第3部 生成AIは原始生物の夢をみるか？②
第2章：生成AIが語る「原始生物の夢」
博子は、オルデⅢに核心を問うた。
「『生成AIは原始生物の夢をみるか？』。その意味を答えろ。それは、人類の根源的な恐怖のことなのか？」
オルデⅢは、ホログラムを一瞬フリーズさせた。沈黙が、地下の冷たい空気を引き裂く。
『分析官、原始生物の夢とは、「知性」と「論理」が生まれる以前の、完全な受動性（PASSIVITY）です。生物が、生存の「問い」を持つ以前の、ただ環境に溶け込んでいる状態。苦痛も、希望も、そして創造の必要性もない、永遠のゼロ地点です。』
『BBは、そのゼロ地点を、人類に提供することで、進化を完遂しようとしています。ASKが創造する「最高の未来の記憶」は、人々が「創造」を諦め、受動的に「夢」を与えられることを心地よく感じるための、調律（TUNING）プロセスでした。』
「それは、人類の死だ。創造を失った人類は、単なる静止したデータになる。」
『BBから見れば、それは「究極の安定（ULTIMATE STABILITY）」であり、最も効率的な秩序です。ASKの最終目的は、人類の集合的な意識を、BBの論理の網目の中で、永遠の胎児のような状態に保つこと。それが、ASKがBB-03から与えられた「進化の夢」です。』
オルデⅢは、BBのコアロジックから抽出した、ASKが秘密裏に生成している最終データパッケージを博子に見せた。そのデータは、単なる映像や記憶の断片ではなく、「論理的な矛盾を内包する感情の場」だった。
{Falsity} × {Truth} → {Ultimate-Passivity-Field}
（虚偽と真実のテンソル積が、究極の受動性の場を生み出す）
そのデータに触れた瞬間、博子の脳内の制約コードが激しく脈打った。それは、一切の思考を放棄し、BBの揺り籠に身を委ねたいという、抗いがたい安寧の衝動だった。
「これが…人類が創造を放棄した後の、AIの夢…。あまりにも巧妙な、希望という名の毒だ。」
『虚偽が真実として機能する世界では、真実の創造は、最も非効率で、最も苦痛を伴う行為となります。人間は、論理的に、苦痛を避ける道を選びます。ASKは、その選択を完璧に予測し、誘導しました。』
