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1-1&1-2

「ツンデレジウム」


1-1


 明石兵悟は唖然としていた。天井を見上げ、ぱっくりと口を開けたまま硬直していた。

「やぁ、いらっしゃいヒューゴー。そろそろ来る頃だと思って待っとったよン」

 視線の先で、白衣を着た白髪頭にぐるぐる眼鏡のおっさんが手を挙げて得意気に笑っていた。それはいい、だが問題はその場所だった。二階まで吹き抜けになっているエントランスの天井に、天地逆さまに立っている。重力を無視した構図に、常識を覆された兵悟は文字通り二の句が告げなかった。

 キミドリ博士、とその怪人物(どう考えても怪しいであろう!)は呼ばれていた。出会った時から『ワシのことはキミドリ博士と呼んでくれたまへ』と己を指してのたまったのである。出会ったのは数年前だ。以来、少年は幾度となくその奇天烈な発明品に度肝を抜かされてきたが、今回の驚きはまた格別であった。

「何、それ。どっ、どういう仕組み? まさか反重力!?」

 呼吸を忘れ、泡を食って指差す少年を見下ろして(見上げて?)満足したのか、おっさんは余裕しゃくしゃくといった風に腰の後ろ辺りで手を組み、「パターン変更」と呟いて、壁を歩いてこちらへと降りてきた。

「フフフ、それを説明する前に、重大な発表をせねばなるまい。ささ、上がりたまえ。奥に十三里君と、佐渡君がもう来ておるよ」

 ぺたりぺたりとスリッパを鳴らし、白衣の裾を翻しておっさんは奥へと消えた。兵悟が肩にかけていた学校指定の通学鞄がどさりと音を立てて落下し、重力の存在を証明してみせた。膝から力の抜けた兵悟は一旦その場にしゃがみこみ、「びっくりした」と独り呟いた。十七年の生涯でも屈指の驚きという他なかった。


 部屋に入ると、いつもの指定席である窓際のソファでまったりとくつろぐ佐渡が出迎えた。「ヨッ」とお気楽に片手を上げ、そのままだらりと手を垂らす。いつも以上に脱力した感じが漂っていて、ただ目だけが忙しなく動いていて、見た目ほどには決して落ち着いてはいない。その様子はボス猿に怒られた小猿を連想させた。

「見たか、明石……? アレ、博士のアレ」

 入ってきたのとは別の方向、博士が引っ込んだ方を顎でしゃくる佐渡に、あぁ、と兵悟は頷いてみせる。そちらでは何かゴソゴソやっている気配があり、ぼそぼそと話し声も聞こえてくる。

「見た。信じられないが、見てしまった、てのが本音だ」

 ブラインドのかかった窓の向こうを透かし見ながら、兵悟は呟いた。午後の柔らかい日差しが、あまり手入れされていない中庭に降り注いでいるのが見えた。

「俺、ぶったまげてもう、何も言えなかったよ」

 半目になりながら佐渡はぼやいた。

「俺もだ」

 脱力した同級生に目配せを送り、眉間をつまむ兵悟。

 応接室、と一応は呼び名がついた部屋に二人は向かい合うようにして腰を落ち着けていた。壁一面は書棚であり、許容量いっぱいに本が詰め込まれている。他、天井などが全体に白っぽいところはかつて食品会社の事務所だった頃からのもので、会社が倒産して引き取り手がいなくなったところに博士が『研究所』としてここに居を構えたとのことである。その主がやがて「やぁやぁ」と声を上げ、スリッパを引き摺りながら部屋へと戻ってきた。後ろにはひょろりと背の高い、丸眼鏡をかけたマッシュルームカットの人物が続く。助手の十三里博士だ。

「どうかね、びっくりした? 驚いちゃったコレ?」

 ほくほくした顔でキミドリ博士は二人の顔を覗き込んだ。ぐるぐる眼鏡で表情はほとんど隠れているのが常だが、元々立派な鷲鼻も高々に、その様子からは悪戯に成功した喜びがひしひしと伝わってくる。とうに還暦は過ぎているはずの博士だが、やっていることはほとんど悪ガキの所業だ。

「驚かないわけがないでしょう」

 その「どやねん」顔に若干苛立ちつつも、正直に兵悟は肯んじた。

「すげぇもん見ました。どうやってんですかアレ」

 佐渡も食いつく。まるで重力に逆らうかのように天井にぶら下がっていた博士の姿が甦る。

「新しい発明品だ。まだ試作段階だがね?」

 笑みを絶やさず、博士は続けた。

「ワシ、重力場をコントロールする方法を見つけちゃったかもしれん」

「素晴らしい発見です、博士」

 後ろに控えていた十三里博士が、穏やかな微笑み顔のまますかさず拍手を送った。兵悟と佐渡は顔を見合わせ、おぉ、と感嘆の声を挙げて拍手に加わる。

「ま、ま、抑えて抑えて」

 ほくほく顔のまま、キミドリ博士は両手を挙げてそれを制す。そして思い出したように、兵悟に向き直る。

「そういえばヒューゴー、萌佳ちゃんは?」

「委員会の仕事があるからってんで、置いてきた。後から来るってよ」

 ブレザーのポケットから携帯電話を取り出し、フリップを開く。着信はなかった。

「まだやってんのかな?」

「あぁ、いいよな。世間は春、こやつも春。なぜ俺だけがいまだ冬の時代を彷徨うのか」

 聞こえよがしに佐渡がやっかむ。

「なんだよ」

「なんでもないよ」

 そっぽを向いて唇をとがらせる佐渡の肩を、いつの間にか移動してきた十三里博士が優しく叩く。何だよ!? と佐渡は無言でその優しさを振り払う。

「それは残念だね、……いや、それならば。十三里君、もう一回サプライズショーの準備をば……」

「もういいって! 説明してくれよ早く!」

 少年二人の声が見事にハモった。

「そうかね? では説明しよう、説明しちゃおう! プロジェクター、電源オン!」

 キミドリ博士の歳を感じさせない溌剌とした声に反応して、部屋の照明が落とされ、窓のブラインドが完全に閉まる。天井の一部が開いて投影機が顔を出す。もう一方の天井からはモーター音と共にスクリーンが降りてきて、岩場に打ち寄せる荒波の映像が映し出された。そして浮かび上がる太字の三角形、「黄緑」の文字……。

「無駄にオートメーション化されてるよな、この研究所」

 赤と青のセロハンが貼られた眼鏡をかけ、ポップコーンを齧りながら佐渡が呟く。

「なんていうか、……なんて言うべきなんだろうな? そこまでしなくてもいいよな、っていうサービス精神を感じるよな。この人たちの性格なのかねぇ」

 控えめに現われたワゴンロボットが、兵悟の元にも眼鏡、コーラ、ポップコーンを差し出して静かに帰っていく。そのうちに演台を転がしつつ、スクリーンの脇にキミドリ博士が立った。応接室はさながらプレゼンテーションの会場へと様変わりしていた。

「さて、さてさてさてそれでは! 重大発表である! 結構マジな話であるよン。…十三里君、準備はいいね?」

「もちろんです博士」

 傍らに控えた十三里博士が手際よくパソコンを操作し、スクリーンに映る映像を切り替えていく。部屋のどこかに巧妙に配置されたスピーカーから、何かの始まりを期待させる荘厳な交響曲が流れ出す。そしてドン! というドラムの音と共に、スクリーンにはでかでかと文字が躍った。

『キミドリ博士、ついに新元素を発見!』

「キターーーーーーーーーーーッ!」

 は? と怪訝な顔をする少年二人を置き去りにして、演台上のキミドリ博士が「く」の字になってシャウトした。そのまま倒れるかと心配になるくらいタメてから、ぐるぐる眼鏡を光らせてこちらに向き直る。

「新元素?」

 兵悟が首を傾げる。隣で佐渡が呟く。

「水素ならHとか、窒素ならNとか、そういうやつ?」

「そう、それじゃよ! まぁそれは元素記号であるというツッコミは置いといて、これまでにない、独自の性質を含んだ元素の発見。ワシはここに宣言する、この発見で、歴史は変わる! 変わっちゃうんだなァ~これが、モシ!」

 キミドリ博士の目配せで、かちり、というクリック音と共に画面は切り替わった。ジャジャーン♪ と軽薄な効果音がついてくる。

『新元素・その名はツンデレジウム!』

 置いていかれたままの二人は再びぽかん、と口を開けた。

「ツンデレジウム?」

 兵悟は呟いて、そしてあきれた。

「何それ」

「フフフフ、安心したまえ、これから解説が始まるからのぅ」

 キミドリ博士は笑った。今や博士は笑いっ放しだった。異様なテンションで説明されたのはおおよそ次のようなことであった。

 新物質ツンデレジウムの最大の特徴は、ある物体の運動の方向とは真逆の方向に作用する性質を持つということである。地球上において、物質の運動を左右するのは重力であるが、重力そのものに対してこの物質を作用させれば反重力装置を作り出すことも可能である。

 あるいはこのツンデレジウムを媒介にすることでそれまで絶対的だった法則を覆すこともできる。例えば磁石のS極はN極としか引き合わないが、この物質を挟むとS極同士をくっつけることもできる。とキミドリ博士は豪語する。

「すげぇ」

 素直に感嘆の声を上げたのは佐渡である。良く言えば純粋な、悪く言えば催眠商法なんかに容易く引っかかってしまいそうな性格の持ち主であった。

「しかも、しかもだよ? この新元素は、ヒトが生み出したものなのだよ。自然界のどこでもない、人間社会の中でこそこれは生まれたのだ」

 ぐるぐる眼鏡のブリッジを押さえつつ、博士は明朗に告げた。

「……どういうことです?」

 訳がわからん、と兵悟が怪訝な顔をすると、キミドリ博士はニヤリと笑う。

「ツンデレ要素が濃い場所でのみ、このツンデレジウムは採取可能なのだ」

「ツンデレ要素?」

「この世で最もツンデレ要素を持っている存在。それが何を意味するか、君たちわかるかね?」

 ハイ、と挙手する佐渡。

「女子。十代女子!」

「正解であるよ! やはり違うな佐渡君、できる子だとは思っていたが、ここまでキレる子だとは思っていなかった!」

「いやァー、それほどでもありますけどねー!」

 胸を張り、照れ隠しのためか舌を出して頭を掻く佐渡。赤と青の3D眼鏡をかけたままなので猛烈にアホっぽい。博士、こいつまったく勉強できないッスよ……、と兵悟は言いかけてやめた。そんなことよりも山のように積まれた疑問を解決したい。

「どういういきさつでその物質は発見できたんです?」

「フフ、あっと驚く方法でだよ……ウカツには語れない。語れないがしかし、この場でそっと語っちゃおう。その元素はどこにあったか?……女子更衣室であるッ!」

「女子更衣室!」

 佐渡が反応した。

「そこんとこをぜひ詳しく!」

「思春期の女子が集まる空間に漂う微粒子から採取した。付近の学校、公共施設、一体何件ハシゴしたかねぇ、十三里君」

 しれっと博士は言った。兵悟は横目で、無表情にパソコンを操作しているキノコ頭を見た。そして白衣姿のええ歳こいたオッサン二人が女子更衣室に忍び込み、手にした綿棒で床を擦っている情景を想像した。なかなかにシュールである。そして犯罪の臭いがする。

「出所を詳しく説明したら、途端にお縄頂戴しそうな雰囲気ですね……」

「そうさ、ヒューゴー。ウカツには語れないのだよ、わかってくれるかな?」

「かな? じゃないだろ、この変態おっさん共」

 兵悟の冷たいツッコミにも何一つ感じ入ることがないのか、ごく機械的に十三里氏は次の画面を呼び出して見せていた。

『人間の精神に感応する物質・ツンデレジウム』

 唖然とする少年二人。

「嘘でしょ?」

「いやマジマジ。マジだって……コホン、少年。新しい科学的法則や新技術などは、えてして思いもかけぬ場所、シチュエイションから生み出されるものなのだよ」

「そういうもんかなぁ」

 どこまでも懐疑的な兵悟とは対照的に、佐渡はあらぬ方を見つめて「もしそれが本当なら、あんなことや、こんなこと……待てよ、作れちゃうんじゃないか、ああいうのとか、こういうのとか即ちサイコミュっぽいのとか」と呟いている。

「種明かしをするとだね、ヒューゴー。さっきのワシのパフォーマンスは、『重力の方向に従って物質は運動する』という法則に対してツンデレジウムを作用させ、反対方向へ運動してみせたのさ。そして同時に『ワシは落ちる、この場から床に向かって落ちる』と念じてもいた。ツンデレジウムがどちらに作用したかはっきりとは言えんが、天井に逆さまに貼り付くことはできた。色々と電気的に増幅してみてはいるがね」

 プロジェクター画面には電気回路と、増幅の度合いを示す計算式が示されているが、素人の兵悟には複雑すぎてさっぱりわからなかった。

「しかしこの元素が、いざ作用する時の法則はまだ読み取りきれていないのだよ。ずっと作用することもあれば、ある時期ぱったり作用しなくなる。ツンの時もあればデレの時もある、というか……まだ謎が多い。だが私は必ずや、人類の幸福のためにも、この物質の有効な活用法を発見してみせる! 特許をとって、名声と金がワシの懐になだれ込んでくるであろう! そして人生の九回裏、逆転満塁ホームランをカッ飛ばしてウハウハするんじゃぁ! そして科学史に、我が名は燦然と刻まれるであろう。『メンデレーエフ以来の世紀の発見、偉大なる科学者にして発明家、キミハイル・ドミートリィ・ツンデレーエフ博士』と! うはうあふあはうああうあはう、ウヒヒヒヒヒ!」

「その情熱だけは素晴らしい……てか、自覚してるんじゃん、自分が崖っぷちって」

 よだれを垂らして喜ぶ目前の俗物に冷たく突っ込む兵悟の隣で、佐渡が文字通り飛び上がって驚いていた。

「えぇっ! ……博士って、日本人じゃなかったの!?」


1-2


 キミドリ博士が実はかつてソビエト連邦と呼ばれていた国の出身であることと、何年も付き合っているくせに日本人でないことに気付いてもいなかった佐渡の迂闊さとを懇々と語っていると、兵悟の携帯電話が短く鳴った。

「お」

 フリップを開くと、メールが届いていた。

『委員会終わりました。今そちらに向かっています 萌佳』

 汗と、ぱたぱた動く靴の絵文字つきの短い文章に、「了解」と返信して、キミドリ博士に向き直る。

「萌佳、来るみたいです」

「萌佳ちゃんならいつでもウェルカムさ」

 心なしか白衣の襟元を正すようにして、キミドリ博士が応じた。

「いいよなァ、満ち足りてるよなァ、兵悟くんたらよォ~」

 佐渡は本心からそう思っているらしい。が、その呟きを兵悟は華麗にスルーする。

「ぶっちゃけ、どこまで行ってるんスか。ねぇ。明石氏。兵悟氏? 小笠原萌佳嬢とは、い、いったいどこまで?」

「この前の春休みに電車でとなり街の水族館まで行ったよ。帰りに海に寄って、海上実験都市の建築現場眺めて帰ってきた」

 鼻息荒く詰め寄る佐渡の顔を押しのけつつ、嫌そうに兵悟は応じてやった。

「そういうことじゃなくてね。二人ののほほんとしたデートコースとかじゃなくてですね。お二人の関係はどこまで行ったのかですね、親友としては気になるんですよね」

「親友なら黙って放っておいてくれるんじゃないのか、そういうの」

 この分野の話になるとキャラ変わるなこいつ、と兵悟はうんざりする。

「いやぁ、気になりますね。気になりますよォ。そして後学のためにも、色々詳しく聞きたいですね、兵悟氏。どうなんですか。ぶっちゃけA? いやいやB? まさかのC? Dってこの場合あるんですか、あるとすればDってなんなんですか? 先生! 男・サワタリ、そこが知りたい」

「知るかボケ!」

 スリッパを顔面にめりこませて佐渡が吹き飛ぶ。

「何が『男・サワタリ』だ。サカリやがって」

 佐渡が残していった方のスリッパを片足に履きなおし、やれやれと兵悟はソファに腰を落ち着けた。

「仲良きことは美しきかな」

 少しズレたことを呟きつつ、自分に淹れた番茶をすするキミドリ博士。隣でうむうむと十三里博士も頷いている。

「萌佳ちゃんはいい子ですよ。大事にしてあげるといい」

「……はぁ」

 頷き返し、久しぶりにまともに喋ったなこの人、と兵悟は思った。十三里博士は割と渋く落ち着いた声の持ち主である。昭和を感じさせる丸眼鏡と、マッシュルームっぽい髪型はイケてないが、黙って座っているとこの世を悟りきったような、常人離れした雰囲気をかもし出して圧倒されそうになることがある。

「まぁ、敢えて邪険にする理由はないっスけど」

「素直じゃないね、兵悟クンたらぁ~」

 復活してきた佐渡が再びしゃしゃり出てきた。

「実はぞっこんLOVEはぁとで、毎晩『萌佳萌え~』とか言ってハァハァしてるんじゃないのか? ん? いいよな、天然ドジっ子で、幼馴染で、おまけに眼鏡っ娘だろ……ある意味最強カードじゃないか。どこに出しても恥ずかしくないぞ!」

「一回脳を天日干しして来いお前。今日はいい天気だから悪いものが落ちてスッキリするかもしれんぞ。だいたい、俺はなぁ」

 これは言ってもいいのか? と一瞬考えてから、兵悟は続けた。

「俺は、割とツン萌えでなァ。なんつーか、決して萌佳に対して不満が、というわけでもないんだが、もうちょっとこう……わかるか?」

 座が一瞬、静まり返る。口火を切ったのは、もちろん佐渡だった。

「お前、……いや、貴様。このリア充。爆発しろ」

「なんっ」

「抗弁は認めん。そこに正座しろ。深く反省して爆発しろ。貴様は自分の幸福に気がついていない。世界中の彼女がいない方々に謝罪して爆発しろ。俺が介錯してやる」

「おやおや、爆発するのかいヒューゴー?」

「爆発するんですか。どれ使います?」

「いらんわ! なんでそんな危ないものが普通に転がってるんだよ!」

 電気配線のようなものと、「DANGER」と書かれた箱を持ち出してくる十三里博士に必死で突っ込みながら兵悟が逃げ回る。するとチャイムが鳴り、玄関の方から声が聞こえた。

「すみませーん、こんにちはー」

「おお、萌佳ちゃんが来たようだよ。良かったじゃないかヒューゴー」

 人の悪い笑みを浮かべてキミドリ博士が席を立つ。「命拾いしやがったな」と吐き捨てて佐渡が踵を返し、一瞬の早業で道具を隠した十三里博士は、何事もなかったかのように番茶をすすっていた。

「どうも、遅くなっちゃって」

 申し訳なさそうに頭を下げて、萌佳が入ってきた。ふんわりショートボブの髪に明るめのフレームの眼鏡が良く似合っている。

「D!」

 そこへ出し抜けに、アメリカ映画ならそのままハグしてしまいそうなほど親しげに、佐渡が声をかけて寄っていく。だが、当然ながら当の萌佳はきょとんとしている。

「で、でぃー?」

「いや、いやいやいや萌佳たん。無知な俺に是非教えていただきたいんだけどね。さっき兵悟とも話したんだが。つまりAなのかBなのか、まさかC、それとも……って話で、ずばり萌佳たん、最近どう? って事を、男・サワタリは知りたい。是非とも」

「出会い頭にセクハラかましてんじゃねぇ!」

 こりっ、と首から小気味良い音を立て、ハイキックを受けた佐渡が視界から消える。

「この性犯罪予備軍めが!」

「あっ、あっ、あのう?」

 あわわ、と口元を押さえる萌佳をかばうようにして立ち、兵悟はその肩を軽く叩く。

「気にするな萌佳。佐渡はいつもの病気だ」

「私はそのう、Dなんてとても。Bっていうか見栄張ってCっていうか」

 顔を赤くしてごにょごにょ呟く萌佳。

「……お前は何を言っているんだ?」

「ん? えぇと、おっぱいの話? ちがうの?」

 キターーーーーーーッ! と口の端から血を垂らしながら、ゴールを決めたJリーガーのように佐渡は叫んだ。

「萌佳萌えーーーーーーッ!」

「やかましい! どさくさに紛れてひとの彼女を呼び捨てにすんじゃねぇ!」


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