表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

王都に忍び寄る影

 王都に流れる空気は、かつての華やかさを少しずつ失いつつあった。

 市場を歩けば、野菜や穀物の値段がじりじりと上がっているのがわかる。とはいえまだ飢饉と呼べるほどではない。ただ、例年なら溢れていた籠いっぱいの小麦や果実が、今はどこか寂しげに見えるのだ。


 ――原因は明白だった。

 この王国は、代々現れる「聖女」の力に大きく依存してきた。聖女が祈りを捧げれば、恵みの雨が降り、痩せた土でさえ肥沃に変わる。その加護が何世代にもわたり続いたため、人々は「土地が痩せる」という概念そのものを忘れ、農地の管理を工夫する知恵は次第に失われていった。


 だが今年、聖女リリアが祈っても雨は降らなかった。

 いや、正確に言えば小雨が一度だけ降ったが、作物を潤すにはあまりにも乏しく、人々の期待には遠く及ばなかった。


 「……おかしい。聖女様の加護があれば、もっと実りがあるはずなのに」

 「去年まではこんなことなかったのに……」


 民の間でささやきが広がり、わずかな不安が芽を出していく。

 実際には、土地が痩せて収穫力を失っているだけだ。かつて農民の間で「地を休ませ、作物を交互に植える」方法が語り継がれていたが、聖女の加護の下で長く暮らすうちに、その知恵はほとんど忘れ去られていた。


 ***


 王城の大広間。

 聖女リリアは、玉座の横で誇らしげに微笑んでいた。淡い金の髪を揺らしながら、隣に立つ王太子ルーカスの腕にしなだれかかる。


 「ねえ、ルーカス。みんな、私のお祈りを喜んでくれていたわ。だって、ちゃんと雨は降ったもの」

 「その通りだ、リリア! ほんの少しでも聖なる雨が降ったのだ。民は感謝して当然だろう」


 二人にとって、加護が弱まったという事実は都合よく見えない。

 むしろ「自分たちがいるから大丈夫」と信じ込み、何の対策も取ろうとしなかった。


 宰相が控えめに進言する。

 「殿下、実りが減っております。……原因は分かりませんが、土地そのものに何か変化が起きているのかもしれませぬ」

 だがルーカスは手を振って遮った。

 「大げさだな。多少の減りなど誤差に過ぎん。それよりも、次はリリアの聖なる舞を披露してはどうだ?」

 「そうね、きっと皆、安心するわ」

 二人の笑い声が、重苦しい広間に空虚に響いた。


 宰相もまた、打つ手を思いつけなかった。土地をどうすれば肥えるのか、もはや知識として残されていないのだ。


 ***


 その一方で、王都の外から不穏な知らせが相次いで届いていた。


 「西の森で魔獣の群れが現れ、農夫が襲われた」

 「南方の村が夜ごと獣に荒らされ、住民が逃げている」


 報告は日ごとに増えている。だが王太子も聖女も、深刻さを理解していなかった。


 「魔獣? 騎士団に任せればいいだろう」

 「ええ、だって私は聖女なのよ。私がいるだけで、みんな安心できるはずだわ」


 そう信じて疑わない二人の姿は、むしろ哀れに見えるほどだった。

 けれども、民の心に積もる不安は確実に大きくなりつつある。聖女の加護が揺らぎ、土地が痩せ、魔獣の影が迫る――。

 王都は、知らぬ間にゆっくりと崩れていく兆候を見せ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ