘まんでお辞儀する。

マリーナもそれを迎えるマイマイも、ドレス姿だったが、双方とも大きな帽子を被っていた。


(マリーナに関しては頭の角を隠すためだけど、マイマイはいったい何のために?

 そういった風習がある地域の出身?

 辺境と言っているけど、どこの辺境ならそんな風習が…?)


と疑問に思ったところで、銀子はとあることに気がついた。


(確かに今、辺境の商人の娘だって言った。

 あんなに高級そうな服を着て、メイドも引き連れているのに、辺境の商人の娘ですって!?

 明らかに怪しい…)

マイマイは名乗る身分と、服装がまったく一致していない。

つまり、マイマイは嘘をついている可能性が高いということに銀子は気がついた。


「さあ、座って座って」


しかし、そんなことを理由に帰るためにはいかないため、マイマイに進められるまま、銀子とマリーナはテーブルに着いた。

そして、マイマイと金髪のメイドもまたテーブルに着いた。

本来メイドが主人と一緒のテーブルに着くことは無いが、こちらが二人であるため、主人のエスコート役に抜擢されたのだろう。

その点から考えて金髪のメイドは、少なくとも他のメイドより位が高いと考えるのが妥当だろう。


観察を続けている銀子がそのようなことを考えていると、部屋の脇に立っていた一人、黒い肌と何か詰め物しているのではないかと思うほどの巨乳を持ったメイドがマリーナに近付いてきた。


「本日の宴でマリーナ様の専属を務めさせて頂きます、三成と申します。

 お飲み物はいかがいたしましょうか?」


「め、めろんじゃ…」


「メロン?メロンジュースですか?」


「めろんじゅーす?あ、いや違うのじゃ!!

 えーと、この『天界桃の果実酒』にするのじゃ!!」


まるで、お化けでも見たような表情でマリーナが「メロン」と言葉を漏らし、その後顔を真っ赤にする。

一連の会話の間、マリーナの視線がメニュー表ではなく、メイドのまるでメロンのような胸に行っていた事から、マリーナが恥ずかしい失敗をしたことは誰の目からも明らかだったが、銀子はそれをフォローできなかった。

何故なら、銀子の興味は三成と名乗ったメイドの立ち振る舞いに行っており、マリーナの失敗などまったく目に入っていなかったからだ。


(流れるような動きとは正にこのことか)


歩き方からメニュー表を差し出す動きまで、まるでさらさらと流れる小川のように淀みが無かった。

素人から見れば「動きが綺麗だね」程度のしか分からないかもしれないが、メイドに化けるためにメイドの仕事も勉強したことがある銀子としては、その動きが一朝一夕にできるものではないことがすぐに分かった。

このような動きができるまでにどれ程の訓練を積んだのだろうか。

想像するだけで、銀子は目の前のメイドに圧倒されそうになった。


----------


「もう一杯おかわりじゃ!!」


「三成ー、マリーナちゃんに同じ奴ー」


「こんなに美味しい果実酒は初めてじゃ!!

 いったどこで売っているんじゃ!?」


「えーと…天界かな?」


「天界じゃと!!

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、冗談が上手いのじゃ!!」


マリーナは、こういう場で醜態を晒さないように育てられている筈なのだが、今日は完全に出来上がっていた。

今は一般人として振舞っているからか、酒が良すぎるのか、マイマイとの会話が楽しいのか、昼の反動なのか、原因はいくつか考えられるが、それはとにかく、本来ならばマリーナに自制を促さなくてはいけない事態だった。

だが、銀子は二つの理由からあえてそれをしなかった。

一つ目は、恩人であるだけではなく、元より相当相性が良かったのだろう、仲良く会話に興じている二人の間に入るのが無粋だと考えたということ。

そして二つ目が最も大きな理由なのだが、銀子は相変わらずメイドの方に目が釘付けだったからだ。


(他のメイドも動きが完璧すぎる、これほどのメイドをいったいどうやって揃えたんだ!?)


実は、先程の三成と名乗ったメイド以外の誰も彼も、流れるような完璧な動きをしていたのである。

例えば、先程から銀子にカクテルを運んできているポニーテールのメイドは、歩いてもカクテルの水面をまったく波立てないのだ。

実用性がある動きではなく『だからどうした?』と言えばそこまでなのだが、そういった実用的ではないことを、ここまで極めてしまったという事実に銀子は圧倒され、目が釘付けになってしまっていたのである。


(あんな動きを極めてしまうなんて『メイドになるために生まれてきたのではないか』と思ってしまいそう)


「先程から周りを気にされているようですが、下がらせましょうか?」


そんな銀子の様子を、周りが気になり落ち着かないと解釈したのだろう、金髪のメイドが銀子に提案してきた。


「いや、すみません。

 立派なメイド達だと思いまして、いったい幾らぐらいの給金を払えば、彼女達のような優秀なメイドを雇えるのですか?」


銀子は素直に思ったことを口にした。

優秀なメイドを揃える事はステータスになるからであり、叶うなら彼女達のようなメイドをマリーナにも揃えてあげたいと思ったからだ。


「私達と並び立つようなメイドは、私達以外にはいません。

 そして、国が買えるほどの給金を出されても、私達を雇うことはできません。

 私達は、マイマイお嬢様達以外に仕える気などありませんから」


「凄い忠誠心ですね…

 主人のためなら死ぬことも厭わない!

 って感じだったりするのでしょうか」


誇らしげに語る金髪のメイドの言葉を冗談と受け取り、銀子もまた、冗談で返した。

金髪のメイドの言葉は、表現があまりにも大げさであり、とても本気で言っているとは思えなかったからだ。


「当たり前です、忠誠こそが家臣の誉れですから。

 マイマイお嬢様達のために死ねないのなら、犬死です」


銀子は、先程までとは違う意味で圧倒された。

金髪のメイドの真剣な目は、今の言葉が嘘偽り無いものだと語っていたからだ。


(口で言うことは容易い。

 私も口ではマルエネ様のために死ぬことも厭わないと言っている。

 でも本当にできるかと言えば、正直に言って分からない。

 だが、目の前のメイドは、本心から死ぬことを厭わないと思っている。

 目を見れば分かる)


銀子とマリーナの立場は色々な言葉で表された。

だが、その中でどのような時も忘れてはいけないのは、マリーナは銀子の主人であり、絶対に守らなくてはいけない存在であるということだった。


「……」


「……」


主人を持つもの同士として、圧倒的な差を見せ付けられたような気がして、銀子は完全に会話に詰まってしまう。

そして、二人の間に沈黙が流れた。

場を持たせようと銀子は会話のネタを探すが、そこで自己紹介をまだしていないことに気がついた。


「そういえば、まだ正式にお名前を伺っていなかったと思います。

 私は、『雪標 銀子』と申します。

 あちらのマリーナの遠縁の親戚で一緒に旅をしています」


「私はメイド長を務める如月 カグヤと申します」


「メイド長だったのですか。

 ということは、彼女達はあなたの部下ですか」


「そうです」


予想通り、メイド達の中では彼女の地位が一番高かった。


「本来なら彼女達に頼らず私一人でマイマイお嬢様の面倒を見る予定だったのですが、このホテルはあまりにも至らないところが多く彼女達を呼び寄せることにしました」


「至らないところが多い?

 ウィンダム オガサワラシティと言えば、オガサワラシティ最高級のホテルだったかと」


驚いて銀子は聞く。

オガサワラシティは地方都市だが、質の良い奴隷を求め、各地の貴族や金持ちが集まってくる場所だった。

そのため、地方都市にしては高級ホテルが揃っており、その中でもウィンダム オガサワラシティは王都にある高級ホテルに匹敵するホテルだった。

しかも、銀子達が今いる部屋は、ウィンダム オガサワラシティのロイヤルスィートである。

常識的に考えて、ここで至らぬところがあるとは思えなかった。


「これで街最高級のホテルだなんて、田舎ですし、宿泊料も随分と安かったですから仕方が無いと言えばそうなのですが、それでも限度があります。

 建物は汚い、従業員の質は悪い、センスも悪い、食事も不味い、エアコンは無い、シャワーも温度調整が無い、マイマイお嬢様の好きなバターが無くてオリーブオイルしかないとか、とにかく数え切れないほど酷いところがあります」


(そんな条件が全部揃っているホテル、皇都でもあまり無いと思うけど…。

 まったく、このレベルのホテルで満足しない『辺境の商人の娘』って何なのよ!!!)


ありえないほど贅沢な悩みに銀子は驚きながらも、やはり彼女達が言う『辺境の商人の娘』という話は嘘であり、相当な金持ちだと確信する。

例えば、エアコンと言ったら、かの英雄時代では普及していたらしいが、現在では皇国等で極少数生産されているだけで、余程の金持ちでなければ一生縁が無いものだからだ。

驚くほどの金持ちであり、家臣達の異常に高い忠誠心を集める立場でありながら、草である銀子の記憶に無いマイマイという少女がいったい何者なのか。

銀子はこの会食で何とか正体を掴みたい思った。


----------


(この料理は、皇国の料理と殆んど同じだ。

 彼女達は、まさか皇国出身なのか!?)


銀子の目の前には、新鮮な海水魚を使った料理が並べられていた。

このような内陸で、どうやって新鮮な海水魚を調達したのかという点も疑問に思ったが、それよりも問題なのは、その料理の種類だった。

今日の料理の雰囲気に合うようにアレンジされていたが、明らかにこれは、皇国で好まれ列強では野蛮人の料理と蔑まれる『刺身』だった。

列強では魚を生で食べる刺身は『料理もまともにできない野蛮人の料理であり、文明人である我々が口にする必要の無い料理』と言われており、間違ってもこのような場所に出てくる料理ではなかった。


「お口に合いませんか?」


「いや、その逆です、新鮮でとても美味しい。

 このような料理をいったいどこで?」


「物心ついた時から知っている料理なので、どこでと言われましても…」


「となると、生まれは皇国なのですか!?

 これは皇国の郷土料理である刺身とそっくりです!」


「いえ、皇国ではありません、先程お伝えしように、私達は全員、名もつけられていないような辺境の生まれです。

 偶然同じ様な料理があったのではないでしょうか」


銀子は先程から何度もカグヤにどこから来たのかと聞いていた。

しかし、出身を聞く度に『辺境の商人』という明らかな嘘ばかり返って来ていた。

これほどの質と数を誇るメイドを引き連れ、ウィンダム オガサワラシティのロイヤルスィートでは満足いかないと真顔で言う程の生活をしている彼女達が、ただの辺境商人の家の娘とその家臣であるなどありえない。

それは間違いないのだが、カグヤはまるで『それはギャグで言っているのですか!?』『まさか馬鹿にされてます!?』と思わず聞いてしまいそうになる程、堂々と『辺境の商人』というあからさまな嘘を繰り返したため、銀子はまったく尻尾がつかめないでいた。


そのため料理という視点から、どの地域出身なのか探ろうとしたが、出てきた料理のいくつかは皇国の料理とそっくりだった。

マイマイ達が皇国人であると考えた場合、銀子やマリーナの立場を考えれば、マイマイ達程の金持ちを知らないはずが無い。

そして、カグヤは偶然同じ様な料理があったと言っているが、皇国以外の刺身を食べる習慣がある地域というのを聞いたことがない。


(それならば、元皇国人でその後他国に移住し成功した者達なのだろうか?

 いや、それ以前に王国で皇国の料理を出すことについて、何も疑問を感じていないのか?

 そうなると、出身はやはり皇国かその同盟国か!?)


銀子はそう思いついたが、結論を出すにはあまりにも材料が少なすぎた。

もっと探りを入れる必要があると銀子は考えたが――


マリーナの声がその思考を遮った。



「何故そんなことをするんじゃ!!」


怒りと悲しみが混じったような、そんな悲鳴のようなマリーナの声が部屋に響いた。


「マリーナちゃん、どうしたの!?」


「お主は、あれがどういう状態で行われているのか知っておるのか!?」


「マリーナ!!」


銀子は、マリーナを叱り付ける。

何が起きているか分からないが、とにかく一旦マリーナを止めて状況を治めるのが先決だと思ったからだ。


「マイマイ様申し訳ありません。

 マリーナ、いったいどうしたの!?」


「いや、その…マイマイが奴隷を買いたいから、買い方を教えてくれと言うもんだから、つい…」


指と指をモジモジと絡ませながら、バツの悪そうな表情でマリーナが言う。

それを見た銀子は、何が起きたのか瞬時に理解した。

一見元気に見えるが、マリーナは昼のことをまだ引きずっているのだろう。

マリーナは正義感から、奴隷を買おうとしているマイマイを非難してしまったのだった。


「マリーナ、人には色々と事情があるのです」


既にマリーナは反省しているようだったが、再度マリーナを叱る。

銀子がしっかりとマリーナを叱ることによって、マイマイ側の怒りを静めようとしたのである。


「本当に申し訳ありませんマイマイ様。

 マリーナは奴隷にあまり良い思い出が無いので、思わず感情的になってしまったのです。

 ですよね?」


「マイマイ、すまないのじゃ」


マリーナは、立ち上がり頭を下げた。


「いいよ、気にしてないから」


マリーナの謝罪を、マイマイは受け入れてくれた。

マイマイは、マリーナと同じぐらいの年頃の娘に見える。

しかし、人族であることを考慮すれば、実年齢はマリーナより何歳か年下の子供である。

そのため、謝罪を受け入れてくれないのではないかと心配したが、幸いなことにマイマイの精神年齢はかなり高いようだった。

だが、高い精神年齢が仇になったのだろう、その後の二人の会話を見る限り、奴隷の買い方について聞くことをマイマイは遠慮してしまったようだ。


(恐らく今回聞きたかったことと言うのが、奴隷の買い方についてなのだろう。

 なぜ、この街に来る前に調べなかったのかと疑問に思うところもあるが…

 それはとにかく、こうやって食事をご馳走になっている状況で、何も答えず帰るのはまずい)


しかし銀子としては、食事を振舞われたという立場上、それをそのままにしておく訳にはいかなかった。

そのため、マイマイの代わりに銀子が切り出すことにした。


「ところで、奴隷の買い方を教えて欲しいというのはどういうことでしょうか?」


「うん、ちょっと事情があって奴隷を買わなくちゃいけなくてね。

 それが今日教えてもらいたいことなんだ」


思ったとおり、今日食事に呼ばれた理由は奴隷の買い方を質問するためだったようだ。


「私は奴隷を買ったことが無いから、どうすれば奴隷が買えるのか、どうすれば奴隷商に騙されないか知りたかったんだ」


「それはつまり、賢い奴隷の買い方ということでしょうか?」


「そうそう、素人向けの奴隷購入講座をここで開いて欲しいって感じかな?」


「なるほど分かりました。

 それでは簡単ですが説明しましょう」


それから始まった銀子の説明と質疑応答は、大凡20分ほど続いた。


----------


「結局銀子さんが言いたいのは、オガサワラ伯爵家直営の奴隷市場で奴隷を探すのが、一番間違いないということなの?」


「そうです。

 奴隷商人も奴隷を扱っていますが、最も質の良い奴隷はオガサワラ伯爵家が独占しています。

 値は張りますが、質は間違いないでしょう」


銀子は淀みなく答えた。

マイマイの高い財力を考慮すれば、オガサワラ伯爵家直営の奴隷市場が最もマイマイに合っているというのが、銀子の出した結論だった。


「なるほどね。

 それでもう一度念のため確認するけど、オガサワラ伯爵家直営の奴隷市場に入るためには、招待状が必要なんだけど、それは買えるものなんだよね?」


「そうです。

 建前上、招待状は高貴な身分の者にオガサワラ伯が提供することになっていますが、実質的には金を積めば誰でも買えるようになっています」


「実は今日、オガサワラ伯の城まで行ったんだけど、招待状が無かったからと門前払いされてね。

 資格が無いのかと思ったけど、金次第でどうにでもなるのか。

 貴族というより、まるで商売人だね」


マイマイが鋭く指摘をする。


「その通りです、オガサワラ伯爵家は奴隷の商取引によって成り立っている貴族です。

 オガサワラ伯爵家は、その初代が攻略した地下ダンジョンの財宝を元に成り上がった貴族です。

 ですが、財宝を売りつくした後はかなり金に困ったらしく、奴隷商人として再び成り上がるまでの間、相当の苦労をしたと言われています。

 その経験が家訓となり、それ以後はかなり金に五月蠅くなったそうです。

 しかしながら、現在の当主はあまり主体性がない人物のようで、金に五月蠅いといっても、過去の取り決めを惰性で続けていたり、他の貴族が行っていることを追随しているだけのようですが…」


「なるほどー、いやー細かい説明ありがとうねー」


「いえ、こんなに素晴らしい宴に招待していただいたのに、この程度の情報でむしろ申し訳ありません」


「そんなことないよ、十分だよ。

 ただの辺境の商人の娘である私は、こういう都会のことはよく分からなくてね」


「ただの辺境の商人の娘ですか、あはは…」


「それじゃあ、この話題はここで終わりにしようか」


以上のように銀子は奴隷市場と、オガサワラ伯について、細かくマイマイに説明した。

といっても、その情報はとても今晩の宴に見合うものだとは銀子自身とても思えない程度のものだった。

だが、マイマイは喜んでくれたようだ。

そして――


「そうだ、マリーナちゃんの趣味って何?」


「旅じゃろうか」


「私も旅は好きだね、この世界は美しいからね」


「どんな所にいったんじゃ?」


「色々な場所に行ったよ、そうだな…千年桜って知ってる?」


「千年桜って何じゃ?」


「千年に一度しか咲かない桜でね…」


二人の会話も、先のいざこざが無かったかのように、自然なものに戻っていた。


(二人の仲が修復されて良かった。

 でも、結局正体は分からないまま、タイムオーバーとは…

 しかも『辺境の商人の娘』というあからさまな嘘を最後まで突き通されるとは…正直に言って、仕事抜きでも悔しい)


銀子は、二人の仲が修復されてホッと胸を撫で下ろしたが、結局マイマイ達の正体を掴めなかった事を残念に思った。

マイマイとマリーナの楽しそうな会話は続いているが、テーブルの上には既に食後の紅茶が並んでおり、この宴がもう終わりであることを示していた。

そして、ここまで銀子が知りえた情報は、どれもこれもマイマイの正体の核心に迫る手掛かりにはならなかったのである。


 ・ホテルに対する評価から考えて、相当の金持ちであり、浮世離れした感性を持った人達である。

 ・明らかに正体を隠しているため、お忍びの旅である可能性が高い。

 ・奴隷を買いたいと言いながら、事前に準備していない点から考え、目的がある旅ではなく行き当たりばったりの観光旅行の可能性がある。

 ・家臣の実力や心構えから考え、少なくともマイマイの家は、ただ金があるというだけの立場ではない。

 ・何故か皇国風の料理を食べており、それを皇国人であることを隠している我々、つまり皇国人以外に出すことについて疑問に思っていないことから、王国の常識には疎い立場である。


これだけを見れば『皇国かその同盟国の王族の娘が、家臣を連れて王国までお忍びの旅に来ている』という線が最も濃厚だったが、それなら銀子がマイマイを知らない筈が無い。

銀子も知らない隠し子という線も考えたが、ここまで目立つ行動を彼女達が取っていることと整合性が合わなかった。

結局マイマイ達の正体は考えれば考えるほど『正体不明』であり、現状ではこれ以上正体を探るのは不可能だと思われた。

そのため銀子はマイマイとマリーナの会話が途切れたところで「夜も更けてきましたので、そろそろ…」と切り出した。

すると、カグヤから思わぬ提案が出された。

「こちらのホテルに部屋を用意してあります、もう遅い時間なので、よろしければ」

気を利かして部屋を用意してくれたようだったが(相手の正体が分からない上に、これ以上甘える訳にはいかない)と考えた銀子は、その提案を丁寧に断ろうする。


「銀子、お言葉に甘えよう」


ところが、マリーナが提案に乗ると言い出した。


「駄目です」


「いいじゃないか、わらわはもう少しマイマイと一緒にいたいんじゃ!!」


(……珍しい)


マリーナは我侭なところがあるが、こういった所の分別はつく方である。

そういった意味で、今回の反対は以外だったが、それだけマイマイとの会話が楽しいのだろうと銀子は考えた。

確かに、出会って間もないのに、まるで昔からの友人か、仲の良い姉妹のように二人の仲は深まっていた。

生まれ持った立場や、恵まれなかった家庭環境から、マリーナの友人は極端に少ない。

そういった意味では、二人の関係が深まることを銀子は応援したかった。

だが、だからといって、分別はつけなくてはいけない。


「ですから、駄目ですよ」


「銀子さん本当に気にしなくていいよ、それに部屋は先に押さえちゃったから、泊まる人がいないと困るんだ」


「ですが、本当によろしいのですか?」


「本当にホント、気にしなくていいよ。

 それにさ、かなり遅い時間になってるから、また何かトラブルに巻き込まれないか心配なんだ」


「…わかりました、お言葉に甘えます」


しかし、マイマイから直接泊まる事を進められた結果、結局銀子は泊まることを了承することになった。

あまり遠慮しすぎるのも失礼だからというのもあるが、勘ではあるがマイマイの言葉は本心からのものであるように感じられたからだった。

その後、マリーナは二時間ほどマイマイと語らった後、話し疲れたのかシャワーを浴びるとそのまま床に就き、スヤスヤと眠りだした。

そして銀子は、様子を見に来た『妖精の止まり木』の従業員に事情を説明すると、同じく床についたのだった。











ふと目が覚めた。


銀子は、目が覚めた原因を探して周囲を見回すと…マリーナの姿が消えていた。


「マルエネ様!?」


「やばい、起きたのじゃ!?」


嫌な予感がした銀子は、マリーナの本当の名を呼ぶ。

すると、マリーナの声が聞こえたかと思うと、勢い良く部屋の扉が閉められた。

どうやら、マリーナは部屋の外に出たようだった。


「マルエネ様どちらへ!?」


慌てて扉を開け、銀子はマリーナの姿を探す。

マリーナの姿はどこにも無かったが、誰もいないはずの廊下を足音だけが遠ざかっていくのが聞こえた。


「まさか、皇室の透明ローブ!?

 あんなものを勝手に持ち出して!!」


透明ローブ。

皇室に伝わる秘宝の一つであり、それを着た者の姿を完全に見えなくする効果があるローブだ。


銀子は姿の見えないマリーナを足音を頼りに追いかける。

だが、青い鎧を着た人物が視界に入ってきたため、足を止めざる得なくなった。


「銀子殿、こんな夜更けにどうされたのでござる?」


「少し夜風に当たろうかと」


下手に事実を話すと、自分達の正体がばれてしまうため、銀子は咄嗟に嘘をついた。


「ろまんちっくな人でござるな、夜風に当たるのなら、屋上が良いでござるよ」


「屋上…」


マイマイの護衛を務める騎士は、銀子に気を使ってくれているのだろう。

しかし、屋上はマリーナが向かった1階とは真逆の方向だった。


「やっぱり散歩をしてきます」


「こんな夜更けにでござるか?

 一人では危ないでござるよ、誰か連れて行かれたらどうでござるか?」


「ご心配なく、私はこう見えても強いので」


「……そんなに強そうには見えないでござる、拙者が護衛につくでござる」


「え、あの…そうだ。

 自分の主人の護衛の方が大切なのでは?」


「それもそうでござるな」


銀子の言葉に、納得したと言わんが如く、騎士は頭を縦に振る。

これで、このありがた迷惑な騎士から逃れられると銀子は思ったが、銀子は目の前の騎士、スケサンの人の良さを甘く見ていた。


「ファイ一郎、三成殿を起こして来るでござる!

 拙者の代わりに、三成殿に、銀子殿の護衛をしてもらうでござるよ!」


「グアッ!(合点承知!)」


「え、ええ!?あ、あの!?」


銀子が止める間もなく、赤い鎧の騎士が奇妙な声を上げて、部屋の中へと入っていってしまう。

そして「何勝手に入ってきているんですか!?」「変態!」「チン○もいじゃえ!」等といったキャーキャーとした声と「グエエエエ!?」といったカエルが潰れたような絶叫が聞こえたかと思うと、マリーナの給仕を担当していたメイドが、赤い鎧の騎士を引き摺りながら部屋から出てきた。

どうやら、赤い鎧の騎士はメイド達の寝所に乱入し私的制裁を受けたらしい、赤い鎧には蹴られたような足跡が無数についており、メイドは赤い目をしていたからだ。


「外を散歩されるのですね、お供します」


「は、はい」


なんか色々と申し訳ないという罪悪感から、銀子は首を縦に振るしかなかった。

その後、散歩が終わった銀子は、窓から外に出るという方法でマリーナの捜索を再開したが全ては手遅れだった。

何の痕跡も見つけることができず、銀子はマリーナを完全に見失ってしまった。


(いったいマルエネ様はどこに…まさか!?)


----------


side マリーナ


「マイマイが泊まることを進めてくれたのはラッキーだったのじゃ。

 妖精の止まり木じゃ、監視が多くて抜け出すことは困難だったのじゃ」


全てが上手くいったことで上機嫌になったマリーナは、元気に夜道を進む。

そしてその先には、贅を尽くした城がそびえ立っていた。


「不正な奴隷取引でこんなに立派な城を建てるとは…

 決定的な証拠、絶対に見つけてやる!!」


絶対に不正な奴隷取引の決定的な証拠を見つけ出す、という決意を胸にマリーナは城へと潜入していく。

透明マントは皇室の秘宝の一つと呼ばれるだけのことはあり、正門に二人いた警備の兵士達はまったくマリーナに気が付かなかった。

そのため、マリーナは無警戒にずんずんと城の奥へと進んでいく。

そしてあっという間に、伯爵の私室と思わしき場所まで来た。


(何か証拠があるとすれば、ここなのじゃ)


ゆっくりとドアを開け、閉める。

そこには、仕事用の机と思わしきものと、ベッドとベッドの上で眠る裸の男と、同じく裸の、二人の女の姿が見えた。


(!!!!)


大声を出しそうになるのをグッと堪えながら、マリーナは男女の顔を確認する。

双子と思わしき二人の女性の間に挟まれているのは、暢気な顔で寝る、気の弱そうな30代程の人族の男だった。

間違いない、オガサワラ伯である。

親の遺産を受け継ぎ、流されるままに奴隷取引を続けている主体性の無い男と大使館の資料にあったが、それでもこの男が元凶である。

そのためか、マリーナは無性にオガサワラ伯を殴りたいと思ったが、ぐっと堪えて視線をベッドから外し、窓の近くに鎮座する机を見た。

殴るために潜入したのではなく、決定的な証拠を探すために潜入したからだ。

机の上には幾つもの書類があり、それをマリーナは月明かりを使って一つひとつ確認する。

だが困ったことに、どれも決定的な書類ではなかった。


(こんなものじゃ駄目じゃ、もっと決定的なものはないのか)


そう思い更によく探すと、机に鍵のかかった引き出しがあるのにマリーナは気が付いた。


(鍵はどこに?

 そうじゃ…こういう時は、自分ならどこに隠すかを考えて行動するのじゃったな)


銀子に護身術の一環として教わったことを思い出すマリーナ。

そして、一箇所一箇所冷静に調べまわった結果、情事のために脱ぎ捨てられた服のポケットから、ついにそれらしき鍵を見つけ出した。


(不快な光景じゃが、助かった)


オガサワラ伯を一瞥すると、鍵を回しそっと机の引き出しを引く。

するとそこには、一枚の大きな封筒が入っていた。

怪しいと思ったマリーナは、マジックアイテムを使って小さな明かりを灯し、その封筒の中身を細かく確認した。


中身はなんと、協定書だった。

オガサワラ伯爵家とニマエル伝道教会司教との間で結ばれた奴隷取引のため協定書には、ニマエル伝道教会が奴隷候補を見つけるだけではなく、購入しやすい状況をつくり、オガサワラ伯がそれを購入すること。

そしてニマエル伝道教会の幾つもの不正行為に対しオガサワラ伯爵家は目を瞑ることなどが、こと細かく書き込まれていた。


(用心したのが仇になったようじゃの)


その協定書には『誓約の刻印』の印字され、双方の実印が押されていた。

協定を破った場合に、誓約の神が現れ、協定を破った者を罰する効果があるという、ある種の呪いである。

裏切りを心配した誰かの希望によって作られたそれは、今回仇となった。

そもそも『誓約の刻印』を必要としなければ、このような証拠を残す必要は無かったからである。


(あとはこれを持ち帰るだけじゃ)


協定書を小脇に抱えたマリーナは、早速部屋から抜け出す。


ところが――




「どこに行く魔の小娘よ」


廊下に出たところで、マリーナの目の前に槍が突き出された。

槍の持ち主の顔を見たマリーナは、直感的にヤバイと思った。


男は、地母神教会の司祭と同じ服装をしていた。

しかし、その体から発せられる雰囲気は、一言で言うと『狂気』。

地母神教会の司祭とはいえ、仮にも聖職者である。

だがその男は、とても聖職者とは思えない禍々しい狂気が体中から溢れているように感じられた。


(こいつは凄くヤバイ感じがするのじゃ!

 でもおかしい、わらわの姿は見えていないはずなのに、何故わらわの位置が分かるのじゃ!?)


「困惑しているな小娘よ!

 お前のような上物の魔の匂い、城に入って来た時からはっきりとわかったぞ!!

 ああ地母神よ、今日の出会いに感謝いたします!!!」


(逃げるが勝ちじゃ!)


妙なことを口走っている男を無視し、マリーナは駆け出す。


「魔が鬼ごっこか!ハハハハッ!」


そしてそれを男が追いかけ始めた。


通路を右に、左に、そしてまた右と見せかけて左に曲がる。

フェイントを掛けつつ走るが、男は正確にマリーナを追尾してくる。


(何故位置が分かるんじゃ、魔の匂いとかいう奴か?)


「エイッ」


このままでは追いつかれると考えたマリーナは、廊下に並べられた調度品を蹴り飛ばし、障害物とする。


「フンッ」


それを男は槍で一閃し、調度品を真っ二つにしながら追いかけてくる。

その動きからマリーナは相手は達人であることを悟る。


(まずいのじゃ、このままじゃやられるのじゃ!)


このままでは追いつかれて死ぬ。

マリーナは直感的に確信した。


(あれを試すしかない)


いかにして生き残るのか。

王国への赴任前に、銀子が最も力を入れてマリーナに教えたことだった。

そしてその生き残り方法は多岐にわたったが、その中の一つに相手の油断を利用することがあった。


「次はこれじゃ!」


マリーナは、ポケットから黒い物体を取り出す。


「これでも喰らえ!」


黒い物体は地面に転がると、煙を噴き出す。


「煙幕程度で魔の匂いが消えるとでも思ったか――」


それを男は無視しして突き進もうとするが、そこがマリーナの狙いだった。

マリーナは素早くターンし、遠心力でローブとスカートを捲り上げさせる。

そのため、マリーナの細い太股が露になるが、そこには幾つもの凶器が収められたレッグシースが括りつけられていた。

マリーナは、レッグシースから無骨なナイフを取り出す。

これが切り札である。


「――魔の小娘よ!」


「死ねなのじゃ!!」


煙から出てきた男に向けて、マリーナはナイフを全力で投擲した。






ガキン!


しかし、男はナイフを槍でなぎ払ってしまった。


「かような上物の肉を与えてくださるとは、私は地母神に愛されている!!」


訳の分からない言葉を発しながら、男はマリーナの目の前まで迫ってくる。

もう逃げることは叶わない。

かと思われた瞬間、突然男の動きが止まった。


「まだ試練をお与えになるのですか…」


男の腕には、小さな針が刺さっていた。

実はこれが切り札の正体だった。

ナイフを投げると、ナイフ本体から分離する五本の小さな針。

その針には、即効性の麻痺薬が塗られていた。

つまりナイフが囮であり、針が本命だったのだ。


(やった、初めてなのに上手くいったのじゃ!

 銀子、こんなの使う機会が無いなんて文句を言ってごめんなのじゃ)


動かなくなった男に背を向け、マリーナは一目散に城の正門へと向かう。


(見えた!!このまま入り口から出ればこっちのものじゃ!!)


正門が見えたマリーナは、更に速度を上げて走り出す。

そして、正門を守る兵士の脇を通り過ぎようとしたその時―――


「!!!」


突然兵士が抜刀し、マリーナに切りかかった。

それをすんでのところで避けるが、バランスを崩したマリーナはそのまま地面に転がった。


「ぐうっ」


マリーナは必死に立ち上がろうとするが、そこに更なる衝撃が与えられた。

二人の兵士がマリーナの体を地面に押し付けたのである。


「どうしてわらわの姿が見えておるんじゃ!?」


何故自分の姿が普通の兵士に見えているのが、マリーナは困惑する。


「は、ははははっははっ!!

 どこの馬鹿泥棒だこいつは!!」


兵士達は耐え切れないといった様子でマリーナを笑った。


「封筒が空を飛んでいたら、誰だっておかしいって気が付くだろ!!」


兵士達は、マリーナがしっかりと抱えている封筒を指差した。


「しまったーーーーーーー!?」


そう、マリーナはずっと封筒を小脇に抱えたまま走っていた。

つまり、封筒をローブの外、透明化の効果外に置いたまま走っていたのである。


「こんなところで、呪いが発動するとはーーー!?」


マリーナの悲鳴が、夜の街に響き渡った。


----------


(あれから何時間ぐらいだろうか…

 わらわは何て馬鹿なことを…所詮めかけの子は、めかけの子じゃったということか)


マリーナは、絶望的な表情で目の前に見える鉄の柵を眺める。

そして、この牢屋の中に入れられることになった、そもそもの切っ掛け。

自分が大使館員として王国に赴任することになった事件のことを思い出し、更に暗い表情になった。


マリーナは皇国の皇位継承権を持つ貴族の末席の一つ、とある公爵と『めかけ』の間に生まれた。

といっても、マリーナ達の始祖である大お祖母様は、めかけの子であるマリーナも、他の一族と同じく分け隔てなく愛情を注いでくれた。

だが、一族の誰もがそうである訳ではなかった。


マリーナを露骨に嫌うことはなかったものの、正妻も祖父も祖母も正妻の子達を可愛がり、マリーナはその下の存在として扱われたのである。

しかし、まだそれだけなら良かった。

母や自分を大切にしてくれたし、父も頻繁に顔を見せてくれていたからだ。


そんな日々を過ごしていたマリーナだったが、小学校に入学して間も無い頃に転機が訪れる。

事故で母が亡くなったのである。

母がなくなって以後、父が顔を見せる回数が極端に減ったことを、マリーナは幼いながらにはっきりと感じ取った。

今から思えば、父はマリーナに会いに来ていたのではなく、母に会いにきていたのであり、元からマリーナにあまり興味がなかったのだろう。

だが、当時のマリーナにはそんなことが分かるはずも無く、幼い頭を総動員して必死に考えた。

そして、この状況に腐るのではなく、父に自分を認めさせるためには、自分が努力し、優秀であると示さなくてはいけないと考えたのだった。


マリーナは遊ぶ時間を全て捨てて努力した。

マリーナの身分では中々学ばないような戦闘技術を学び、学問においても独力で皇国最高峰である皇国東方大学の付属中学校に進学できるまでになった。







皮肉なことに、この努力がマリーナの居場所を奪った。



正妻の子を圧倒的に上回る成績を出すマリーナに対し、正妻の子を押しやり、自分が家督を継ごうとしているのではないかという噂が立ったのである。

マリーナにとっては、青天の霹靂だった。

あくまで自分は、自分を認めてもらいたかっただけであり、家督を狙うなどまったく考えていなかったからだ。

マリーナの父はこの噂を否定も肯定もしなかったが、マリーナの家の家臣達や配下の貴族達はこの噂を信じ騒ぎ出した。

そして更に厄介だったのは、正妻がこの噂を信じたのである。


「やっぱりあの女の子供だわ!!めかけの子の分際で、私から何もかも奪おうとするなんて!!

 めかけの子は、めかけの子らしく大人しくしておけばいいのよ!!」


「お母様!私はそんなこと少しも!!」


「あの女と同じ様な声で、私を『お母様』だなんて呼ばないで!!

 いいから、すぐにここから出てけ!!!」


マリーナの母は平民出身のメイドでありながら、父に見初められ、めかけになった。

そして後になって知った話だが、母がめかけになって以後、正妻の下へ父が通うことが激減し、それ以後正妻は母を目の敵にするようになったという。


罵声を浴びせる正妻から逃げるように、マリーナは家を飛び出した。

その後、マリーナはどこをどう歩いたのか、あまり覚えていない。

ただはっきりしているのは、気が付いたら皇居にたどり着いていたということだった。


「辛かったじゃろう。

 でも安心するのじゃ、マルエネが家族から捨てられても、わらわの大切な家族であることは変わりが無いのじゃ」


そう言われながら、大お祖母様に抱きしめられた時に感じた温かさは、マリーナをギリギリのところで救ってくれた。

大お祖母様とはこれまで数えるほどしか会ったことが無かったが、まるで母親に抱きしめられているような安心感がそこにはあったからだ。


だが、大お祖母様に甘え続けることをマリーナは良しとはしなかった。

大お祖母様の助けで立ち直ったマリーナは、戦闘技術の師匠である銀子と共に、大使館員として王国へと旅立つことになった。

皇居に匿われて、約一年後のことである。

大お祖母様の元で暮らしたいと言えば、大お祖母様はそれを許してくれるし、マリーナが望めば正妻と二度と会わないようにしてくれるだろう。

数百年前に現役を退き、皇国の「象徴」となっているものの、大お祖母様は皇国の全ての人を従わせるほどの力を今も持っているからだ。

しかし、いくら力があるとはいえ、皇居に居る限り大お祖母様に迷惑を掛けているのは事実である。

そして、大使館員として国を離れたほうが迷惑をかけない上に、自分の能力を発揮して働けば恩返しが出来るとマリーナは考えたのだった。



「それでは、大お祖母様行ってくるのじゃ!!」


「マルエネその口調はなんじゃ!?何故わらわの口真似をするのじゃ!!」


「昔は大お祖母様を称えるたえに、そういう伝統があったと聞いたのじゃ、これはわらわの感謝の気持ちじゃ!!」


マリーナは慎ましい胸を張りながら言う。


「恥ずかしいから止めてくれて言った伝統なんじゃが…、その気持ちは嬉しく受け取るのじゃ!!

 銀子、マルエネのお守をしっかりするんじゃぞ!」


マリーナの言葉に少し恥ずかしそうな顔をする大お祖母様だったが、マリーナと同じく慎ましい胸を張ったかと思うと、マリーナの後ろに控えていた銀子に命令した。


「マリーナ様のことはお任せ下さい」


大お祖母様から直々の命令を受けた銀子は、落ち着き払ったまま一礼するが、大お祖母様はそれとは逆にぎょっとした顔をした。


「ちょっと待つのじゃ、そのヘンテコな名前は何じゃ!?」


「マルエネ様の名では少々目立つと思いまして。

 マルエネ様が考えた偽名ですが、何か不味かったですか?」


「いや、いいのじゃ、そのヘンテコな名前にはちょっと覚えがあるというか、血は争えぬと思っただけじゃ。

 元気に帰って来ればそれで十分じゃ!!」


何故マリーナという名前に大お祖母様がぎょっとした顔をしたのか結局マリーナは分からなかったが、大お祖母様は笑顔でマリーナと銀子を送り出してくれた。

こうして、大お祖母様への恩を返すために、公爵のめかけの子であるマルエネは、皇国外務省大使館員のマリーナとなり、在神聖オルトラン王国皇国大使館に赴任した。

王国に赴任して以後、王国での亜人やモンスター達の不当な扱いを改善するために積極的にマリーナは動いていたが、大お祖母様迷惑をかけない様に慎重に行動していた。

しかし、いつの間にか欲が出てしまっていたのだろう。


『もっと高い成果を上げれば、わらわを助けてくれた大お祖母様が喜んでくれる!』


『凄い成果を上げれば、あの正妻もわらわの話も聞かずに追い出したことを後悔するかもしれない』


そういった思いにつき動かされ、マリーナの行動は、危険だがより高い成果を上げる方向へと徐々に変化していった。

元気に帰って来れば十分だと言った、大お祖母様の言葉を忘れて。


「その結果がこれじゃ、分をわきまえられないとは…

 あの女の言うように、めかけの子は大人しくしておくのが正解じゃ…

 わらわは本当に馬鹿じゃ…」


「おい聞いているのかお前!」


マリーナは今、オガサワラ城の地下に広がるダンジョンの奥に作られた牢屋に入れられていた。

透明ローブと暗器の類を取り上げられ、下着以外の身を守るもの全てを失っていたが、マリーナは未だ黙秘を続けていた。

下手に自分の名を名乗ったら、大お祖母様や銀子に迷惑がかかると分かっているからだ。


「どこの手の者か、いいかげん口を割れ!!」


本来なら、拷問が行われてもおかしくない状況だったが、幸いなことに拷問はまだ行われていなかった。

マリーナの持っていた透明ローブが、常人では手に入らないものだと彼らも気が付いたからだ。

つまり、オガサワラ伯側はマリーナがただのコソ泥では無いと気がついたため手を出すのを拱いている一方で、マリーナも黙秘するという、奇妙な平行状態が続いていたのである。

だが、その平行状態を崩す者が現れた。


「いっそのこと、完全に口を封じたほうがよいのではないか?」


狂気を感じる声が薄暗い通路の奥から聞こえてくる。

あの男だとマリーナは直ぐに気が付いた。


「口を塞ぐ!?殺すのか?

 どこかの大貴族の関係者だったらどうするんだ?

 いや、それが地母神教会の考えなら仕方ないか…」


「オガサワラ伯、それは違うぞ。

 殺すのではない、地母神様の元に送るだけだ」


「それは同じではないのか?」


「違う!!」


「ひぃ!!いや、地母神様がそう言われるのなら、私には異存は無い。うん」


マリーナはここで、先程から口煩く騒ぎ、今は『あの男』に怯えきっている中年の男がオガサワラ伯だと気が付いた。

昨晩とは違い、落ち着きの無い顔になっているが、間違いなく女に挟まれて暢気に寝ていた男の顔だった。

そんなことにも気がつかないとは、どうやら自分は相当疲れているらしい。


「確かに、もしもこの魔の小娘が大貴族の関係者で、それを監禁していたとなれば、どのような方法で反撃されることになるかわからん。

 だが、このまま地母神の元に送れば、誰にも気付かれん」


「侍従長は、上手く口を割らせれば、送り込んだ大貴族を強請るチャンスではないかと言っているのだが…」


「地母神教の教典第7章3節に次のような言葉がある。

 『欲を出したエゼンは、その欲によって身を焼くことになった』

 欲の出しすぎは、身を滅ぼすことになるぞ」


「な、なるほど。

 流石地母神教会の僧兵は博識だ。

 で、どうやるのだ、適当に殺…地母神様の元に送った後、残った体はどうするのだ。

 病気で死んだ奴隷と一緒に埋葬すればいいのか?」


本来なら、一僧兵より伯爵であるオガサワラ伯の方が立場が上である。

だが、大使館の資料に『周りに流されやすい性格であり、奴隷商は惰性で行っているだけ』と書かれていたように、オガサワラ伯は主導権を僧兵である男に握られているらしい。

このことは、この地で行われている不正な奴隷取引を解決するためには大切な情報だったが、そのようなことを気にしている場合では無かった。

疲れているため先程まで二人の会話を聞き流していたが、気がついてみると、いつの間にか二人の話題が自分の処分方法になっていたからだ。


「いや、魔は浄化する必要がある。

 このままこの魔の小娘を大地に捨てれば、台地が汚されるからな。

 だから私の体で浄化する」


男が、自分の腹から下腹部を指差す。


「体で浄化する!?


 なるほど、この小娘を抱いて、魔の体に聖なる力を注ぐのか。

 確かに、魔族の血を濃く引く女は、めったにいないからな。

 私も抱けるものなら、一度抱いてみたい…」


「ふざけるなこの下郎が!!!!!!

 どうしてそんな発想になるのだ!」


「ひぃやあ!?」


下種な笑みを浮かべたオガサワラ伯に対し、突然怒りを表した男が唾を飛ばしながら野太い声で叫ぶ。


「そんな方法で魔が浄化できるか!!!

 魔を浄化するには唯一つ!!

 肉を喰らうに決まっているだろうウウウウウウウ!!」


「肉を喰らう!?

 食うのか、あの小娘を!?

 亜人とは言え、人だぞ!?」


「ああ、美味そうだ。

 どこの肉から食おうか、太股か、それとも頭からか?」


ダラダラと涎をたらし始めた男は、既にオガサワラ伯の言うことなど聞いていなかった。


男が何を言っているのか理解できない。

いや、理解したくない程狂った言葉を発しながら、舐めるようにマリーナの体を見るその姿に、マリーナは恐怖で失神しそうになる。


「いやじゃ、いやじゃあぁぁ…」


(こんな奴に食われて死ぬのは嫌じゃ、銀子、大お祖母様…)


マリーダは恐怖で自分の感情をコントロールできなくなり、目から涙をこぼし、嗚咽を上げ始める。


「おい、泣き始めたぞ」


「決めた眼から食べることにしよう。

 オガサワラ伯、鍵を開けろ」


「私は伯爵なのだが…」


「それが何か?

 死は誰にでも平等に訪れる、地母神様の教えだ」


「おい、誰か!鍵を早く持って来い!」


慌てるオガサワラ伯の声に呼応し、暗闇の向こうから鎧兜を着けた兵士が走ってくる。

見た目はただの兵士である、だがマリーナはその足音が死神の足音に聞こえた。


「早く鍵を開けろ」


牢屋の前にたどりついた兵士に対し、オガサワラ伯は早く鍵を開けるよう急かす。

しかし――




「開けますよ、あなたを倒した後でね」


「なに!?」


グシャリという肉がひしゃげる音が牢屋に響く。

なんとオガサワラ伯は、鍵を持ってきた兵士に蹴り飛ばされ、無様な格好で壁に叩き付けられたのだ。





「無事ですか!マルエネ様!!!」


何度も怒られ、時には声を聞くのも嫌になったこともあったが、この時ほどその声が聞きたいと思ったことはなかった。

鉄兜を取って現れたのは、銀髪の髪にぴょこりと二つの耳が生えた銀孤族の女性。

マリーダの護身術の先生にて、皇国情報局職員でもある銀子だった。



----------


side 銀子


「銀子!銀子!銀子!!うわあああああああん!!!」


より一層激しく泣き始めるマリーナ。

だがそれは、安堵によるものだと銀子には分かった。

牢屋を開け、抱きしめてあげたい。

銀子はそう思うが、そこにはもう一人の人物がいた。


「また魔が一人現れた…

 質は悪いが、前菜にはちょうどいい!!」


闇の中から男が銀子に飛び掛る。

奇襲攻撃のようだったが、視覚・聴覚共に人族より遥かに利く銀子はそれを横に飛んでかわした。


「僧兵か!!

 僧兵がなぜここにいる!!」


「肉にありつくためよ!!」


「こいつ、狂っているのか!?」


涎を垂らしながら槍を突き出す男に対し、銀子は刀で応戦する。


「一気に勝負をつけさえてもらいます」


先の会話で、会話による戦闘回避は不可能だと判断した銀子は、勝負を一気に決めることにした。

銀子は、男が突き出した槍を右手の刀で払うと、その勢いで体を時計回りに回転させ、男の懐に入る。


「クナイが丸見えだぞ」


だが、左手のクナイで斬り付けようとした銀子に対し、男は槍の柄を使って防御してしまった。


「できる」


刀と槍では、槍の方が僅かに勝率が高いと言われている。

しかしこのような狭い場所では、刀の方が有利なはずだった。

ところが、男は槍の柄を器用に使い、銀子の攻撃を防いでしまった。

これはつまり、男の技量が銀子の上を行っていることを意味していた。


「まずは味見だな」


再度槍を銀子の方向に向け、男は宙を飛んでいるような動きで、一気に間合いを詰めてくる。

それを銀子は再度刀で払おうとする。


「重っ!?」


が、槍はビクともしなかった。


「銀子!」


銀子が串刺しになると思ったマリーナは悲鳴を上げるが、銀子は咄嗟に後方に跳躍し、紙一重で槍を避ける。

だが、男はそのまま銀子を追いかけようと、再度突進してきた。


「狐火!!」


このままでは、追いつかれ串刺しにされてしまう。

第三者からみれば、そう思ってしまうようなところで、突如銀子の周囲に紫色の炎が現れ、男の顔に殺到した。


「ぬおっ!」


流石の狂人もこれは効いたらしく、一旦突進を止め、間合いを取る。

これで男は下手に近づけまいと銀子は思うが、男にはまだ余裕がありそうだった。

どうやら、何か奥の手を持っているらしい。


「孤族のお遊びか」


「お遊びだと!」


「ああお遊びだ。

 偉大なる地母神様の力の前ではな!!」


男が懐から聖書のようなものを取り出す、そしてそれを頭上に放り投げた。


「地母神よ!我を守りたまえ!」


男の声と共に聖書がバラバラになり、その一枚一枚が男の体に張り付く。

そして男の体を覆いつくしたかと思うと、男の体が一回り大きく、人の形とは違うものへと変化した。


「なんだそれは」


「地母神様が私に肉を喰らうために与えたこの姿…なんて私は美しいんだ…美しい美しいぞ私わああああ!!」


つるりとした白く繋ぎ目の体を持った、マネキンのような物体。

それが男が変化した姿だった。


「それは良かったな」


恍惚とした様子の男を他所に、一抱えほどもある狐火を作り上げた銀子は、それを男に向けて投げ飛ばした。

狐火は男に突っ込んでいくが、男に命中する直前に男の体から何かが飛び出した。

そして、何かと狐火がぶつかり合い、狐火は消滅してしまった。


「打ち消されたのか!?

 マジックアイテムの類か」


「変身中は攻撃してはいけない、地母神様の教えだ」


「戯言を」


銀子は、続いて狐火を連続投射する。

すると、また何かが男の体から飛び出し、狐火を防いだ。

(これでは埒が明かないかもしれない)と銀子は思った。


「無粋な奴だ、これだから信仰の無い者はいけない」


その焦燥感を読まれたのだろうか、男は地面を蹴り、間合いを詰めながら、また槍を突き出してきた。

銀子はそれを、先程と同じく後ろに飛び跳ね、距離を開けてかわそうとする。

しかし、先程と同じ様にはいかなかった。


(速い!)


これまでの数倍の速度で槍の先が銀子に迫って来たのだ。

銀子はその速度に負けないよう、必死に跳躍するが――


「グウッ」


何故かその途中で強引に地面に叩き落された。


「銀子!!」


マリーナが、真っ青な顔で叫び声を上げる。


「マルエネ様!まだ負けたわけではありません!」


不利な体制になってしまったが、マリーナを心配させないように、銀子は気丈に振舞う。


「じゃが、銀子の脚が!!」


(脚?いったい何を)


そこで初めて銀子は気がついた。

自分の右脚がざっくりと斬られ、無くなっている事に。


「ううっ」


麻痺していたのか、ただ単に遅れていたのか、猛烈な痛みが今になって銀子を襲う。

それを銀子は、歯を食いしばって我慢するが、状況はその程度ではどうしようも無い程悪化していた。


「40年ものといったところか」


男が銀子の脚を無造作に拾い、そこから滴り落ちる血を舐めながら言う。

銀子はその言葉を無視し、男を攻撃しようとするが、とても攻撃できる状況ではなかった。

急激に血を失っていることもあるが、最も問題なのは、それと同時に魔力までも失われていることだ。

今銀子は、魔力を使い、失われていく血と生命力を補っていた。

これによって銀子は命を繋ぎ止めていたが、その代償として魔力を急速に枯渇させつつあり、人族より遥かに強力な魔力を持つ銀狐族と言えども、あと数分で魔力が完全に枯渇してしまう状況だったのである。


「さて、いただくとするか。

 今日も肉にありつけたこと、地母神様、感謝いたします」


祈りながら男が銀子に近づいてくる。


「銀子から離れろ!!この下郎!!!」


マリーナが喚きながらナイフを投げる。

いざという時のために、下着の中に隠し持つように銀子が教えたナイフだ。

しかし、そのナイフも空しく男の体から飛び出した何かに相殺されるだけだった。


「同じ手は二度とは効かない。

 そんなことも知らないのか?」


だが、男の注意を逸らすことはできたようだ。

マリーナが分かってやっているのかは分からないが、これが最後のチャンスだと銀子は確信した。


「わらわは馬鹿じゃから分からん!!

 なぜお主に攻撃が効かないのか、なぜお主がこんな酷いことをするのか分からん!!この馬鹿!!!」


「なるほど、それでは馬鹿な魔の小娘に教えてあげましょう。

 この鎧は聖書で出来た鎧。

 聖書を構成するそれぞれのページが自らの尊い犠牲と引き換えに、ありとあらゆる攻撃から私の身を守るだけではなく、私の力を何倍にも引き上げてくれるのだ。

 そして私は…




 馬鹿ではない!!!」


「グギャっ」


牢屋越しに、男がマリーナを殴りつける。


「お前はメインディッシュだもう少し「お前を倒すには、ページ全てを焼き尽くす攻撃をすればいいのだな?よかった、無駄にはならなさそうだ」


「何だと!?」


静かに、だがはっきりとした口調で男とマリーナの会話に銀子が割り込む。

銀子の周囲には、残存するほぼ全魔力を注ぎ込んだ無数の狐火が浮んでいた。

生命を維持するための魔力さえ注いだそれは、正に生死をかけた最後の一撃だった。


「焼き尽くせ!」


「また試練かああああああああああ!!!!」


銀子の渾身の攻撃が男に襲い掛かる。

猛烈な熱と爆風が周囲を支配し、光の中で男の姿を消し飛ばした。















まるで溶鉱炉の傍にいるような、そんなじりじりとした熱さが銀子の頬を焼く。

男が居た場所は、狐火の熱で石畳が白熱し、赤白く不気味に光っていた。


「やった!やったのじゃ!!」


マリーナが勝利を確信し喜ぶ。

男がいた場所は、とても人が生き残っていられるとは思えない状況だったからだ。


ところが。


「ふはははははっははは!!私は試練を乗り越えた!!!」


狂ったような笑い声と共に、男が煙の中から姿を現した。


「馬鹿な!300発以上打ち込んだはず!?」


「私が同時に身にまとえる聖書が一冊だけだと誰が言った!!!!!」


男の姿は、先程までより更に巨大化していた。

どうやら、聖書の鎧を更に何重にも纏ったようである。


「私を倒したければ、3000発は用意すべきだったな」


男が槍を構え、その切っ先を銀子に定めた。


「…マルエネ様、申し訳ありません」


魔力を全て失い、命も間もなく燃え尽きようとしている。

(もはや助からない)

そう感じた銀子は自然に口から謝罪の言葉を出していた。

カグヤというメイドは、主人のためなら命を捨てることを厭わないという。

忠誠こそ家臣の誉れだという。

その時は、その言葉に圧倒されたが、自分は見事命を捨てる覚悟で戦うことができた。

そこは胸が張れる。

だが、結果が伴わないとは…

自分の力の未熟さを謝罪するしか銀子はできなかった。


「銀子!!謝るなら、諦めるな!!!!!!!」


マリーナの絶叫が響き渡った。





グシャリ…





銀子が迫り来る槍から目を背けると同時に、肉が裂かれる音がする。


だが何故かまったく痛くない。

これが死というものなのだろうか、死する体は痛みすらも感じられないのだろうが。

銀子はそう思い、全てが終わるのを待った。


「何故だ!?」


ところが、終わりは一向に訪れず、男が困惑する声が聞こえて来た。

銀子が恐る恐る視線を戻すと、自分の足に槍を突き刺した男の姿があった。


「怪しげな技で、神聖な私の体を操ったのか!?」


男が銀子を睨みつける。


いや、自分は何もしていない。


そう言おうと口を開こうとした時、男の体に異変が現れた。

男の背後の影から、影そのものが這い出てくる。


そしてそれは、ボンヤリと赤く光る目のようなものを銀子に向けてこう言った。


「アナタガ『ギンコ』サマデスネ。

 マイマイヒメサマノ、メイレイニヨリ、タスケニマイリマシタ」

マイマイの活躍は次話から。

現在鋭意作成中です!



どうでもいい話ですが、銀子さんはこの小説で初めて年齢が表示されるという栄誉に輝きました。

え、栄誉じゃない!?

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きをお願いします… お金払ってでも読みたくなる面白さでした
[良い点] めちゃくちゃ面白かったよ!! ぜひぜひ続きを!!
2022/02/14 06:43 退会済み
管理
[一言] 続きが見たいです。
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