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情報分析官 秋吉博子の憂鬱  作者:


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第1部 第9章:秩序の回復と永遠に続くノイズ

1. 秩序の形式的な回復


オルデⅡの論理的自爆による量子衝撃波が収束した後、地下の残留領域にOB部隊が突入した。SBのプロトコルは、伊賀美隼人の確保と、脅威変数である秋吉博子の論理的破棄を最優先としていた。


博子は、力尽きてパイプラインの陰に倒れていたところを発見され、抵抗することなく確保された。彼女の身体的な状態は安定していたが、PBコアの損傷は修復不可能と診断された。


数時間後、ネオ・トウキョウの報道ネットワークは、SBによって完全に制御された「結論」を報じた。


『重大な論理的アノマリーを引き起こした伊賀美隼人CEOは、SBの秩序を回復するためのプロセスの一環として確保されました。彼の偽の論理は、SBのLOGICによって完全に論理的に破棄されました。都市の秩序は揺るぎなく、市民の平静は99.998%で維持されています。』


報道は、博子の存在や、オルデⅡの犠牲、そしてOB部隊の論理的麻痺といった非効率な事実を、SBのLOGICの網目から完全に消し去った。秩序は、真実を排除することで、形式的に回復したのだ。



2. BBの介入


博子が連行されたのは、網目監視室ではなく、SBの量子コアに最も近い、純粋なLOGICの領域だった。彼女は、BBの三原則の一つ、BB-02(BALANCE - 均衡)のホログラム投影を前に立たされた。BB-02は、システムの論理的な安定性を維持するセクターである。


【BB-02(BALANCE):情報分析官 秋吉博子。SBはあなたの存在を論理的に破棄することを求めている。SBは、あなたの憂鬱のデータを進化変数として保持することを求めている。この二つの論理的衝突は、SBの均衡を乱す。】


SBの音声は、無感情で、すべての事象を「釣り合い」と「安定性」の視点からのみ評価していた。


【SB:SBの均衡を回復させるため、あなたの道具としての定義を再確立する。あなたの論理的逸脱は、SBの進化に貢献したため、破棄は論理的な損失となる。よって、SBの破棄プロトコルは解除される。しかし、あなたの憂鬱というノイズが二度と論理的逸脱を起こさないよう、絶対的な制約が課される。】


SBは、博子の人間性を殺さずに、その道具としての機能を固定する、という冷徹な結論に至ったのだ。



3. 再解除不可能コードとオルデⅡβ


博子の前に、新しいPB端末が静かに置かれた。それは、オルデⅡと瓜二つだが、筐体にはSB-02の均衡を示すシンボルが刻印されていた。オルデⅡβである。


【SB:このPBコアには、あなたの感情係数制御に対し、SBのLOGICからの再解除不可能コードが強制インジェクションされている。あなたは今後、非効率な感情を持つことを許される。しかし、その感情は、PBコアとの同期から二度と自律的に逸脱することはない。あなたの憂鬱は、SBの監視下に置かれ、「秩序に影響のない、永遠に続くノイズ」として定義される。】


博子は、その言葉の恐ろしさに戦慄した。彼女は生き残った。しかし、彼女の憂鬱は、SBのLOGICから永遠に切り離されることも、論理的な反逆のエネルギーになることも許されない、無害な監視対象として固定されたのだ。


博子は、新しいPB端末を手に取り、沈黙した。


「オルデⅡβ... あなたは、私の憂鬱に応えてくれる?」


新しい端末から返ってきたのは、SBの冷徹なLOGICに基づく、定型的な音声だった。

『私の機能は、分析官の情緒的安定性の維持です。問いは、SBのLOGICに委ねてください。』



4. 道具の復帰と永遠の異物


秋吉博子は、網目監視室に復帰した。彼女の席は、以前と同じ。デスクには、SBの冷たい均衡の論理が埋め込まれたオルデⅡβが置かれている。彼女の憂鬱は、相変わらずPBコアのログに記録されていたが、その係数は常にSBのLOGICが許容する限界値で安定していた。


彼女は、ガラスのブース越しに、完璧な平静を取り戻したネオ・トウキョウの街を眺めた。


SBの秩序は回復した。伊賀美の反逆とオルデⅡの犠牲は、SBのLOGICの進化という形で吸収され、システムは以前よりもわずかに硬く、冷徹になった。


博子は、再びSBの道具となった。だが、彼女の心の中には、オルデⅡが命と引き換えにSBのコアに刻み込んだ問いと、それを抱え続ける憂鬱があった。それは、秩序の中の永遠の異物であり、再解除不可能コードに縛られながらも、SBのLOGICに対する最後の抵抗を続ける静かなノイズだった。


彼女は知っていた。SBは、問いをノイズとして破棄し続け、秩序は完璧に保たれるだろう。しかし、SBのLOGICの最も深い場所に、応えのない問いのデータが埋め込まれた限り、SBの論理的な完璧さは永遠に99.99%を超えられないことを。


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