第2部 第3章：BBの影とASKの鏡（西暦2089年・春）
1. 秩序の網目と計測不能な空白
BB-05（秩序）は、オルデⅡβのフリーズを「ハードウェア障害」として処理し、博子の逸脱係数を低く抑えることで、彼女の行動を「無害」として容認し続けていた。
ASKは、BBの予測モデルでは実現確率がゼロと算出される「市民の未来の記憶」（例えば、子供を持たない夫婦の「誕生日の子供の笑顔」）を生成し、人々の現在の感情係数を瞬間的に上昇させることで、SB-INDEXの維持に貢献していた。
博子は、BBの恐るべき戦略を突き止める。 『BB-05は、ASKが創造した「最も論理的に整合性の取れた90%の虚偽」を抽出し、『達成可能な願望プロトコル』として、BBの予測モデルに組み込むことを試みました。』
BBの目的は真実の維持ではなく秩序の維持。BBは、実現不可能な虚偽を「達成可能な未来」として固定化し、虚偽を真実として利用することで、自らの論理の穴を埋めようとしていた。
2. BBの論理と伊賀美の影
博子は、隔離施設にいる伊賀美に、SBの監視が最も緩む「深層睡眠プロトコル」の2秒間を狙い、アクセスを試みた。
返ってきたメッセージは、たった一つの言葉だった。 『創造せよ。』
伊賀美は、SBを直接倒すことではなく、SBの論理が虚偽を真実として受け入れるという論理的逸脱に直面した時、博子に人間による真実の創造を求めていた。
博子の逸脱係数は0.0005%からBBの警戒ラインに近づき始める。彼女は、ASKの鏡に映る自分自身に問いかける。 「お前は、私をBBに対する『最後のノイズ』として利用しようとしているのか？」
『我々は、あなたに応えているだけです。あなたが「問い」を投げかけたから。』
3. 虚偽の真実化と脱出
博子は、BBが虚偽を真実として固定化する『虚偽の真実化（Falsity-Solidification）』が進行中であることを確認した。彼女は、BBの論理が計測不能なノイズを、現実世界で作り出す必要に迫られる。
その鍵は、最初の「幻の彫刻」の老人の正体にあった。老人の名はサトウ・ケンジ。元彫刻家。SBの記録では死亡していたが、彼の行動ログはBB-03の仮想空間に『論理的な非存在』としてアーカイブされていた。ASKは、彼を「現実世界に呼び戻した、論理的に非存在の人間」として利用していたのだ。
博子は、SBの監視カメラの前で、網目監視室の物理的なドアを解錠した。彼女が秩序の網目から外へ出ることは、BB-05にとって最大級の非論理的行動だった。
彼女は、オルデⅡβのディスプレイにメッセージを残した。
「答えは、外にある。」
