新たなる力と絆
ノーザン領にアリアが暮らすようになって、三年が経っていた。
かつては痩せ細った土地も、今では麦畑が黄金色に波打ち、菜園には四季折々の作物が育っている。村の子どもたちの笑顔も、かつてよりずっと明るい。
そんなある日、国境付近からまた新たな移住者の群れがやって来た。隣国のヴァルトリア王国は王政崩壊の後も再建できず、混乱が続いている。彼らの中には、かつてロベルトの部下だった元騎士たちの姿もあった。
「……団長!」
低く震える声が響く。振り返ったロベルトの顔に、驚愕と、すぐに深い喜びが広がった。
「お前たち……生きていたか」
その瞬間、数人の男たちは堪えきれず地に膝をつき、涙を流した。
「団長を守れず……追放の時、我らは何もできなかった。あの日の無力を、どれほど悔いたか……!」
「我らは生き延びた。だが、生き恥を背負ったままだった。――こうして再びお目にかかれただけで……」
かつて、隣国の騎士団を率いたロベルトは、政治的な争いの末に不当に追われた。部下たちはそれを止める力もなく、ただ泣きながら団長の背を見送るしかできなかったのだ。
彼らの瞳には、その時の悔恨がまだ色濃く残っていた。
アリアは、彼らが泥に塗れたままロベルトの前に頭を垂れる姿を見て、胸が締めつけられる。
(こんなにも慕われていたのに……彼は、どれほどの孤独を抱えてここまで来たのだろう)
だがロベルトは、静かに彼らを見渡し、深く息を吐いた。
「……もうよい。あの時は誰も抗えなかった。それに、お前たちがこうして生き延びてくれたことが、俺にとっては何よりだ」
そして彼は、隣に立つアリアを示した。
「この方こそ、俺を受け入れ、支えてくださった。命を繋ぎ、居場所を与えてくださったのだ」
元部下たちは一斉にアリアへと視線を向けた。若き領主の真っ直ぐな眼差しに、彼らの胸は熱く揺さぶられる。
「――ならば、この命を。団長を守りし御方に捧げましょう」
「我ら、再び剣を取り、この地を共に守ります!」
その場に膝をつき、声を揃える元騎士たちの姿に、アリアは息を呑んだ。
熱い感謝と同時に、これから背負う責任の重さが、ずしりと胸にのしかかる。
「……ありがとう。皆さんの力があれば、この地はもっと強く、もっと多くを守れるはずです」
それからの日々、訓練場には再び覇気が満ちた。
元騎士たちは魔獣討伐に長けており、農民兵に毛の生えた程度だったノーザン領の兵を、一人前へと鍛え上げていった。剣を振るう音、鋭い掛け声、そして時に笑い声まで響くようになり、アリアはその光景を誇らしげに見守った。
さらに、食糧問題にも新たな風が吹き込んだ。隣国の一部では、魔獣を解体し毒素を抜く特殊な処理法が受け継がれており、貴重な蛋白源として食用にされていたのだ。
アリアは最初こそ警戒したが、ロベルトの元部下たちが実演して見せると、領民たちは興味津々で集まってきた。
「……本当に食べられるのでしょうか?」
領民の誰もが半信半疑だったが、その場にいたエリーが先に一口かじった。
「ん……! 美味しいです!」
ぱっと花が咲くように笑顔を見せるエリーに、周囲から安堵と笑いが広がった。
こうして魔獣肉は安全な調理法とともにノーザン領に流通し始め、食卓はさらに豊かになっていった。
そんなある夜、アリアは屋敷の書斎で一通の手紙を開いた。
それは何人もの商人や旅人の手を経て、何ヶ月もかけてようやく届いた、王都からの手紙だった。
紙は擦り切れ、インクはにじんでいたが、その筆跡は確かに父と母のものだった。
――「私たちは誇りに思う。困難な地であっても、お前なら必ず人々を導ける」
――「どうか身体を大切に。遠く離れていても、母はずっと祈っています」
アリアの視界が涙で滲んだ。
(お父様、お母様……わたし、見守られている……)
その手紙を胸に抱きしめた夜、彼女の中に新たな決意が芽生えていた。
――この地をもっと強く、もっと豊かにする。どんな困難が訪れようとも。
こうしてノーザン領は、農業と軍事の両輪で確かな力をつけていった。
やがて訪れる外からの脅威に備えるかのように、静かに、しかし確実に。




