第一話 気がついたら異世界 1
初めましてpzgといいます。
非常に遅い更新になりますがよろしくおねがいします。
結構自分では気がつかない誤字脱字や、表現がおかしいところがありますので、それらの点を教えていただけると嬉しいです。
1/22誤字報告がありましたので直しました。
第一話 気がついたら異世界 1
side マイマイ
「すっごいリアルじゃない!!」
興奮した様子で少女が森の中を走り回る。
彼女の名はエントール・マイマイ三世。
創生戦争時代に創生神達と戦った六魔王の一人、エントール魔王の末裔でありながら、
三界征服を始めたサラディス魔王を裏切り、冒険者として魔王と戦った魔族の少女である!
という厨二的な〈脳内〉設定を持つ、VRMMORPG〈※大人数同時参加型オンラインRPGのバーチャルリアリティ型〉のプレイヤー〈しかもネカマ〉だ。
「バージョンアップというレベルじゃないだろこれ。
とてもVR〈※バーチャルリアリティ 仮想現実空間〉とは思えない。
ここまでくると現実だよこれ!!」
マイマイは目に入るもの、肌で感じるもの、どれもこれもVRとは思えない程の出来に驚いていた。
彼女がプレイするVRMMORPG、エバー物語は日本で初めて本格的なバーチャルリアリティを実装したVRMMORPGで、日本でトップクラスの人気を誇ったVRMMORPGだった。
バーチャルリアリティという技術と、努力と金次第だが、前例が無いほどの高さを誇る自由性。
そしてそれらを土台に作り上げられた、エバー文明とまで呼ばれる程の多様性を持った世界。
それらによって、エバー物語はあっという間に日本トップクラス、そして世界でも有数のMMORPGになった。
しかし、それがエバー物語の命運を決めた。
最初は、リアルを忘れるほどの中毒性が社会正義の担い手を自称する様々な団体の攻撃対象にされるだけだったが、自由度の高さ故に元々倫理的に際どい部分が多々あったエバー文明そのものも攻撃されることになったのだ。
その結果、エバー物語はマスコミにも取り上げられ、最終的には国会で『VRMMOの制限に関する法律』なるものが可決されることになってしまった。
つまり、エバー物語そのものが違法になってしまったのである。
「それはとにかく、本当のサービス終了まであとどれだけの時間が残っているか分からないけど、残りの時間を精一杯楽しむか」
本当のサービス終了とマイマイが言う様に、エバー物語は既にサービスが終了しているはずだった。
『VRMMOの制限に関する法律』が可決され、施行されるまでの間、エバー物語は何度もバージョンアップが行われた。
新たなる敵が現れるもの、レベル制限解除、町の装飾の追加等々、ありとあらゆるバージョンアップが行われ、『VRMMOの制限に関する法律』が施行された本日0時にサービスが終了された。
サービス終了に、多くのエバー中毒者が悲しみと虚脱感を感じ、彼もまた同じだった。
故に、サービス終了にもかかわらず、彼が何気なくエバー物語を起動してしまったのは仕方が無いことだった。
彼がエバー物語を起動すると『新バージョンが発見されました』というメッセージが現れた。
それを見て、期待に胸を膨らませた彼は、幾つかの免責事項を読み飛ばしバージョンアップを行う。
通常ならば、存在自体が違法になったエバー物語にログインできることを疑うべきだろう。
しかし、エバー中毒者である彼にとって『VRMMOの制限に関する法律』に違反するかもしれないということなど、躊躇する理由にならなかったのだ。
慣れしたしんだエバー物語のネットワークと、自分の脳が接続される感覚。
それを感じると、彼はこれまでと同じくマイマイとなりエバー物語の舞台に立っていた。
(技術上の問題が発生したのか?それとも、隠しイベントか何かかな?まあ…それはとにかく、せっかくだから楽しませてもらおう)
そう思ったマイマイは、冒頭のように森の中を散策することにしたのだった。
森の中を歩くこと数十分、マイマイは困っていた。
「転移魔法が初期化されているうえに、マップ魔法も…バグっているとしか思えない」
転移魔法は一度でも行ったことがある町や村へ移動する魔法。
マップ魔法は、通ったことのある場所を自動的にマッピングする魔法である。
しかし、数千の転移先が入っていた転移魔法のリストは空欄となり、マップ魔法で展開したマップはまるで虫食いのような状態になり、地図の体を成していなかった。
その結果、自分のホーム(拠点)への転移が出来ない上に、現在位置も分からない状況になってしまっていたのだ。
「元から正体不明のバージョンアップだから、バグるのも仕方ないか…」
そう自己完結しつつ、マイマイは『人物探知 マップ表示型 LV10』を使う。
『人物探知 マップ表示型 LV10』は知的生命体を探知し、マップ魔法上に光点を落とす魔法のことである。
因みにLVとは魔法の効果の強さを示すもので、この場合はLVが上がるほど探知範囲が広くなるという効果があった。
(遠くに光点が集まっているのは村、そして村の方向にゆっくりと進んでいるのは…NPCか何かかな?)
〈※NPC プレイヤー以外のAIによって動くキャラクター〉
光点は大きく分けて二つの塊に分かれていた。
一つは百個近くの光点が集まった場所、そしてもうひとつは、六つほどの光点が集まった場所だった。
よく見ると、百個近くの光点が集まった方向に六つほどの光点がゆっくりと移動している。
マイマイの経験上、百個近くの光点は村で、六つの光点はNPCだ。
エバー物語の世界は『プロの迷子量産機』と言われるほど広大だった。
そのため、日本トップクラスのプレイヤー数を抱えるMMORPGと言えども、特定の場所以外で偶然他のプレイヤーと出会うことは稀だった。
それゆえに、NPCには力が入れられ、無数とも言える数が用意され、それぞれにAIが搭載されていた。
「まずは近くの六つの光点と接触してみるか。
NPCでも道ぐらいは聞けるし。
『加速 通常型 LV10』」
マイマイは自分に加速魔法をかけ、六つの光点に向けて疾走し始めた。
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side ライ
獣道を四人の大人と、二人の子供が歩いていた。
平穏な日常は突然壊れるものだ、それが世の中の真理だ。
誰かがそう言っていたと、子供のうちの一人、ライは思い出していた。
今日は、ライとシイの姉妹でマダラ猪を探すために森に入っていた。
マダラ猪とはこの近辺の森に生息する猪で、その肉は美味であり母の好物だった。
二人は母の誕生日プレゼントとして、マダラ猪を捕まえようとしたのである。
しかし、ライとシイが見つけたのは、マダラ猪ではなく人族の冒険者達だった。
ライとシイの暮らす村は、森の奥にひっそりと佇むワーウルフの村で、二人は人族を見るのが初めてだった。
故に、好奇心が強いシイが人族に声をかけてしまったのも仕方が無いことだった。
声をかけられた冒険者達は、一瞬驚いた顔をしたが直ぐに笑顔を見せると「交易商の護衛依頼を受けてこの先にあるワーウルフ達の村に向かっていたんだが、逸れてしまい道に迷ってしまったんだ、助けてほしい」と二人に頼んできた。
「困っている人が助けること」そう母から日々言われ育てられてきたライとシイだったが、二人は冒険者達の前で固まってしまった。
それは、ライとシイがとあることに気がついてしまったからだった。
震える足を必死に抑えながら、ライが勇気を振り絞って冒険者達に聞く。
「ホーニットおじさんに何かあったの?」
ホーニットおじさんとは、交易商として働く村出身のワーウルフで、村を定期的に訪れる唯一の交易商だった。
冒険者達が交易商の護衛だと言うのなら、それはホーニットおじさんの護衛である可能性が高かった。
「実は強力なモンスターに襲われてね…ホーニットさんとは逸れてしまって、どうなったか分からないんだ。もしかしたら、先に村にたどり着いているかもしれないな。だから村に案内してくれないかい?」
モンスターに襲われ、ホーニットおじさんと逸れたと言う冒険者たち。
その話を聞いて、ライは足の震えをついに抑えられなくなってしまった。
(モンスターから逃げてきただけなのに、どうしてこの人達の武器からはホーニットおじさんの匂いと血の匂いがするの!?)
ライはワーウルフであり、嗅覚は人族より遥かに優れていた。
それは、ワーキャットであるシイもまた同じだった。
そして二人とも、利口な子供達だった。
ホーニットおじさんと血の匂いをつけた武器を持つ冒険者達が、それを隠すような言動をする。
何らかの理由で冒険者達はホーニットおじさんを手にかけた可能性が高い。
それを理解した二人は、一目散に逃げ出した。
だが、二人は逃げきることが出来なかった。
どれだけ嗅覚が優れようと、森に詳しかろうと、所詮は子供。
二人の異変に気がついた冒険者達は、本性を現し瞬く間にライとシイを捕まえたのだった。
そしてシイの首に武器を突きつけ、村の位置を教えなければ、妹の命は無いとライを脅迫したのだった。
「お嬢ちゃん、本当にこっちの方でいいんだろうな?
嘘だったら妹を真っ二つにしちまうからな?」
リーダー格の戦士が、優しい口調でライを脅迫する。
「お姉ちゃん…」
「……分かってる、村はこっちよ」
「頼むぞお嬢ちゃん、無事村にたどり着いたら、妹の命は保障してやるからな?」
「だけど、村の奴等は奴隷行きかあの世行きだけどな!ギャハハハ!!!」
「おい、無駄口を叩くな!お嬢ちゃん達は、奴隷商人に売り渡す際に二人一組にするよう口添えしてやろう。
この状況下では破格の条件だ、利口なお嬢ちゃん達なら分かるな?」
ライが道案内する間も、脅迫を続ける冒険者達。
彼らの脅迫を受けながら、ライは状況を打開するために必死に情報を拾い集めていた。
どうやら彼らは、ギルドで魔王に組する者達を見つけ出し始末するという依頼を受けているようだった。
そして目をつけたのが『大樹海』の奥にひっそりと佇む自分達の村だった、ということらしい。
ライは自分達の村が魔王に組しているという話を聞いた事が無かった。
そもそも、魔王など物語や歴史に出てくる存在で、今の時代にはどこにもいないと、ホーニットおじさんや母親のライラからも聞いていた。
そのため「そんな話聞いた事がありません、魔王なんてとんでもない、日々の糧を『墓石様』に感謝するだけの普通の村です!」と反論したが、問題はそういう次元のものではなかった。
「ハカイシ様?何だそりゃ??そんなことどうだっていいんだよ!
ワーウルフの言うこと何ざ、教会の連中が信じるわけ無いだろ!ギャハハハ!」
シイにナイフを突きつけている、いかにも軽いといった感じの男がライを馬鹿にしたように言う。
ライも聞いたことがあった。
人族には地母神を祭る地母神教会というものがあり、そこでは人族以外の人々に酷いことをしていると。
大人になって大樹海を出ることがあっても、絶対に地母神教会には近づいてはいけないと。
ライは状況を正確に理解した。
ワーウルフという地母神教会から嫌われる者だけが住み、大樹海の奥にひっそりと佇む自分達の村は、証拠を捏造するには十分なシチュエーションだということを。
ライは、この状況を打開する方法を必死に考えた。
案内を断れば、妹の命が奪われる。
しかし、冒険者達を村に連れて行けば、村は壊滅してしまう。
冒険者達を村の皆で倒すということもライは考えた。
だが「俺達『紺碧の牙』はレベル40以上のリーダと副リーダーがいるパーティだ、下手なことをは考えるなよ?」と荷物持ちの根暗そうな感じの男が自慢げに語った言葉で、それも絶望的になった。
ライにとってレベル40以上というレベルは初めて耳にするレベルだった。
ライが出合った中で最も高レベルはホー二ットおじさんで、そのレベルは17。
そしてホーニットおじさんは冒険者達に殺されていた。
妹の命を取るか、村の命運を取るか。
ライは目の前に示された最悪の選択肢に、運命を呪い、神に祈ることしかできなかった。
(神様助けてください!いえ、悪魔でもいいです、誰でもいいから私達を助けて!)
その心の中の声は、誰の耳にも届くことは無かった。
だが、その心の声に応えるように、ドドドドーンという、まるで大地が揺れているような音が近づいてきた。
そして、目の前にピンクと黒色の何かが飛び込んできた!
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side マイマイ
ライ達の前に現れたもの。
それは、ゴールドドラゴンのような羽を背中に持ち、頭には羊のような角を持ち、ゴスロリっぽいローブを着たピンクの髪の少女。
厨二病ネカマプレイヤー、マイマイだった!
「な、なんだお前は!!」
(いかにも三下っぽい人相の悪い冒険者が四人に、人質っぽいワーウルフとワーキャットの少女達ですか。
これもまた、リアルだなあ…本物の人みたいだよ。
それはとにかく、これって何かのイベントだよな?)
マイマイは、いかにもという光景に、これは予期しないイベントにぶち当たったと考えた。
エバー物語のイベントは製作会社が作成したもの、個人が作成したもの、それらを合わせると無数にある。
そのため、まったく予期しないイベントにぶち当たることもよくあった。
「名を聞かれて答えぬわけには行かない。
我こそはエントール魔王直系の末裔にて、エントール公爵家当主、エントール・マイマイ三世である!!!」
ババーンというエフェクト音が聞こえてきそうな雰囲気で名乗りを上げるマイマイ。
マイマイの行動は『厨二的行動の塊』として他のプレーヤーから散々笑われていた。
『脳内設定で魔王の直系の末裔とかw恥ずかしすぎだろw』
『ここまで来たら、これ公式でいいんじゃね?』
『エントールが苗字って勝手に決めるなよ!』
その笑いは正に嘲笑といった感じだが、嘲笑であろうとも笑いを取ること自体が大好きな彼女は、それを止めようとはしなかった。
「「「「「「………」」」」」」
そんなマイマイの前で、六人は固まると…
「こ、こんなお嬢ちゃんが魔王の末裔?プッ」
「魔族は恐ろしいと聞いていたが、こんな可愛いお嬢ちゃんだったとは…知らなかったよ、ククッ」
「こんな森の中で魔族ごっこかい?」
「適当に嬲って売り飛ばしましょーぜ!ギャハハ!」
「確かに面はいいが…少々幼いな、あと二年も経てば…いや、このまま捕まえて奴隷として売り飛ばすか。
処女なら愛好家に高く売れる」
マイマイの名乗りを信じなかったのか、根暗そうな男が笑ったのを皮切りに、下品に笑ったり、マイマイを捕まえた後のことを考え始める冒険者達。
それを見てマイマイは思った。
(あれ?NPCにしては、反応が良すぎる…まさかプレイヤー!?)
エバー物語では、与えられた役割を演じることにより、自分達でイベントを演出するということが流行っていた。
実はマイマイもとある理由により、自分のギルドを率いて、エバー物語屈指のイベントを演出したことがあった。
故に、目の前の六人も何らかのイベントの役割を演じているプレイヤーである可能性が高いとマイマイは考えた。
ところが、マイマイを困惑させる事態が発生した。
エバー物語ではよく『見る』と、プレイヤーにはプレイヤーと表示されたウィンドウにプレイヤーの『名前』が写し出される。
そして、NPCである場合はNPCと表示されたウィンドウに『NPC番号』が写し出されるようになっていた。
しかし目の前の六人は、NPCのウィンドウが表示されているのに、NPC番号が表示されず、変わりに名前が表示されたのである。
(バグってるよな、これ…彼等は多分NPCなんだろうが、プレイヤーである可能性も捨てきれない。
困ったな、さてどう対応しようか…)
相手がプレイヤーかもしれないということに気がついたマイマイは、ある理由によって対応に困り、腕を組んで考え始めた。
そんなマイマイの行動は、冒険者達から見たらまるで自分達を無視しているかのような行動に見えた。
そのため、マイマイの行動に冒険者達は顔を見合わせると、これはチャンスとばかりに冴えない顔の壮年の男が呪文を唱え始めた。
つまり、冒険者達には鴨がねぎをしょってきたような状況に見えたのだった。
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side アイディック
冒険者パーティ紺碧の牙。
彼らは金のためなら何でもすると言われたパーティだったが、そのリーダーである戦士のロイと、パーティ結成以来の仲間である魔術師のアイディックの二人は元々温厚な人物だった。
今から約12年前。
寒村の体の良い口減らしとして、冒険者ギルドに加入させられたロイ。
そして、田舎では神童として持て囃され、田舎の期待を背負って王都の魔術アカデミーに入学したものの…
そこで自分が井の中の蛙であったことを思い知らされ、王都にも田舎にも居場所の無くなったアイディック。
この二人が出会い、生活のために立ち上げたのが紺碧の牙だった。
そんな彼らがのし上って来れたのは『生命体拘束魔法』に特化して実力をつけたアイディックの努力と、特化型の魔術師でも使い方しだいでは冒険者の上位を狙えると考えたロイの発想力にあった。
アイディックが作った隙を、ロイが活かす。
そういった彼らの戦闘スタイルを突き詰めていった結果、彼らに舞い込む依頼はいつの間にか暗殺や誘拐等といった、後ろ暗いものばかりになっていった。
だからと言って、彼らは戦闘スタイルを変えようとはしなかった。
そこには彼らなりの誇りもあったが、それ以上に重要なのは経験により研ぎ澄まされた実力だった。
冒険者という命のやり取りが伴う仕事をし、その実力を活かせる社会の裏側に生きる彼らにとって、確立された戦闘スタイルを手放すことなどできる筈もなかった。
アイディックの『生命体拘束魔法 強化型』は実にLV3にまで達していた。
王国でもごく一握りの人物しか使えないLV3の強化型魔法を使える彼の力にかかれば、どんな冒険者やモンスターも動きを封じることができた。
それゆえに、アイディックの魔法に対して彼らは絶対の自信を持っていた。
ところが…
「はっ!?」
光の鎖がマイマイに伸び、彼女を拘束したかと思うと、光の鎖はそのまま砕け散ってしまった。
何らかの方法で、アイディックの魔法が無力化されたのは明らかだった。
魔法を無力化しようとする試みは、決して珍しいことではない。
一般的に、相手側の込めた魔力の二倍を防御に回せば、魔法攻撃を完全に無力化できると言われている。
そのため国家間戦争では、魔術師連隊が総出で防御魔法を張り、敵の魔法攻撃を無力化するという戦い方は常套手段と言えた。
だが、LV3の魔法を単独で完全に無力化するという話を、アイディックは聞いた事が無かった。
「どうなっているんだ!?
英雄戦争時代の伝説級魔術師ならとにかく、こんな小娘が私の魔法を無力化しただと!?
まさか、私以上のレベルの魔術師…
いや、そんなはずが無い!マジックアイテムを持っているんだな!!」
アカデミーで劣等生という烙印を押されたアイディックは、ロイの発案によって救われていた。
「自分には得意な魔法が一つしかない、それも火炎系や癒し系といった高尚なものではなく、邪道といわれる生命体拘束魔法なんだよ!
何が『生命体拘束魔法は卑劣で邪悪な魔法だから下賎なあなたにはお似合いよ』だ、ふざけるな!
おい、お前!笑うな!」
行き場の無くなった当時のアイディックは、これでは生活できなくなると分かりつつも酒場で腐るのが日課になっていた。
絡み酒の傾向がある彼の愚痴を、他の客もマスターもまともに聞いていなかったが、ロイだけは違った。
「なるほど!あんた凄いじゃないか!
敵を拘束するのが得意なんだろ?
それなら、冒険者になったら無敵じゃないか!
俺は今、冒険者仲間を探しているんだ、あんた名前はなんていうんだ?
どうだ、俺とパーティを組まないか?」
こうして、ロイとパーティを組んだアイディックは救われたのだった。
依然としてアカデミーはアイディックを元劣等生として見ているが、冒険者ギルドではアイディックは中の上の冒険者として認められており、生命体拘束魔法においてはトップクラスの実力と評価されていた。
故に、自分の心の拠り所である生命体拘束魔法が無力化されたなど、絶対に認める訳にはいかなかった。
そして、自分を信頼してくれているロイにそんなことを言えるはずも無かった。
「間違いない、何か厄介なマジックアイテムを持っているんだ!」
故にアイディックは、マジックアイテムによって自分の魔法が無力化されたと判断し、それをロイに告げた。
しかし、その判断がとんでもない間違いだったと気がついた時には全てが遅すぎた。
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side ロイ
アイディックの魔法がマジックアイテムによって無力化された。
それは久しくないことであり、パーティとしては由々しき事態だったが、ロイの頭脳はこれはチャンスだと弾き出した。
アイディックの魔法を無力化する程のマジックアイテムとなれば、相当な金額で売れるはずであり、売らないとしてもパーティで今後十分に活用できると考えたからだ。
マイマイと名乗った少女が見たことも無い種類の亜人であることが気になったが、感じ取れる気配は大したことが無いため、捕まえた後に調べればいいとロイは結論付ける。
「マジックアイテムか…俺がやる」
ロイはそよ風のような静かさで少女の側面に回りこむ。
少女はロイの動きに気がついたようだが、ロイが何をしているのか分からないといった無垢な表情でロイを見ているだけだった。
その様子に(悪いが恨まないでくれよ。これがおじさんの仕事でね)とロイは心の中で謝り、手に力を込めた。
そよ風のように接近し、敵に一撃を加える。
それはロイにとって何百回と繰り返してきた作業だった。
冒険者ギルドに加入して12年、当初は普通の冒険者だったが、いつの間にか自慢できないような仕事ばかりを行うようになっていた。
だが、良くも悪くも世の中を裏表を見てきたロイにとっては、理由はとにかく自分達の行為は社会に必要とされたものだと割り切っていた。
そんなロイが最も得意としていたのが、亜人攫いだった。
適当な獲物を攫い、それを人質に敵をおびき寄せ、集まったところをアイディックの魔法で拘束する。
後は、選りすぐりの亜人を奴隷商人に売り飛ばし、残りは動けないまま殺し経験値とする。
自慢できないような仕事に手を染めた辺りから、それの繰り返しだけでレベルを上げ冒険者として名を上げていった。
今回もそういった繰り返しと同じはずだった。
『魔王信仰をする亜人を発見し討伐すること』
地母神教会、その中でも過激派として知られるサイゼル派から出された依頼は、亜人攫いを得意とするロイ達にとって最高のものだった。
罪の無い亜人までも討伐しかねない、無茶苦茶とも言える依頼だが、地母神教会の後ろ盾で亜人攫いが出来る格好の機会だったからだ。
魔王信仰の証拠を掴む、もしくはそれをでっち上げることができれば高額の報酬が手に入り、そうでなければ地母神教会の名を使い批判をかわしつつ、いつも通り奴隷商人に売り飛ばせば良い。
どう転んでも、ロイ達にとって損が無い依頼だった。
手馴れた仕事内容に、どう転んでも損が無い依頼。
何も問題ない仕事の筈だったが…
ロイはありえない光景を目の当たりにし、自分達がとんでもない間違いをしてしまったことに気がついた。
静かかつ素早い動きで、難なくマイマイの側面を取ったロイは、彼女を気絶させるために手刀を打ち込んだが…
『打ち込んだ手刀そのもの』が消滅してしまったからだ。
「な、な、な、なんだこれは…」
驚いた顔で自分の消えた右腕を見るロイ。
右腕が消えた原因を探すロイだったが、それは直ぐ近くにあった。
少女の頭から複数の目と口と触手をつけた肉の塊が樹木のようにニョキリと生え、そいつがロイの腕を切り取り、切り取った腕を喰らっていた。
可愛らしい少女に、醜悪としか言いようがない肉の塊。
あまりにもおぞましい光景と、自分の腕が喰われたことに動きが鈍るロイ。
だが、彼は中位冒険者であり、ベテランだった。
長年の経験が彼を無意識に動かす。
「全員逃げろ!!こいつは本当に魔…」
全員に向かって撤退を指示するロイ。
しかし、それは最悪の選択だった。