2nd 姉との決別を誓う
姉の上杉真季に、有紗が今まで歩み寄ろうと努力してきたことがすべて否定されてしまった。そのことは有紗の心に非常に大きな傷となって残ってしまった。
「お姉様……」
「もういいの、ここには来ないで。顔も見たくない!」
「そんな!」
「あ、それと高校の学費ももう払ってあげないから。奨学金もらうなり好きにしなさいよ」
そう吐き捨てると自分の部署に戻って行ってしまった。歩み寄るための話し合いの場すら設けることができなかったのだ。有紗は真季が自分のことをよく思っていないことは厄介になり始めたころから分かっていた。でもいつか本当の姉妹のように仲良くなれる日が来ると信じてやまなかったからこうして有紗から行動を起こしてきたのだ。
家では真季は有紗を虐げるような行動をたびたび取ってきた。それは真季の母親恵利子を出て行かせたのが有紗で、家族三人の生活を崩壊させたのも有紗だと思っていたからである。それだけではない、恵利子が公家の娘だっだからか、真季にもそんな『上杉家宗家』が誇らしかったのだ。要は『お嬢様気質』で裕福な生活がそうでなくなることがいやなだけだった。
有紗が来るまでの生活は裕福そのもので有紗が来てからは生活が180度変わってしまった。だからその辛さを有紗に当たりつけることによって自分を保ってきた。
有紗はゴミ箱に捨てられた弁当箱を拾い上げると、その場で泣き崩れた。
「君、そこで泣くんじゃない」
そこは情報処理部の入口の真前でさすがにここで泣かれては業務に差し支えると思ったのか、死角になる壁にもたれて事の成り行きを見守っていた秦部有稔は有紗の腕をとり、同階にある休憩室へ連れ込んだ。椅子に有紗を座らせると、有稔はテーブルを挟んで有紗の向かいに腰掛けた。
「お姉様が……うっ」
「もう泣くんじゃない」
「ごめ、なさい」
いつまでたっても有稔の腕を掴んだまま離そうとしない有紗を見て、有稔は腕時計を見てそろそろ例の折衝の時間が迫っていることに気づく。また話を聞いてやるからとそのつもりで休憩室に備え付けられている紙コースターにメモを書き渡す。
「失礼、もうそろそろ時間なんだ。これに電話してくれればいつでも話を聞いてやる」
それは有稔のプライベートの携帯電話番号で誰にも教えたことのない電話番号だった。普段は社用の携帯電話番号を教えることが多く公私をきっちり分けている有稔であるが、なぜか有紗にはプライベートの番号を教えたのだ。
「ごめんなさい、ご迷惑でしたね」
有紗は涙が伝った頬を手の甲で拭いながら笑う。有稔はそんな有紗を見て、これまで出会ったどんな女性より有紗が一番きれいで素直だと思った。自分の境遇と重なる部分もあり、手放したくない自分のものにしたいとそんな邪悪な考えが頭をよぎって、有紗から視線を離しその考えを一掃すべく小さく頭を振った。
「君は秦菱大附属高校の生徒かな? 秦菱は私もよく知っている。また会うかもしれない。では失礼する、気をつけて帰るんだよ」
有稔は有紗の頭にぽんと手を置くとそのまま15階の最高経営責任者室へ向かっていった。
有稔がエレベーターに向かっていったのを見送ると、有紗は渡されたメモを見ていた。走り書きされたその数字は英語圏の人間が書くような数字だった。どうして自分の話を聞いてやるなど言い出したのか、メモを見てもその答えは返ってこなかった。有紗の有稔に対する印象は決して悪いものではなかった。
秦菱大附属高校を有稔が知っているのかは有紗の制服を見れば一目瞭然だった。『若葉市』の学区では濃緑のセーラー服など秦菱くらいなもので、他の高校は濃紺色のブレザーかセーラー服がほとんどだった。だから秦菱の生徒だと分かったのだと有紗は思っていた。しかし実際のところは、秦部グループより前の秦部財閥の初代総帥が学校の少なかった時代に子供たちに教育の機会を、そして世界に羽ばたいてほしいという理念の下、秦菱大学は設立された。そして中高大一貫教育を確立し、今に至る。有稔にとっては秦菱はとても身近な存在だったのだ。
有紗は『また会うかもしれない』という一言がずっと気になっていた。そしていつまでもここにいられないと思い、建物を出て秦菱大学附属高等学校へ徒歩で帰って行った。置きっぱなしになっていた荷物を持って帰るため、そして姉の近くから少しでも離れるため。
「有紗、心配したんだからね」
そう口々に友人たちは言い、有紗を心配する。入学一週間でできた友人はもう仲のいい親友と言ってもいいくらい親しくなった。それは一重に有紗の親しみやすい人柄が手伝ってのこと。このときばかりは今は亡き母親に感謝した。
「ごめんね、ちょっと用事があって帰ってたの」
こんなに心配してくれる親友に嘘をつくことは申し訳なかった。だから有紗はスカートのポケットに手を入れ、例のメモを握ってさっきあったことをないものにしようとした。
学校から帰れば家には誰もいなくてとても暗い。そして姉との決別を決めるべく、荷物をまとめ出て行く準備を始めた。ついこの間中学校を卒業したばかりのひよこのような高校生がこれから再出発するための新天地などどこかも決めず、どうにかなるだろうと楽天的な気持ちで臨もうとしていた。そんな無謀なことできるはずもないのに自分には何でもできるのだと有紗は思っていた。
――お姉様、長い間お世話になりました。私のことはもう忘れてください。さようなら。有紗
そう括られたメモを食卓のテーブルに置き、有紗は上杉家を後にした。そのことはなぜか何でも聞いてやると言った有稔に伝えたくなった。有紗は携帯電話を取り出し、くしゃくしゃになった携帯電話の番号が書かれたメモを見ながらダイヤルを押していった。でたらめだろうと思っていた番号に5コール目で本当に有稔が出るとは思っていなかったので驚きのあまりしどろもどろになった。
『秦部ですが、』
「あの……」
低いバリトンの声を聞いて有紗の胸は高鳴り、次の言葉が出てこなかった。
『ああ、君か。上杉有紗くん』
会って話したのはたった一瞬だったのに声を聞いただけで名前まで出てくる。それが嬉しいと素直に喜んだ。
「あ、はい。上杉有紗です」
『どうしたんだい?』
「姉とのやりとり見られてたでしょう? その姉と決別することにしたんです。これ以上私のせいで姉を苦しめちゃいけないと思って出て行くことにしたんです」
有紗は自嘲的な笑みを浮かべ有稔の次の言葉を待っていた。「これからどうするつもりなんだ」とか「15のガキが何を考えているんだ」とか言われると思って構えて待っていたが、有稔はそんなことは言わなかった。そのかわり耳を疑うような衝撃的な発言をしたのだ。
なんかもうgdgdの予感……orz




