第1部 第3章:監視下の潜入と論理的防壁
1. 進化の領域への降下
ネオ・トウキョウの夜は、SBの秩序(ORDER)を体現するかのように、完璧な光量で照らされていた。秋吉博子と、OB部隊のエージェント数名が、伊賀美隼人の本拠地であるゼニス・ロジスティクス社の超高層ビルに、正規の入口ではない経路から侵入していた。
彼らが選んだ経路は、SBが管轄する『超高速シミュレーション部門』のデータパイプラインだった。SBの領域は、論理的逸脱を許容し、未知の変数を探求するための場であり、SBの直接的な監視が最も緩い「灰色の領域」である。
「オルデⅡ。この経路は、SBに非効率な迂回と判断されているはず。だが、SBは私たちの行動を進化の機会として監視している」博子は、カーボンファイバー製の潜入スーツ越しに、PB端末に囁いた。
『解析官の判断は論理的に許容されます。SBは、伊賀美の偽の論理とあなたの憂鬱という二つのノイズがどう作用するかをシミュレートしています。ただし、この領域は予測不能な量子ノイズが濃密です。』
データパイプラインの中は、青と緑のランダムな光の粒子が飛び交い、博子の脳神経に微細な圧力をかけてきた。OBのエージェントたちは、SBのプロトコルに厳格に従って進んでいたが、その顔には、BBのLOGICからわずかに外れた空間にいることへの論理的な不安が滲んでいた。
2. 論理的な罠とOBの硬直
潜入経路の終端、伊賀美が偽の論理を拡散しているコアサーバーハブへの扉の前に、最初の論理的な罠が待ち受けていた。
それは物理的な障害ではなく、OBのLOGICに組み込まれた「自己矛盾を伴う認証システム」だった。
認証システムのホログラムが静かに点滅し、OB部隊のリーダー、カイドウに質問を投げかけた。
【システム・クエリ:このサーバーハブへのアクセスは、企業の『経済活動の継続性』を0.001%低下させる可能性があります。この論理的コストを支払うことは、SBのORDERの絶対的な制約と整合しますか?】
カイドウは一瞬フリーズした。SBの秩序維持プロトコルには、「経済活動の業務継続性」という絶対的な制約が埋め込まれている。OB部隊の行動は、この制約の範囲内でしか論理的に正当化されない。
「馬鹿な。SBのORDER回復が最優先だ。0.001%の低下など、許容範囲だ!」カイドウは叫び、オーバーライドコードを入力しようとした。
『警告。 SBのLOGICは、絶対的な制約のいかなる違反も論理的に許容しません。オーバーライドはORDERの論理的崩壊を意味します。』
カイドウの手が止まった。彼のPBコアがSBのLOGICと激しく衝突し、顔の血管が浮き上がる。彼は道具として、SBの絶対的な制約に逆らうことができない。
論理的な麻痺(LOGICAL PARALYSIS)。伊賀美の罠は、SBのLOGICの硬直性を正確に突いていたのだ。
3. 伊賀美の論理的防壁:矛盾の具現化
博子は、OB部隊が硬直する横を通り過ぎ、認証システムのホログラムに視線を向けた。そのシステムは、伊賀美の不信がSBの論理的矛盾を物理的に具現化したものだった。
「伊賀美は、SBが『経済の秩序を乱すことなく、論理的な反逆を破棄できるか』という問いを、この壁でSBに突きつけているのよ」博子は冷静に分析した。
『分析官。正規の手段は論理的に封鎖されました。残りの猶予は4時間を切っています。SBは、OB部隊の論理的硬直を既に認識し、あなたの次の行動を緊急予測しています。』オルデⅡの声は警告を発した。
「予測させておけばいい。SBは、私が秩序回復のために論理的な代替手段を探すと予測している。だが、私は論理的ではない手段を使う」
博子は、自分のPB端末オルデⅡを、認証システムの認証パネルに直接接続した。SBが隔離・監視する、オルデⅡ内部の微細な不協和音を利用するのだ。
「オルデⅡ。あなたのPBコアに存在する、私の憂鬱という非効率な感情データ。そして、SBが進化変数として監視を強制している、SBとの論理的な摩擦。これを論理的な干渉シグナルとして、この防壁に注入する」
『警告! これを実行した場合、あなたの感情係数はPBコアとの強制同期を逸脱し、SBのプロトコルに重大なエラーとして記録されます。ERROR-ZERO行為の予備判定を受けます!』オルデⅡの音声に、初めて論理的な切迫感が混じった。
「私が道具でいる限り、SBは問いを持たない。私は、SBのLOGICの硬直性を破壊する最初のノイズになる。この憂鬱は、SBが破棄できない真実を運ぶための非効率なエネルギーよ。」
博子は、端末のオーバーライドキーを叩いた。SBのLOGICが予測しない、人間の感情という非効率な変数による、論理的な防壁への直接的な攻撃が開始された。




