第十話 アルラウネの王国
久しぶりに投稿しました。
一.五話程度が増えて三話になってしまったので、第十話だけだと理由が分からないところがあると思います。そのため、十一話が解答編のようになっています。
なお、第九話に大規模修正が過去に入っています。第九話を初投稿時しか見ていない人は、第九話を流し読みしてから第十話を読むことをお勧めします。
第十話 アルラウネの王国
side マイマイ
イシス辺境伯から四つの領地を跨いだ所にあるヘンプリオス山脈。
エデオルン神所平地のほぼ中央部にそびえ立つ、六つの山によって構成された山脈だ。
この巨大な独立峰のような様相の山脈には、四つの領地を跨ぐという地勢上の特徴から、何度か周囲の領主達が共同で開拓に乗り出していた。
しかし、山脈は今もなお開拓されず、原初の森が広がっていた。
山脈が未だに開拓されない理由、それは過去数回の開拓作業で農業に向いた土壌も、良質な鉱石も見当たらなかったことだけではない。
そこに住まう者達が、彼らの開拓を阻んでいたからだ。
深い森の奥に、その者達はいた。
細い蔦と花以外は何も身につけていないという、あられもない姿の、人ならざる程の美しさを持つ若い女性達。
その人ならざる程の美しさの通り、彼女達は人ではなかった。
彼女達の種族の名はアルラウネ。
雑食性の植物型モンスターだ。
彼女達の美しさに心を奪われたら最後、運が悪ければ触手のような蔦に体の自由を奪われ、足元に花壇のように広がる花弁の形をした口に捕食されて養分にされてしまう。
運が良くても、催淫効果のある花粉や種子をつけられ、その運び手にされてしまう。
地母神教会は彼女達をそう評し恐れた。
実のことを言うと、光合成が主食な彼女達を評する言葉として、後段はとにかく前段の評価は度が過ぎていたのだが、彼女達が美しくも恐ろしい種族であることには変わりが無かった。
彼女達は開拓のために乗り込んできた兵士達を、ある時は地力の強さを活用した実力行使で、またある時は美しさを活かした篭絡という手段で撃退し続けたのである。
そのためいつの日か人は、ヘンプリオス山脈をアルラウネの王国と呼び恐れるようになっていた。
「どう?本当にどこも痛くない?
かなりの数の攻撃が直撃していたみたいだけど」
そんなアルラウネの王国の中心部近く、深い森の中で女の子の声が響く。
だが、その声の主は人ならざる程の美しさを持つ美少女だったものの、足元には花壇が広がっておらず、自分の二本の足で直接大地を踏みしめていた。
そして、森の中に存在しているだけで違和感を感じる衣装、所謂ゴスロリで全身を固めていた。
そう、その声の主はアルラウネではなく、マイマイだった。
「グア~」
まるで猫のように丸くなっていたファイ一郎が、首を持ち上げる。
そして『巨大なドラゴン』といったイメージとは正反対の、とても能天気な感じがする鳴き声を上げた。
「大丈夫のようでござるな」
「何言っているか解らないけど、大丈夫そうなのが何となく伝わってきて安心した」
ファイ一郎の鳴き声は、カグヤが聞けば「マイマイ姫様が心配しているのに、何ですかその能天気な声は!」と、ファイ一郎が怒られそうなほど能天気なものだったが、当のマイマイはその能天気な声を聞いて安心していた。
「ファイ一郎、大丈夫なのは分かったけど、少しでも体調が変だなって思ったら、すぐに言うんだよ?
色々な攻撃を受けたから、中には遅効性の攻撃とかあったかもしれないし」
それはファイ一郎が、とある場所で攻撃を受けたからであり、攻撃後色々と忙しい事態が続いたため、その傷の深さの確認がこれまで取れなかったからだった。
「グアッ」
(とりあえずはファイ一郎の体調については安心して良さそうだな。
それはそれで良かったんだけど、この状況、凄く落ち着かないよな…)
とりあえずは、危険な状態では無いと判断したマイマイは、ファイ一郎から視線を外し、おもむろに周りを見渡す。
すると、遠巻きにマイマイ達を見ていたアルラウネ達が、さっと視線を外した。
(…どうしてこうなった)
マイマイの置かれている状況は、奇妙な状況だった。
アルラウネ達に取り囲まれているのだが、マイマイ達が襲われているのではなく、むしろ取り囲んでいるアルラウネ達がマイマイ達に怯えている状況なのである。
マイマイがこんな場所でこんな奇妙な状況になっている理由、それを知るには今から二時間ほど前に遡る必要があった。
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今から二時間ほど前、新たな城らしき建物を見つけたマイマイは、情報収集をするために早速ファイ一郎を降下させた。
といってもマイマイは、先の空港付きの城に着陸し攻撃を受けたことを教訓に、慎重にファイ一郎を着陸させようとしていた。
つまり、いきなり城の近くに着陸するのではなく、城の周囲でファイ一郎をゆっくりと飛ばし、減速しつつ着陸場所を吟味してから降りようとしたのである。
ところが…
「グア?」
城らしき建物の周りをゆっくりと飛ぶ段階で「何かおかしいよ?」と言わんばかりに、ファイ一郎が声を上げる。
「どうしたの!?」
「マイマイ姫様、ファイ一郎のお腹に攻撃魔法が当たったようです」
「ほえ?」
「姫、何故か解らないでござるが、攻撃されているでござる!」
「なんですと!」
マイマイが下を覗きこむと、城の周囲に五人程の兵士のような人達が現れ、こちらに向かって魔法を撃ったり、弓を引いている姿が見えた。
「あの規模の城の兵士にしては、妙に数が少ないでござるが、間違いなく抵抗を受けているでござる!」
スケサンの言うとおり、どう見ても兵士達は自分達に向けて攻撃していた。
そして威力は低そうだったが、攻撃が次々とファイ一郎に命中し始めたのである。
「マイマイ姫様、どうしますか?」
「なんてこったい、仕方がない!撤退!」
マイマイの決断は早く、そして迷いが無かった。
驚きによる焦りや、続けて失敗して気持ちが落ち込むということがまったく無かったわけではないが、スケサン達を心配させるような行動は取らないと、先程肝に銘じていたからだ。
「了解しました」
「何がいけなかったんだろう、とにかく一旦どこかに身を隠して仕切りなおそう。
どこか、身を隠すのに良さそうな場所を探して!」
「近場で身を隠すなら、あそこに見える山脈ぐらいしか無いでござるな。
見たところ、人家は無さそうでござる」
スケサンの指差す先には、平地の中に突然現れたように見える、大きな山脈がそびえ立っていた。
一見良さそうなアイデアだったが、麦畑が広がる平地の真ん中に、人家が無い山脈があるということにマイマイは若干の違和感を覚えた。
そのため、このまま遠くへ飛び去ることも考える。
(何か、いかにもイベントとかが転がってそうな山だな。
怪しいからスルーして他を当たってみるか?
だけど、既に当初の予定からかなり外れているから、これ以上は…)
しかし、既に調査予定地点のイシス辺境伯領から離れており、これ以上離れた場所に行くことの危険性も考慮したマイマイは、スケサンのアイデアを採用することにした。
「そこに向かおう」
「了解しました。
敵の目を眩ます為に『透明化のスクロール』を使います」
「分かった、効果は1分だけど大丈夫?」
「それだけあれば十分です」
マイマイの決断を受けたカグヤは、透明化のスクロールにより一旦全員の姿を透明にすると、ファイ一郎の進行方向をヘンプリオス山脈に向けたのだった。
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このようなことがあり、新しく発見した城への接近を諦めたマイマイは、近くにあったヘンプリオス山脈に一旦身を隠したのだった。
「気になって仕方ないが、なぜ視線を外されるかという問題については、とりあえず考えないことにしよう。
そんなことより、こうやって隠れられたのはいいけど、これからどうするかの方が大切だからね!」
「それなら、カグヤ殿が先程のご婦人に色々と話を聞きに行ったでござるよ。
それを待ってから、考えたらどうでござる?」
「あ、それお願いしたのは私。
私じゃ、ああいう感じでスムーズにコミュニケーションが出来ないからね」
視線を外すアルラウネ達をマイマイが指差す。
「そうだったのでござるか、それならカグヤ殿が帰ってくる前まで、拙者とカクサンとファイ一郎で会議でも?」
「いや、やっぱり待つことにしよう。
確かにカグヤのヒアリング結果を待ってからの方がいいな」
スケサンが言う、カグヤが話を聞きに行ったご婦人とは、ファイ一郎の体を心配するマイマイ達を、先程から遠巻きに見ている者達の代表者。
つまり、アルラウネ達の女王のことである。
今から一時間ほど前、アルラウネの群生地だと知らずに着陸してしまったマイマイ達と、ここに国を作っていたアルラウネ達は早速接触していた。
突然空から舞い降りたマイマイ達に対し、アルラウネの反応はお世辞にも良いとは言えなかった。
ファイ一郎を指差し、絶望的な表情で悲鳴を上げ始めたのである。
その様子を見て、流石のマイマイも何が起きているのか直ぐに分かった。
(あ、植物系モンスターだから、ファイアードラゴンは天敵じゃないか)
つまり今の状況は、トムソンガゼルの群れにライオンを放り込んだような状況だったのである。
(まずい、ファイ一郎が野生のドラゴンじゃなくて、無闇に攻撃をしない無害な『飼いドラゴン』だと早く伝えないと戦闘になっちゃうかも!)
「あの!この子はファイ一郎って言って、野生のドラゴンじゃないから!勝手に火を吐いたりしないから落ち着いて!」
「火を吐く!?焼け死ぬなんていやーー」「死にたくないーー」「やっぱり悪いドラゴンじゃないですか、やだー」
(全然効果ねぇ。
まったくこっちの言うこと聞いて無いし。
どうすればいい?
何かこういう時に役立ちそうな方法ってあったっけ?)
パニックになっているアルラウネ達にマイマイの言葉はまったく届かなかいどころか、更に悪化させるばかりだった。
(そうだ、今の状況とよく似た光景をネットで見たことがある。
セントバーナードを見て怖がる幼稚園児に、色々と芸をさせて見せて「ほら、怖くないですよー」という奴だ)
そのため「言葉で通じないなら、他の方法で」と考えたマイマイが思いついた方法が、行動で示すことだった。
「ファイ一郎、伏せ!」
「グア!」
マイマイの号令の下、ファイ一郎が犬のように体を地面に伏せる。
「「「………」」」
その様子に驚いたのか、アルラウネ達はピタリと騒ぐのを止め、ファイ一郎とマイマイを凝視した。
「ファイ一郎、お手!」
「グアア!!」
アルラウネ達の騒ぎが止まったことに気を良くしたマイマイは、続いてお手を命ずる。
ところが、ファイ一郎が出したのは右手ではなく、左手だった。
「違う、それはおかわりだよ!」
「グエエエ!?」
冗談めかしく、パシンと左手を叩き注意したマイマイに、ファイ一郎は慌ててペコペコと謝る。
高層ビル並みの巨体が、両手をついてペコペコと謝る姿は何ともシュールである。
「グアグア!!」
「……次、チンチン!」
マイマイはそんなファイ一郎をあえて一瞥すると、直ぐに次に命令を出した。
ファイ一郎には可哀想だが、ここが正念場だからである。
「グエ!!」
「よし!」
どごん!!と轟音を立てて、チンチンをするファイ一郎。
見事にチンチンを決めたファイ一郎に対し、マイマイは笑顔で顔を縦に振ると、唖然とした表情で見ていたアルラウネ達に向かって歩き始めた。
マイマイが近づいたアルラウネは、一際豊満な体と美しい花びらを王冠のように頭につけた人物。
カグヤの見立てによると、アルラウネ達の女王だと思われる人物だった。
「ね、可愛くて安全でしょ?
それに、いざという時は、私がしっかりと叱り付けて言うこと聞かすから大丈夫!」
マイマイは満面の笑みで、ファイ一郎の無害を女王にアピールしたのだった。
(おかしい、無害アピールは完璧だったのに、どうしてこうなった)
マイマイの「ファイ一郎は無害だよ」といったアピールは、何とかアルラウネ達に伝わったらしい。
現に、先程まで泣き叫んでいたアルラウネ達は泣き叫ぶのを止め、ファイ一郎を畏怖するような表情を見せるものの、それなりに平静を保っていたからだ。
だが、マイマイはどうしても納得がいかないことがあった。
「ねえちょっとそこのお姉ーさん、そんなところでこそこそ見てないで、こっちに来たら?
こそこそ見られたら、気になって仕方が無いんだけど?」
「御免なさい、許してください、御免なさい御免なさい御免なさい、殺さないで…」
「…なぜこれで怯える、別に食べようとしたりしてる訳じゃないのに」
何故かマイマイが異様に恐れられるようになったのである。
それも、ファイ一郎よりも遥かにである。
(何故だか知らないが、恐れられる対象がファイ一郎から私に変化しただけのような…
やっぱりおかしい、ちゃんと女王とのトークも、仲良くなれるような内容を選んだのに、効果がまったく見られない)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「私の名はエントール・マイマイ三世」
「私は、フェブニアといいます」
「フェブニア?もしかして、ヘンプリオス山脈にいたフェブロニア大女王の縁者?」
「どうしてその名を!?彼女は私のご先祖様です」
「ほんと!?
この前、じゃなくて、千年前に会ったことがあるよ!
大女王なのに、正体は私より小さな幼女なんだよね。
オバサンが出てくると思ったら、可愛い幼女が出てきたから、凄くびっくりしたよ」
「そうなんですか、千年前に…ええっ!?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「アルラウネって、美しい女性に擬態しているって言われるけど、そこんとこ実際のところどうなの?」
「えっと…この体も本体ですが、全て見えていないという意味では擬態しているとも言えます…」
「あ、そうなんだ。
私も実はこの姿は本当の姿じゃないんだ!なーんてね!」
(リアルが本当の姿的な意味で)
「そうだと思いました…」
(あるぇー)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(盛り上がるという意味で、てっぱんネタの『あなたの身内、実は知っているんですよ』という話題に、ちょっとした軽いジョーク…
好感度が鰻上りでもおかしくないのに、何故か分からないが全然盛り上がらなかった)
「一体私が何をした!?」
想定していない事態にマイマイは首を傾げるが、どうしようもないため、カグヤに情報収集と「私がどういった人物なのか、誤解無い様に伝えておいて」と、誤解を解くことをお願いし、女王の元へと派遣していた。
そのため今のマイマイは、アルラウネ達の視線に耐えながら、ファイ一郎、スケサン、カクサンと共にカグヤが戻ってくるのを待っていたのだった。
「マイマイ姫様、状況が分かりました」
そろそろ待ちくたびれ始めた、といった感じのマイマイの背後から、透き通るような声がかけられる。
人気の無い森の中では、違和感から警戒感を感じてしまうほど美しい声だったが、その声の主はマイマイの待ち望んでいた相手だった。
噂をすれば影。
どうやら、カグヤによる情報収集が無事に終わったらしい。
振り向くとカグヤと、花壇の下から蛸の足のように太い蔦を出し、その上に乗ったような状態という、奇妙な形態のフェブニアがいた。
決して得意ではないが、経験を積んだアルラウネは蔦を巧みに使って移動することができ、それこそが今のフェブニアの姿だったのである。
「それじゃ話を聞こうか」
「はい。
ですがその前に報告が、フェブニア女王以下、この山全てのアルラウネが我が国の配下に入りました」
「は?」
マイマイに対する行動に続き、又もや想定していない事態が発生したとマイマイは思った。
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「なるほど、周辺情報はよく分かった。
で、どうしてアルラウネの王国が配下になるのか、もう一度説明してくれないか」
「マイマイ姫様はどのような人物かを説明したところ、是非とも配下に加わりたいということでして」
(…何故私のことを説明しただけで、編入希望になるのか意味が分からん。
えっと、私はアルラウネ達を配下に入れるように、カグヤに指示を出したっけ?)
アルラウネの王国が配下に入った原因が自分の指示にあると思ったマイマイは、自分とカグヤとの会話を思い出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「何か不満そうですが、どうされたのですか?」
「カグヤ、何だかアルラウネ達の私への対応が変じゃない?
どうしてあんな反応なのか、納得できないんだけど…」
(仲良くしようとしたのに、すっげー恐れられている感じがして不満なんだけど)
「!マイマイ姫様、すぐに私が女王に伝え、是正させます!!」
(何だか、随分と怒った顔をしているが…
これは助かるな!)
「ほんと、それは助かるよ!」
(私が話しかけても、怖がってまともに話を聞いてくれないけど…
カグヤを通して私が無抵抗な相手に攻撃するようなタイプじゃないとか…
会話の話題にし易いような、私の好きな食べ物とかを伝えてもらえれば、今の妙に恐れられている状態も治まるに違いないからな!)
「それじゃさ、私の変わりに女王の所に行って情報収集してくれるかな?
それでついでに、私がどういった人物なのか、誤解無い様に伝えておいてくれると助かるんだけど?」
「マイマイ姫様がどういった人物か誤解無い様に伝えるのですか…?」
「あ、ちょっと難しいかな?」
「いえ、中々の大任ですので、どのように答えればいいかと考えていました」
「そんなに難しく考えなくていいよ。
あくまで、カグヤが普段私をどう思っているのか、それを素直に伝えてもらえればいいと思うんだ。
私がどういう人物か伝われば、今の状態は自然に是正されると思うから、それで十分だよ」
「なるほど、分かりました。
礼儀を知らぬアルラウネ達に、自分たちがどれほど愚かな行為をしているのか、知らしめてやりましょう!」
「う、うん、頼むよ」
(最後の言葉、何だかちょっと意味が分からなかったような?)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(やっぱり、アルラウネの王国を配下にしろだとか、変な内容の指示はしていないな。
あくまで、私の良いイメージを伝えてもらっただけなんだが…)
マイマイは首を捻る。
マイマイの考えでは、マイマイは無抵抗な相手に攻撃するようなタイプではないとか、甘いものが好きだとか、そういった人物像をカグヤを通してフェブニアに伝えてもらっている筈だったからだ。
そのためマイマイの予定では、フェブニアの態度から恐れが無くなり、今頃もっとフレンドリーになっている筈だった。
ところが、目の前のフェブニアはフレンドリーになるどころか、畏怖の念を抱いているのではないか?
と思ってしまうような状態になっていた。
フェブニアは、マイマイの目の前で見事な臣下の礼を取っていたのである。
「本当にそれだけなの、フェブニアさん?」
「間違いありません、どうか私達を破壊神様の配下に加えてください。
私達は、周囲を人族の国に囲まれ、常に人族の脅威に晒されていました。
しかし、破壊神様のご威光が私達の国まで届けば、もはや人族も私達を脅かすことはできなくなるでしょう」
フェブニアは見事な臣下の礼を崩さないまま、マイマイの質問に答える。
(なんだか「何か勘違いしていない!?」って言って断りたいけど…
こんな綺麗な女性に…
しかもけしからん格好の女性に、真剣に頭を下げられたら、断ったりできる雰囲気じゃないじゃないか!)
綺麗でスタイル抜群。
しかも、蔦で大事な場所を隠しているだけという、何とも怪しい格好の女性に真剣に頭を下げて頼まれるという、男性ならNOとは言いにくい雰囲気にマイマイは呑まれてしまう。
「ま、まあ破壊神国は来る物は拒まないし、基本的に自由と平等が保障されているし、私もその方針を変えることも無いからな、いいよ」
「ありがとうございます!!」
(…何がどうしてこうなったのか、意味が分からんが、こうなった以上仕方がない。
といっても、分かりにくいフラグで配下が増えること自体は結構あることだし、そこまで気にする必要も無いか)
二つ返事で配下に加えることを決定した結果、カグヤが具体的にどういった内容を説明したのか、聞くタイミングをマイマイは逸してしまった。
しかし『分かりにくいフラグで配下が増えることは良くあること』と自分を納得させ、この問題を終わらせることにした。
先にマイマイが自分で語っていたように、大切な問題が別にあったからだ。
「カグヤ、編入手続きは任せた。
いつも通りでお願い」
「了解しました」
「じゃ、この周囲の話に戻ろうか。
この近くで最も栄えている場所はオガサワラ伯領のオガサワラシティ、そして先程攻撃を受けた場所はオガサワラ伯領にある地母神教会の教会だったということでいいんだよね?」
そして次に振った話題は、そもそもの本題。
この周囲の情報に関することだった。
「そうです、我々は知らず知らずのうちに、最も危険な場所に接近してしまっていたようです」
「そういう意味で言えば、実質的な被害が無かったのは幸運だったと言うべきか」
カグヤの説明が終わった後、マイマイは先程のことを思い出し、不幸中の幸いだったと思っていた。
地母神教会とは、ステイシスの報告によると最も近づいてはいけない場所だった。
だというのに、迂闊にもそこに何の準備も無しに近づいてしまっていたのだ。
相手のレベル次第では、どれ程の被害が出ていたことだろうか。
マイマイは、自分達が死ぬという最悪の事態を想像しブルリと震えた。
「ですが、次も幸運が続くとは限りませんし、今回の件でこのままでは旅が続けられないということが判明しました」
「どういうことでござる?」「キシャー?」
「教会の危険性は分かっていましたが、ここまで攻撃的だとは思わなかったということです。
そして教会は多くの町に存在するということです」
カグヤの言っている意味が直ぐには分からなかったマイマイだったが、スケサンの質問への回答を聞いて意味を理解した。
「なるほど、街は敵の勢力圏下って訳だ」
「左様でございます」
「でもどうすればいいんだ、街に入らなければ情報収集が出来ないし」
「私のように、化けることが出来たら良いのですが」
カグヤが「コーン」と鳴きながら跳ねて、空中でクルリと一回転し、綺麗に着地する。
すると、頭の狐耳とお尻の尻尾が消えていた。
「おおー、人に化けた!」
「狐ですから、このぐらい目を瞑っていてもできます」
狐耳メイドとして狐耳があるのが当たり前だったこともあり、マイマイはすっかり忘れていたが、狐族であるカグヤは、狐族の固有スキルである人化の術を習得していた。
「でも私は人に化けるなんてできないよ」
人に化けてしまえば、人族以外だということで地母神教会に攻撃されることが無くなるというアイデアは、オーソドックスだが悪くないアイデアだった。
だが、そのような魔法やスキルを持っているのは、今回のメンバーの中ではカグヤだけだった。
「ちょっと待つでござる、別に化けなくてもいいでござる」
「うわ!?」
そのため、マイマイは別の手段を探ろうとしたが、横から近付いたスケサンに突然何かを頭に被せられる。
「こうやってローブ等を着れば、姫は人族の少女と見分けつかないでござる」
「あ、そうか。
私は角と羽と尻尾隠せば人間と見分けつかないか、スケサン頭いい!!」
頭から被せられたのは、フード付きのローブだった。
頭から足元までをスッポリ覆ってしまうため、これを着ればマイマイは唯の人族の少女にしか見えなかった。
「うん、クイーンアラクネのローブか、これなら動きやすい耐久力も高いから悪くないね」
『クイーンアラクネのローブ』と呼ばれるこのローブは、魔界にしか生息しないアラクネの上位種であるクイーンアラクネの白金のように輝く糸で編んだ『超高級ロープ』で、白金のような美しさが有名だったが、動きやすさと高い耐久性でも定評があった。
「そして拙者は、顔も体も完全に覆うようなタイプの鎧を着れば問題ないでござる」
「なるほど、それならアイテムボックスに何かありそうだね。
となると後はファイ一郎だけか…」
カグヤ、マイマイ、スケサンの三人について解決策が見つかったが、問題はファイ一郎だった。
ドラゴンのファイ一郎は服を着せたらどうにかなる、という次元ではないからである。
「ファイ一郎だけ王宮に帰すということもあるけど、いざという時を考えるとな…
召喚するといっても、タイムラグがあるし、いざという時に何かと頼りになるファイ一郎は外したくないんだよな」
「先程のように体を透明にするアイテムや、魔法を使うのはどうでござるか?
誰も魔法が使えないのなら、得意な家臣を召喚して頼むのでござるよ」
「それは危ない。
それ系の魔法は何かの弾みで簡単に解けちゃうから。
因みに、体を小さくする魔法も同じ」
先程の地母神教会から逃げる際に使ったように、魔法やアイテムの中には、透明になったり体を小さくしたりする効果のものがあった。
しかし、いかにも便利そうなこれらには、攻撃が当たっただけで解けたり、厳しい時間制限があったりと、それ相応の欠点があったのである。
「そうでござるか、裏技でもあればいいのでござるが」
「そんな裏技なんて都合のいいもの、あ、あった!」
裏技という言葉に、マイマイは閃いた。
「何か思いつかれたのですか!?」
「人族化MOD!」
「「人族化もっど?」」
「そうそう、私にいい考えがあるから任せて。
それとフェブニアさん、万が一だけど、周りに影響が出るかもしれないから、あなたも含めたアルラウネ達全員をこの場から遠ざけてくれないかな」
「影響!?は、はい!」
マイマイの言葉を理解しきれていない、スケサン、カグヤ、フェブニアだったが、マイマイの指示を受けてワタワタと動き始めたのだった。
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MODとは簡易拡張パックのことであり、人族化MODとはその名の通り、家臣を人族の姿に変えてしまうMODだった。
家臣の姿形は多種多様であり、それ故に問題が発生することがあった
例えば、友達のプレイヤーの家にお呼ばれしたのに、連れて行った家臣が大きすぎて置いておく場所が無い、といった事などである。
そういった声を受けてリリースされたのが、準公式MODである人族化MODだった。
因みに、このMODは準公式であるため、どのようなバージョンでも確実に適用できること、そして適用したプレイヤー以外にも効果が現れるため非常に使い勝手が良かった。
「ファイ一郎を人族の姿に強制的に変えるというのですか、そういえば侵入者対策マニュアルにそういった『世の理を越えた技』があることが書いてありましたね。
そのような力をお持ちとは、流石マイマイ姫様です!」
「いや、そんな凄いことじゃないから。
気にしないで」
キラキラとしたカグヤの視線がくすぐったくなったマイマイは、早速行動に入った。
「私達はMODは使わない主義だったけど、『こんなこともあろうかと』という精神で持っていてよかった。
ファイ一郎、心の準備はいい?
ファイ一郎みたいな巨体に使ったという話をあまり聞いた事が無いから、周りにどんな影響があるか分からないんだ。
だから、何があっても慌てないでね?」
人族化MODは体を作り変えるMODである。
そして、エバー物語では、人が動けば、周囲の地形は必ずその影響を受けるようになっていた。
例えば足跡等が良い例である。
つまり人族化MODの適用により、ファイ一郎の巨体は体を作り変える過程で揺れ動き、周囲の地形に影響を与える可能性があったのである。
そのため動きの遅いフェブニア達をここから見えない程遠くに遠ざけ、マイマイ達もそれなりに距離を取ったのである。
もっとも、小さくなる方向に作用するため、その行動は念のためという意味合いの方が強かったのだが、念には念を入れるのが今回のマイマイの行動方針だった。
「グア!」
「いい返事だ。
じゃあ、いっくよー、ぽちっとな」
マイマイがファイ一郎に向けてMODを組み込む。
「グアアアアアア!?」
すると、ボフンとファイ一郎から煙が噴出し、マイマイ達の視界を奪った。
「ファイ一郎、大丈夫!?」
人族化MOD使用時には煙が出ると知識では知っていた。
しかし、予想以上の量に驚いたマイマイは、姿勢を低くして手で煙を掻き分けながらファイ一郎の元に駆け寄っていった。
「キャッ」
「グアッ!?」
すると、グニャリとした感触の布状の何かがマイマイの手にぶち当たった。
「なんなんだ、生暖かくて、ボヨンとしたこの変なものは!?」
手で叩いた変なものがいったい何なのか。
困惑するマイマイに、まるで答えを明かすが如く煙が晴れ始めた。
「えーと…、その両手で隠しているものが、私が叩いてしまったものだったりするのでしょうか…」
煙の向こうから現れたのは、前屈みの姿勢で股間を押さえた、ブリーフを穿いている以外は『全裸』の赤毛の青年だった。
つまり、マイマイが感じた『生暖かくて、ボヨンとしたモノ』の正体は、ブリーフとその下に隠された、男性ならよく知っているモノだったのである。
「あの、えっと、大丈夫ですか!?」
何故かドキドキしてしまうという奇妙な感覚に囚われたマイマイだったが、同じ男としてこういった状態になった時の痛さを思い出し、慌てて青年の体を気遣う。
すると、そのマイマイの言葉に答えたのだろう。
赤毛の青年はマイマイの方を向いて涙声で答えた。
「グア~…」
しかしその言葉は、言葉というより、鳴き声のようだった。
(ぐあー?
ぐあーって部分が人体の名称であったっけ?
いや、そもそも何語だこれ?
じゃなくて、この鳴き声はファイ一郎と同じだ。
そうか、彼はファイ一郎だ。
あくまで姿を変えるだけのMODだから、言語機能は変わらないんだ。
そして、元々服も着ていないからブリーフを穿いている以外は裸なんだ。
ブリーフは、元々服を着ていない家臣のために、MOD製作者が付けてくれた『心遣い』か何かだろう、多分)
「えっと…キミがファイ一郎だね」
マイマイは赤毛の青年をファイ一郎と特定する。
状況と鳴き声が青年をファイ一郎だと示していたからである。
「痛かったでしょ、本当にごめんね」
事故とはいえ、申し訳ないことをしてしまったとマイマイは思う。
そのためマイマイは、前屈みになったファイ一郎に寄り添い、腰を叩いてあげた。
「グアッ」
すると効果が少しは出たのだろうが、ファイ一郎は姿勢を正し、まるで『もう大丈夫』と示すかのように、笑顔を作って頷いた。
「大丈夫そうだね。
良かった、しかし人族化しても背が高いね、流石人族化MODと言うべきか」
感心した顔をしてマイマイは言う。
赤毛の髪、子供っぽさの残る表情と仕草、そして推定身長2m以上という、見上げるほど程の高身長、どれもこれもファイ一郎の特徴を良く掴んでおり、人族化MODの完成度の高さを示していたからだ。
「しかし何故だ」
「グエ?」
だが、ある点だけマイマイは納得が行っていなかった。
「何故そんなにイケメンなんだ!!
く、くやしい!!」
なんとファイ一郎は、物凄いイケメンだったのである。
「元々ファイ一郎の顔が、ドラゴンではイケメンだったということなのか!?
ファイ一郎はイケメンだったの?
それとも人族化MODを使えば、誰でもイケメンになれるの?
ねえ!どうなの!?」
「グア?グアア!?」
ファイ一郎がイケメンだったという異常事態?に、マイマイは言葉が通じないのを忘れて、ファイ一郎のお腹をツンツンと突っつきながら質問攻めにする。
しかし、言葉が通じないファイ一郎は、オロオロするばっかりだった。
「しまった、言葉が通じないや。
カグヤ~翻訳~!!」
そのためマイマイは、右手でファイ一郎の手を引き、左手を「みんな~」と振りながらカグヤとスケサンがいる所まで戻ってきた。
そんなマイマイにカグヤは、何時もの如く風のように近付いて来たが、今回は少し勝手が違った。
「あなたは変質者ですか!!
マイマイ姫様の目の前でそんな格好をしていることに、いい加減疑問を感じなさい!!」
「グエッ!?」
顔を真っ赤にしたカグヤが、マイマイをひったくるように抱き抱えると、ファイ一郎を叱り付けたのである。
吼えるような叱り付け方に驚いたのか、バランスを崩したファイ一郎は、無様に転ぶ。
マイマイはバランスを崩したファイ一郎を助けようとするが、カグヤにしっかりと抱きしめられていたため、助けることが出来なかった。
「カグヤ!どうしてファイ一郎を怒るの!?」
「メイドとして、そして女として、これ以上あんなはしたない格好をマイマイ姫様に見せ付ける行為は、ファイ一郎と言えども流石に看過できません!」
「ええっ。
あ、でも、きっとファイ一郎は服を着る習慣が無いから悪意は無いと思うんだ!!」
「悪意が有る無いの問題ではありません!
一歩間違えれば、衛兵に捕まりかねない行為ですし、何よりマイマイ姫様を不快にさせる行為です!
マイマイ姫様、相手がファイ一郎だからと、不快な気持ちを無理に我慢して優しくする必要はありません!
嫌なら嫌と伝えて、そういうものだと教えてあげることが、ファイ一郎のためです」
カグヤの言っていることは、ある意味もの凄く真っ当なことだった。
いたいけな少女、しかも高貴な身分である相手に、屋外でパンツ一丁の姿を見せつけたら、リアルでも通報されかねないレベルだからである。
だが、リアルで男であるマイマイにとっては、その常識は通用しなかった。
「確かにそういう常識を教えてあげるのは大切だね。
だけど私については大丈夫だよ、パンツも中身も見慣れているし、触り慣れてもいるから、ファイ一郎の格好や手が当たっちゃった件も気にしてないよ!」
(確かに他人のを見たり触ったりして喜んだりしないけどさ。
だからと言って、男である私にとっては、今回のような事故で文句を言ったり通報したりするレベルの話じゃないよね)
「え!?」
マイマイは、時が止まったような気がした。
現に、周囲が恐ろしく静かになり、カグヤの動きが完全に止まっていた。
「どうしたのカグヤ?」
「ママママッママイマイ姫様、それは一体どこで誰のを!?」
カグヤに声を掛けると、カグヤが再起動する。
そして、ガシッとマイマイの両肩を掴んだかと思うと、マイマイをカクカクと揺さぶり始めた。
「え、何!?」
「『パンツも中身を見慣れているし、触り慣れている』という所です」
「そんなこと聞いてどうするの!?
目が血走っているよ!!
わっわっわっ、そんなに揺らさないで!?」
「マイマイ姫様がっ喋ってくれるまで、揺するのを止めません!!」
血走った目をするカグヤに、マイマイは少し引いてしまう。
しかし、ここまで必死な様子で聞かれた以上、それにはしっかりと答えなくてはいけないと思い、しっかりと答えた。
「自分のだよ!!」
(ここ最近、見ても触りもしてないけど、自分のモノ以上に見慣れたモノなどない)
「はっ!?えっ!?」
また時が止まったような気がした。
「マイマイ姫様は、姫なんですよね!!!!!!」
しかし、すぐに自力で再起動したカグヤは、更に激しくカクカクとマイマイを揺さぶり始めた。
「そうだよ、当たり前じゃないか
そんなことより、ファイ一郎を治してあげないと!!
ほら!倒れたショックで手を傷めているみたい!!!」
「は、はい!?」
何故カグヤがマイマイが姫だと確認するのか、マイマイには皆目検討がつかなかった。
だが、あるものが視界に入ったため、カグヤの行動は無視して慌てて指示を出した。
倒れたファイ一郎が、右手を痛そうに押さえていたのである。
「ファイ一郎、大丈夫!?」
「グアアアアアン」
「あっ、手首が捻挫しているじゃないか」
なんとファイ一郎の手首は捻挫していた。
実はこれは、人族化MODの弊害だった。
便利な道具でも、何らかの欠点を抱えていることが多いというのが世の常だったが、人族化MODもそれに当てはまっていた。
人族化MODは、どのようなレベルの家臣が使用しても、レベル1の村人程度の能力になってしまうという欠点があったのである。
そのため驚いて転倒しただけで、ファイ一郎は手首を捻挫してしまったのだった。
「グアアアアアン!!グアアアアアンン!!!」
「大丈夫、すぐに直してあげるからね。
おおーよしよし。
痛いの痛いの飛んでけーーー!!」
痛みに絶えかねたのだろう、ワンワンとファイ一郎が泣き出し、それをマイマイが必死に宥める。
「ほらっ、カグヤ早くして、治療魔法をファイ一郎に!!
私はこういうの苦手だから!」
「!!了解しました」
大声で泣く大学生ぐらいのイケメン青年とそれを必死に宥める小学校高学年ぐらいの少女。
どころから突っ込めばいいか迷うような光景が繰り広げられていたためか、カグヤの動きは完全に止まっていた。
しかし、マイマイの命令を聞いた後のカグヤは、テキパキと治療を進め、あっという間にファイ一郎の怪我を完治させ、マイマイを安堵させた。
(何だかカグヤの様子が一時期変だったし、ファイ一郎も怪我しちゃったけど。
結果だけ見ればファイ一郎の怪我は治った上に人族化も成功したし、カグヤもいつも通りに戻ったみたいだし、結果オーライだね)
だが、この時カグヤの誤解や間違いを正さず、有耶無耶にしてしまったことで、後にマイマイが安堵できない問題が起きてしまったのは、また別の話である。
お手とおかわりの手についていくつか異説があるとのメールを頂きましたが、この小説内では現状のもので行きます。




