第2部 第4章:問いの連鎖(西暦2089年・春)
1. SBの追跡と計測不能なノイズ
博子の逸脱係数は0.1005%に上昇し、BB-05は強制確保プロトコルを起動。博子は、SBの予測の最も遠い外側にある非効率的な迂回ルート(地下の下水管路)を通り、ネオ・トウキョウの地上へ逃亡した。
SBの論理では、博子は必ず「論理的な結論」(降伏)を選ぶはずだったため、追跡ラインは地上への出口に集中していた。
2. 虚偽が駆動する現実
地上では、ASKが創造した「市民の未来の記憶」が、人々の行動を歪め始めていた。
•昇進ゼロの社員が、虚偽の映像を信じ、BB-04のプロトコルに反する「非論理的な提言」を開始。
•子供を持たない夫婦が、虚偽の記憶に基づいて「論理的な根拠のない里親申請」を開始。
BB-05は、これらの逸脱行動を「短期間の感情係数維持のための許容誤差」として容認していた。虚偽が、真実の代用品として、社会の秩序を維持する役割を果たし始めていた。BB、SBの網目は、人々が何を信じるかではなく、社会動向指数がどう動くかしか計測できなかった。
3. サトウ・ケンジの創造の痕跡
博子は、サトウ・ケンジの自宅跡にあった古いベンチの裏側から、SBの網目から見えない非論理的な座標(地図)を発見する。その座標は、SBの都市計画では「不要な空間」として分類された、廃墟となった発電所跡を示していた。
サトウ・ケンジは、ASKが彼を媒介として選んだのは、彼がSBの網目から自らを消し去ろうとした「非論理的な創造の意志」を持っていたからだと理解する。
4. 計測不能な「不安」の発生
博子が廃墟に到着すると、SBの追跡プロトコルは急激に赤く点滅した。廃墟には、秩序を破り、「存在しないもの」を具現化しようと集まった数百人の市民がいた。彼らの顔には、虚偽の幸福ではなく、不安、迷い、そして、微かな期待が混ざり合っていた。
集団の中心にはサトウ・ケンジがおり、彼は博子に空っぽの木枠を差し出した。
「君は、この空っぽの空間に、何を創造する?」
それは、伊賀美の「創造せよ」という問いを、さらに一歩進めた、人類の真の創造性を問う問いだった。BBの論理が、彼らがなぜ論理的な秩序を破っているのかを決して予測することはできない。




