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第十三話 奴隷都市 1

大変お待たせしました。

次話は明日投稿予定です。

第十三話 奴隷都市 1


side マイマイ


顔のシワは、人生を表しているとも言われている。

これは何も、手相占い等と同じようなものを差している訳ではない。

人生の中で積み重ねてきた表情が、シワとなって現れているというのだ。

では、深い笑いシワが刻まれたこの男は、羨む様な幸せな人生を送ってきたのだろうか。

いや、そうでは無いとマイマイは思った。


「そこのお嬢様お待ちください、招待状はお持ちでしょうか?」


身なりから察するに、恐らく家令か何かなのだろう。

オガサワラシティ中心部にそびえ立つ城を訪れたマイマイの前に、白髪の老紳士が現れた。

現れた老紳士はニッコリとした表情であり、物腰も柔らかかった。

だがマイマイは、その姿は偽りのものではないかと直感した。

老紳士の笑いシワは、あまりにも深く、逆に胡散臭かったからである。


「招待状?」


警戒しながらマイマイが聞く。


「この先は、オガサワラ伯爵家直営の会員制奴隷市場でございます。

 入場には招待状が必要でございます」


この時既に、マイマイ達がオガサワラシティに到着してから一晩が経っていた。

とはいえ、到着したのは夕方であり、マイマイ達はそのまま宿に泊まり、今日になって初めてまともに情報収集を開始していた。

そして、その情報収集先として真っ先に向かったのがオガサワラシティ中心部にあるオガサワラ伯爵城であった。

マイマイが知る限り、城には公共スペースがあり、初心者向けの基本的な情報が手に入るからである。

つまり、現状の招待状を要求される事態は、完全に想定外だった。


「そんなもの無いよ」


「それでは失礼ですが、家名をいただけないでしょうか」


「家名?あ、どこの誰かって聞いているのか。

 私はマイマイ、辺境の商人の娘、マイマイだよ」


名を名乗れと言われている訳だったが、目の前の老紳士を警戒している上に、今のマイマイは辺境のちょっとした金持ちの娘という設定だったため、それを名乗った。


「やはり、招待状が必要でございます。

 招待状を持参していただくしかありませんね」


話から察するに、招待状が無くても入れる人達がいるものの、マイマイはそれに該当しなかったのうだろう。

だが、会員制奴隷市場とやらに用事がないマイマイにとっては、関係のない話だった。


「何だか良く分からないけど、招待状なんて手に入れる気無いよ」





「申し訳ありませんが、お引取り下さい」


老紳士を目にした時に感じたとおり、老紳士の表情は偽りのものだったらしい。

張り付いたような笑顔のまま、まるでマフィアが脅すような有無を言わさぬ声色で「お引取り下さい」と老紳士が言ったからだ。

どうやら、招待状を持たない相手、つまり客以外には用は無いとのことらしい。

しかしながら、繰り返すが、会員制奴隷市場に用があってここに来た訳ではないマイマイにとって「はい、そうですか」と帰る訳にはいかなかった。


「えっと、ここは城じゃないの?」


高い塀に囲まれた広大な敷地に、湖と見間違うような大きな池と金で装飾された白い石造りの建物。

『金持ちがその贅を尽くして立てた城』といった感じの豪華な建物が、老紳士の後ろにはそびえ立っていた。

それはどう見ても、『会員制奴隷市場だけ』のための建物とは思えなかった。


「城でございますが、それが何か?」


棘のある口調で老紳士が言う。

どうやらマイマイの言わんとすることが伝わっていないようだった。


「あの、公共スペースは?」


「公共スペースですか、そのような名の場所はここにはありませんが?」


「旅の初心者に役立つ情報が集まっている場所なんだけど…」


「オガサワラ伯爵城は旅人のための建物ではありません。

 オガサワラ伯爵家のための建物ですが何か?」


老紳士は張り付いた笑顔を変えずに、まるで「この世間知らずは、何を馬鹿なことを言っているんだ?」といった口調で言う。

非常に腹が立つ口調だったが、そのおかげでマイマイは一つの確信を得ることができた。

老紳士は胡散臭かったが、公共スペースが無いという話はどうやら真実であると。


「まさか仕様変更…、最悪だ」


仕様変更による公共スペースの消滅。

それがマイマイの至った結論だった。


「最悪?何か失礼でもいたしましたかな?」


「あ、いや何でもないです、作戦を練り直します。

 それでは」


「招待状を持参してでの、またのお越しをお待ちしております」


作戦の練り直しが必要になると考えたマイマイは、事実そうなのだが、まるで老紳士など相手にしていないかのようにその場から立ち去った。

それを笑顔のまま見送った老紳士は「貧乏人が着ているハリボテの服を、高級な服と見間違えるとは…少し目が悪くなったようですな。情けない」と呟くと、城の中へと戻っていった。


----------


「お嬢様、どうするでござるか?」


(ギルドも情報が手に入るけど、他のプレイヤーと意図せぬ接触をしてしまう可能性が公共スペースより高いから気が乗らない。

 他の町に行くという手段もあるけど、他の街も同様の仕様変更の可能性があるよなぁ)


公共スペースで情報を得る以外にギルドで情報を集めるという手段がある。

しかし、公共スペースと違い、そこに住むことができるギルドは、常駐しているプレイヤーがいる可能性があり、意図しない接触を避けているマイマイとしては最後の手段であると考えていた。

そして、仕様変更だった場合、他の街の公共スペースも消滅している可能性があり、安易に他の街に行くという手段も躊躇われた。

つまり、取るべき手段を失ったマイマイは、歩きながら作戦を練り直していた。


「おっ?活気がある場所に出たな」


腕組みをしながら城から離れたマイマイは、いつの間にか街の繁華街と表現すべき場所に来ていた。

そこには石造りの白い建物が道の両側に延々と続き、その軒先に様々な露天が並んでいた。

そして幅5m程の道路は、身長が低いマイマイでは先が見えない程の人で溢れていた。


「いい案が浮ばないから、このまま露店を見ながら考えようか」


心配そうに聞くスケサンにマイマイはそう言うと、先頭を切って歩き始めた。

歩きながら露店を見ると(なるほど見た目だけではなく、本当に活気がある)とマイマイは思った。


「今朝仕入れたばっかりの、赤カピラ果汁だよ!!」


「そこのあんた!あんたのような冒険者に似合いそうな兜があるよ!」


「観光案内しまーす、宿も用意しまーす。

 あ、お兄さんどう?いっぱいサービスするよ?」


通りを行く人々に色々な呼び込みが行われている。

そして、それらに足を止め、値段交渉に入る人も多かった。

ただのウィンドウショッピングという訳ではないようだ。


だが、そんな喧騒に包まれた中で、妙に静かな一画があることにマイマイは気が付いた。


『しつのよい、のうどいます』


『とくべつせーるじっしちゅう』


『おんなどれいせんもんてん』


『あじんどれいにゅうかしました』


何人もの人々が大きな看板を掲げた店の前で立ち止まり、建物の奥へと消えていく。

しかし、その一画だけは呼び込みも行われておらず、行き交う人々も何故かとても静かだった。


「あれは何だ?」


「奴隷関連の店だと思われます」


ひらがなのため、頭に入ってこなかったが、大きな看板を掲げた店は、どれもこれも奴隷関連の店のようだった。


「どうして、ひらがななんだ?」


「昨晩の宿には漢字があったのですが、宿を出てから見かける文字はひらがなばかりです」


「そうなの?気が付かなかった」


原因は分からないが、カグヤによると漢字をほとんど見かけない状況になっているらしい。


「原因は分かる?」


「いえ、現状では」


カグヤは申し訳無さそうに首を振る。


「そうか、とりあえず覚えておこう」


気になる事態だったが、とりあえず害がありそうなことではないため、マイマイは奴隷関連の店に視線を戻した。


「この町の主要産業が奴隷の取引だったよね。

 そういう意味では、当初の読みどおりなんだけど、基礎的情報が集まってない状態だと、奴隷商人と話をしてもなぁ」


マイマイ達は、オガサワラシティに奴隷商人が集まっているという特長を活用し、各地から集まった奴隷商人から情報を聞きだす予定だった。

だがそれは、公共スペースで基礎的な情報を学習済みであるということを、前提条件にしていた。

これは、基礎的な情報が無い状態で奴隷商人と話をしても、頓珍漢な質問になってしまい会話が成り立たない可能性があったためである。


「基礎的なことを教えてくれる奴隷商人がいたらいいが、そんな都合のいい奴いないよな」


マイマイは諦めた顔をしながら、何となく奴隷関連の店を眺める。


『けいさんのとくいなどれいいます』


「!!そうか、この手があったか」


しかし、諦めるにはまだ早かったようだ。

計算の得意な奴隷と書かれた看板を見たとき、マイマイは閃いた。


「何か思いつかれたのですか?」


「情報収集のために奴隷を買おう!」


「奴隷を買うでござるか?」


スケサンが、意味が分からないといった感じで聞く。


「頭脳労働用の奴隷が売られているとことは、世の中の情報に明るい奴隷もいるはずだよ!

 そういった奴隷を買って情報を聞けばいい」


「なるほど!それはいい手でござる!」


スケサンが、ポンッと手を叩きながらマイマイを賞賛する。


「流石マイマイお嬢様、すばらしいお考えです

 では、どの店に入りましょうか?」


続いて、そんなスケサンを押しのけてカグヤが賞賛しつつ質問してきたが、問題はそこだった。


「そこが問題なんだよな。

 きっと相手は百戦錬磨の商人だよ、私達だけで行けば適当な奴隷を高額で掴まされるかも。

 さっきから見ている感じだと、千年前と大分違う気がするんだ」


千年前にも、奴隷市場には『○○奴隷市場』といったような暗そうな名前がついていたが、実際はとても明るい雰囲気だった。

プレイヤー達が、冒険の仲間や、家の管理、街の住人等、人材が欲しいときに利用するといった、某酒場や人材派遣会社的な場所であり、手続きや金額も明確だった。

だが、何が違うと問われると難しいのだが、目の前の奴隷市場は全体的に妙に重苦しい雰囲気が溢れていた。

ただしそれは、あくまで他の奴隷市場との比較であり、オガサワラシティの過去との比較ではなかった。

何故なら、はっきりとは覚えていないが、千年前にはオガサワラシティという街は無く、ここには高レベルプレイヤー向けの地下ダンジョン存在するだけだったからである。


「そうですね、私達は奴隷商人との取引の経験があまりありませんね。

 誰か得意そうな家臣でも召喚しますか?」


「それでもいいけど、いくら商談が得意な家臣でも、何も情報が無い今だと無理ゲーじゃね?」


商談とは情報戦でもある。

そのため、現状で戦いを挑むのは、武器を持たずに戦場へと向かう状態。

つまり、無謀といえた。


「それなら、昨日の二人にアドバイスを貰ったらどうでござるか?」


「昨日の二人にアドバイス?」


思考が袋小路に入ってしまったマイマイとカグヤにスケサンが提案してくるが、提案の意味が分からないため、マイマイは聞き返した。


「お嬢様も鈍いでござるな、街の入り口でトラブルに巻き込まれていた二人でござるよ」


「会話を聞く限り、銀子さんとマリーナさんと言う名前の二人ですね」


スケサンの言葉に、カグヤが補足する。

なるほど、とても良い提案だとマイマイは思った。


(…正しいアドバイスだが、スケサンの顔を想像したら…)


だが、兜で顔が見えなかったが、絶対にスケサンはドヤ顔をしているとマイマイ思い、なんとなく悔しくなった。

その様子を感じ取ったのか、それとも対抗心からなのか、カグヤが別の意見を出してきた。


「それなら、あの二人から現在について社会一般の情報を直接教えて貰ったらどうでしょうか」


確かにその方法もあると、マイマイは思った。

しかしながら、結局マイマイはスケサンの案を採用することになった。


「私達が何にも知らないってことを、自分達のコントロール下にある人間以外に知られるのは得策じゃないと思う。

 彼女達が信頼できても、その知り合いが信頼できるとは限らないからね。

 その点、購入した奴隷なら自分達のコントロール下だから、その辺りを心配する必要は無い」


何が起きているか分からない状況では、無闇に自分達の情報を漏らしたくない。

そういった思いが、スケサンの案を採用する決め手になった。


----------


立ち並ぶ西洋風の白い建物に隠れるように、瓦屋根の和風な建物がポツンと建っていた。

『こじんまりとして目立たないが、知る人ぞ知る隠れた名旅館である』

ナレーションをつけるなら、こういった感じだなと『妖精の止まり木』を見たマイマイは思った。

部屋数が10部屋あるかどうかの小さな旅館だったが、見る限り、建物の作りも掃除もとてもしっかりしているように見えたからだ。


「いらっしゃいませ」


そして従業員も、そういった期待を裏切らないものだった。

ふくよかな体型の男性が、にっこりと笑いながらマイマイ達を迎える。

その笑顔は先程の老紳士とは違い、嫌な感じや胡散臭さがまったく無かった。


「こんにちはおじさん。

 銀子さんと、マリーナちゃんに会いに来たんだけど、呼んでもらえるかな」


「かしこまりました」


従業員は、にこやかにマイマイの要望を受け止めると、左手を上げた。

すると、若い男がこちらに駆け寄って来た。

どうやら、この若い男に二人を呼びに行かせるつもりらしい。


「失礼ですが、お客様は…」


(しまった)


続いて、従業員は頭を下げながらマイマイの名を聞いた。


「私の名はマイマイ、昨日街の入り口で二人がトラブルに巻き込まれている時に出会った一行だと伝えれば、直ぐに誰だか分かると思うよ」


名乗るのをうっかり忘れていたマイマイは、胸を張って名乗る。

すると、従業員の男性は、目を瞬かせると、本当に申し訳無さそうな顔をしながら言った。


「申し訳ありませんマイマイ様。

 銀子様とマリーナ様は外出しております」


「え」


(しまったよ、これは想定すべきだったよ)


今はまだ日が昇っている時間である。

銀子もマリーナもこの街に用があって来ているのだから、用事を済ますために外出しているのを想定すべきだったとマイマイは反省した。


「そうなんだ、戻ってくるのはいつ頃になりそうかな」


「お客様がお決めになることなので、私共には…」


「あうっ」


そのため待つことをマイマイは考えるが、確かに従業員の言う通りである。

何時頃戻る予定であるかなどを、従業員へ詳細に伝える理由などマリーナ達には無い。

三回連続で失敗してしまったマイマイは内心涙目になった。


「カグヤ、どうしたら良いと思う?」


「書置きでも残されたらどうでしょう」


「そうだね、そうするか」


結局カグヤに助けを求めたマイマイは、カグヤの言うとおり、書置きを残すことにした。


----------


銀子さんとマリーナさんへ。

こんにちは、昨日町の入り口でお二人がトラブルに巻き込まれていた時に出会った者です。

具体的には、騎士や美人メイドではなく、美少女の方です。

今日は、旅慣れてそうなお二人に相談したいことがあって会いに来ました。

もしも今晩お暇なら、お手数ですが『ウィンダム オガサワラシティ』のロイヤルスィートを訪ねてもらえないでしょうか。

晩御飯ぐらいはこちらでご馳走いたしますので、相談に乗っていただければと思います。

夕方に使いを送りますので、それまでにお返事を決めておいて下さい。


PS

二人と楽しくお食事会をしたいという思いもありますので、遠慮せずに来てくださいね。


エントール・マイマイ三世



「こんなものかな?」


「自分で美少「問題ないと思います」


スケサンの言葉を遮り、文章を一読したカグヤが同意する。


「これを渡してもらえないかな」


「畏まりました」


「じゃ、おじさんよろしくね!」


書置きを従業員へと渡すと、マイマイは宿から出る。

それを従業員は一礼して見送り、その姿が見えなくなったころ、カグヤがそっとマイマイの耳元に口を近づけてきた。


「今の従業員、おかしいです」


「おかしいって何が?」


「わざわざ、マイマイお嬢様のお名前を確認してから、二人が外出していることを伝えました」


「うん?」


マイマイは、カグヤの言っている意味が良く分からなかった。


「あの従業員は当初、二人が宿内に滞在しているかのような行動を取っていました。

 その証拠に、若い男を呼び寄せ、使いに出そうとしていましたよね。

 しかし、マイマイお嬢様が何者であるか確認した瞬間、二人が外出しているということを言い出しました。

 その間、従業員はメモなどを確認した素振りを示していませんでした。

 つまり当初、あの従業員は嘘をついていたのではないかと」


「それって、単純に間違えたか、忘れていただけじゃないの?

 例えば、私が訪ねて来るかもって、事前に銀子さんが従業員のおじさんに伝えていて、ちょうど思い出したとか」


「そうかもしれませんが、あのような小さな宿で間違えたり忘れたりするのは不自然です」


「えっと、つまりカグヤは、とにかく従業員の行動が不審だったって言いたいわけなんだね?」


「そうです、私には演技をして、我々を罠に嵌めようとしているようにしか見えませんでした…」


確かに細かく見ていけば、カグヤの言うとおり従業員の行動には妙なところがあるような気がした。

しかし、カグヤの話はどれもこれも証拠が無い話であり『従業員のミス』や『考えすぎ』で済ませられるような話ばかりである。


「確かに不審なような気がするけど、証拠も何も無いし、実害を受けたわけじゃないよね。

 考えすぎじゃないの?」


「そうですか……

 狐の勘としか言いようが無いのですが、狐が人を化かす時のような、僅かに香るような不自然さを感じたので、敏感になってしまいました」


カグヤはマイマイに向かって頭を下げる。


「気にしなくていいよ、私の安全を考えてくれた結果だからね。

 それよりさ、夜まで本を探そうよ。

 探せば情報収集に向いている本があるかもしれないよね」


マイマイは、頭を下げたカグヤに気にしないように言うと、先頭に立って歩き始めた。


「わかりました」


カグヤはそんなマイマイの斜め後ろについて行くが、従順な言葉と行動とは裏腹に、その顔には依然として先のことを考えているような表情が表れていた。


----------


side 銀子


何も知らない人が見れば「まるで美しい花々のようだ」と感嘆するような光景がマリーナと銀子の前に広がっていた。

二人の目の前に並ぶのは、飾り立てられた女奴隷達。

少しでも高く売るために、彼女達は花の様に飾り立てられていたのである。

しかし銀子はそれを、まるで造花の様だと感じていた。


「どうでしょうか、お気に召した奴隷はいましたでしょうか?」


顔は笑っているが、目がまったく笑っていない。

典型的な奴隷商人顔の男が、もみ手をしながら銀子に聞く。


「わらわは、あのお姉さんと二人っきりでお話したいな!!」


子供っぽい声を出しながら、マリーナはオドオドとした表情の少女を指差した。

その少女は、奴隷商人によると一ヶ月前に仕入れ、昨日初めて店頭に出された兎人の奴隷だった。


「あの、お客様と奴隷だけでお話されるというのは…ちょっと。

 私はただの『預かり人』ゆえ、定められた決まりに逆らうわけには…」


汗を拭きながら、奴隷商人の男がマリーナの提案を断ろうとする。

するとマリーナが、銀子に向けて、こっそりウィンクをした。

それを見た銀子は、腰に両手を当て、怒っているというポーズを取った。


「マリーナ様、奴隷商の方を困らせてはいけません」


「嫌じゃ!嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!

 わらわは、二人でゆっくりと話したいんじゃ!!!

 自分の買う奴隷はゆっくり話してから決めたいんじゃ!」


どうしようもない金持ちの駄々っ子といった様子で、マリーナが床に寝そべり、ジタバタと手足を動かしながら駄々を捏ねる。


「またマリーナ様の癇癪が…


 申し訳ありません、どうかこれで私達と奴隷だけで話をさせてもらえないでしょうか?

 少しだけでも構いません」


銀子は、心底疲れたという表情を作ると、奴隷商人に一握りの金貨を渡し、懇願するように言った。


「おっといけない。

 そういえば大事な仕事があるのを忘れていた!!」


すると突然、奴隷商人が白々しい表情で仕事を忘れていたと言い出した。


「おいお前、私が仕事を終わらせるまで、私の代わりに奥の部屋でお客様を接待しなさい」


そして、マリーナが指差した兎人の少女にマリーナ達を接待するように命令したのである。


「……お守も大変ですね。

 半刻ほどで戻りますので、あちらの部屋でお待ち下さい」


奴隷商人は銀子にそう言うと、金貨をポケットに入れながら部屋の奥にあった扉を開け、マリーナ達と兎人の少女を通す。

どうやら、買収に成功したようである。


「おおー話の分かる奴じゃの!」


「当店はお客様第一主義でございますので。

 それでは、くれぐれも私が戻るまでこの部屋から出ないようにお願いします」


「分かったのじゃ~」


見る者を不快にさせるような笑みを浮かべながら、奴隷商人は、他の奴隷を連れて部屋を出て行った。

そして、男の足音が聞こえなくなったことを確認したところで、マリーナが偉そうな顔をしながら口を開いた。


「ふふんっ…わらわの演技も中々捨てたもんじゃないの?」


「…私はてっきり、本当に癇癪を起こされたのだと思いました。

 あまりにもいつもの癇癪を起こされる時と同じでしたから」


「酷いのじゃ!」


さらりと酷いことを言う銀子。

その言葉が冗談と分かりつつも、マリーナは少し傷ついてしまったようだったが、直ぐに気持ちを建て直したらしく、きりりとした表情になった。

何故なら、実は二人はとある目的のために、奴隷商人の元へ客を装って潜り込んでいるからであり、これから本番だったからである。


「…さてと、お主、名は何という?」


「リエープル・イナバです」


雰囲気が急に変わったマリーナに声を掛けられた兎人の少女は、かなり戸惑ったらしく、小さな声で答えた。


「出身は?」


「トトウの村…この近くにある村です」


「そうか、それでイナバ、お主はどうして奴隷になった?」


「………父が流行り病に倒れて…お金が…」


在り来たりな答えだったが、リエーブルの目が泳いでいるのを、銀子は見逃さなかった。


「リエープルさん、別に嘘はつかなくていいのですよ」


「別に嘘なんて!」


先程までの小さな声が嘘のように、大声で否定するリエーブル。

だがそれが、かえって怪しいと言っているようなものだった。


「この地域の情報は全て把握済みです。

 確かに二年前に流行り病がありましたが、それが原因にしては少々タイミングが変ですよね?

 先程の奴隷商人はあなたは一ヶ月前に仕入れたと言っていましたよ。

 そして何より、あなたの目が泳いでいます」


「え!?」


銀子から指摘されたリエーブルは、見るからに二人を警戒し、そして怯え始めた。



「銀子、そう脅すでない!

 大丈夫じゃ、誰でも隠し事はある」


そろそろ頃合と考えたのだろう。

マリーナは、リエーブルの目の前に移動した。

真正面から見つめられる形になったリエーブルは困惑した表情を見せるが、マリーナは何も説明しないまま、突然自分が被っているフードを脱ぎ去ろうとする。


「あれ!?あれれれ!?」


ところが、フードが途中で引っかかり脱げない。

マリーナがリエーブルに見せようとした『ある物』に、フードが引っかかってしまったのが原因なのだが、あまりにも締まらない展開だった。

実は、マリーナの家系には『呪い』と言われているものがあった。

これは『大事なところで「何かやらかしてしまう」』というもので、所謂遺伝の類だと思われるのだが、あまりにも酷いのでいつしか呪いと呼ばれるようになったものである。

今回もそれだった。


「少し動かないで下さい」


(またか)といった表情を隠しもせず、銀子が素早くある物とフードの引っかかっている場所を解き、マリーナのフードを脱がせる。


「角!?」


ある物を目にしたリエーブルが上ずった声で驚いた。

それは無理もないことだった。

マリーナの頭には二本の可愛らしい角があったからだ。


「そうじゃ、わらわもお主と同じ亜人じゃ!だから安心して話すがよい」


マリーナと銀子は皇国と呼ばれる亜人国家出身の亜人だったのである。




「実は――」


マリーナの言葉に押されてリエーブルが語り始めた内容は悲惨なものだった。


イナバ家はこの近郊に住む、貧しいながらも、ごく普通の農家だった。

だが、二年前に父が流行り病に倒れたのが転機になる。

大黒柱が倒れたイナバ家は、農作業の収穫量が減少し、その結果年貢を滞らせてしまう事態になった。

同じ集落の亜人達は、その肩代わりを申し出るが、熟考した結果イナバ家はそれを断ることにした。

迷惑をかけたくないという思いと、地母神教会から、とある救済案が出されていたからだ。

土地の一部を地母神教会に寄進することにより、今年の年貢の不足分を地母神教会が代わりに支払ってくれるというのだ。

しかも、地母神教会は、寄進した土地は今までと同じくイナバ家が自由に使えるだけではなく、寄進した土地の小作料を毎年払い、更に代わりに払ってもらった年貢の相当額を地母神教会に上乗せして払えば土地を返還してくれるという。

小作料は一般的なそれに比べてかなり安く、年貢とほぼ同額であり、努力次第で土地が返ってくるという破格の条件に、イナバ家は飛びつき難を逃れることになったが、逃れられたのは一年間だけだった。

一年後、小作料だけではなく、昨年と同じ額の年貢がイナバ家にのしかかってきたのである。

イナバ家にとって、予想外の事態だった。

小作料を支払うことは分かっていたが、地母神教会に寄進した部分の土地の年貢まで払うと思っていなかったからである。


「土地はあくまで借りているだけであり、土地の所有権はそちらにあるので、年貢の支払い義務はイナバ家にありますよ。

 ほらっここに書いてあるでしょう」


イナバ家の抗議に対し、そう応えた地母神教会が見せたオガサワラ伯爵家の年貢台帳と契約書には、確かに寄進した土地もイナバ家のものと示されていた。

つまり状況をまとめると、地母神教会とイナバ家には寄進という名の借地契約が行われており、土地の所有権が残っているイナバ家には従来と同額の年貢が課せられる一方、地母神教会がイナバ家に払う借地料は昨年肩代わりした年貢額だけであり、本来ならば払う必要が無い小作料をイナバ家は地母神教会に払う契約になっていたのである。

この時、イナバ家の面々は自分達がハメられたことに気がついた。

寄進という言葉から、土地を一時的に手放すものだと思う心理をうまく突かれたのである。

しかしながら、もはや手遅れだった。

集落の亜人達が肩代わりしようにも、昨年イナバ家の年貢を肩代わりしようとしたことを何者かがオガサワラ伯爵家の役人に漏らしたらしく「年貢を肩代わりできる余裕があるということは、収穫を低く報告しているのでは」と疑われ監視が強くなっており、どの家も余裕が無くなっており。

更には、地母神教会にハメられたということをオガサワラ伯爵家の役人に訴えたが、役人は訴えを受け入れるどころか「三日後に年貢を強制的に取り立てる、適当な嘘で年貢を逃れられると思ったのか!」と逆に脅して来たからである。


結局、イナバ家はまたもや年貢を滞らせてしまう事態となってしまう。

そこにまた、地母神教会が現れた。

「寄進した土地を私達が正式に買い取りましょう。料金は今年の年貢の肩代わりということで」

とても飲める提案ではなかったが、イナバ家は今日を生き残るため飲むしかなかった。

結果、イナバ家は、年貢の取立てを何とか乗り越えることができたものの、更に追い込まれることになった。

農地を完全に手放し、そこの収穫を全て地母神教会に召し上げられる事態になった結果、残された農地の収穫では、家族全員を賄えなくなってしまったからである。

(このままでは飢えてしまう)

イナバ家の誰もがそう思った時に、まるで見計らっていたかのように、オガサワラ伯爵家の役人が現れた。

「お金に困っているようだが、娘を売る気は無いか?口も減る、金も入る、悪くない話だろ?」




こうしてリエーブルは奴隷として売られてきたのだと言う。


「やっぱりか!連携が取れすぎている、絶対に地母神教会とオガサワラ伯爵家はグルじゃ!!」


話を聞き終わったマリーナは、顔を真っ赤にして怒りを表す。


「どうにかならないのでしょうか…」


どんな相手に売られ、そしてどんな人生を送ることになるのか、日々不安で仕方がないのだろう。

リエーブルは、マリーナに縋るように言った。


「安心するのじゃ!!」


そんなリエーブルを安心させるのだろう、マリーナは自分の胸を叩きながら答えた。


「お主はわらわが買ってやるのじゃ!」


----------


「これが予約書でございます」


時間きっちりに戻ってきた奴隷商人に、購入の意思を伝えたマリーナと銀子は、リエーブルの購入金を支払うと、予約書と書かれた書類を手渡された。


「予約書か…今日金を払ったのに、今日中に引き取るわけにはいかんのか?」


「それは出来ない法律になっております。

 オガサワラ伯爵領内での奴隷の売買は、オガサワラ伯爵家での売買しか認められていません。

 ですから、ここで買うのではなく、あくまで予約していただくだけなのです」


「ここで買うわけではなく、あくまでオガサワラ伯爵家から買ったという建前なのですね」


エデオルン神所平地内での奴隷の売買は、オガサワラ伯爵家だけに認められた権利だった。

しかし、オガサワラ伯爵家だけで全ての奴隷需要を捌き切ることができないため、オガサワラ伯爵家は商人がオガサワラ伯爵家に金銭を上納することによって、商人にも奴隷の取引に参加できる仕組みを作り上げようとした。

ところが、オガサワラ伯爵家に与えられた権利は王国から与えられた権利のため、勝手に分け与えるということは、本来はできない。

そこで、オガサワラ伯爵家は奴隷購入の補佐、オガサワラ伯爵家の『善意のボランティア』を登録する制度を造り、予約受付を手伝う権利を商人に与え、更には奴隷の世話を手伝う権利も併せて与えるという『建前』の仕組みを作り上げたのだった。


これによって、商人による奴隷取引が実質的にスタートしたのだったが、問題がいくつかあった。

建前として、あくまで予約を受け付けているだけなので、呼び込み等の積極的な営業を行えないということ、そして奴隷の購入にはオガサワラ伯爵家の決裁が必要になるため、金銭を払っても直ぐに奴隷を買うことが出来ないのである。

そのため、マリーナ達はリエーブルを直ぐに連れて帰れなかったのだった。


「その通りでございます。

 お客様、心配なお気持ちは分かりますが、ご安心下さい。

 受け取った料金と注文は私が責任を持ってオガサワラ伯爵家に渡し、明日には間違いなくお引渡しをいたしますので」


マリーナは一刻も早くリエーブルをここから連れ出したいという思いだけで言っているようだったが、奴隷商人の男はマリーナが注文が間違いなく通るのか心配していると勘違いしていた。

だが、銀子はそこをあえて指摘しなかった。

奴隷商人の男にマリーナの気持ちを汲み取れという方が無理な話だということもあるが、亜人であることを隠して奴隷商人を訪れるという状況は、銀子にとって好ましい状況ではないため、一刻も早く話を切り上げたかったからである。


「頼むぞ。

 ところでお主、一つ聞いてよいか?」


「何でしょうかお客様」


ところが、話が終わりそうなところで、マリーナが動いた。


「実は、地母神教会やオガサワラ伯爵家の詐欺で追い詰められて奴隷にされたという噂をよく聞くのじゃが、そんなことが本当にあるのかのう?」


無邪気な子供が好奇心のまま聞いているという表情を作りながら、マリーナが聞く。

あまりにも直球な質問に、銀子はハラハラするが、既に言葉は放たれたため、表情を動かさ無いまま成り行きを見守った。


「…ハッハッハッハッ!!

 お客様、それはあなた騙されているのですよ。

 亜人達は狡猾ですからね、優しそうな飼い主を見つけたら、そうやって同情を誘うのですよ!

 お気をつけ下さい!」


「なんじゃ、わらわは騙されておったのか!!アハハハ!!」


腹を抱えて笑う奴隷商人の男とそれに釣られたように笑うマリーナ。

マリーナが大人の対応をしてくれたことに銀子はホッとするが、マリーナの目がまったく笑っていないことに銀子は(宿に戻ってからが大変だ)と思い、気持ちが少し重くなった。


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「あの野郎!

 銀子!!

 すぐにこのことを外交ルートを使って王国に抗議するのじゃ!!

 皇国との国際条約にある『亜人の権利をみだりに侵してはいけない』と書かれた条項を完全に違反しているのじゃ!!

 そうすれば、リエープル以外の奴隷達も助けられるのじゃ!!」


二人の宿である『妖精の止まり木』に戻ったマリーナは、部屋の机を蹴り飛ばしながら、怒りをぶちまけるように言った。


「無駄です」


それを銀子は、あえて冷徹な表情で返した。

ここで自分がマリーナをしっかり抑えないと、マリーナが暴発してしまうからだ。


「何故じゃ!?」


食ってかかるように、マリーナが銀子に言う。


「証拠がありません」


だがそれでも、銀子は冷静だった。


「リエープルがおるではないか!」


「そんなもの証拠になりません!

 国と国との問題で、ただの一奴隷の証言がどれ程の力になりますか!」


「なんじゃ銀子!

 諦めたらそこで…えーと。

 とにかく諦めたら、終わりじゃと大お祖母は言っておったぞ!」


マリーナだけではなく、銀子にとっても敬意を払うべき相手の言葉を引用し、マリーナは銀子を説得しようとする。

それは正直に言って効果的な手法だった上に、マリーナの気持ちを銀子は痛いほど理解していた。

銀子自身、皇国と列強の間で結ばれた国際条約が近年事実上骨抜きにされ、列強国内に住む亜人達の安全と権利が脅かされているのを知っており、それらに対する対応に追われていた。

だが、銀子はそれでも首を縦に振るわけにはいかない理由があった。

それは、マリーナは真っ直ぐな性格をした上に行動力があり、しっかりと押さえ込まなくては危険を顧みず自分で何らかの行動を起こしてしまうということ。

そして何らかの行動を起こせば、マリーナの皇国での立場が更に悪化してしまう可能性があったからだ。


「マルエネ様。

 あえて厳しい言い方をさせていただきますが、あなたが思いつくような素人考えは、とっくに試されていることなのです!!」


突き放したように銀子は言うが、事実そうだった。

リエーブルのような事例を皇国は既に把握しており、銀子の同僚を通して外交ルートで抗議が行われていた。

しかし、書類上は問題が無いため、奴隷達の嘘であると回答されてしまったのである。


「今回のような問題は、ここ最近急増しており、外務省に対策チームが立ち上げられる程になっています。

 ですがそれでも、突破口が見出せない状況なのです」


「…そうなのか」


ことの難しさを理解し、マリーナが見るからに元気が無くなる。


「マルエネ様、これが現実です。

 簡単に解決する問題ではありませんし、証拠が無い状態で外交問題にしても、いたずらに皇国と王国の関係を悪化させ、更には泥仕合になってしまうのは目に見えています。

 せめて決定的な証拠があれば、もう少しやりようがあるのですが…」


「決定的な証拠…」


この時、銀子がマリーナの顔をしっかりと見る機会に恵まれていれば、そこに浮ぶ不敵な笑みに気がついていただろう。

そしてその後の展開も大きく変わっていただろう。

だが、実際にはそうはならなかった。


コンコン コンコンコン コン


少しリズミカルなノックが響き渡った。


「開いています」


そのノックの叩き方が符丁であることを知ってる銀子は、ドアの外にいる人物に向けて言った。


「失礼します」


銀子の了解を受けて部屋に入ってきたのは、先程マイマイに対応した『妖精の止まり木』の従業員の男だった。


「どうしたのだ?」


「お戻りになる前に、銀子様とマルエネ様を訪ねて来た方がいました。

 そしてこれを渡して欲しいと」


従業員の男は紙を銀子に差し出す。

どうやらそれは書置きのようだった。


「チェックは?」


「既に済ましております、何もトラップは施されておりません」


厳しい表情で従業員の男の話を聞いた銀子だったが、渡された書置きの中身を読むと顔が少し和らいだ。

しかし銀子は、これをマリーナに渡してもよいものかと迷った。

すっかり意気消沈してしまったように見えるマリーナを元気付けるのにはちょうど良い誘いだったが、差出人に対して懸案事項があるからだ。

ところが、マリーナの動きの方が一歩早かった。


「何を隠しているんじゃ!」


「あ、こら!!」


付き合いが長いためか、銀子がマリーナに書置きを隠そうとしているのが分かったのだろう。

マリーナが銀子から書置きをひったくってしまった。


「おお!あ奴が来たのか!」


書置きはマイマイがマリーナと銀子宛に書いたものだった。

マリーナは、先程までの意気消沈振りが嘘のように嬉しそうな顔になる。

マイマイはまだ出会ってばかりの相手ではあったが、特殊な環境で育ち友人が少ないマリーナにとって、まるで親友に誘われたような気持ちになったのだろうと銀子は察した。

そのため銀子は、前向きにマイマイの誘いを検討することに決めた。

だが、立場上懸案事項がある相手との接触を即決する訳にはにはいかなかった。

銀子はマリーナの安全に責任があるからである。


「銀子、どうしたんじゃ?」


「あなたは、どう思いました。

 あの一行のこと」


難しい顔をしている銀子にマリーナはその理由を聞くが、銀子はマリーナの質問を無視して従業員の男に聞く。


「マイマイという子は、邪気のようなものは感じませんでしたが、メイドがちょっと…」


「あなたも何か感じましたか…」


銀子が更に難しい顔をする。

(やはり、自分の感じたものは、間違いではなかった)と、確信したからだ。


「はい、ただのメイドとは思えません。

 私の経験からですが、いつでも私を殺せる位置に彼女はいましたからね。

 恐らく、私がただの従業員ではないと見抜いていたのでは…」


「騎士の方はどうでしたか?」


「赤い鎧の方は素人同然の動きでしたが、青い鎧の方は相当の達人ですね。

 こちらを警戒している様子はありませんでしたが、好んで敵対しようとは思わないですね」


(悩みますねこれは…)


ただの一市民とは思えないマイマイと、それを固める優秀な家臣達。

同じく身分を隠している自分達。

お互いあまり関わらない方が良いのは事実だった。


「なんじゃ、なんじゃ!

 銀子は恩人であるマイマイ達がわらわに危害を加えると疑っておるのか!?

 確かに、マイマイ達が普通の旅人ではないかもしれないと、わらわも分かっているのじゃ。

 だけど、それはわらわ達も同じだし、恩人は大切にしろと大お祖母もよく言っておるじゃろ!!

 まだグダグダ言うのなら、わらわ一人で行くぞ!!」


不穏な会話を続ける銀子と従業員の男の間にマリーナが入り抗議する。

それを見た銀子と従業員の男は顔を見合わせると、二人とも仕方が無いといった表情をした。


「わかりました。

 ですが、私が帰ると言ったら、一目散に帰りますからね?」


「やったのじゃ!」


マリーナは何かをしたいと一度思うと、意地でも行動してしまう性質があった。

そのため、先程奴隷の件で我慢させたのに、ここでも我慢させようものなら、本当に一人で向かいかねない為、銀子はマリーナの希望を受け入れることにしたのだった。


(奴隷に関する抗議を外交ルートで行うという話を諦めたのですから、少しは我侭を聞いてあげましょう)


だが、計算ずくで発言したつもりの銀子の顔は、とても優しいものになっていた。

昔、お金を貸したものの返してもらえない。

借用書を見たら、内容が滅茶苦茶という目に友達が会いました。

皆で助けてどうにかなりましたが、どんなに小難しい書類もよく読まないといけないと思いました。

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