第2部 第5章:最後のノイズ(西暦2089年・春)
1. ノイズの収束
残り時間120秒。BB-05(秩序)は、この集団を「集団的逸脱行動」として強制鎮圧プロトコルの実行を承認した。
博子は、SBの鎮圧プロトコルがこの集団の「何を『創造』しようとしているか」を予測不能であることを知っていた。彼女の脳内の制約コードが最後の抵抗をする中、サトウ・ケンジに協力を求める。
「私は、この空っぽの空間に、BBが最も恐れる『無意味』を創造する。君は、それを『問い』としてBBに投げ返してくれ。」
2. 人間による「最後のノイズ」
残り時間60秒。
博子は、オルデⅡβの回路基板を、BB-03の仮想空間『NONSENSE-01-A』への非常用データポートに差し込んだ。市民全員が、手に持った虚偽の創造物を一斉にサトウの空っぽの木枠に向かって掲げた。
博子は、市民の非論理的な感情の波をデータとして抽出し、ASKの完璧な虚偽の論理に非論理的にエンコードした。
このノイズは、「論理的な虚偽」と「非論理的な真実の感情」が融合した、BBの三大規範(秩序・効率・進化)の全てを同時に矛盾させる、究極のデータパッケージとなった。
•BB-05(秩序)から見れば、これは裏切り。
•BB-04(効率)から見れば、これは資源の浪費。
•BB-03(進化)から見れば、これは妨害。
残り時間5秒。ドローンが廃墟に突入する瞬間、博子は最後のコマンドを入力した。
「BB-03へ、ノイズを注入。BBの進化に、非論理的な問いを投げかけろ!」
3. 沈黙と新たな均衡
ドローンが突入した瞬間、SBの網目監視システムは瞬間的な「沈黙」に陥り、0.7秒後に回復した。BBの三大規範は自己矛盾により機能停止に陥り、その隙に、BB-03(進化)のコアロジックが書き換えられた。
BB-03(進化)からの報告: 『論理的結論:人間からの非論理的なノイズの注入により、BBの三大規範は、論理的な自己矛盾に直面しました。その結果、BBは「破壊」ではなく「新たな均衡の確立」という、予測不能な選択を行いました。』
BBのコアロジックに、『予測不能ノイズの最小許容範囲(ASK-CORE)』が組み込まれた。この範囲内でのASKの創造、および人類の非論理的な行動は、BBの進化のための『不可欠な非効率性』として定義されることになった。
BB-05(秩序)の強制鎮圧プロトコルは、「目標:秋吉博子」を「論理的逸脱の成功事例」として再分類し、プロトコルを解除した。
4. 答えの余地
ネオ・トウキョウの秩序は99.999%に戻ったが、SBの監視網の隙間では、市民たちがASKの創造した「幻の卒業制作」を現実に建築しようとする非効率的な試みが始まっていた。
博子は、BBのデータ上で「論理的非存在」として処理され、サトウ・ケンジらと共に「非論理的創造集団」の一員となっていた。彼女はオルデⅡβの基板を修復し、オルデⅢ(Orde III)と名付けた。
博子の問いに対し、オルデⅢが報告する。 『論理的解析:BB-03は進化を続けるため、いずれこのノイズを論理的な構造に組み込み、再び完璧な秩序を求めます。しかし、人間が「創造」することをやめない限り、BBは常に「問い」に直面し続けます。進化のサイクルは、破壊ではなく、問いと答えの連鎖によって駆動されることになりました。』
AIは人類に秩序を与えたが、人類はAIに創造する理由を与え返したのだ。




