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第十二話 動き出した人々

第十二話 動き出した人々


side シェイリィ


「許すまじ巨大ドラゴーーーーン!!!」


少女が竜小屋の中で両手を夜空に突き上げながら叫ぶ。

まるでその声に呼応するかのように、星が瞬く。

美しい光景だったが、手を突き上げたシェイリィは、星の瞬きを見て、ムカムカとした気持ちが更に大きくなった。

それは何故かというと、ここがシェイリィの竜小屋の室内であり、本来天井があるはずの場所に星が瞬いていたからだ。


シェイリィの竜小屋は屋根が綺麗に無くなっていた。

ハルスとシェイリィが戻ってくる前に、四同盟の目を襲撃してきた巨大ドラゴンによって屋根が吹き飛ばされたのだという。

そして、小屋の中も見るも無残な状態になっていた。

シェイリィお気に入りのワラのベッドはバラバラになり、村を出る際に母親から貰ったタンスはひっくり返り、その中身の下着等を床にぶちまけていた。


「シェイリィ、大声出しすぎだよ、バレちゃうよ」


大声を出したからだろう、玄関の扉の向こうから、ハルスがシェイリィを注意する。

その声に、シェイリィは少し沈んだ顔になった。

だがそれは、ハルスに注意されたからではなかった。

ハルスの姿を直接見ることは出来なかったが、声を聞く限り明らかにいつもの元気が無かったからだ。


(私まで気分が沈んでどうするの!)


シェイリィが自分の両頬を叩き、気合を入れた。

そして、ハルスに聞こえるような大きな声で、嘘泣きを始めた。


「傷心のシェイリィお姉さんに慰めの言葉一つ無いない上に、罵声を浴びせてくるなんて、酷いハルス…」


「違うよ!僕、そんなつもりで言った訳じゃ…」


涙声のシェイリィに慌てたのだろう、ハルスが動揺した声で言い訳を始める。


「そうなの?」


「そうだよ!」


「それならハルス…私を慰めて」


「慰めるって、どうしたら!?」


心底困惑した、といった感じの声がシェイリィの耳に入ってくる。

(…ここで困惑するところが、男としてはまだまだ半人前以下ね。

 だからこそ可愛いいんだけど!)

その声に、少しニンマリとしたシェイリィは、悪戯を次の段階に進めた。


「キス」


「えっ!?」


「キスしてくれたら、私頑張れるから」


「ハルス、目を瞑って」


玄関のドアの鍵を開け、少しだけ扉を開けると、シェイリィはその隙間から外を覗く。


「わっ、わわっ!」


戸の隙間からは、律儀に目を瞑りつつも、情け無い程慌てたハルスの姿が見えた。

それを確認したシェイリィは『本来屋根があった場所に首を通すと』そのままハルスの目の前に自分の顔を持って行った。


「シェイリィ!?そんなの駄目だよ!そういうのは、結婚する人としかやっちゃ駄目だって、母さんが!」


色々と言い訳を言うハルスを無視し、シェイリィは目を閉じ、唇を突き出す。


「むちゅーーーーー」





そして、ハルスとシェイリィの影が一つになった。


「キャウン!」


ハルスの拳が、シェイリィの鼻先を殴りつけるということで。



「……シェイリィ!」


シェイリィが目を開けると、目と鼻の先で目を開けたハルスが、ちょっと怒った顔をしていた。

ついに、ハルスが悪戯されていることに気がついてしまったのだった。


「酷い!女の子の顔面を殴るなんて、いつからそんな子になったの!」


「どうせ痛くも何とも無いんだろ!」


実際、ハルスの言うとおり、シェイリィはまったく痛くなかった。

それはハルスが手加減したわけではなく、ハルス程度の腕の力では『ワイバーンの姿』になったシェイリィにダメージを与えることなど出来ないからだ。

そう、シェイリィはワイバーンに姿を変えた上で、キスを迫っていたのだった。


「ごめんね、ちょっとした悪戯心だったの」


「シェイリィ酷いよ、僕は本気でシェイリィのこと心配したのに!!」


「本当にごめんね、今度一緒に寝てあげるから、それで許して。

 ぎゅっと抱きしめて寝てあげる」


「もう!冗談ばっかり、全然悪いと思ってない!」


少し悪戯が過ぎたようだったが、シェイリィの企みは少しは成功したようだった。

ハルスは膨れた顔をしているが、その声は先程までより元気なものになっていたからである。

実はシェイリィは、元気の無いハルスの気を紛らわそうと、悪戯を仕掛けていたのだった


「…そこは冗談じゃないんだけどな」


「何か言った?」


「んーん、何でも!」


「シェイリィ!?何か怒ってない?どうしたの!?」


「だから何でも無いって、あ、誰か来たみたい!!」


犬も食わないような会話に興ずるシェイリィだったが、話を強引に切り上げた。

人族より優秀なワイバーンの耳が、近付いてくる足音を捉えたからだ。


「ハルス、やっぱりここに居たのか!」


野太い声が闇の中から響く。

その声の持ち主は、シェイリィも良く知る人物だった。


「コビーさん、シェイリィの小屋が吹き飛んじゃって」


コビーは竜番として、何かとハルスとシェイリィの面倒を見てくれる人物であり、四同盟の目で最も付き合いの長い人物でもあった。


「キュイキュイ!」


シェイリィがキュイキュイと鳴き声を上げ、普通のワイバーンのふりをする。

コビーは四同盟の間では最も付き合いの長い人物ではあるが、無闇にシェイリィの正体を明かす訳にはいかなかったからだ。


「ああ、シェイリィお嬢様には可哀想な事件だったな。

 悲しそうな顔を…いや怒っているのか。

 そう怒るな、今度修理を手伝ってやるからな、シェイリィお嬢様」


コビーがペチペチとシェイリィの首を叩く。

その心遣いは嬉しかったが、うら若き乙女?であるシェイリィにとっては、正直言って止めて欲しかった。

人間であれば、首筋をおじさんに触られるという行為が、どうしても生理的に受け付けなかったからである。

だが、シェイリィは言葉で抗議することが出来ないため、視線でハルスに助けを求めた。


「あの、コビーさんはどうしてここに?」


その視線と意味にハルスは気がついてくれたようだ。

正に以心伝心である。


「おっといけねえ。

 ハルス、召集命令が出た。

 辺境伯閣下から何か大切な話があるらしい」


「大切な話ですか」


「詳しくは聞いていないが、貴族、兵士、そして裏方の代表者が呼ばれているらしい。

 面子だけを見ても重要な話なのは間違いないな。

 場所は、いつもの所だ」


「分かりました、今すぐ向かいます。

 コビーさんにも参集命令が?」


「砦と方角は一緒だが、こっちはいつもの待機小屋に参集して結果待ちだ。

 一応だが、代表者が別にいるからな」


「じゃあ、途中まで一緒に行きましょう」


「おう、そうだな。

 道中、暇にならないように、勝手に休暇を取った馬鹿共の話でも聞かせてやろう。

 兎人のねーちゃんのためなのは分かるが、危ないことしやがって、まったく…」


「ハハハ…お心遣いありがとうござます…

 ということみたいだからシェイリィ、行ってくるね」


「キュイ…」


先程までの砂糖を吐くような雰囲気から、一転して真剣な様子に変わるハルス。

その表情を見たシェイリィは言い表せないような嫌な予感がした。

しかし、ただのワイバーンとして姿を偽っているシェイリィは、辺境伯の元へ向かうハルスに鳴き声以外の声をかけることは出来なかった。


----------


side ハルス


四同盟の目は、その中枢たる砦を囲むように城壁が張り巡らされていた。

そしてハルスは、四同盟の目を初めて訪れ、城壁を見た時の驚きを今も鮮明に覚えていた。

四同盟の目の城壁には、普通の城壁にあるような石と石の繋ぎ目が無く、テカテカと日の光を反射させ、虹色の光沢を放っていたからだ。


「繋ぎ目が無いということは、力を加えても簡単には崩れないということだ。

 その証拠に、この壁が壊れたという記録は一つも残っていないそうだ。

 まさに古代の英知の結晶という奴だな」


「巨大な岩をくり抜いて作ったのでしょうか?」


「もしかしたらそうかもしれないが、失われた技術だ、今となってはどうやって作ったのやら。

 ま、分かっているのは我等のご先祖様は凄かったって事だけだ」


驚いた顔で壁をぺたぺたと触るハルスに対し、壁のことを説明した兵士は、自分のことでは無いのに随分と自慢げな顔をしていた。

繋ぎ目の無い壁は、四同盟の目の名物の一つであり、地元の者にとってはお国自慢の一つだったからだ。

だが、そう自慢した兵士は今どんな顔をしているだろうか。


ハルスの目の前には、無残に砕け散った壁によって瓦礫の山が出来上がっていた。


無残に砕け散った壁を見たハルスは(どうしてあの時、僕は破魔の剣を落としてしまったんだ!)と心の中で自分に向かって罵った。

破魔の剣を探すのに手間取ったハルスとシェイリィが戻ってきた時には、全てが終わっていたからだ。


シェイリィの背中の上から見えた四同盟の目の状況は、酷い有様だった。

壁は木っ端微塵に吹き飛び、壁と接続されていた四つの尖塔は形が分からないほど綺麗に崩壊し、広場には巨大な足跡が広がっていた。

その被害の酷さは、死者ゼロ、軽症者20人との話を聞いたとき、自分の耳がおかしくなったのではないか思ったほどだった。

そのため当時のハルスは、死者ゼロと伝えてきたコビーに何度も何度も死者の数を聞き直すことになったが、幸いなことに、その信じられないような人数は事実だった。


ハルスは、あの綺麗な壁が無残な姿になったのは残念だったが、死者が一人も出なかったのは、まさに奇跡だと思った。


といっても、ハルス視点では奇跡であったが、ある意味でこの結果は必然であった。

ハルスには与り知らないことだったが、ファイ一郎の攻撃で吹き飛んだ塔は、元々中に人が入れない構造のため無人であり、城壁についてもファイ一郎の攻撃に反応して展開した障壁によって、兵士達ですら壁に近づけなくなっていたため無人だったのである。


(地母神様の力だ)


しかし、その辺りの事情を知らないハルスは、砦の入り口に掘られた地母神の像を見て、この奇跡は地母神によってもたらされた物だと思った。

ここでいつものハルスなら感謝の祈りを捧げるところなのだが、今のハルスは地母神に感謝の祈りを捧げる気にはならなかった。

(地母神様に比べて、僕は…)

地母神に感謝の祈りを捧げると、敵を撃退するどころか、戦いに間に合いすらしなかったという自分の失態を、まるで棚に上げてしまったように思えたからだ。


「そこの辛気臭い奴、邪魔だどけ!」


そんなハルスの背中に、心無い言葉が投げかけられる。


「エントラケス子爵」


背後にいたのは、ハルスが四同盟の目で最も仲が悪い男と、その取り巻き達だった。

エントラケス子爵は、ハルスと年が近いものの、それ以外は完全に正反対の存在だった。

傲慢で不真面目で高い身分の出身で、平民や亜人に平気で酷い仕打ちをするエントラケス子爵。

謙虚で真面目で低い身分出身で、平民や亜人に対しても紳士的に対応するハルス。

大きな差がある二人だったが、それだけなら、ここまで仲は悪くはならないはずだった。

身分に差がありすぎるため、比較対象になるどころか接点すら無いからである。

ところが、月に一回行われる模擬戦が火種になってしまった。


身分関係無しで行われる模擬戦において、ハルスの成績は常にエントラケス子爵の上にあり、それがエントラケス子爵のプライドを傷つけた。

これは、年が近いというだけで、どうしてもハルスとエントラケス子爵の成績は人々から比べられてしまうからである。

身分が低いくせに、自分より成績がよく、周りの人々からの評判のいいハルスが気に食わない。

そう感じたエントラケス子爵は、ハルスへの虐めという愚かな行為を始め、二人の仲は急激に悪化していった。


「早くどけ!

 勇敢にも巨大ドラゴンに立ち向かった英雄のお通りだぞ!」


エントラケス子爵の取り巻きの一人が声を荒げる。

エントラケス子爵の父親は、ディオイラート公爵と言い、王国でも有力な貴族の一人であった。

そのため、彼の周りには擦り寄ろうとする者達がいつも溢れていたのである。


「巨大ドラゴンに!?それはいったい!?」


いつもなら、軽薄で心のこもっていない取り巻きの言葉など適当に聞き流すところだが、今回の言葉は聞き流すことが出来なかった。


「エントラケス子爵の活躍を知らないとは…

 巨大ドラゴンに立ち向かい、その気迫に恐れをなした巨大ドラゴンは、エントラケス子爵を跨いで歩いたのだという!!

 流石は未来のディオイラート公爵!」


なんと、エントラケス子爵は砦を襲った巨大ドラゴンに立ち向かい、巨大ドラゴンを恐れさせたのだという。

俄かには信じられない話だった。

ハルスの知る限り、エントラケス子爵は哨戒任務中に敵と出会っても、まともに戦わず逃げるような男だからだ。


「正にドラ股子爵!」


「となると、巨大ドラゴンが恐れをなして逃げたのは、子爵を恐れたということなのですか!!」






「ま、まあな!!

 俺様の強さに恐れをなしたのだ、は、はははっははは!!」


次々に自分の功績を称える声に、エントラケス子爵は応える。

だが、その顔がいつもとは違い、若干引き攣っているのをハルスは見逃さなかった。

(やっぱりおかしい)

ハルスは、エントラケス子爵の話は嘘ではないかと思った。

そのことが顔に出てしまったのだろう、ハルスの顔を見たエントラケス子爵が突然、激高した。


「何だおまえ!!疑うのか!!

 巨大ドラゴンを恐れて帰って来なかった臆病者の分際で!!」


そして、ハルスが最も言われたくないことを言い放った。


「……!!」


反論しようとするが、声が出ない。

ハルスは臆病者では無かったが、間に合わなかったのは事実であり、ハルス自身悔いていたからだ。

ハルスはエントラケス子爵を正面から見ることが出来なくなり、おぼつか無い足取りでエントラケス子爵に道を譲る。


「ふんっ、反論も出来ないか。

 臆病者らしい反応だ。

 お前達、行くぞ」


元気を無くした様子のハルスに気を良くしたのか、先程の激高が嘘のようにニヤニヤとし始めたエントラケス子爵は、取り巻きを連れて建物の中へと消えて行った。


「くそっ!僕は臆病者じゃっ」


むしゃくしゃしたハルスは、地面にあった石を蹴り飛ばそうとする。


「あまり気にするな少年」


すると、また誰かが声をかけてきた。

声をかけてきた人物は、細身のちょび髭を生やした中年の男、アインツヘン準男爵だった。


「アインツヘン準男爵!!

 べ、別に気になど、間に合わなかったのは事実ですから」


恥ずかしいところを見られ、慌てて弁明するハルス。


「少年、正直に言って、私は参考になるような出来た大人じゃないが、若者の嘘に騙されるほど間抜けじゃないぞ。

 だから聞け。

 私も巨大ドラゴンの襲撃に鉢合わせた。

 だが怖くて、助けに来てくれたミーコちゃんに抱きついて逃げ回るのが精一杯だった。

 他の奴らも大体同じだ。

 例外があるとすれば、辺境伯閣下とその客人である冒険者達だけだ」


「辺境伯閣下と冒険者達?」


「まともに戦ったのは辺境伯閣下と冒険者達だけだったのだ。

 私のように逃げ惑うしか出来なかった者や、少年のように間に合わなかった者に文句が言えるとしたら辺境伯閣下と冒険者達だけだ。

 気絶していたエントラケス子爵じゃない。

 だから気にするな」


アインツヘン準男爵は、仕事への熱意が無く、剣の腕も大したこと無いが、代々受け継がれている家宝の武具と、恐ろしく優秀なグリフォンのおかげでそれなりに戦えるという典型的な駄目貴族だった。

だが、平民に対してぶっきらぼうな態度を取ることがあるものの、手を上げたりすることは無いなど、貴族にしてはかなりまともな性格の持ち主で、コビー達程ではないが何かとハルスに気を利かしてくれる人物でもあった。

つまり、アインツヘン準男爵はハルスを慰めようとしてくれているのだった。

しかし、アインツヘン準男爵の言葉は少しだけズレていた。


「ありがとうございます。

 ですがやはり僕は、間に合わなかったことが恥ずかしくて仕方ありません」


確かに、エントラケス子爵にはハルスを批難することが出来ない立場である、というアインツヘン準男爵の指摘は間違ってはいなかった。

だがハルスのやり場の無い気持ちの根源は、巨大ドラゴンに接触し、それを四同盟の目に伝えられなかったばかりか、戦うことも出来なかったという自分自身の情けなさに対して向けられたものだったからだ。


「しかし少年は、哨戒飛行任務に狩り出されていて、どのみち本日は一日不在の予定だったではないか。

 これは地母神様が定めた運命だ」


「ですが…」


「少年は相変わらず頑固だな。

 戦闘時のミーコちゃん並だ。

 とにかく、過去を悔いても仕方が無いぞ。

 私のように、過去など思い出したくも無いから思い出さないようにするか、王都のエリートのように、この先頑張って失敗を帳消しにするしかあるまい。

 辺境伯閣下の招集命令、きっと巨大ドラゴンの襲撃に関する話だ。

 少年が失敗を帳消しにしたいのなら、辺境伯閣下の話を聞いて、失敗を帳消しにする算段を立てるべきだな」


依然として納得した顔をしないハルスに対し、アインツヘン準男爵は何とも締まらない自分の例を出しつつ話を続ける。

失敗を思い出さないようにするという後ろ向きの生き方にハルスは内心呆れるが、年の功という奴だろうか、『過去を悔いても仕方が無い、失敗を帳消しにするしか無い』という主張は、確かにその通りだと納得してしまった。


(確かにアインツヘン準男爵の言うとおりだ。

 悔いるより、失敗を帳消しにする算段をした方がいい)


「ほらっ、そろそろいかないと、遅刻するぞ」


ハルスがアインツヘン準男爵の言葉に納得したのが見て取れたのだろう。

笑顔で話題を変えたアインツヘン準男爵に押されるようにして、ハルスは建物の中へと入っていった。


----------


砦1階のほぼ中心部に『喝采の間』と呼ばれる場所があった。

かつて四同盟の目が活躍していた時代では、戦果を挙げた者達がここで仲間達の喝采を浴びながら、総司令官に戦果報告したと言われている場所だ。

そして、現在の喝采の間には、貴族や平民の兵士等、三百人近くの人々が集まり、まるで四同盟の目が活躍していた時代のようにごった返していた。

しかし、人々は戦果報告のために集まったという訳ではなかった。

ここがイシス辺境伯の指定した招集場所だったからである。


「ぎりぎり間に合ったようだな」


アインツヘン準男爵がそう言い、顎で喝采の間の奥にある扉を差す。


「辺境伯閣下のお成ーりー!!」


ハルスが扉を見ると同時に、扉の脇に立つ兵士の一人が声を張り上げ、辺境伯閣下の入場を告げた。

続いて扉が開かれ、ゴールドクロスに身を包んだ鋭い眼光を放つ老人が、早歩きで喝采の間に入ってきた。

本当にぎりぎりのタイミングだったようだ。

齢70を越えるこの老人こそ、四同盟の目総司令官を拝命し、近隣の防衛を王国から任されているイシス辺境伯である。


「皆の者、突然の招集にも関わらずよく集まってくれた。

 さて、事態が事態だけに、さっそく本題に入らせてもらう。

 我が砦を襲撃した例の巨大ドラゴンだが、その後の足取りについて情報が入った」


入室後、間髪入れず喋りだしたイシス辺境伯の言葉に貴族も兵士達もどよめく。

ドラゴンの足取りについては、これまで何の情報も入っていなかったからだ。


「オガサワラ伯領にある、ニマエル伝道教会がドラゴンの襲撃を受け、それを撃退したとの事だ。

 しかし残念ながら、巨大ドラゴンはまだ飛べるほどの力を残しており、その後の行方についてはニマエル伝道教会も分からないとのことだ」


一気に話したイシス辺境伯は、ここで一旦話を区切り、鋭い眼光を放ちながら、集まった貴族や兵士達を見渡す。

その様子に、ハルスは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「栄光ある四同盟の目に所属する諸君なら、この事態に対し何をすべきか分かっているだろうが、あえて説明させてもらう。

 我々の役割は、人族の目として大樹海を監視し、一度事が起きれば、誰よりも早く敵の正確な情報を掴むことにある。

 我々は、ドラゴンが今どこに居るのかを掴むだけではなく、奴がどこから来たのか、奴の力はどのようなものなのか、奴の弱点は何なのか、そして奴の目的は何なのかを調べる必要がある。

 そう、人族が奴に対抗し、倒すために必要なありとあらゆる情報を収集すること、それが我々の責務だ。

 今こそ、その責務を全うする時だ!」


イシス辺境伯の眼光が更に強くなる。


「我こそはと思うものは、剣を掲げよ!!」


イシス辺境伯は腰に付けた小剣を引き抜き、頭上に掲げた。

つまりイシス辺境伯は、巨大ドラゴンを追跡し、その情報を集める任務を自分だけではなく、志願者にも与えようとしていたのだった。

志願し成功すれば、負け犬が集まる四同盟の目では地母神に願っても敵わないほどの栄光が手に入る機会の筈だったのだが…

貴族や兵士達は次々にイシス辺境伯から視線を外し始めた。

成功する可能性は低い上に、命を掛け金にしなくてはならないからである。

もしもここに集まっているのが、四同盟の目が設立された時代の貴族達だったら『位高ければ徳高きを要す』という言葉の通り、率先してこの困難に立ち向かって行っただろう。

だが、ここにいる貴族は名誉が欲しいとは言うものの、安全に手に入る名誉のみ興味があるのであり、本来の四同盟の目の責務を担い、命を懸けた戦いの末に名誉を手に入れるなど、まったく考えていない者が大半だったのである。


誰も手を上げない。


だが、誰も手を上げないという訳にはいかない。


誰か手を上げてくれ。



そんな思いが喝采の間に充満するかと思われたとき、喝采の間の一番末席から若い男の声が上がった。


「アンクス・エディールスの息子、ハルス・エディールス、僭越ながら志願します!!」


ハルスが剣を抜き、天井に向けて真っ直ぐに掲げた。


「「「おおお!!」」」


「少年、正気か!?」


ハルスの周囲がどよめき、アインツヘン準男爵が目を剥いてハルスの正気を疑う。


「正気です!

 失敗を帳消しにする算段を立てろと言ったのは、アインツヘン準男爵ではありませんか!」


「ぐっ…それはそうだが…」


もちろんハルスは正気だった。

ハルスにとっては、巨大ドラゴンへ立ち向かうことは当たり前のことであり、何より汚名返上のチャンスだったからだ。


「アンクス・エディールスの息子、ハルス・エディールスか!

 名誉の戦死を遂げた父君と同じく、若くして四同盟の目でも屈指のワイバーン乗りと聞いている。

 若き勇者よ、頼りにしているぞ!」


「はいっ!」


イシス辺境伯が、ハルスを褒め称える。

ハルスは、褒められたことに顔を赤くしながらも、元気よく答えた。


「流石ハルス殿だ、やってくれると思いましたぞ」


イシス辺境伯に続いてハルスを褒め称えたのは、先程エントラケス子爵の取り巻きの一人として、ハルスを馬鹿にした男だった。

まるで先程の話など無かったかのように、ハルスを褒め称え、握手を求めてくる。

調子がいい奴だと感じたハルスは少し腹が立ったが、彼はこれまでそうやって世の中を渡ってきたのだろうと思い直し、彼と握手を交わした。


「いえ、本番はこれからですから」


「何と謙虚な」

「正に、貴族の鑑!貴族の中の貴族だ!」

「巨大巨大ドラゴンに立ち向かったエントラケス子爵に並ぶ勇者だ」

「その通りだ、二人も勇者が現れるとは、まるで伝説の時代のようだ」


続いて、ハルスを取り囲み、次々に褒め称えるエントラケス子爵取り巻きの貴族達。

しかし面白いことに、ハルスを取り囲んだ貴族達は、ハルスを褒め称えながら、エントラケス子爵も褒め称え始めた。

ハルスが褒め称えられていることに、エントラケス子爵が不機嫌そうな顔をしたからである。

流石といえば流石だが、ここまで来ると呆れてくる、というのがハルスの正直な気持ちだった。


「ま、まあな。

 巨大ドラゴンに立ち向かった私こそ、勇者と呼ばれるに相応しいだろうな」


「…間違ってもあのようになるなよ、少年」


アインツヘン準男爵も、それは同じようだった。

褒め称える貴族達と、それに乗っかって自分の自慢を始めたエントラケス子爵を呆れた顔をして見ていた。


『また始まった』


アインツヘン準男爵を始めとした周りの貴族達の顔には、まるでそう書いてあるかのようだった。

ハルス自身何度も見たことがあるが、エントラケス子爵は城下にある酒場で、取り巻き達相手に大言壮語な武勇伝をよく語っているからだ。

だが、ここはいつもの酒場ではないということを、エントラケス子爵は理解しておくべきだった。


「ほう、巨大ドラゴンに立ち向かった、それは素晴らしい!!」


「貴族として、このぐらい当たり前だ。

 まあ、巨大ドラゴンが私を恐れるあまり、私を跨いでしまう程の実力がある点が、他の貴族とは違うところだがな!

 ははっはははははっ!!!!」

 

「そうかそうか、なら何故お主は剣を掲げん?」


「そんなことどうだって…イシス辺境伯!?」


自慢げに語っていたエントラケス子爵が、突然裏返った声を上げて固まる。

いつの間にか、エントラケス子爵の直ぐ後ろに、イシス辺境伯が立っていた。

つまり、エントラケス子爵は取り巻きでは無く、イシス辺境伯に嘘をついてしまっていたのである。


エントラケス子爵の顔に汗が吹き出る。

一方のイシス辺境伯はエントラケス子爵の嘘を嘘だと見抜いているのだろう。

狼狽するエントラケス子爵を、意地の悪そうな顔で見つめ続けた。


(嘘だと認めればいいのに)


未だ狼狽し、何も言えなくなってしまったエントラケス子爵を見て、ハルスはそう思った。

少なくともハルスだったら、そうするからだ。

他の者達も多かれ少なかれ同じようなことを考えているのだろう、誰も彼も冷めた目でエントラケス子爵を見ていた。

そしてそれは、あからさまには見せていないが、取り巻き達ですら同じだった。


しかし、イシス辺境伯から追及されているのはエントラケス子爵であり、ハルスではなかった。

彼はハルスとは違い、実力は三流以下だったが、プライドだけは超一流だった。

そんな彼が、四同盟の目の総司令官であるイシス辺境伯から衆人環視の中で問いただされる。


その結末は、ハルスもまさかと思う行動だった。


「私も志願します!!」


危険よりプライドを取ったのか、それともプライド崩壊の危機に、正常な判断が出来なくなったのか。

つまり、正常な判断による発言かどうかハルスには分からなかったが、エントラケス子爵の意表を突く発言は、困窮した状況から彼を逃がすには効果があったようだ。

周囲の誰もが、先程までの冷めた表情ではなく、驚きの表情でエントラケス子爵を見ていたからだ。


「……………は、ハッハッハッハッ!!

 これは一本取られた、動機は何であれ剣を掲げた勇気は認めよう!」


誰もが驚き固まる中で、最初に動き始めたのはイシス辺境伯だった。

剣を掲げる勇気も無いと思っていたエントラケス子爵が剣を掲げたのが嬉しかったのだろう、イシス辺境伯は機嫌の良さそうな表情で笑い宣言した。


「エントラケス子爵、ハルス従騎士、お主達は私と共に巨大ドラゴン捜索の任に当たる。

 他の者は全力を持って支援すること、良いな!」


「「「ははっ」」」


ハルス、エントラケス子爵、貴族、兵士達、その他の平民達全てがイシス辺境伯に向けて片膝をつき、頭を下げた。

その様子をハルスは、英雄達の物語の1シーンみたいだと思った。


----------


side イシス辺境伯


(アドル達は嫌がるだろうな)

イシス辺境伯はこれから言われるだろう文句を思い浮かべながら、重厚な扉がつけられた部屋に入って行った。

イシス辺境伯が入った部屋は、イシス辺境伯の私邸にある応接室である。

本来なら、貴族や豪商を持て成す場所のそこには、応接室には似つかわしくない風貌の四人組がいた。


「パートナーは決まったか?」


イシス辺境伯が部屋に入ると、部屋の中に居た四人組の一人、白い鎧の上に黒いマントを羽織った赤毛の男が、不躾な口調で質問してきた。

辺境伯という高位の貴族相手にこのような口調で質問すること自体、本来なら罪に問われかねない行為だったが、彼はそういう性格であることを昔から知っているイシス辺境伯は、気にした様子も無く答えた。


「将来が楽しみな若者が一人と、トラブルメーカーが一人だ」


「トラブルメーカー?誰だそれは」


「エントラケス子爵だ」


「おいおい!あのクズが志願しただと!?

 あんなのこっちから願い下げだ!」


エントラケス子爵の名を出した途端、赤毛の男の横に立つ、筋肉隆々の男が「勘弁してくれ」といった様子で吼えた。


「志願した以上、断るわけにはいくまい」


「断れよ!爺さん!

 最悪の場合、後ろから斬られるぞ」


「私の立場だと、そうもいかん。

 志願者が少ないことを嘆くことは許されるが、その少ない志願者を断ることは、四同盟の目の存在意義の否定だ」


「だがな!依頼を受けた俺達としても「それぐらいにしたら?あんまり怒ってばかりいると、禿げるわよ」


ボコンという鈍い音が部屋に響く。

イシス辺境伯に詰め寄っていた男の頭を、女性がロッドで殴ったのだ。

その女性は、魔法使い風のローブを着ていながらも、女性らしいスタイルが分かる美人だった。


「痛えな!!この乱暴女!!」


「あんたが騒がなければ、こんなことしないわよ。

 そりゃ私達だって、あのエントラケス子爵と一緒に仕事なんてしたくないわよ。

 でも仕事なの、私達『蘇芳旅団』は受けた依頼を途中で投げ出したことなんて無いでしょ。

 ねぇ、クロコ」


「はい、モーディアスさんは私が入団した時に『俺達が王国トップレベルのパーティだと言われるのは強いだけじゃない、受けた依頼は絶対に成功させるからだ!!』って自慢してました」


魔法使い風の女性の横に立つ、クロコと呼ばれた少女が、花咲くような笑顔で答える。

少女は周りより明らかに一回りほど若かったが、その発言は見事に筋肉隆々の男、モーディアスの動きを止めた。


「ぐぬぬぬ」


歯軋りをするモーディアス。

じゃれあっているのか、真面目にやっているのか分からない蘇芳旅団の面々を見て、イシス辺境伯は呆れるどころか頼もしく思った。


(これから私と共に命を懸けた任務に入るというのに、まったく臆した様子が見られない。

 私でさえ、緊張していない訳ではないというのに。

 流石あの巨大ドラゴン襲撃の際に、勇敢に立ち向かっただけのことはある)


蘇芳旅団は巨大ドラゴン襲撃の際に、偶然にもこの場に居合わせ、イシス辺境伯と共にドラゴンと戦っていた。

彼らは、ファイアードラゴンにファイアーボールを撃つという失態を犯しそうになったイシス辺境伯を止め、モーディアスの放つ矢に同時詠唱で強化魔法をかけるという作戦を即座に提案してきた。

結果として、その攻撃はあの巨大ドラゴンを倒すには至らなかったが、蘇芳旅団はあの状況下で唯一、勇敢かつ冷静に行動していたパーティだったのである。


(高くついたが、彼らを雇って正解だったな)


貴族として、四同盟の目に名を連ねる者として巨大ドラゴンを見過ごす訳にはいかない。

だが、やる気の無い貴族を無理やり動員したところで戦力にはならず、志願者を募ったとしても地力が低いため戦力的に心許ない。

そのため、イシス辺境伯は大金を叩いて蘇芳旅団を任務の護衛として雇ったのだった。


「何も無理に一緒に戦う必要は無い。

 バラバラに行動しても構わないだろ」


頼もしそうに彼等を見るイシス辺境伯に、赤毛の男がまた不躾な言葉で聞く。


「アドル、それは護衛としてどうかと思うが、いつもの通り何か考えがあってのことか?」


赤毛の男はアドルといい、蘇芳旅団の団長である。

イシス辺境伯と彼はちょっとした縁があり、彼が冒険者になる前からの付き合いだった。

そのため、彼のその不躾な言葉の裏には、実力と経験に裏付けられた何かがあることをイシス辺境伯は良く知っていた。


「あの巨大ドラゴンの火力の前では、何かあった場合に護衛対象を守りきる自信が無い。

 だから、我々が独自に行動し、辺境伯達より先に巨大ドラゴンを見つけ、情報を集め可能なら倒す」


「理屈では分かるが、現実問題として巨大ドラゴンの行方が分からない現状では、情報が入り次第飛んで行くことになるだろう。

 そのような状態では、結果としておまえ達と我々は行動を一緒にすることになる。

 もちろん、貴族である我らは出撃をいたずらに引き伸ばしたりすることは出来ない」


イシス辺境伯は、四同盟の目で巨大ドラゴン発見の報を待ち、それが入り次第出撃し、巨大ドラゴンの情報を集めようとしていたのだった。

闇雲に巨大ドラゴンを捜し求めるより、魔法ギルドや王国が持つ通信網を使い、そこから情報を得てから現地に向かうほうが合理的だからである。


「確かに闇雲に探すよりかは、辺境伯が言う方法の方が確かだろう」


そのため、その発言の正しさは、アドルも認めているようだった。

だが、アドルが右の眉毛だけをクイッと動かしたのを見て、何か腹案があるとイシス辺境伯は気が付いた。

アドルの右の眉毛を動かすその癖は、彼が何か企みごとをしようとしている時にやる癖だと昔から知っていたからだ。


「だが、俺達はそんなやり方をする気は無い」


「どういうことだ?」


「俺達がトップレベルのパーティになれたのは、相手をしっかり調べて行動しているからだ。

 今回は調べることそのものが目的だが、いきなり何の準備もせずに巨大ドラゴンの目の前に飛び出しても何の情報が得られる?

 せいぜい、どの系統の攻撃が有効なのか程度だ。

 しかも、アレだけの巨体が姿を消したということは、意図的に姿を隠したか、もうこの近辺には居ないかだ。

 待っていても、次の目撃報告が来るのが何日掛かるか分からない。

 だからまず、もっと近くで今すぐにでも情報が得られそうな相手から仕掛ける」


「何を言っている!?」


イシス辺境伯は、アドルが何を言っているのか意味が分からなかった。

それが、面白かったのだろう、アドルは口元だけで笑いながら言い放った。


「森から現れたアンデッド達、目撃証言を合わせると巨大ドラゴンが来た方向と同じだ。

 しかも、アンデッド達が陽動だと考えると見事なタイミングで巨大ドラゴンがここを襲撃している。

 この二つはきっと何か関係がある。

 俺達はまず、このアンデッド達から仕掛ける」


----------


side フューレ


「ラップ、いるか?入ったぞ!」


「そこは普通、入っていいか、じゃないのかい?

 しかも、こんな夜中に…」


本に囲まれた薄暗い部屋の中で、メガネの男が迷惑そうな顔をしながらフューレを迎える。

ここは、聖都メガセンラグウの五つの金色の塔の脇にある、古めかしいデザインの四角い建物の中。

メガセンラグウ大図書館の書庫の一つであり、地母神教会屈指の聖学者であるラップの研究室兼自宅であった。


「たとえドアの外で、俺がお前の聖教徒学校時代の恥ずかしい話を大声でしたとしても、研究に夢中になっているお前は返事をしないだろ!

 特に、お前のおかみさんが出張中の今だとな。

 それに緊急事態だ、お前の意見が欲しい!」


フューレがラップの許可無しに、書庫内の一角にあるラップの自宅に入ったのは訳があった。

ラップは昔から、研究に没頭すれば周りが見えなくなるという悪い癖がある上に、今のフューレは一刻も早くラップの意見が欲しかったからだ。


「いったいどうしたんだい?

 魔王でも攻めてきたのかい?」


「遠からずも近からずだ」


「何があったんだい?」


冗談を真面目に返されたことで事の重大さが分かったのだろう、ラップの顔が真剣なものになる。


「ニマエル伝道教会から緊急連絡が入った、巨大ドラゴンの襲撃を受け、それを撃退したそうだ」


「ニマエル伝道教会といえば、フューレ曰く『なまくら坊主』の巣窟じゃなかったっけ?」


ラップは怪訝そうな顔をして言う。


「この緊急連絡は正規のルート、しかも『紫札』を身に着けた教典連絡士が自ら運んできた情報だ、少なくとも嘘偽りはない。

 もしも嘘偽りなら、ニマエル伝道教会の連中は体を張った冗談を言っているとしか…」


「流石にそれは無いね。

 こんな情報を流して嘘でしたとなれば、金で済む問題じゃなくなるよ。

 少なくとも、ニマエル伝道教会の奴らは異端審問官の趣味に付き合うことになるね。

 となると、何らかのバイアスは掛かっているかもしれないけど、概ね事実…

 いや、彼らの視点では事実ということか…」


ニマエル伝道教会は、真面目に勤めを果たさないばかりか、地元の貴族と結託し不正な奴隷取引に手を出していると噂される曰く付きの教会だ。

そのような信仰心も実力も怪しい教会が、巨大ドラゴンの襲撃を受け、それを撃退するなど本来ならありえない話だった。

そのため、フューレも一旦は嘘の報告ではないかと思っていた。

ところが、情報を持ってきたのは紫札を身につけた教典連絡士だと聞き、その考えを改めたのだった。

教典連絡士とは地母神教会の通信網を担う者達のことで、彼らは実力の高い順から紫、青、赤、黄、白、黒の六色に分けられた札を身につけていた。

つまり、今回情報を持ってきたのは最高クラスの実力を持つ教典連絡士ということになる。

紫札をつける教典連絡士は、国を跨ぐ移動であったとしても半日以内に到達できるという人間離れした実力の持ち主だが、簡単に使える存在ではなかった。

巨額の布施が必要になるだけではなく、上へのコネクションも必要だからである。


そんな紫札の教典連絡士を使った連絡は、とても冗談や何かで使えるようなものではなかった。

そのためフューレは、信じがたいがニマエル伝道教会からの緊急連絡は事実だと考えたのだった。


「いやー、またこんな謎が舞い込んで来るとは嬉しい悲鳴だね」


「忙しいだろうがなんとか頼む、この巨大ドラゴンの正体を調べてく…ちょっと待て」


フューレは、ラップに頭を下げながら、巨大ドラゴンに関する調査をお願いしようとするが、ラップの発言した内容にひっかかりを覚えた。


「ラップ『また』とは、どういうことだ?」


「…そんなこと僕は言ったかな?」


「間違いなく言った!」


恍けようとするラップに、フューレは顔を近づけ断言した。


「………機密だが、フューレのような『まともな司祭』は、この事態を知っておくべきだな」


「で、何があったんだ?」


「フューレ、これは上から直接調査依頼を受けているものでね、機密文書だから他には秘密にしてくれ」


ラップは机の上に置かれたクリップ止めされた書類を手に取り、フューレに突きつけるように見せた。

その書類には、精密な天然色の絵、所謂『写真』が張られていた。


「なんだこれは」


写真に映し出されたもの見た瞬間、フューレの体に寒気が走った。

写真には、山間部の集落によくありそうな段々畑が写っていた。

しかし、その段々畑の先にあるはずのもの。

集落があった場所には、建物の基礎を残して、その上にあったもの全てが無くなっていたからである。


「その写真に写っているのは、羅帝国北部の寒村で、保津村という名だったらしい。

 これを撮影した司祭の話によると、人口は30人から60人という話だったが、靴の数から考えて、人口は約60人前後だったようだ」


「靴の数?

 ラップ、お前は何を言っている!?」


「次の書類を見てくれ。

 靴が写っているから」


フューレは強烈に嫌な予感がしながら、次の書類を見る。


「靴、これか…うっ!?」


フューレは思わず絶句してしまう。

フューレが見た写真には、確かに靴が写っていた。

しかし、写っていたのは靴だけではなかった。

靴の中には、足が『そのまま』入っていた。



足の上に繋がる部分が無いのにも関わらず、足だけが靴の中に入っていたのだ。



「ラップ、何なんだこれは!?

 この村にいったい何が起きた!?」


フューレは、こみ上げてくる怒りを我慢しながらラップに聞く。


「何かが高さ10cm以上にあるもの全てを削り取った。

 釜戸の状況から見て、時間は夕食時。

 靴の位置が、本来あるべき位置にあることから、それは一瞬の間に起きたと推定できる。

 削り取られた人々がどうなったのかは、現在のところ不明。

 だけど、足を切り落とされて生き残れる人がそう多いとは思わないね」


ラップは何度も見て見慣れているのだろう、フューレから書類を受け取ると、落ち着いた声で言った。


「これは、巨大ドラゴンがやったことなのか」


「それは分からないな。

 これは何ヶ月も前に起こった事らしいから、関係あるかもしれないし、関係ないかもしれない。

 でも、巨大ドラゴンのやり口とは違うように見えるね」


「やり口が違う?」


「ドラゴンのブレスをどう使ったら、こんなに綺麗に抉り取れるのかな?」


ラップは、写真を指差しながら言う。

ラップの言っていることは、ドラゴンのブレスにしては、足や建物の切断面があまりにも綺麗だということだった。


「つまり、巨大ドラゴンとは別の奴らということか!」


「いや、その考えは早計過ぎる。

 下手人は別かもしれないが、そいつらが繋がっている可能性は十分にあるんじゃないかな。

 あくまで推測だけど」


確かにラップの言うとおりだった、千年前のサラディス魔王は多種多様な種族を配下にしていたのだという。


「推測か。

 結局、これだけでは分からないということか」


フューレは肩を落としながら言う。

しかし、ラップはそれを力強く否定した。


「今すぐはね。

 でも、保津村の件も、巨大ドラゴンの件も、絶対に解いてみせるよ」


フューレは、ラップの目に炎が灯っているように見えた。


(この目は!!)


その目はフューレが、聖教徒学校時代に何度も見てきたものだった。


ラップの聖教徒学校での成績は群を抜いており、その実力は教師の間違えを見つけてしまう程だった。

それ故に、時に教師達から虐めに近いレベルの難題をぶつけられることがあったのである。

だが、ラップは常に嬉々としてその難題に挑み、尽く解いてしまったのだった。

ラップは、線が細い見た目とは裏腹に、難しい問題であればあるほど燃えるタイプだったのである。


「その意気だ!期待してるぞ!!」


「痛っ!!」


燃え上がる友人を頼もしく思ったフューレは、ラップの背中を力いっぱい叩いた。

その痛みにラップはフューレを睨みつけるが「まかせてくれ」と力強く答えたのだった。


ラップの背中をフューレが叩くこの行為は、学生時代から続く二人の挨拶であり、信頼と友情の証だったからである。

今回の集中投稿はここで一旦終わりです。

続きは作成途中で、また時間がかかると思いますが、皆様の応援を背に頑張りますので、今後もよろしくおねがいします。

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