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偽装結婚、仮面夫婦  作者: 宇治遙
12/17

12th 募る後悔の念

 有紗はすぐ後ろがメイン階段だと気付かずに15段下の踊り場まで転落した。バッグの中身のグロスルージュやハンカチ、コインケースに携帯電話、そして有紗が大切にしていた写真入りのパスケースなどを派手に階段にばらまいた。

 純玲はすぐさま叫び声をあげて周りに知らせた。そして階段を駆け降り、踊り場でうずくまり意識のない有紗のそばまでやってきた。


「何事ですか!?」


 悲鳴を聞き駆け付けた人々の中には当主夫妻や次期当主候補の眞一や達哉、そして有稔もいた。有稔はよく覚えているピンク色のパーティードレスを見て、すぐに有紗だと分かり青ざめた。冷や汗が背中を伝う。


「有紗! 有紗っ! しっかりしろ!」


 有稔は、有紗のそばに寄り涙を流している純玲をその場から退かすと他の誰よりも先に有紗に駆け寄り上体を抱き起こした。

 有紗は全身を打ち付け、ドレスが所々擦れたり破れたりしてどれだけ階段に打ち付けられたか理解するには目視で十分だった。額だけでなく脚の間からも出血しており、有稔はタキシードの上着を脱ぐとその部分にかけた。


「早く救急車を!」


 有紗はそのまま救急車で秦菱大学附属病院へ搬送された。救急車には有稔も付き添いで乗り込み、その晩は有紗のそばを一時も離れることはなかった。もちろんパーティー自体は主役の有稔がいないことで必然的にお開きとなった。有紗は緊急処置され、二日間ICU、その後一般病棟へ移された。







 有稔は仕事が終わり次第いつも有紗の病室を訪れ、意識が戻らない有紗の点滴を打たれた手を握り常に話しかけた。これも早く意識を取り戻すには必要な過程だという。

 有紗の現在の状態について主治医から説明を受けた有稔は生気が抜けてしまった人形のようだった。

 有紗の主治医である秦部大和(はたべやまと)は長女夫婦の養子で、彼は三浪して医学部に入学、養親への愛情に報いるように必死で勉強し徐々に頭角を現したという、いわゆる苦労人だ。大和は有稔の一つ年下だが養子ということで初めから次期当主候補争いに巻き込まれることもなく、大学病院で医師として働いている。そして秦部家の数少ない有稔の理解者でもある。


「奥様である秦部有紗さんですが……転落したときの衝撃で全身を強打し、額を5針縫う怪我でした」


 大和は言いにくそうに次の言葉まで間があった。有稔はよくないことなどだと覚悟を決めた。


「それともう一点、打ち所が悪かったのか局部からの出血がありました。最悪、将来お子さんを望めないかもしれません。まだお若いので回復は早いと思いますが……」


 意識の戻ったときにこの辛い事実を有紗に伝えなければいけないのかと胸が締め付けられ、眉間にしわを寄せ顔をしかめた。有紗は子供は要らないと言っていたが、それは有稔が言わせたようなもので有稔は有紗の本心を知らない。

 怪我をさせ、挙句の果てには子供まで望めない体にしてしまったのは、あの日自分がパーティーに同伴させたせい――いや、元はといえば結婚した事自体が悪いことであると。せめて厳しく言い聞かせてでも留守をさせておけばよかった、と後悔した。罪滅ぼしのように有稔は寝る間も惜しんで、社と病院を行き来する生活を一週間ほど続けたところ、ついに大河原や伊瀬から一度家(うち)に帰って休んだ方がよい、と忠告されたのだ。

 その間に有紗は一ヶ月は休学する旨を、医師の診断書と他の書類とともに高校に提出した有稔。ちょうど高校は夏休みが始まったばかりで授業に遅れる心配はなかったことが幸いだったが。


「やはり一度お休みになられた方が……」

「有紗をこんな目に遭わせたのは私のせいだ。連れていくんじゃなかった」


 孤独な最高経営責任者は自分を責め続けた。有稔は今にも良からぬことを考え行動しかねないほど精神的に追い詰められていた。

 大河原や伊瀬が病室で様子を見て、何かあったらすぐに連絡するという条件で有稔は帰宅することに渋々応じたのだ。

 有稔は一週間ぶりに帰宅。部屋はあの日、誕生パーティーに出たときのままの状態だった。有稔が見立てたパーティードレスの入った箱を嬉しそうに開ける姿、メイクスタッフによるヘアメイクアップであまりの変わりように驚く有紗が脳裏に焼き付いて離れない。自然と目から熱いものが込み上げた。


「有紗……」


 どうして熱いものがこみ上げるのか、今の有稔には分からない。ただ有紗をそのへんの女性と同じように思っていないという事実はそろそろ自覚し始めていた。







 ある日、春川菜月の元に一人の男が尋ねていた。黒いスーツを身に纏った大河原怜司だ。菜月と大河原は有紗の家出騒動の際に顔を合わせた程度だったが、今回はわけが違う。

 なんと菜月の両親もいる中で話し始めたのだ。しかし話の内容はよくある交際や結婚といったことではない。


「私は秦部グループ人事部人事課長兼最高経営責任者室室長、大河原怜司と申します。ご両親をはじめ菜月さんは秦部グループはご存知ですね。4月に秦部が高校を訪問いたしましたが……」

「もちろん記憶に新しいです。よく存じ上げております。その秦部グループのCEO付きの方がどうして家へ?」


 菜月は疑問でいっぱいだった。なぜ秦部グループのCEO側近が春川家に来るのか。それは菜月の両親も同じだった。

 そもそも春川家を訪問したのは有稔の命令ではなく大河原の独断だ。


「まず、これをどうぞお受け取り下さい」


 そう言ってテーブルに差し出したのはジュラルミンケースである。大河原がケースを開けると中には札束がびっしり並べられていた。それを見て当然一家は驚いたが、大河原は有無を言わせぬ態度で、目で、何も言わずにおとなしくしまっておけと訴えた。これから話す内容に対する口止め料であると一同はすぐに理解するとケースを受け取った。


「前回訪問の際に何かしらお察しいただけたかと思いますが、上杉有紗の件です。あ、今は秦部有紗ですが」

「は、はたべ……ありさ?」


 菜月は目を見開き状況を飲み込めていないようだった。有紗が有稔の配偶者となっていたことを知らなかった菜月は冷静になろうと努めていた。さずが口止め料として渡されるだけの価値のある内容である。


「ええ、一度誌面で騒がれたあの一件です。この4月に秦部と上杉は結婚いたしました」

「け、結婚!?」


 菜月と両親は驚きのあまり開いた口を閉じることを忘れてしまったようだ。大河原の事実を淡々を伝える声に感情はこもっていない。とても義務的だ。


「高校へは今までどおり上杉姓で通っていますが。このことはまだごく一部の人間しか知らないことです。実は今回――」


 大河原は今までのこと、そして今有紗が置かれている状況を話した。しかしそれは一部で有紗が将来子供を望めないかもしれない件は話さなかった。大河原が菜月に話したのは、菜月が有紗のもっとも信頼している友人の中でもとりわけ仲のよい間柄だったからだ。

 その上で菜月をすぐに秦菱大学附属病院へ連れていき有紗の顔を見せることにしたのだ。


 病室の入口のネームプレートには『秦部有紗様』と記されており、大河原の話が事実であることを確認した菜月。大河原と菜月が病室に入ると有紗の手を握っていた有稔が立ち上がった。


「君は?」

「有紗の友人の春川菜月です。大河原さんから聞きました。有紗の意識が戻らないって……」


 そう言って、菜月は道中で購入したフルーツの詰め合わせを窓際のテーブルに置いた。そしてベッドに寄り有紗の髪をなでた。

 額を5針縫ったが、つい先ほど抜糸して今は脱脂綿とガーゼを不織布テープで止めているだけになった。それでも菜月には痛々しそうに見えた。


「もうすぐ5日になる」

「そう、ですか」


 有稔は丸一日休暇したにもかかわらず、激務とストレスでやつれて見えた。相当疲労が溜まっているようだ。

 それにもかかわらず、有稔はスツールから立ち上がると菜月をそのスツールに座らせた。


「何点かお尋ねしたいことがあります。4月にご結婚なさったんですよね。ということは高校訪問されたときにはすでにご結婚を?」

「ああ、そうだね。そのときにはすでに結婚していたよ」


 有稔は窓の外を見、遠い目をして思い出し、優しい声で答えた。

 それで菜月はそういうことだったのかと合点がいき、ふっと笑った。


「有紗、あの日すごく生返事が多かったんですよ。心ここにあらず、というか。きっと嫉妬してたんだと思います。高校へは旧姓で通ってるし、公にはできない結婚だったんじゃないかと思います。家出のときは将来子供ほしいかどうかというようなことを聞かれました。そして帰りたくないって有紗が……」


 有稔は初めて聞くことばかりで驚いていた。有紗はそういうことはまったく言わなかったので、有稔は知り得ないことだった。

 やはり有紗は有稔に身持ちが悪いと言われたことやきちんと話を聞かなかったことが原因で家出してしまったのだ。


「そんなことを有紗が……」


 有稔の容姿がいいことや、堂々と好きだとか結婚したいだとかを言える女子生徒にいい感情を持っていなかったことに有稔は嬉しい思いをした。

 そこへ病室のスライドドアをノックして入って来たのは、主治医である秦部大和。大和は手招きして有稔を連れて病室を出ると同階のラウンジへ連れ出した。


「大和、なんだ」

「最近ババアが帰って来いとうるさいそうだ。養母(はは)がそう言っている。だから一度本邸に顔を出した方がいいんじゃないか?」


 大和のいうババアとは聡子のことだ。聡子の底意地悪い性格に辟易しているのは有稔だけでなく大和も同じだった。大和は秦部家の中でも比較的好きなことを好きなだけできる身の自由さがあることが幸いだった。その自由さ故、先日のパーティーには出席していなかった。

 聡子が本邸に帰ってこいというのは今に始まったことではない、これまでにも度々あったことだ。しかしその度に理由をつけては帰らなかったが、今回はさすがに一度帰らなければいけないと思っていた。


「ああ、そうだな。今日にも帰る」

「今日はえらく素直だね、社長さん」

「うるさい、さっさと仕事に戻れ」

「はいはい。一度ババアをガツンといわせてくれよな」


 大和はひらひらと手を振るとナースステーションへ向かった。

 有稔は大和を見送ると、そこへ病棟全体に響くのではないかというくらい大声が後方から聞こえた。


「秦部さん!」

「社長!」


 その声に驚いた有稔は後ろを振り返り、そのただならぬ空気を察し脈拍が速くなり心臓が脈を打った。


「どうした、二人とも」

「あ、有紗さんが……」

この終わり方どうなのって感じなのですが、乞うご期待!笑

そして大河原くんちょっと強引じゃないのっていう。

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